第5話 入学試験その二
第二の試験はエルナスによる直々の魔力樹測定。
方法は、全部で五台設けられている魔力樹測定器に手を添え、ほんの少し魔力を注ぎ込むだけ。それにより機器から発せられるレザーが次第にその者の魔力樹を宙に3Dモデルとして映し出してくれるという仕組みだ。
「それでは心の準備ができた者から測定器に魔力を注ぐがいい」
エルナスの指示の下、着々と受験生たちの魔力樹測定が行われていく。
そして測定が受験生全体の約半分まで終了した辺りで、何やらざわめきが生じ始めた。
原因は、アーノルド兄妹。
「ほほう。世界樹には遠く及ばないが、これほどまで立派な魔力樹は中々お目にかかれないな。ましてやお前たちはまだ十歳かそこらだ。これからの成長に大きく期待できるな」
アーノルド兄妹の魔力樹は、二人ともが十メートルを超えるであろう高さを誇っており、生き生きとした緑を纏った葉の傘を身に付け、高さに付随するようにしっかりとした幹をしている。
ぱっと見、一回りほど兄のレインの方が大きな魔力樹を有しているように見える。
「褒められている気はしませんが、今は褒め言葉として受け取っておくとします。魔法を扱うことに関して、その強さは決して魔力量にのみ依存するわけではありませんから」
レインは少し不機嫌そうな態度を見せた。
「一理あるな」
エルナスは一言そう発すると、既にレインたちへの興味は失ったように笑みを浮かべて残る受験生たちへと視線を戻す。
そうして残り三十名ほどになりいよいよミラエラの番が回って来た。
「これは驚いたな。下手をしたら私の魔力樹よりもいや・・・・・確実に私の魔力樹よりも洗練されたものに見える。それなのに完璧なまでの魔力制御・・・・・見た目はまだ十代の女の子にしか見えないが、人は見かけによらぬとはよく言ったものだ。一つ質問させてもらいたい」
エルナスは驚いた表情と、それにより自然に生じた笑顔をミラエラへと向けた。
「ええ。構わないわ」
「それほどまでの使い手でありながら、どうして我が学園を受けようと思った?」
自分よりも強い者が今更学園の生徒となるならば、気にならないほうが不自然である。
しかし、エルナスにはこの時他の狙いもあった。
「私は世界樹と呼ばれる魔力樹に一目惚れしたと先ほど話したが、必ず我が学園を受ける保証などない。ましてや今年魔法学園の入学を試みているかも定かではない。しかし今、私の中で一つの糸が絡まっている感覚がある。先ほどからずっと受験生たちに意識を集中させているが、あまりにもそれらしき気配を感じない」
エルナスはつい先ほど浮かべていた驚いた表情ではなく、涼しげに目の前のミラエラを怪しむ表情を浮かべている。
「お前ほどの熟練者でも世界樹の魔力を完璧に隠すことなどまずできないだろう。私ならば不可能だと断言できる。だから心のどこかでは既に諦める寸前だったのだが、一つの希望が見えたぞ。もしも何らかの手段でその魔力が表に出ないように抑えられているとしたら?」
「ねぇ校長先生。私には答えない必要もなければ、答える必要もないと思うの。私は単純にこの学園の生徒になりに来た、それだけよ」
ミラエラは一ミリの動揺も見せないまま、エルナスの横を通りすぎて行った。
それから残りの受験生の測定も滞りなく進んでいたのだが、突然一人の受験生が測定器に手をかざした瞬間、「ERROR」の文字が空中に表示された。
その者は、先ほど魔法人形の試験の際に魔法を使わず人形を破壊していた人物だ。
藍色の少年らしき短い髪型をしており、瞳は血のように真っ赤。
ユーラシアと背丈も同じくらいで歳も変わらなさそうに見える。
それなのに一斉に大勢の視線を浴びているにも関わらず、堂々とした態度を一切崩すことがない。
「こんなことは初めてだ。いやあり得るのか?私が知る限りエラー表示など見たことがないが————」
「機器の故障ですかね?」
するとエルナスの焦る表情を目にした補助試験官の一人があり得る可能性を口にする。
「いや、それはないだろう」
しかしそれはすぐに否定され、エルナスが測定器に魔力を注ぐと何の問題もなく作動した。
「ということは、どういうことでしょうか?」
「考えられるとすれば、測定器では測りきれない魔力量を保有しているということになる」
「それってつまり————」
「まだ確かではない。とりあえず、私自ら覗いてみるとしよう」
補助試験官が何かを言おうとしていたが、エルナスはその先を遮り目の前の受験生へと向き合う。
「測定器ではお前の魔力量を測りきれないため、今から私の意識が直接お前の中へと入り込む。構わないか?」
「ああ、好きにするがいい」
受験生はまるで十歳とは思えない貫禄でエルナスの言葉に返答する。
エルナスはその者の額に自身の額を当てると、意識を集中し始めた。
「とても巨大な魔力だ。まるで海の底にいるような気分になるほどに・・・・・信じられないが、私では底を見ることができそうにない」
そんなエルナスの発言により、会場内が驚愕の色で染まり始める。
そんな時、ふと一人の受験生がある単語を漏らした。
「世界樹————」
「何を言っているんだシェティーネ。まだ十歳の少年に、それほどの魔力量を一切悟らせないなどという芸当ができるはずがない」
レインは妹であるシェティーネの発言の一切を否定する。
「けれど兄さん。今の私たちからすればお父さんとお母さんと同じくらいの強さに感じる校長先生ですら、底の見えない相手なのよ?可能性としては十分あり得ると思わない?」
「確かにそうだが・・・・・。あり得るのか?あの歳であそこまで魔力を制御することが」
ざわめきが収まらない中、問答無用で試験は続行される。
「よ、よろしくお願いします」
そう丁寧にエルナスへとお辞儀をするのはユーラシアだ。
エルナスにとってユーラシアは眼中にすらない。となると、世界樹を宿す可能性があるのはユーラシアを除いたまだ試験を受けていない残りの五名ということになる。
先ほどの赤い瞳を宿す受験生の魔力量は凄まじく、素質だけならば世界樹を宿していてもおかしくはないが、直接魔力に触れたエルナスは確信を持って違うと思っていた。
なぜならば彼が宿す魔力からは、根拠のない悍ましさを感じたのだ。
実際、世界樹に触れたことのあるエルナスが感じたあの時の優しさを感じる魔力とは真逆であった。
早く残りの五名の魔力樹も確かめたい。このユーラシアという受験生は、先ほどの試験でも補助試験官から逃げ回っていたとの情報しか聞いていないため相手をするだけ無駄というもの。
しかしエルナスはこの時、あることに気がついた。
(そういえば、私の魔法人形が破壊された際、魔力の気配なく破壊されたのが二度あった。一度目が先ほどの深く悍ましい魔力の少年、もう一人は確か・・・・・)
そう思いエルナスがその時の記憶を探ると、ユーラシアが試験を行っていた時間帯で魔法人形の破壊の反応があったのは二ブロックのみ、一つは一番目立っていたミラエラのブロック。そしてその時間帯は、魔法人形に魔力なしによる破壊の反応があったタイミングと完全に一致する。
とは言っても、そのもう一つの反応がユーラシアの試験を行っていたブロックだとは言い切れない。他の受験生のブロックであった可能性も十分にあり得る。むしろ、その方が納得がいくくらいだ。
しかし、破壊された人形に魔力の反応がなかったことと、魔法を使わずに走って逃げ回っていたことがエルナスの中では妙に気持ち悪く絡み合っていた。。
そして気がつくとユーラシアが触れた測定器の頭上にも「ERROR」の文字が刻まれていた。
「まさか⁉︎」
エルナスは思わず一瞬のみ取り乱してしまったが、即座に冷静になる。
「少しだけ、魔力を除かせてもらってもいいか?」
「は、はい」
戸惑うユーラシアをよそに、エルナスは一切の躊躇いもなくユーラシアの額に自身の額を当て意識を潜り込ませた。
そして見えたのは、ごく僅かな魔力の塊。
その塊がまるで小枝のように細い形を形成している。
「これじゃあ、ほとんど魔力がないようなものだ」
しかしこの時、エルナスの中で絡まる糸がゆるりと解ける感じがした。
ミラエラという受験生の学園入学を希望する目的と、弱すぎる魔力。
そうしてエルナスが行き着いた結論。
『擬似魔力樹』。
それは、世間的にはあまり知られていない概念。例え知っていたとしても作れる者など滅多にいない。
しかし自身よりも強く、入学動機不明のミラエラの目的が、何らかの理由で封じたユーラシアの魔力の監視なのだとしたら説明が一応はつく。
別にこれは確信ではない。あくまでも推測。
しかしエルナスの口角は自然と上がり笑顔を作り出していた。
「ありがとう。君の名前を教えてくれるか?」
「はい。ユーラシア・スレイロットです」
「スレイロット?」
それはゴッドスレイヤーの中でもかつて『勇者』と呼ばれた者たちの名。
色々と思考を巡らせたい気持ちをとりあえずは抑え、エルナスは試験を再開させた。
「そうか。それではユーラシア、試験は残り一つだ。期待しているぞ」
「はい!」
ユーラシアはなぜだが分からないが、校長先生に期待を向けられていることに嬉しさを感じ、元気よく返事を返した。
そして第二の試験も終わり、いよいよ第三試験を迎える。
第三の試験は受験生同士で二人一組のペアを組み、どちらか一方が負けを認めるか、審判の判断で敗北と宣言されるまで行う戦闘試験。
そしてペアに関しては自分の選んだ者同士で組めるのではなく、これまでの第一・第二試験を通しての評価によって、独自にエルナスが決めたペア分けとなっている。
そんな第三試験を迎えようとしている最中、先ほどの第二試験を経た受験生の中である二人の人物を中心とした会話が繰り広げられていた。
「あの赤髪と組めれば第三試験は楽勝だな。何たってあいつ、魔力がほとんどねぇみたいだしよ」
赤髪とは、もちろんユーラシアのことだ。
先ほど漏らしたエルナスの不用意な発言が、他の受験生たちを調子付かせる原因となってしまっている。
つまりユーラシアは、学園入学前から既に落ちこぼれという印象を持たれてしまったのだ。
「けどよいいのかよ。あいつは絶対不合格だ。そんな奴とペアなんて組まされたらまともに実力が発揮できなくて、ペアになった奴まで不合格になっちまうぜ?」
「うわぁその可能性があんのかよ、うぜぇ。けどまぁ、なったらなったで全力でぶちのめせば関係ねぇだろ」
「だな。まぁ逆に、あいつとだけは絶対組みたくねぇよな」
「あぁあの世界樹の?」
「バカ、そうかもしれないってだけの話だろ。だけど、アレと組まされたら確実に合格はないな」
受験生内でそのような会話が繰り広げられている内に続々と第三試験のペアが発表されていく。
「ユーラシア・スレイロット。ジョージ・デンクーバ。お前たち二人がペアだ」
ジョージと呼ばれる生徒は、ユーラシアの姿を見るやいなや明らかに嬉しそうにガッツポーズを決めた。
「うしっ!」
「一人だけ勝ち確かよ〜」
「ハハッ悪りぃな。俺は遠慮なく合格させてもらうとするぜ」
そう言うと、ジョージはユーラシアの近くへと寄り勝ち誇ったような笑みを浮かべて蔑んだ瞳を向ける。
「では、最後の組は呼ばれていないお前たち二人だ」
その二人とは、ミラエラとシェティーネだ。
その瞬間、会場がざわめく。
かたや第一試験で最も多くの注目を集めた受験生に、かたや誰もが知るレベルで有名な剣聖と剣姫の娘。
誰しもが気の抜けない入学試験。
しかし多くの者がこう思った。「この戦いは見逃せない」と。
そしてそれはエルナスも同じ気持ちを抱いているらしく、楽しそうに笑みを浮かべている。
「それでは早速始めるとしよう」
エルナスの合図で第一試験同様、計十ブロックのフィールド内で第三試験が開始された。
レインは流石剣聖と剣姫の息子であるだけあって、瞬殺で相手の意識を刈り取って見せた。
試合時間は瞬きの一瞬。
「流石だな」
これにはエルナスも感心した。
そうしてこちらも同様余裕の試合を見せている。
それは、第二試験で測定器に「ERROR」を出させた者の一人。
名前を「アート・バートリー」と言う。
アートは、第一試験では使用していた身体強化魔法すら使わずに対戦相手をあっという間にのしてしまっていた。
それを見ていたエルナスはレインの時とは異なり、怪訝な表情を浮かべている。
「・・・・・」
そしていよいよ次はユーラシアの出番となる。
エルナスは気を取り直して試験に集中した。
「おいお前。魔法の一つも使えねぇ雑魚なのは分かってんだけどよ、俺の邪魔だけはすんなよ?」
「どういうこと?」
ユーラシアには対戦相手が発した言葉の意味が分からず、キョトンとした表情で聞き返す。
「とりあえず、弱ぇなら弱ぇで俺にボコられろってことだよ」
ジョージは勝利を既に確信しているが、それが愚かな行為であったと後々後悔する羽目になる。
開始早々ジョージはユーラシアへと近づき、自身の剣を振りかざす。
そうして振りかざした剣はジョージの魔法効果により、通常の五倍ほどに巨大化されユーラシアへと襲いかかる。
ユーラシアは突如相手の剣が目の前で巨大化したことに驚いたが、第一試験の時とは異なり既に緊張はしていなかった。
第一試験の時は、ミラエラとの訓練以外での初めての戦闘であり、緊張のあまり頭が真っ白くなってしまい思わず逃げてしまったが、今は違う。
既に緊張はしていなく、自分が授かった力をしっかりと理解している。
そして振り下ろされる剣を真正面から受け止めるため、両腕をクロスさせた状態で真上へと構えた。
すると、構えたユーラシアの腕に直撃したジョージの剣が見るも無惨に粉々と砕け散った。
「うっそぉ‼︎」
ジョージはこれでもかと言うくらい目を見開き、思わず地面に両膝をついて座り込む。
そうして宣言されるジョージの敗北とユーラシアの勝利。
けれどその勝利は十ブロックの内の一つでしかなく、ほとんど注目を浴びない一戦となった。
こうして第三試験は着々と目玉の二人の試合へと近づいていく。
いよいよ迎えたミラエラとシェティーネの一戦。
意図してかしないでか、既に二人以外の試験は終了し、皆が二人へとその興味の視線を向けている。
「おそらくだけど、この試合の結果に関係なく私たち二人は合格できると思うわ」
最初に口を開いたのはシェティーネ。
「そう」
「気がついてないとでも思う?私はこれでも剣聖と剣姫の娘。二人の強さは私と兄さんが一番知ってるわ。そして貴方はそんな二人よりも遥か高みにいる気がするの」
「どうしてそう思うの?私の魔力は感じていないはずでしょ?」
「ええ。本当に、惚れ惚れするほどの魔力制御。だけど、こればかりは勘としか言いようがないわ。私はこの試合、多分だけど成す術もなくやられると思う」
シェティーネは決して焦らず、むしろとても落ち着いた様子で話している。
「だから、意味のない戦いは辞めたいってこと?既に合格は決まっているから」
「いいえ、そうじゃないわ。私は貴方に全力をぶつけたい。今の私がどれほどの力を持っているのか試して、その先の高みを体験したいの」
シェティーネの覚悟を宿すした瞳を見て、ミラエラは僅かに口角を上げた。
「受けて立つわ」
そうして注目の一戦が開始されたと同時に終了した。
その一瞬は、レインの時よりも一瞬のものであり、エルナスでもなんとか状況を把握できた程度の試合だった。
まず、シェティーネは雷属性の魔法を使用し、目にも止まらぬ速さで開始速攻ミラエラ向けて駆け出した。
しかしシェティーネの攻撃がミラエラに届く前に、自身の狭周囲を刹那に凍結させ、シェティーネの全身をも凍らせた。
ユーラシア以外は誰もが予想していなかった展開。
エルナスも、まさかミラエラの実力がこれほどまでだとは思っていなかった。
こうしてエルナスが用意した試験を全て終えた受験生たちは、ラストに座学の試験を他の科の受験生との入れ替わりで受け、ようやく入試の全行程が終了した。
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