第7話 入学初日

 それから二週間後、入試の時に集められた王都の奥地にある森の広大な広場へと、再び新入生たちが大勢集められていた。

「実感沸かないけど、今日からボクたちもアカデミーの生徒なんだね」

「それは貴方だけね、私は教師よ」

「あっそうだった。すごいよねミラは。あんなにいた受験生の中で一人だけ教師に認められちゃうなんて」

 ユーラシアは自分のことのように嬉しそうな表情を浮かべている。

 それもそのはず。ミラエラが教師として採用されたという話を聞いて一番喜んだのがユーラシアだからだ。

 もちろん、一緒に学園の生徒になれたらそれはそれで楽しかっただろうが、誰よりもミラエラがすごいことを知っているユーラシアは、その実力が周りに認められたことに本人以上に喜んでいる。

 始めは教師など然程乗り気ではないミラエラだったが、これほどまでに喜んでくれるユーラシアを見ていたらどこからともなくやる気が湧いて来たのだった。

「本当はユーラシアと一緒に学園の授業なんかも受けてみたかったけれど、教師になった以上、教師の立場として貴方を見守らせてもらうわね」

「嬉しいけど、生徒はボクだけじゃないからね」

 個性豊かな生徒たちが大勢この場には存在している。しかし、入試の時と比べるとかなりの少なさを感じてしまう。

 今この場にいる生徒数はおよそ入試の時の十分の一程度だろう。

 今この場にいる者は全員、己の実力を持って最高峰の魔法学園への入学という切符を勝ち取った者たち。

 そしてそれはユーラシアも同じである。

 ユーラシアは自身の置かれている状況をもう一度改めて客観的に捉え直し、気を引き締めて学園への転移を待つ。

「よしっ」

 その直後、ピンクの花柄の衣装に身を包んだ中年の女性が生徒たちの上空へと姿を現した。

 そうしてまず多くの者の視線が釘付けとなった場所。それは、女性の頭。胴体と同等の大きさを持つアフロをしたその髪は、ふわふわと風に靡いて浮き沈みを繰り返している。

「初めましての生徒もいるようですわね。わたくしの名前はマナリプトン。これから貴方たち新入生を我が学園『マルティプルマジックアカデミー』へとお送りしますわ」

 入試の時は学園の運動場か、予め試験用に用意されていた試験室を用いて筆記試験を受け、入学手続きなどは全て魔法による遠隔操作で行われていたため、新入生たちがしっかりと学園の姿を見るのはこれが初めてとなる。

「送り先は学園のロビーとなり、そこではそれぞれの学科ごとに色分けされたローブを制服と一緒に受け取り、受け取った者から教員の指示の下、中央大広間へと移動すること。それでは行きますわよ」

 そう言ってマナリプトンが一度指を鳴らすと、新入生全員を一度に学園へと転送した。

 そうして目の前の景色が変化した先は、学園のロビーと思われる大きく開けた空間。

 天井は王都に立っていたどの木よりも高く、壁には魔物か何かの石像が張り付き火を灯す受け皿となっている。そして目線の先には巨大な階段が存在していた。

 そんなロビーの何箇所かに大きな旗が立てられており、旗内にはシンボルのようなものが記されていた。

 目の前に広がる景色に多くの新入生が意識を奪われていると、マナリプトンが先ほどの説明に加えて新たな説明を始める。

「貴方たちから、幾つかの旗が見えていますわよね?これからわたくしが一つずつそれぞれの学科に該当する旗のシンボルについての説明を行っていきます。二度は言わないからよく聞いているように」

 マルティプルマジックアカデミーに存在する学科は新しいクラスが一つ追加され五つとなった。

 


 魔戦科が誇るシンボルは勇気と強さの象徴を表す三つの星が重なってできた刺々しいもの。ローブの色は赤。



 魔法研究科が誇るシンボルは、魔力樹を表すかのような幹のシンボルが描かれている。ローブの色は緑。



 魔法科学科が誇るシンボルは、科学と魔法の境目を追い求めることを象徴した円の真ん中に一本線が描かれているもの。ローブの色は紫。

 


 発明科が誇るシンボルは、発明家に相応しい直感の閃きを象徴した雷のシンボル。ローブの色は黒。

 


 魔戦科補欠クラスが誇るシンボルは、魔戦科と同じシンボルであり、ローブは赤と白で半々に染められている。

 


 以上の説明を受けた生徒たちは、早速それぞれの旗の下で学園特製の真っ白なワイシャツ+ズボンor膝ほどまであるスカートの制服に着替え、学科を象徴するシンボルが胸の中央に刻まれたローブを身に付け、中央大広間へと向かった。

 

 中央広間は、中央に存在する円形の舞台を囲むようにして無数の席が存在している。そしてどの位置の席からでも円形舞台での状況を眺められるように、天井に五つの巨大モニターが設置されていた。

 今回は新入生と教職員しかこの広間にはいないため、席の六分の一ほどしか埋まってはいない。

 新入生はそれぞれ学科ごとにエリア分けされている席についた後、スポットライトが円形舞台を照らして入学式が開会される。

 まず始めに舞台に姿を現したのは校長であるエルナス。生徒たちにはモニターを通して、その美麗な姿に視線を集めさせる。

「まずは入学おめでとうと言っておこう。我が学園に入学できただけでも、その未来ある能力を見込まれた優れた存在であることは間違いない。だが重要なのはここから何を学び、己の糧とし成長していくかだ。お前たちはまだ植物の種でしかない状態だ。個々が宿す魔力の質や魔法系統は生まれつき決まっていて仕方のないことだが、努力次第ではどんな花も咲かせられる。私が言いたいのはただ一つ。才能とは奇しくも、選ばれた者にしか授けられない特権だ。だが、決して己の可能性を諦めるな。マルティプルマジックアカデミーは、可能性を追求し、己を高めていく場所だ。それを決して忘れるな」

 場が静まり返ると次第に拍手喝采となり、エルナスは満足そうな笑みを浮かべて次の話へと移る。

「それでは次に、今年新設した魔戦科補欠クラスについての説明をしよう。このクラスはたったの五名で編成された私考案の特別クラス。通称『Sクラス』だ。しかし敢えて隠さずに語るとすれば、このクラスは補欠と名の付く通り、何かしらの能力が足りず、何かしらの質を認められた者たちの集まりだ」

 いずれ知られることになる補欠クラスの意味だが、敢えてこの場で話したのはSクラスの連中を鼓舞するため。

「私が今真実を伝えたことによって彼らを蔑み、嘲笑う連中は必ず現れるだろう。しかし、負けるな!迫り来る抵抗を経験し、私の考えの及ばぬ域にまで成長してみろ。なぜなら私は、他の誰よりもお前たちSクラスに期待をしているのだからな」

 そう語るエルナスの瞳は、真っ直ぐに一点のみに向けられていた。その先にいるのはユーラシア。

 ユーラシアは気のせいであるだろうがエルナスと目があった気がしたため、突如緊張にかられて息を呑んだ。

「私からは以上だ」

 エルナスが舞台上から姿を消し、会場全体に新入生代表の挨拶を告げる進行役の声が響き渡った直後、舞台上にレインが姿を見せた。

 そして直後、会場に響いたのは舞台から姿を消したエルナスの声。

「我が学園は毎年、魔戦科の成績最優秀者が代表を務めることとなっている」

 本当のことを言えば、今年の成績最優秀者はミラエラであったが、ミラエラは教師として採用されたため代表の責務は負わずに済む。

「レイン・アーノルドだ。言っておくが俺はこの六年間で学園の頂点へと昇り詰めるつもりだ。アート・バートリー、貴様に一つ宣戦布告をしよう。世界樹を宿す存在か何かは知らないが、俺はお前には絶対負けないと断言しておく」

 その瞬間、会場が響めいた。

 世界樹とは今の時代では誰もが知る最も有名な魔力樹であり、その存在が同じ学園にいることに対しての驚き。しかしそれは、徐々に否定的な蔑みを含んだ発言に変わっていく。

 補欠クラスの奴が世界樹を宿す存在などあり得ない。もしそうなのだとしたら、なぜ補欠クラスに選ばれたのか。

 そしてその発言の多くは魔戦科以外の生徒たちからのものだった。

 入試の第二試験の出来事を知っている魔戦科の生徒ならば、例え補欠クラスに飛ばされていたとしても世界樹を宿している可能性は否定しきれない。

 しかし、自分より下の立場にいる人間が、自分よりも優れた存在なわけがないと否定する者たちも魔戦科の中にいるのも事実。

 当のアートは清々しいほどに冷たい表情で舞台上にいるレインに視線を向けていた。

「そして俺は誰とも馴れ合うつもりなどない。だが、俺を慕う者ならば歓迎しよう。以上だ」

 レインは掛けているメガネに一度触れると、そのクールな姿勢を一切崩さず舞台上から姿を消した。

 そうして次にモニターに映し出されたのは、自分たちと同い年くらいの少女。

 綺麗な白髪がライトに照らされ、キラキラと輝く黄金の瞳が見る者の意識を吸い込んでいく。

 そんな感じで多くの者がミラエラに見入っている中、魔戦科の生徒の大半が驚きに満ちた表情を浮かべている。

「今年からこの学園の教師をすることになったミラエラ・リンカートンです。私は主に魔戦科の教師として、始めはその補佐に回ると思うからよろしく」

 ミラエラは短くそう述べると、さっさと舞台上から去って行った。

 そうして再びエルナスが現れると、今後の流れを説明する。

「入学式はこれで終わりだ。この後の流れをざっくりと説明すると、予めお前たちが学園に送った荷物がこれから寮となる各部屋に既に届いている。広間を抜けると五名の上級生が待っているので、上級生の指示の下それぞれの寮へと移動してもらいたい。以上だ」

 


 広間から出ると、ユーラシアたちSクラスの新入生五名は、フリック・マドルと名乗る魔戦科三年生の生徒に案内され寮へと向かっていく。

「学園には学科ごとに寮が用意されていて、去年まで寮は四つだけしかなかったんだ。だけど今年からは君たちSクラス用の寮空間も用意されていて、実は僕もこれで行くのが二度目なんだ。きっと見たらびっくりすると思うよ」

 フリックは迷路のように入り組んだ通路を迷いもせずスタスタと進んでいき、壁に大きく魔戦科のシンボルが刻まれた場所で足を止めた。

「ここだよ。この壁に刻まれたシンボルが君たちの寮の印さ。ここを見て」

 フリックは魔戦科のシンボルの真下に小さく刻まれたSの文字を指差す。

「このSのマークが魔戦科の寮と君たちの寮との違いだ。ここに注意しておかないと、魔戦科とSクラスのシンボルは全く同じだから間違える可能性があるからね。それとそうだな・・・・・窓の外を見てみて」

 魔戦科補欠クラスの寮は丁度一つの角の行き止まりに位置しており、天井から床までの大きさで張られている窓からは一本の大きな真っ白い塔のような物が見える。

「あれはバベルと呼ばれているんだ。実際には全然天まで届く高さはないけど、ゴッドスレイヤーを目指す僕たちにとっては、いつか神に手をかけてやるっていう強い意志を忘れさせない心の象徴になっているんだ。ここからだと、バベルが一番綺麗に見える。それが目印だよ」

 学園は崖の上に建っているのに、バベルと呼ばれる塔は海面から学園以上の高さにまで伸びている。

「それじゃあ中に入ろうか」

 既にSクラスの生徒五名の生体認証は済んでいるらしく、これから寮に入る際は壁のシンボルに手のひらを当て、微力な魔力を流してあげることでその先の空間が出現する仕組みになっている。

 今回は代表してアートが壁に手を当て、空間を出現させた。

「あははっ、これはすごいですね〜」

「ちょっとミューラちゃん、先輩よりも先に入ったらダメですよ」

 目の前に広がる光景を目にしたミューラと呼ばれる女子生徒が一番乗りで部屋へとかけた。

 天井には大きなシャンデリアが飾られ、人数分の高級そうなソファや机が置かれており、何冊かの本が並べられている本棚に暖炉も置かれている上、お風呂やトイレに至っては男女別で一つずつ用意されている。

「無理もないさ、僕も始めは驚いたよ。学生なんかにこんなにもいい部屋を与えてくれるなんてね。僕のことは全然気にせずに君たちも彼女みたくもっと喜んでいいよ」

「わ、分かりました。それじゃあ———」

 始めはミューラに注意していた女子生徒も、フリックの言葉で少しだけ緊張が解けたのか、一人用のフカフカなソファに腰掛けとろりとした心地の良さそうな表情を浮かべている。

 続いてユーラシアとアートも同じくソファに腰掛ける。

「すごい!こんなフカフカな椅子は初めてだよ!」

「悪くない。人が作ったにしては上出来な代物だ」

 三人がゆったりと腰掛ける中、ミューラは部屋中のあちこちを触り、見て回っている。

 そして残りのもう一人は、暖炉の前に座りなぜだが疲れた表情を浮かべていた。

「じゃあ次に、君たち一人一人の寝室へと案内するよ」

 部屋の壁際にあった本棚を軽く後ろへ押すと、壁と壁の間に消えていき、その先にもう一つの空間が現れた。

 空間は直線の廊下になっていて、左右に合計五つの扉が存在している。

「扉の先には一人一人の寝室があるから、部屋決めは僕が帰ってからやってくれよ」

 フリックが言うには部屋はどれも同じ作りになっているとのこと。

「最後に食事と入浴に関してだけど、食事については学年問わず学園の地下にある大食堂で決められた時間に食べる決まりになってる。もし時間に遅れたら食事抜きなんてこともありうるから注意しろよ。そして入浴については寮にあるお風呂を使ってもいいし、これもまた学園の地下と最上階にある大浴場を利用してもいいことになってる。ただしこれも時間が決められてるから注意が必要だ。まぁでも、大浴場に関しては時間よりも混み具合の方を注意しておいた方がいい」

 フリック曰く、最上階には露天風呂が存在するため、一度に入れる定員人数が決められているらしいのだ。つまり、その定員人数を考慮した上で時間内に入浴しなければならないということ。

「とまぁ、僕から伝えなくちゃいけない説明はこれで以上かな。校内案内はまた今度するとして、何か聞きたいことがあったら直接寮に来てもいいし、校内で見かけたら声をかけてくれてもいい」

 そう言ってSクラスの寮を後にしようとしたフリックだったが、何かを言い忘れたのか再びユーラシアたちの方へと向き直る。

「おっとそうだ。名前を聞いとかなくちゃな。それじゃあ、君からお願いできるかな?」

「ミューラ・オルカーです」

「わ、私はユキ・ヒイラギ・・・です」

「へぇ、変わった名前だね」

 フリックはユキの名前の発音がこれまで聞いたことのないものだったため、思わず思ったことが口に出てしまった。

「へ、変ですよね。ごめんなさい不快にさせてしまったのなら」

 突然、怯えた態度を見せたユキにフリックは困った表情を浮かべつつ、優しく言葉を投げかける。

「ううん。とてもいい名前じゃないか。気に入ったよ。それじゃあ次は君の名前を聞かせてもらおうかな」

 そう言ってフリックが視線を向けたのは、アート。

「アート・バートリーだ。お前からは強い力を感じるな。少し興味が出てきた」

 アートの言葉を受け、またしても困った表情を浮かべるフリック。

「あ、ありがとう。えっと次は———」

「ユーラシア・スレイロットです。よろしくお願いします」

「スレイロット?それって勇者と同じ名前じゃないか!もしかして、君はその二人の息子だったりするのかな?」

「はい。そのスレイロットです」

 ユーラシアは両親が勇者と呼ばれる存在であることをミラエラの記憶の断片を見て知ってはいたが、エルナスといい、フリックといい、改めて他人の驚く反応を見ると、両親は本当にすごい存在であったのだと思わせられる。

「本当にすごいじゃないか!君とはもっと話がしてみたいな。だけど今は時間がないからまた今度だね。それじゃあ最後は君か」

「ゴディアン・アルデルトです。お願いしやす」

 もじゃもじゃの茶髪で片目が隠れてしまっている分、余計に元気のなさが際立っている。

「アルデルト家も確か名家だよね?」

 アルデルト家は先祖代々から優れた技術でいくつもの魔道具を生み出してきた有名な発明家一族であり、今は王都クリメシアの一貴族の基盤を築いている。

「あっ先輩の言いたいことは分かるんで、それ以上は大丈夫です。もうメンタルが限界って言うか、本当バカですよね俺」

 なぜ有名な発明家一族のご子息が魔戦科にいるのか、その理由が気になったが、ゴディアンの反応からも何か事情があることは明白だったので詮索することはしなかった。

「後二時間後には夕食の時間になる。十分前くらいになったらもう一度呼びに来るから、それまでに荷物の整理をして時間を潰しててくれ。それじゃあ僕はやることがあるから一度失礼する」

 そう言ってフリックは一先ず寮を後にした。

 

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