第8話 入学初日(問題発生)

 その後問題なく部屋決めが終わり、各自既に寮内に運び込まれていた荷物を取り部屋の整理を始めた。

 

 一時間半後。

 

 夕食の時間三十分前となり、ユーラシア以外のメンバーは部屋の整理が終わったらしく談話室のソファに腰掛けくつろいでいる。

「後は赤髪の彼だけですね」

「そ、そうだね」

 ミューラは食事前だというのに、どこから持ってきたのかも分からない紅茶を戸棚にあったカップに注ぎ、一口すするととても美味しそうな表情を浮かべている。

「終わったみたいだぞ」

 本棚が「ギィ」と音を立てながら開き、中から出てきたユーラシアが談話室の光景を見た瞬間、少しだけ気まずそうな表情を見せる。

「ボクが最後みたいだね」

 そうしてユーラシアもみんなと同じようにソファへと腰掛けて数分間、談話室に静寂が流れ続けた。

「えっと・・・・・自己紹介でもする?」

「それはいい考えだな」

「そうしましょうか」

「俺も異論はない」

「はぁ、緊張で気絶するかと思いました・・・・・」

 この場にいる全員が静寂が解ける瞬間を待っていたかのように、一斉に話し出す。

「それじゃあ、提案者のボクからだね。と言っても名前はさっき言っちゃったから、この学園を受けた理由を話すよ。ボクの両親は今から十年前くらいに起きた『ゴッドティアー』から人類を救った勇者なんだ。ボクは補欠クラスに飛ばされても仕方のない魔力しか持ってないけど、そんなボクでもお父さんとお母さんみたく、みんなを守れるゴッドスレイヤーになりたくてこの学園を受けようと思ったんだ。それと単純に強くなりたかったからっていう理由もあるけどね」

 そんなユーラシアの話を、皆がどこか感心した様子で聞いている。

「見た目に反してしっかりとした考えを持っているんですね。私なんかとは大違いですよ」

 次に話し始めたのは、ミューラだ。

 既に注いだ紅茶がなくなってしまったのか、寮内に完備されている台所でお湯を沸かしている。

「私の場合は家族が皆ゴッドスレイヤーだからという理由だけでこの学園に入学しました。私の周りはみんな優秀で、尊敬できる人たちばっかりなのに、私はみんなから好かれてはいないみたいなんですよね。あははっ」

 ミューラは思わず暗くなりそうな雰囲気を回避するかのように、無理矢理笑顔を作る。

「そりゃあそうですよ。どんな魔力を持っていようともそれをコントロールできなければ意味がないんですから。落ちこぼれとして扱われるのも無理ありません」

「オルカー家も代々続くゴッドスレイヤーの家系で有名だからな。聞いたことはあったが、まさかそんな苦労があったなんて思わなかったぜ。あんたの次に話すのは気まずいが、話し出した手前無理に引くこともできないしな」

 ゴディアンはとても気まずそうに誰からも視線を逸らして自己紹介を始めた。

「あの先輩も言ってたように、アルデルト家は結構有名な発明家一族だと俺自身も自覚している。そんで言いづらいんだが、俺は一族の希望の星とまで言われてたんだよ。なのに・・・・・なのにだ・・・・・」

 突如ゴディアンの様子が激変し、瞳から涙がこぼれ始めてしまった。

「間違えちまったんだよ。本当は俺、発明科を受けるつもりだったんだ。入試当日にその間違いに気づいて試験官に相談しようと思ったら校長本人が出てくるし、落ちて他の学校受けようとしたら合格通知が届くしで今ここにいるわけだ」

「合格通知が来たからどうした、他の学園を受ければよかった話だろう」

 頭を抱えて嘆くゴディアンに、ズバッと自分の意見を述べるアート。

「バカか!」

「なに?」

「いや、つい。悪い」

 勢いで飛び出した発言を、アートの圧に押されて即座に取り消すゴディアン。

「この学園は、魔戦科だけじゃなくて他の学科も他の学園と比べてもすげぇ優秀なんだ。そんな学園の入試を受け間違えたなんて言えるわけない」

「えっと、それってつまり君の家族は全員、魔戦科の生徒になったのは知らないってことだよね?」

 ユーラシアが確認のために、端的に整理して聞き直す。

「そういうことだ。みんな俺が発明科の生徒になったと思ってるんだ」

「それはバレたら間違いなく殺されますねぇ」

 本気で嘆いているゴディアンのことなど、知ったことではないミューラは、どこか楽しそうに発言する。

「人事だと思いやがって」

「人事ですもん。ただまぁ、私もこの学園で何の成果も出せなければ、家族の縁を切られてもおかしくはありませんからね。案外似ているのかも知れませんね私たち」

「はぁ、かもな。それじゃあ次に行ってくれ」

「わ、私は、ごく普通の家庭に生まれたどこにでもいる凡人です。みなさんみたいに、何かすごいお話などなくてすみません」

 ユキはとても人見知りな性格なのか、終始Sクラスのメンバーにビクビクした様子。

「そんなことないよ。そういえば、一つ聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 ユーラシアは、敵意などないとアピールするかのように優しい笑顔を浮かべながらユキに視線を向けた。

「う、うん」

「実はボクを育ててくれた人はさ、こことは違う別の世界から来た異世界人らしいんだけどね、その人から聞いた話の中にマサムネ・シンジョウ、ヒナタ・イシガミ、それと・・・・・ユウヤ・カガミっていう君と似たような名前が出てきてたことを思い出したんだ。もしかして君も、ここじゃないどこかの世界から来たの?」

 ユキは困ったような表情を浮かべつつ、申し訳なさそうな口調で話した。

「ごめんなさい。その可能性はあるかもしれないけど、その時の記憶を覚えていないんだ」

「いやボクの方こそごめん。今日初めて喋ったのに、いきなり立ち入ったことを聞いちゃったよね」

「ううん大丈夫」

 こうしてユキの自己紹介を終え、必然的に四人の視線がアートへと向く。

「ん?最後は俺か」

 アートは組んでいた脚を解き、ソファから立ち上がる。

「俺の入学動機は単純だ。ここは優秀な生徒が数多く集まる学園だと知ってな、信頼のおける仲間を作りにきただけだ。だからまぁ、俺にとっては所属する学科など特に気にすることでもない。それよりもお喋りの時間は終わりのようだぞ、迎えが来る」

 アートがそう発した直後、壁越しに二回ノック音とフリック先輩の声が聞こえてきた。

「おーい食事の時間だ。僕はこの中には入れないから、君たちの方から出てきてくれるか?」

「マジかよ、全然気が付かなかったぜ。よく先輩が来るって分かったな?」

 ゴディアンはアートに対して感心した笑みを向ける。

「足音や鼓動。例え魔力反応が微量だったとしても生命反応を知る方法はいくらでもある」

 アートはそれが当然のように発言しているが、足音はまだしも常人に離れた者の心臓の鼓動を聞くことなどできない。

「あははっ、イカれてますねぇ」

 ミューラは考えても仕方ないからと、軽く今起きた一瞬の出来事を流した。






 その後四人はフリックに連れられ、地下にある大食堂へと向かう。

「こりゃすげぇ・・・・・俺ん家の食堂も相当に広いが、ここはその五、六倍はあるぜ」

 アルデルト家は貴族の中でも資金面に優れている方であるため、屋敷の方もそれは豪華なものだが、マルティプルマジックアカデミーの大食堂はその比にならない。


 大食堂の入り口には、十メートル以上もの高さの天井から地面にかけて作られた大きな扉が存在し、開けた先には計四つの長机が置かれている。これは、四〜六学年の生徒が座って食事をする席であり、学科ごとに分かれているため四つ存在している。

 では、一〜三年生はというと、長机の左右に何台も置かれた六〜八人用の机で食事を行う決まりとなっている。また教師たちは教員用の食事場所が会場の二階に用意されているため、生徒たちの様子を上から眺められるのだ。

 そして長机を含めた全ての机に人数分の料理が既に運ばれており、丁寧に取り皿やシルバー類までもセットされている。

 会場内はロウソクの明かりで照らされているため、とても心地の良い雰囲気が醸し出されている。


 ユーラシアたち五人は、まだ誰も座ってない六人用の机へと向かい席に着いたタイミングで、ユーラシアの背後から声をかけられた。

「私もお邪魔していいかしら?」

「ミラ?教師は生徒とは別々に食べるんじゃないの?」

「大丈夫。ちゃんと許可は取っているわ。それとも、私がいると迷惑?」

 ミラエラとユーラシアはこれまでずっと一緒に過ごして来たため、これから大人になっていくに連れ徐々に自分から離れていく未来を想像してしまったミラエラは、少し寂しそうな表情を浮かべる。

「ち、違うよ!ボクはただ、教師と生徒は別々に違う場所で食事をするって先輩から聞いたから、それでミラはボクたちと一緒に食事して大丈夫なのかなって思っただけだよ」

「そう。それならよかったわ」

 ユーラシア以外の四人も特に断る理由はないため、快くミラエラの同席を受け入れる。

「遠慮しなくていいですよ〜」

「ああ、居て困ることではないからな」

「ありがとう。それじゃあ失礼するわ」

 ミラエラはそう言って、空いているユーラシアの隣の席に着いた。

 それから数分後、続々と生徒たちが大食堂に姿を見せ始める。

 長机は既に大半が埋まっており、上級生ならではのオーラを醸し出しているのに対して、新入生を含めた一〜三年生までの生徒はまだ半分以上が集まっていない様子。

「あの、ユーラシアくん」

「え?あっうん、何?」

 ユーラシアは唐突に自分の名前が呼ばれたことに対して動揺した様子を見せる。

 ユーラシアはこれまで、ミラエラ以外の女性との関わりがシスターと教会の子供たち以外では一切なかったため、ましてや同世代の異性に名前を呼ばれるなど初めての体験だったのだ。

「おや?今の呼び方嫌でしたか?ではさんを付けましょか?それとも何か案があれば何でもおっしゃってください」

 ユーラシアの動揺した理由など知る由もないミューラは、ユーラシアの意思とは見当違いの反応を見せる。

「いや、呼び方はそのままでも大丈夫だよ。ただ、同い年くらいの女子に自分の名前を初めて呼ばれたから、思わず驚いちゃっただけなんだ」

 するとアートが何やらおかしそうに笑顔を見せる。

「なるほど、お前はまだ女性経験がないのか」

 自分と同い年くらいのくせに何を言っているんだと、ユーラシアはアートに不満の目を向けた。

「いや何、俺もこの体になってからはまだそういった経験はないが—————何でもない。忘れてくれ」

 何かまずいことを口走ってしまったかのように、浮かべていた笑顔が陰に潜むと、アートは突然冷たい態度で話を無理矢理終わらせた。

「そっか・・・・・」

「この体になってから」ということはおそらくアートは転生者であり、かつての記憶を宿した状態であるということになる。

 ユーラシアは自分も同じようなものなので、特に気に留めようとはしなかったのだが、ミラエラが何やら険しい表情を浮かべている。

「どうかしたの?ミラ」

「え?ああいえ、何でもないわ。それよりも、そこの彼女が何か質問しようとしてなかった?」

「はい。何やら盛り上がっていたので、出ていくタイミングが分からなくなっていました。それでは気を取り直して。ユーラシアくんとミラエラ先生は、どういう関係なんでしょうか?」

 学園内で、二人のことを知っているのは校長であるエルナスだけ。

「どうって—————」

 話出そうとしたユーラシアを手で制止させ、ミラエラが代わりに発言する。

「ユーラシアのことは、我が子のように思ってるわ」

 ミラエラは、淀みのない澄み切った表情でそう語った。

「ということはつまり、血のつながりのない家族と言ったところでしょうか?」

「まぁ、そういうことになるわ」

 正確には、そうとも言えるし、そうでないとも言える。

 とてもプライベートな話なため、ミューラからもこれ以上探るような発言は出てこないが、四人ともが驚いた表情でミラエラとユーラシアへと交互に繰り返し視線を向けている。

「へぇ、こんな美人が母さんか、羨ましくて鼻血が出るぜ」

 冗談まがいで放ったゴディアンの発言は、軽く無視される。

「けどよ、あんた俺たちとあまり変わらない歳の差に見えるんだけど気のせいか?」

「まぁね。けれど真実は違う。ヒントをあげるなら、この目で竜を見たことがあるわ」

「いやいや、それは流石に嘘すぎだろ。竜っつったら魔王よりも長く生きてることにならねぇか?いや、同じくらいか?」

 先ほどの自分の発言みたく、冗談であると思ったゴディアンは軽い気持ちで乗っかってみたものの、ミラエラの表情から笑顔が一向に消えないことに少なからず恐怖を覚えた。

「さぁどうでしょうね」

 そしてこの時、アートの鋭い視線がミラエラをしっかりと捉えていた。

 


 大食堂にはほとんどの生徒が集まり、後一、二分ほどで食事が始まるであろうタイミングで、同じ新入生である魔戦科の生徒六名ほどがユーラシアたちのテーブルへとやって来た。

「ちょいちょい君たちさぁ、ミラエラ先生を貸してくれるかな?いやくれるよね?」

「悪りぃな。彼女は今日、俺たちと食事するんだ」

「はぁ?」

 ゴディアンの発言に対してあからさまに眉間にシワを寄せ、汚いものでも見るような視線をユーラシアたちに向ける。

「Sクラスなんて呼ばれてはいるけど、所詮は雑魚の落ちこぼれ集団でしょ?なに魔戦科のこの僕に口答えしてるんだい?」

 ユーラシアたちに悪態をつく魔戦科一年の生徒は、勝ち誇ったような視線でユーラシアたちを見下ろす。

 大食堂には全校生徒だけでなく、教師までもいるため、揉め事など起こせばタダでは済まない。そのことを少なからず心得ているからこそ、誰一人として言い返そうとはしなかったのだが、ただ一人、そうではない者がいた。

「この俺を雑魚呼ばわりとはな」

「ミラエラ先生のような綺麗な人が、こんなゴミクズみたいな奴らと一緒の空間にいるのはよくないですよ。ほら、僕たちのところに行きましょう」

 魔戦科の生徒がミラエラの腕を掴もうとしたその時、その向かい側に座っていたアートが席から立ち上がり、その生徒の前に出る。

「前に一度、どこかで会ったことでもあるか?」

「え?あるわけないでしょ。頭沸いてるのかな?あははははっ」

 一人の笑い声が背後にいる他の生徒たちにも連鎖していき、アートは笑いの的となる。

「ならばまずは最低限の礼儀はわきまえろ。そんなことでは女性にモテないぞ」

「は?補欠ごときがこの僕に偉そうにするなよ。僕がその気になればお前なんかいつでも捻り潰せるんだからな」

「ほう、それは面白い。それでは俺を撃ち倒す勇者の名前を聞いておこうか」

「オッド・オスカー。君の名前は・・・・・聞く価値もないね。レインは確か君のことを世界樹の宿主とか言ってたけど、僕には到底そうは思えない。第一魔力が弱すぎるし、それに、本当にそうなら補欠なんかになるはずがないしね。入試の時は校長の言葉に驚かされたけど、それもきっと何かの間違いさ。分かったら早く僕たちに先生を譲ってもらえる?もうそろ席に戻らなくちゃいけないんだ」

 アートは内に秘めた強大な魔力の気配を、ミラエラと同等かそれ以上の魔力制御で相手に悟らせない。

 目の前にいるはずのミラエラでさえ、アートの魔力がどの程度なのか悟ることさえできない次元なため、オッド適度の実力者では尚のこと論外。

 

「立っている生徒は席に着いてください」

 

 その時、食堂内にマナリプトンの高らかな声が響いた。

「いい加減邪魔なんだけど、退いてくれないか?」

「自力でどかしてみるがいい」

 オッドの怒りは徐々に高まり始める。

 そうしている内にもマナリプトンによる二度目の合図が会場内に響いく。

 

「早く席に着きなさい!」

 

 オッドは挑発された手前、引くに引けない状態となっている。しかし気がつくと、自分たち以外の生徒は既に全員が食事を始められる体勢となっており、立っているのはオッド含めたその仲間たち六名とアートの七名のみ。

 これ以上は無駄に注目を浴びたくないオッドは、悔しいながらもその気持ちをグッと堪えてアートへと背を向けた。

「チッ、今日のところは勘弁してあげるよ。あーあ、お前、命拾いしたな」

「フッ命拾いか。それは俺のセリフなのだがな、まぁいい。それよりも、先ほどの侮辱的な発言を今すぐに謝罪してもらおう。さもなくば、この場でお前を殺す」

 アートの真っ赤な瞳が真っ直ぐにオッドに向けられる。

「僕は本当のことを言ったまでさ」

「ふむ。そうか」

 その瞬間、アートの真っ赤な瞳が光を帯びると、『挑発』の魔法を発動させた。


「なんっだこれ⁉︎」


 オッドの体はひとりでに動き、アートの頬へとオッドの拳が当てられる。

「これで正当防衛だな」

 アートの不適な笑みがオッドの瞳に映し出される。

 次の瞬間、目には見えないアートの速すぎる攻撃がオッドを襲い、そのままオッドは入り口の扉へと吹き飛ばされた。

 扉は物理攻撃耐性と魔法攻撃耐性の魔法防壁が施されていてかなり頑丈なため、多少のヒビ割れが生じただけで済んだが、オッドは手足、肋骨、背骨の骨折に加え、頭から大量の血を流して意識を朦朧とさせている。

 アートはそんなオッドを見下ろすように足下に立つと、挑発的な笑みを浮かべた。

「これがいわゆる冗談というやつだ。命があってよかったな」

 謝罪しなければ殺すという発言は冗談だったとアートは言いたいのだが、見ている側からしてみればこの状況は冗談一つでは済まされない。

「何、言って—————」

 オッドは、アートの発言の意味が理解できないまま意識を失ってしまった。

 その後慌てて駆けつけて来たマナリプトンが急ぎ回復魔法をオッドへと施す。

「アート・バートリー。このような場で暴力を振るうなど、許されないことです。停学———いえ、退学になったとしても文句は言えませんよ」

「それを言うなら、無様に伸びているそいつも同罪だろ」

「何を言うかと思えば、見れば分かる通り彼は被害者ですよ?この状況であなたが暴力を振るったことは明白です」

 魔法学園の頂点に君臨するマルティプルマジックアカデミーに実力の伴わない補欠クラスができたこと自体、マナリプトンにとってはよく思えない出来事であったため、そんな補欠クラスの生徒が入学早々暴力事件を起こしたなど、更に学園の品格を下げてしまうことになる。と、マナリプトンはそう思っている。

「いや、彼の言う通りだ」

「校長。彼の言う通りとは、どう言うことでしょうか?」

 マナリプトンとアートの周囲に大勢の人だかりができる中、エルナスが姿を見せた。

「私は先ほどの一連の出来事を終始二階の席から眺めていたんだが、先に仕掛けたのはオッド・オスカーの方だったな」

「例え正当防衛だったとしても、ここまでやる必要があったとはわたくしには思えませんわ」

「それほど、アート・バートリーとオッド・オスカーとの間には歴然の差が存在しているということだ」

 マナリプトンは、あり得ないとでも言いたげにエルナスの発言に対して悔しげな笑みを浮かべる。

「それはあり得ませんわ校長。実際、そこの生徒は魔戦科に選ばれなかった補欠クラスなんですから」

「私は補欠クラスのメンバーを選出する際、人並みに劣っている部分はあれど、確かに輝く質を宿している者たちを選んだつもりだ。要するに、補欠クラスと言うだけでは実力の優劣はつけられないと言うわけだ。この状況が何よりの証拠だろう」

 エルナスはマナリプトンだけでなく、この場にいる全員に自分の考えを聞かせるように大きな声で発した。

「校長先生は、僕がこんなクソ野郎に劣ってると、そう言いたいんですか?」

 目を覚ましたオッドが、両腕で上体を支えてゆっくりと起き上がる。

「あくまでも決めつけることはできないと言ったまでだ。個人に関する私独自の見解は余計な差別を生みかねない」

「それで校長。処分のほどはどうするんです?」

「そうだな。その他のメンバーには何の責任もないが、補欠クラスは連帯責任として全員が一週間の寮内謹慎とする。オッド・オスカーに関しては、この場での厳重注意のみで今回は見逃すとしよう。今後、Sクラスに対する過度な侮辱発言や行為は、場合によっては罰則の対象になることとする」

「今回は実質、俺たちだけが罰を負わされる羽目になったということか」

 あまりにも清々しい表情のアートに、エルナスの鋭い視線が向けられる。

「あまり私を見くびらないことだ。今回の正当防衛の件については、お前が何らかの魔法でオッドを操ったことは分かっている。常に私の目が光っていることを忘れるな」

「ふむ、覚えておこう」

 今日は入学式当日ということもあり、新入生歓迎式が食事の時間で開かれるはずだったのだが、新入生たちによる揉め事が起きてしまった。それにより一度ムードは壊れてしまったものの、その後は気を取り直して式は無事開かれることとなった。






 大食堂二階教師席の一際目立つ食事の席にて、食事に手をつけず何かを考え込むエルナスの姿があった。


 エルナスは入学式の挨拶でも述べた通り、補欠クラスを新たに増やすことによってSクラスに対する蔑みの態度が少なからず向けられることは分かっていた。そして、それに対してSクラスの連中が反抗することも。

 しかしエルナスが見落としていたピースはアート・バートリーの存在。

 もしアートがエルナスの予想通りである存在の転生体ならば、下手に刺激を与えぬように最大限配慮するべきであった。

「完璧に私の落ち度だ」

 今回、些細な揉め事とは言え、死者が出なかったのは不幸中の幸いだろう。アートがその気だったならば、オッドを殺すことなど簡単にできたはずなのだから。

 オッド・オスカー。いや、オッドだけではない。あの状況から察するに、今後Sクラスに対する不愉快な言動や行動は増していくだろう。そうなればどんな事態になってしまうか想像もしたくない。

 現状、学園にはミラエラも、そしてエルナスもいる。多くの実力者たちが揃っている。

 しかし、決して安心してはいけない。アート・バートリーとは、それほどに恐ろしい存在かもしれないのだから。

 取り返しのつかない怒りを買う前に、何か手を打つ必要がある。

「そうか。格付け期間の間に合同授業を行えばいい」

 格付け期間とは、毎年百名近くいる魔戦科生徒を上・中・下の三段階のレベルに振り分け、魔戦科内でのクラス分けを行う期間のこと。

 現三、五、六年生には上級より上の特評価のクラスが設けられている。

 格付け期間は入学してから丁度二週間の期間で開催されることとなっており、今年は魔戦科補欠クラスをその格付け授業に参加させれば、魔戦科の生徒全員に彼らの実力を示せるいい機会となる。

「補欠クラスは、あくまでも他の教師を納得させて彼らを入学させるための建前だ。格付け期間を経て補欠クラスから抜け出せれば彼らにとってもメリットがある」

「食べないのですか?」

「・・・・・今食べようと思っていたところだ」

 ぼーっとしていたエルナスの意識は現実に戻され、ハッとした様子で目の前にあったナイフとフォークを手に取り、皿に盛られた肉を一口頂く。


「————冷たい」


 エルナスは、見事な案を思い付いた犠牲で生じた冷たさをしっかりと噛み締めながら、今後の方針を改めて考えることとした。

 

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