第10話 秘密の特訓
夕食後、少しひんやりとした空気が流れる談話室にて、アートとユーラシアがソファに腰掛けくつろいでいる。
「お前は風呂に行かなくてよかったのか?」
「うん。ボクはちょっとこれから約束があるんだ。そう言うアートくんはよかったの?」
「この学園の風呂はいい。かつての俺の城———家にあった風呂と同じくらいに素晴らしい。だからこそ、一人静かに堪能したいのだ」
「へぇ〜アートくんの家ってお金持ちだったんだ」
学園の大浴場は、在籍する多くの生徒が利用する場であるだけあって、とてつもない広さと種類を誇っている。そんな学園の大浴場と同等の風呂が家にあるのだとすれば、それこそ王族並みのお金持ちと言うことになる。
「それよりも、今日の戦闘見ていたが、中々に見事だった。あれほどの剣撃を無傷で耐え抜くとは、誇らしく思ってもいいのだぞ?」
「でも結局、シェティーネさんには手も足も出なかったから」
「お前は理解していないようだな。あの者は剣技、魔法ともに素晴らしい才能の持ち主だ。まだまだ発展途上だが、いつか剣姫と呼ばれる日が来るのもそう遠いい未来ではないだろう」
アートがここまで人を褒める姿を、ユーラシアは初めて見た。フリックに対してもその強さを認める発言をしてはいたが、目の色が変わるほど称賛しているのはシェティーネだけ。
「絶賛だね。まぁアートくんが気に入るのも当然か。シェティーネさんは強いし、それにとても綺麗だし————」
多少頬が赤く染まるユーラシアをよそに、アートは不気味な笑みを浮かべていた。
「ああ気に入った。ぜひ仲間にしたいものだ」
「そういえば自己紹介の時にも言ってたけど、仲間を作るって、友達を作りたいってことだよね?」
どうもアートが言う仲間というフレーズに違和感を覚えたユーラシアは、その疑問を口にする。
「・・・・・ああ、当然だ」
アートはその不気味な笑みを隠そうともせずにユーラシアへと向けると、不自然な間を開けて答えを返した。
「そっか・・・・・それじゃあそろそろボクも行くとするよ。みんなが帰ってきたら、ボクのことは気にしないで寝てていいよって伝えてもらえる?」
「ああ、分かった」
ユーラシアはその場から逃げるようにソファから立ち上がると、出入り口へとそそくさと向かった。
入る時とは異なり、寮の外へ出る際は壁をすり抜けるだけ。そのため、案外勢いを付けて壁をすり抜けたユーラシアは、寮の目の前に立っていたある人物とぶつかってしまう。
「イッタいな」
「ごめん。えっと、君は確か・・・・・」
視線を前に向けると、そこには一人の魔戦科生徒の姿があった。
オッド・オスカーだ。
彼の表情はとても険しくいつもの余裕の笑みは見られない。ただただ怒りの感情のみが心の中を支配しているようだった。
ユーラシアとぶつかってしまった事に対する怒りでは、どうやらなさそうだ。
「アート・バートリーはこの中にいるか?」
「うん。いるけど・・・・・他の寮に来るのは、基本的にダメなはずだよね?」
オッドの表情は更に不機嫌なものへと変わっていく。
「あぁ?まぐれでシェティーネの攻撃が当たらなかった雑魚の分際で、この僕に逆らう気なのか?」
「くっ!」
オッドはユーラシアの首を締め付け壁へ叩きつけると、鬼のような形相を浮かべる。
「いいから早く呼んでこいよ!」
「誰かと思えば、やはりお前か」
その時アート自らが寮内から姿を見せた。
「おおやっと現れたか、二回もせこい真似しやがって、もう規則なんてどうでもいい。この場でお前の息の根を止めてやるよ」
アートはあからさまに呆れたようにため息を吐く。
「授業外での戦闘を行って罰則を食らうのはお前だけではないのだがな。はぁ、ユーラシア。お前は約束があるのだろう?後は俺がなんとかしておく。お前はもう行け」
「だけど・・・・・う、うん。分かった。でも、暴力沙汰は起こさないようにね」
「当然だ。そのくらい分かっている」
この場に留まったところで特に何もできることがないユーラシアは、そのままシェティーネとの約束の場へと向かった。
居残り部屋とは、その名の通り各自で居残り自習をする場。自習の内容は勉学・戦闘問わず様々である。
居残り部屋は、大食堂の横にある細い階段を上った先に広がる空間のことであり、円形上に作られたその空間は、円周上に計五百の部屋が設けられている。扉と扉の感覚は一メートルほどと、その先に部屋があるとは信じ難い作りになっているのだが、扉の先には、魔法で拡張された運動上の三分の一の広さを有する自習部屋が存在する。
ユーラシアは謹慎処分を負わされていた一週間の間で、フリックに受けた学園案内の記憶を頼りに居残り部屋へと無事到着した。
居残り部屋は魔法の鍵で管理されており、円形上の空間の中心に存在している小さな受付で五百ある部屋の鍵を全て管理している。
「あのぉ、魔戦科一年のシェティーネ・アーノルドという生徒はもう来てますか?」
「ん?なんだい?新しいお客さんだね」
受付の中から老婆のような声が聞こえた直後、中から鼻が鋭く尖り、目元がメガネの縁のような紫色の模様になっている人物が顔を出してきた。
「えっと、シェティーネ・アーノルド・・・アーノルド・・・・・一時間前に来てるよ。なるほど、あんたが遅れてやってくる客かいな」
そう言うと、その人物は受付の壁を二回指で叩く。
「百五号室だよ。魔法の鍵はあの娘が持っているから扉の鍵は開けておいたよ。ほら、さっさとお行き」
そう言うと、さっさと受付の暗闇へと姿を消してしまった。
「えっと、百五号室か。部屋がありすぎて分かりずらいな」
ユーラシアは扉上部に記載されている部屋番号を順々に確かめていき、シェティーネの待つ百五号室の扉を開けた。
そこには、水色のジャージ姿で準備運動をするシェティーネがいた。
「待ってたわ。それじゃあ、特訓を始めましょうか」
「えっ、特訓?」
「そうよ。あら、何だと思ったの?」
「いや何でもないよ!始めようか」
ユーラシアは別に下心などあったわけではないが、自分に興味を持ってもらったことと、女子と二人きりの空間になるということで多少気分が高揚してしまっていた。
しかし、蓋を開けてみれば特訓だという事実に多少の落ち込みを感じたことは悟らせまいと、部屋に用意されていた青いジャージ姿に着替えたのだった。
「なんか制服じゃないと変な感じがするね」
「そうね。基本的に学園内では制服が決まりだからね」
学園のルールとして、寮内では私服が許されているが校内を歩く場合は、原則制服が規則として定められている。
「そういえばさ、受付にいたのってもしかしてメモリア?」
メモリアとは、何百年も生きる精霊であり、これまでの人生で見たこと・聞いたこと・感じたことの全てを記憶している。そして、鼻が尖り、メガネの縁のような模様が目元に付いているのが特徴である。
その類まれなる記憶力により、五百ある魔法の鍵の管理を任されているのである。
「へぇ、貴方かなり勉強熱心なのね。精霊メモリアはこれから習う範囲だから、新入生の中で知ってる人はほとんどいないと思ってたのだけれど」
「昔ミラに聞いたことがあったんだ」
「なるほどね。ミラエラ姉さんなら当然だわ」
「そういえばその呼び方って————」
「大丈夫よ。本人には許可は取っているから」
「てっきり嫌がると思ってたんだけど、案外慕われて嬉しいのかもね」
「そうね。さぁ、それじゃあ談笑はここまでにして、早速特訓に移りましょか。貴方、身体強化魔法は当然使えるわよね?」
「使えるよ。使えるんだけど、ボクは魔力が弱すぎて使い物にならないんだ」
「問題ないわ。元々貴方の魔力がとても少ないことは分かっていることだし、特訓の目的は格付け期間中に貴方をできる限り強くして、もう一度全力の貴方と戦うこと。だから今は短い時間でも構わないわ。これからの数日間、微量な魔力調整と力の使い方を一緒に学んで行きましょう」
シェティーネは、協力の証として右手を差し出す。
ユーラシアは差し出された手を取り、笑顔で応える。
「全力で成長できるように頑張るよ!」
シェティーネは、次は成長したユーラシアと全力で戦うために。ユーラシアは、目標に向けて己の強さを磨くために、互いが互いを利用する関係が構築された。
「あれ?だけど、シェティーネさん確か、一度だけでいいから全力で戦いたい的なことを言ってなかった?」
「そう?まぁ細かいことはいいでしょ。貴方も強くなれるんだから」
ユーラシアはどこか煮え切らない感じがしたが、その場は流れに流されることにした。
「さぁ、まずは微量な魔力をどう扱うかだけれど、貴方のあの桁外れな防御力は一体どういう原理なの?魔力量からあそこまでの強度を誇ることは不可能よね?」
「実は、今のボクが使える魔法はたった一つの魔法だけなんだけど、その魔法は魔力を一切消費しないんだ。おまけに一度発動させてからボクの意思では解除できなくて」
特にミラエラから自身の正体を隠すように言われたわけではないのだが、竜王の生まれ変わりであり、しかもその強大な魔力が封印されているなど知ったら、余計な恐れを与えてしまうというユーラシア独自の判断で具体的な魔法名は口にしなかった。
「魔力を一切使わない?それって、魔法研究科が追い求めてる終着点じゃない!それが本当なら、世界の常識が覆るわね・・・・・要するに、その魔法のおかげで無敵の防御力を誇っているということ」
シェティーネはどこか感心した様子で頷いた。
「となるとやっぱり、貴方の魔力は全て攻撃に回した方が良さそうね。それじゃあまずは、十分間身体強化魔法を維持する特訓から始めましょうか」
「えっ十分も⁉︎」
常人にとって身体強化魔法を十分連続で使用することなど容易いことだが、小枝並みの魔力しか有さないユーラシアにとっては大問題。
「ボク、できても一分が限界なんだけど・・・・・」
「十分でもかわいいものよ。私は今日、貴方に一切傷を負わせることはできなかったけれど、貴方も私の技を一回も避けることができてなかったわ。身体強化は一般魔法よ。基礎的で初歩的な魔法。そして使いこなせればそれだけ使えなかった頃と比べて大きく成長できる。私は今日、全力でいくとは言ったものの、魔剣を出現させた以外では、魔力の質を変化させることなく身体強化魔法のみを使用していたわ。少なくとも三十分間、身体強化魔法を維持することができれば、貴方は少なからず私の攻撃をかわすことができていたはずよ」
ユーラシアは魔力がほぼないに等しい故に、魔力を使う機会がなく、ましてや身体強化魔法などの一般魔法でさえも稀に使用する程度であった。
そんな自分がシェティーネとの特訓でどれほど強くなれるのか楽しみな気持ちを抱きつつ、自分の限界を一番理解しているのは自分なので不安な気持ちにも駆られていた。
ともかく、こうしてスタートしたシェティーネとの秘密の特訓は、決して無駄にはならないはずだ。
こうして今日も一日が終わり、特訓を始めてから初めての合同授業を迎える。
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