第9話 合同授業

 入学から早くも一週間、Sクラスの寮内待機期間も終わり、今日から魔戦科とSクラス計約百名による合同授業が開始される。

 合同授業は今後の学園生活を大きく左右する二週間設けられている格付け期間で行われるため、授業の担当者は校長であるエルナスが直々に務めることとなる。

 格付け期間中は、すべての授業が格付け評価の内容となっている。その内容とは、実戦を想定した生徒同士による三対三の戦闘。ルールはシンプルで、チームの中からリーダーを一人選出し、その一人が持つ腕輪の破壊またはチーム全員が戦闘不能となった場合に敗北扱いとなる。それをひたすらに繰り返していくわけだ。

 合同授業が行われる場所は、入試でも使用された運動場こと学園の体育館であり、Sクラスを除いた魔戦科の生徒全員は既に体育祭へと集まっていた。

「ただでさえ補欠クラスの俺たちが、一週間も出遅れちまったよ」

「まぁまぁいいじゃないですかゴディアンくん。そのことについてはこの間も話したことですし、これ以上彼を責めるのはやめてあげましょう」

「いい心がけだミューラ」

「その代わり、私にも魔力制御を教えてくれると言う話、しっかりと守ってくださいね」

「ああ、もちろんだ」

 食堂での一件の後、寮へ戻ったSクラスのメンバー間では、謹慎処分を負う原因となったアートへと主にゴディアンからの不満の声が浴びせられたのだが、アートの怒りを買うことはなく事なきを得た。

 もしも四人ともがアートへの不満の声を上げていれば、どうなっていたのかは想像するだけでも恐ろしい。

 ただ、今回の一件でアートの実力に気が付いたメンバーたちだが、その中でもミューラはアートが高度な魔力制御を行っていることに気づき、教えを乞うことにした。アートは思いのほかあっさりとミューラの申し出を許可し、今に至るというわけだ。

「それにしてもゴディアンくんは以外でしたね」

「何が?」

「魔戦科の授業になど興味がないと思っていたのに、一週間受けられないというだけであそこまでキレるとは」

 ミューラはどこか揶揄うような視線でゴディアンへと言葉を向けた。

「当たり前だろうが、専門的な学びは減っちまうがSクラスでも魔道具に関する知識を学べる科目は選択できるんだ。ただまぁ、俺たちが謹慎を食らってる間、魔戦科の連中がずっと戦闘授業しかやってないことが分かってれば、不満を言うこともなかったさ」

「ゴディアンくんの言いたいことはボクもすごく分かるんだけどさ、あの時アートくんが殴ってくれたおかげで、実はすごくスッキリしたんだよね」

「いいことを言う。それなら今回は更にいい気分になれるぞ。今日の授業では生意気な魔戦科の者たちを遠慮なく返り討ちにできるようだからな」

 体育館に到着したユーラシアたちを迎えたのは、アートに向けられる少数の怒りを含んだ視線とそれ以外の蔑みの視線。

 教師陣にはエルナスとミラエラの二人の姿があり、ユーラシアたちの到着を確認したタイミングでエルナスが早速戦闘授業のルール説明を開始した。

「来たな。それではSクラスには悪いが、早速合同授業を始めさせてもらおう」

 説明では、決着条件の他にチーム分けに関しての内容が述べられ、Sクラス内で三人と二人組みに分かれた後、二人チームの方に足りない一人を魔戦科から補うことが指示された。

「魔戦科のお前たちに関しては昨日までと全く同じことを行ってもらう」

 エルナスの指示を受け各人が三人チームを次々と作り上げて行き、対戦ペアに関してはフィールド上に早く上がったチーム同士を戦わせる早い者勝ち形式となっている。

 そうして合同授業は幕を開け、魔戦科生徒は慣れた様子で次々と戦闘を開始していく。



 十数組のペアが戦闘を終了し、次にフィールドへと足を踏み入れたチームは、アートがリーダーとなるミューラ、ゴディアンのSクラスチーム。そしてその対戦相手として名乗りを上げたのは、先日アートに大恥をかかされたオッドのチームだ。

「あの時は油断してただけだからね、今日は絶対に容赦しない。全力で君たちを叩き潰すよ」

 オッドは怒りと、復讐の機会が訪れてくれたことに対する喜びが混在した表情を浮かべている。

「くだらない幻想に浸るのはよしたほうがいい」

「はっ、君の減らず口もすぐに黙らせてあげるよ」

 アートとオッドのチームがフィールド上で向かい合い、バチバチに火花を散らす。


 オッドは食堂での一件から、自身の胸の内に巣喰う嫌悪感の正体について考えを巡らせていた。

 そして考えれば考えるほどアートへの怒りと、油断していた自分への怒りでいっぱいになっていった。

 あの時油断していなければ、あれほど無様な醜態を晒すことはなかったとオッドは思っている。なので今回は一切油断せず、アート・バートリーへと圧倒的な実力差を思い知らせてやる、と。


 互いが一切視線を逸らすことなく一方は余裕の笑みを浮かべ、一方は復讐心を胸へと抱く。

 そして運命の開始の合図が出された直後、オッドの体は弾丸の速さで後方へと吹き飛ばされ、壁へと激突した。


 一瞬の攻防。いや、一瞬の攻。


 またしても瞬きの一瞬でオッドの意識はアートによって刈り取られた。

 激突された壁は、食堂のような少しのヒビでは済まなく、オッドを中心として天井や周囲の壁へと一気にヒビが派生していく。

「ミラエラ頼んだ」

「ええ」

 エルナスの命令でミラエラが壁へと手を触れた途端、見る見るうちに壁の損傷は消えていき、おまけにオッドの外傷までもがなくなった。

「オッド・オスカーの腕輪の損壊を確認。勝者はアート・バートリーチームだ」

 エルナスが淡々とそう告げる中、周囲で今起きた一連の出来事を見ていた生徒たちは開いた口が塞がらない。

 それもそのはず、先日の食堂で起きた出来事は、オッドが言うように油断が招いたことであると魔戦科生徒の多くが思い込んでいたからだ。

 エルナスやミラエラ、相当な実力を宿した少数の者たちは事の真実に気が付いていたが、多くの者は補欠クラスというフィルターを通してしかSクラスを見てはいなかった。

 しかし、真実は異なることにほとんどの者たちが気づき始めていた。

 オッドが油断していたのではなく、アート・バートリーが規格外なのではないか、と。

 この一週間、様々な生徒の戦闘を目にしてきた魔戦科の生徒たちだが、主席のレインでさえも霞んでしまう戦闘をアートは披露して見せた。

 この時点で生徒たちの心の奥底に、ある疑念が浮上する。それは最早、ほぼ確信に近いものであった。

「なぁ、あのアートって奴が世界樹を宿してるって話・・・・・マジなんじゃねぇか?」

「実はさ、俺もそう思ってたところなんだよ」

 所々で聞こえ始めるアートの実力を認める声。

 しかしそれを許さない者が一人いた。

「いやいやいや油断って怖いなぁホント。ほら、この通り僕はピンピンしているし、不意打ちで勝ったとして君はそれで満足なのか?」

 最早オッドの表情に浮かぶのは、焦りと恐怖、そして怒りに満ちた偽物の笑み。

「やめておけ、これ以上は遊びでは済まなくなる」

「僕をここまで不快にさせたのは君が初めてだよ。いいだろう、合同授業は始まったばかりだ。時間をかけて君に復讐するとするさ」

 理不尽に怒りを露わにするオッドを見つめるアートの瞳には、深く深く底の見えない闇が浮かんでいた。

「変な考えは起こさないことね」

「何のことだか分からないな」

 ミラエラは根拠のない嫌な予感をこの時のアートから感じていた。

 




 それから何組かの戦闘が終わり、次はユーラシアがフィールド内へと足を踏み入れる。

 ユーラシアのチームは、同じくSクラスのユキと魔戦科の生徒一名だ。

 そうして対戦相手となるのは—————

「よろしく。ユーラシア・スレイロットくん」

 魔戦科の中でも一際実力が飛び抜けているとされるアーノルド兄妹の妹、シェティーネ・アーノルド。

「ボクの名前覚えてくれたんだ。シェティーネさん」

「貴方も覚えてくれていて嬉しいわ。私は一度、貴方と戦いたいと思っていたの」

「ボクに興味を持ってくれたことは嬉しいことだけど、ボクは目立ちもしないし、ましてやシェティーネさんとの接点もないよね?」

 ユーラシアは入試で魔法人形と戦うシェティーネの剣さばきを実際に見ているため、自分などではシェティーネの足元にすら及ばないことは理解している。そのため、シェティーネがユーラシアに興味を持つ理由が見当たらない。

「私はあの時、ミラエラ姉さんの強さと可憐さに惚れ込んだわ。そして入学式の日、食堂でたまたま貴方たちの会話が聞こえてしまったの。本人に確認したところ、貴方とは家族だと言っていたわ」

 つまりは、憧れてしまったミラエラの家族であるユーラシアにも興味を抱いたということだ。

「例え血のつながりがなかったとしても、貴方の強さにはとても興味がある。だから一度だけでいいわ、私と全力で戦ってもらえるかしら?」

 ユーラシアは防御力だけで見れば、圧倒的な能力を誇るが、総合的な戦闘は全くのド素人。そして仮にもシェティーネは、剣姫と剣聖の娘である。

「お手柔らかに頼むよ」

 ユーラシアは引くことなく、強い眼差しを持って受けて立つことにした。

「私は周囲の見方じゃなく、自分で感じたことだけを信じる性格なの。だから手加減なんて期待しないことね」

 障害物など何もない水平上のフィールドでシェティーネの鋭い眼差しが捉えるのはユーラシアの瞳。ユーラシアはとてつもない緊張に駆られながらも、入試のような醜態は晒しはしないと、負けず劣らず強い視線をシェティーネへと向け返す。

 今回、ユーラシアのチームのリーダーはユーラシアであるため、チームの勝利への責任が大きくユーラシアへとのしかかっている。

 しかし、ユーラシアの背後で構えるユキと魔戦科一名も負けず劣らずの緊張具合。

「ス、スレイロットくん。アーノルドさん以外の二人は私に任せてくれないかな?」

 震えた声で仲間の勝利に貢献する意思を見せるユキ。

「何か策があるの?」

「は、はい。攻撃魔法は不得意で足止めにしか使えないけど、その間にアーノルドさんの腕輪を破壊して」

 そう、勝利するためには相手の付けている腕輪さえ破壊してしまえばいいのだ。

 シェティーネとユーラシアとの間にとてつもない実力差があるのは誰の目から見ても明白。ならば、隙を突いての腕輪破壊を試みるのみ。



「それでは始めろ!」



 エルナスから開始の合図が出された瞬間、まず最初に動いたのはユキ。

「ムルフォール!」

 ユキが発動させたのは、水属性の魔法だ。

 ユキはシェティーネたち三人の足元に直径二メートルほどの水溜りを発生させた。

 シェティーネ含め、まるで一切の気配を感じられなかったとでも言うように三人ともが驚きの表情を浮かべている。

 しかし、シェティーネは持ち前の運動神経で鮮やかに宙へと回避することに成功したが、残り二人はユキの作戦通り、魔法の中へと取り込まれてしまった。

 その場に残ったのは、生徒二人を取り込んだ大きな水溜りのみ。シェティーネが水溜りへと攻撃を試みるが、まるでクッションのように沈んで跳ね返ってしまう。

「くっ、あまり保たないかも・・・・・スレイロットくん。お願いします」

「中々やるわね。けれど、これで思う存分貴方たちと戦えるわ」

 そう言うと、一直線にユーラシア向けて駆けながら腰にかかった剣を握りしめ、鮮やかに抜刀するシェティーネ。

 ユーラシアは両手を前でクロスさせ、体中に力を込める。

 そうして素早く撃ち込まれた剣撃は、十にも及んだ。

「今のはウォーミングアップよ。それに、お母さんなら今の一瞬で百もの剣撃は撃ち込めていたわ」

 瞬きする一瞬の間にそれほどの手数で攻撃されたにも関わらず、ユーラシアは全くの無傷。

 一瞬の攻防から少し間を経て、シェティーネのレイピアのごとく細長い剣が粉々に砕け散る。まるで剣自身が砕けた事に気が付かなかったとでも言うみたく。

「嘘でしょ⁉︎貴方今何をしたの?」

「今のボクには君と正々堂々戦う術がない。だけど、君は絶対ボクの防御を破れない!」

 力の籠ったユーラシアの熱意を受け、シェティーネは薄く笑みをこぼすと、手のひらに電流を纏った大剣を生成させる。

「何それ⁉︎」

「私の魔力樹は特殊でね、実る果実は全て魔剣へと姿を変えるの」

 シェティーネ・アーノルドの魔法属性は『無属性の魔剣』であり、授かる果実は魔法ではなく魔剣という特殊な魔力樹を宿している。そして授かった魔剣はいつ何時でも召喚することができ、破壊されても時間が経てば元通りとなる。

 そして魔剣を召喚する際に、魔力を電気へと変化させているため、魔剣を召喚せずとも魔力の変換を可能とし、光の速さで動くことができるのだ。

 要するに、シェティーネ・アーノルドは無属性と雷属性の二属性持ちであるということ。

「あの剣は運動場からの借り物だけれど、魔剣となれば、同じようにはいかないわよね?」

 再び大剣がユーラシアへと牙を向く。

 先ほどよりもシェティーネの動きは若干遅くはなっているが、ユーラシアではそれすらもかわすことができない。そのため、まともに全ての攻撃を喰らい、耐え抜く他手段がない。

「一応手加減はしているのだけれど、攻撃が通じている気がしないわね」

 手加減をしないと断言はしたものの、シェティーネなりに一応の配慮は心掛けていたらしい。しかし、それでは一向にユーラシアへとダメージを入れることができない事に気が付き始めた。

 大剣による攻撃を撃ち込むに連れて、シェティーネの顔色が曇っていく。

「先に謝っておくわ。大人気ないけれど、私の本気をお見舞いしたくなったわ」

「ボクは最初からそのつもりだよ。君と全力でぶつかりたい。いつかは超えなきゃいけない壁だからね」

 シェティーネはユーラシアの言葉を聞くと、大剣を力強く握りしめる。

 大剣はシェティーネの感情の昂りに連動するかのように纏っていた雷の出力を増大させた。

 フィールド上の至る箇所へと飛散する雷撃。

 ユーラシアにも直撃してはいるものの、平然とした様子で立ち尽くしている。

「きっと、ミラエラ姉さんが貴方を死なせはしないわ。だから私は全力でこの一振りを貴方にお見舞いすることができる」

 シェティーネは地に付く足と、剣を握りしめる腕に精一杯の力を込め、横の大振りでユーラシアへと全力の一撃を食らわせた。

「ふぅ—————」

 ピキッという音が耳を刺激する。

 シェティーネがすぐさま音の方へ視線を向けると、横から中心部分へかけた一つのヒビが魔剣へ入っていることに気がついた。

「信じられない・・・・・嘘でしょ⁉︎」

 はっと思い目線を上げると、先ほどまで目の前にいたはずのユーラシアの姿はそこにはなく、視線を更に先へと向けると、フィールドの端に寝そべるユーラシアがいた。

 シェティーネが駆け寄ると、意識はピンピンしており、服の切れ目以外に一切の負傷が見当たらない。

「そこまでだ!」

 エルナスの終了の合図とともに、観客が沸き立つ。

 相変わらずのシェティーネの美しさと強さに感化された者たちだ。それと、純粋に見応えのある戦いを見て興奮した者たちも混ざっている。

 この一戦は、ユーラシアチームの負けであると同時に、ユーラシアとシェティーネ以外はほとんどが影として扱われた試合であった。

 そして、この場にいる者の多くは、確実に補欠クラスに対する認識を大きく変えられたことだろう。

 その証拠に、シェティーネの攻撃に耐え切ったことによる驚きの声や、ユーラシアの覚悟を評価する声が上げられている。しかし逆に、たまたまシェティーネの攻撃が逸れたなど、手加減をしていたなどと認めない発言をする者たちも多くいる。

 確実に言えることは、ユーラシアたちSクラスがこの空間に踏み入った時に生じた蔑みの空気が、少なからず揺らいでいるということだ。

「貴方、一体どういう体をしているの?」

「ボクの体は特別なんだ。まぁ結果的には手も足も出せずに負けちゃったけどね」

「はぁ、呆れた・・・・・ねぇ」

 シェティーネは、戦いが始まる前の凛々しくクールな雰囲気ではなく、それが少し崩れたどこか優しさを含ませた雰囲気を醸し出していた。

「貴方今夜の予定は?」

「え⁉︎いや、ないけど・・・・・」

 ユーラシアは突然のナンパ発言に驚き、言葉を失う。

「それじゃあ夕食後、居残り部屋で待っているわね」

 シェティーネはそう言って、フィールドから退場していった。


「へ?」


 ユーラシアはただただこの状況が理解できないまま、初日の合同授業が終了したのだった。

 

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