第4話 入学試験その一

入試当日。


 受験生一堂は、王都の外れにある森の中の一際広大な広場へと集められていた。

 例年同様、今年の受験生も約二千人はいそうな勢いである。

 そこら一体が自然に囲まれ、木々のざわめきと鳥たちの鳴き声が響き渡っているのみ。学園らしき建物は見当たらない。

 思い返せば、入試の手続きをした場所は王都の一角に設けられた代行の施設だった。

 多くの受験生たちが困惑の表情を浮かべる中、突如頭上に真っ白いローブを着こなした金髪の人物が現れた。

 とても綺麗な顔立ちで、長く金色に輝くツヤのあるサラリとした髪を持ち、出るとこはしっかりと出ているナイスなボディをしている。

「よしっ、それでは一先ず魔戦科希望の受験生は端によれ」

 そう言われて、計千名ほどの受験生たちが中央の広場から森の中へと一旦移動する。

 するとその瞬間、先ほどまでいた広場全体に巨大な魔法陣が出現するとともに、黄金の光が広場に残る生徒全員を丸ごと包み込んだ。

 そして光が消えると、既にその場には一人の姿も見当たらない。

「これより、マルティプルマジックアカデミー魔戦科入学試験を開始する」

 何が起きたのかさっぱりな状況だが、ミラエラを含めた数名は広場に残った魔力の痕跡から起きた出来事を理解していた。

 今消えた生徒は試験会場である学園へと飛ばされ、次は魔戦科受験を希望する自分たちの番であると。

「先ほどのようにお前たちを魔法陣に乗せ、試験会場となる学園へと飛ばす。そしてその際に存在する関門がまず始めに乗り越えてもらう試験内容となっている。内容は極めて簡単だ。この場に取り残されずに学園へと飛ばされること。もし転移に失敗した場合は、その時点で不合格とする。そしてこの試験の突破基準は、直接的な魔力量でも実力でもない。『質』だ。この先、ゴッドスレイヤーとなっていくであろうお前たちの質を確かめさせてもらう。それでは試験開始だ」

 先ほどと同じように足元に巨大な魔法陣が出現すると、ユーラシアたち受験生は光に包まれた。

 そうして眩い光が姿を消すと、天井や壁がガラス張りになっている巨大な空間へと飛ばされた。

 そこはどうやら運動場のような場所らしく、空間の端に武器や防具がチラホラと置かれている。

 しかし受験生のほとんどはその空間には一切の目もくれず、窓から一望できる景色へと釘付けとなっている様子。

 そこには王都の姿は一ミリもなく、高い視点から見下ろすような広大なキラキラと輝く海の景色が広がっていた。

 窓に近寄り真下を覗くと所々尖った岩が存在し、今ユーラシアたちの飛ばされた空間はその崖の上に立っていることになる。

 そう、ここはマルティプルマジックアカデミーが所有する運動場の一つであり、学園全体は広大な海に囲われた聳え立つ崖のてっぺんに存在している。

「転移することができたのは約半分か。今年の受験生は中々見どころのある奴が多い。ここはマルティプルマジックアカデミーの本校舎だ。これから後三つある試験に合格すれば晴れてお前たちはこの学園に通う生徒となる。それではまず試験官となる者の紹介からさせてもらうとしよう」

 そう言って、女性は腰に手を当て真っ白なローブを靡かせて髪をかき上げる。

「試験官はこの私、エルナス・ファミリナだ。本校の校長をしている立場にある。例年通りならば職員である現役のゴッドスレイヤーが試験官となるはずなのだが、今年だけは私のわがままで例外を認めてもらったのだ。なぜだか分かる者はいるか?」

 突如エルナスが受験生たちに意味不明な質問をしてきたことで、受験生間に多少の動揺が走る。

 しかし、全く動じない者たちも多くいる。

 このようなちょっとした動作からもその者たちの実力を知ることができるのだ。

 この質問は試験とは関係のないものではあるが、受験生たちの一挙手一投足をエルナスは見逃してはいない。

「校長先生」

 すると一人の女子が美しく手を上げた。

 周囲に広がる海のように透き通る淡く青い髪が肩ほどまであり、瞳も宝石のようにキラキラと濃い青を纏っている。

「それは試験とは関係のある質問でしょうか?」

「いや、特にはないが、この質問は君たち全員が心に抱いている疑問に関係していると思うぞ」

「心に抱いている疑問?」

「シェティーネ・アーノルド。剣姫と剣聖の娘である君は、尚更気にしていないはずがないと思うのだが?」

 すると、ハッとした様子のシェティーネよりも先に、その隣にいた男子が口を開いた。

「なるほど。俺たちだけでなく、教師陣も世界樹の存在を視野に入れているというわけですか」

「その通りだ、レイン・アーノルド。実はな、試験が始まるまでお前たち兄妹も世界樹を宿す候補者の一人だったのだが、そうではないらしいな」

 鋭く向けられたエルナスの瞳と言葉に、多少眉をひそめるレイン。

「なぜそう言い切れるんですか?」

「ん?ただの勘としか言いようがないが、人を見る目だけは確かなんだ。確かにお前たち二人は相当に強い。現魔戦科の生徒でもまともに戦えば危ういほどにな。ただそれだけだ。つまるところ私はあの世界樹と呼ばれる魔力樹に一目惚れしてしまったのだよ。だから何としてでも学園の生徒にしたいと思っているわけだ」

「贔屓をするとでも?」

「言っただろう?私の人を見る目は確かだと、それに今年は私が審査するため、歴代最高の魔戦科クラスが出来上がることになる。それでは前置きが長くなりすぎてしまったが始めるとしよう」

 先ほどの転移はほんの質試し、これからが本番である。



 第一の試験は補助試験官十名が加わった特製魔法人形との戦闘。

 運動場を各十個のブロックに分け、一ブロックずつ一人の受験生が制限時間五分間の中、ひたすらにフィールドに出現する魔法人形との戦闘を行っていく。

 その間見学している受験生たちは運動場の左右に設けられている観客席へと移動する。


 各々が魔法や体術、既に装備済みだった武器や防具などを駆使して戦闘を行っていく中、その五分間をあまりに静かに終えた受験生の姿が目立っていた。

「ちょっと君、一体どんな手品を使ったんだ?」

 その受験生のブロックを監視していた補助試験官が、受験生へと慌てた様子で質問する。

 ただの体術のみで魔法人形を倒したのは十分にすごいことだ。なぜなら、魔法を駆使しても苦戦、あるいは倒せていない者たちが数多くいるからだ。

 しかしそんな中、この受験生はただの身体強化魔法のみであっさり魔法人形を倒してしまったのだ。

「校長先生が作った魔法人形は魔法攻撃でなければ破壊は不可能なはずなのに・・・・・一体何をしたんだ?」

 身体強化魔法は内なるエネルギーを魔力によって活性化させ、身体能力を飛躍的に上げることのできる一般魔法。

 そのため、魔力を纏わせた攻撃にはなり得ない。それなのに、その身体強化魔法のみで目の前の受験生は不可能な魔法人形破壊をしてしまった。

「そうか?この世に不可能など存在しないのだ。それをよく覚えておくがいい」

 受験生の見た目は僅か十歳の少年だが、補助試験官はその圧倒的な威厳に気圧されてしまった。


 そしていよいよユーラシアの出番となる。

 しかしフィールドに立った瞬間、頭の中が真っ白になってしまい、試験官の慌てた大声が次第に耳に届く。

「君!ちょっと君!」

 ユーラシアの意識が元に戻ると、何体もの魔法人形がすぐ目の前まで迫っていた。

「ッ‼︎」

 ユーラシアは咄嗟に目を瞑り、体を小さく縮こめる。

 しかし次の瞬間、複数の拳の感触が背中に伝わると同時にその感覚が一瞬にして消え失せた。

「え?」

 ユーラシアはゆっくりと目を開けて周囲の状況を確認すると、ひび割れた人形たちが地面に寝そべっていた。

 全く状況が掴めないが、落ち着いている暇はない。

 制限時間まで魔法人形は永遠と湧いて出てくる。

 ユーラシアはその後、情けないがひたすらに走りまくり人形たちから逃げまくった。


 ミラエラに関しては、他のどの受験生よりも圧倒的に多い魔法人形を葬り去っており、会場では最も注目される存在となっていた。

 そのため、逃げるという愚行に走ったユーラシアは、誰の注意も引くことはなかったのだった。

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