第3話 昔の友

 この世で最も多くのゴッドスレイヤーを輩出している魔法学園『マルティプルマジックアカデミー』へ入学することを決めたユーラシアは、ミラエラの指導の下特訓に励む日々を送っていた。

 特訓と言っても入試へ向けての座学対策に、ひたすら肉体を鍛えて体力を身に付ける基礎訓練。

 ユーラシアが受け取った『竜王』という魔法に関しては、手加減はしているもののミラエラの攻撃ではユーラシアに傷一つ付けることができず、その上魔力消費もしないのなら修練のしようがない。

 まさに現状が既に完成形なのだ。

 ユーラシアが使用する魔法で魔力消費があるものは全て一般魔法のみであり、入試ではまず身体強化魔法以外の一般魔法は使うことがない。

 それほど一般魔法とはその名の通り日常で使用されている当たり前の魔法なのだ。

 つまり、ユーラシアにおいては魔力制御を覚えるよりも先に、肉体改造が要求される。

 

 入試へ向けて準備を始めてから約三週間が経過した快晴の今日。

 ユーラシアは学園のある王都へ向けて出発する日となっていた。

 場所は教会。

 ユーラシアとミラエラは、出発の挨拶を告げるため朝早くに教会の門を叩いた。

「いよいよねユーラシア。精一杯頑張ってきな」

 サーラはいつも以上に優しい笑みをユーラシアへと向けてくる。

 しかし教会の子供たちはまだとても眠たそうな様子である。そんな中、一人は不貞腐れた態度をとっており、もう一人は悲しそうな表情を浮かべている。

「フンッ。この前は学校なんて行く気ないとか言ってたくせに、どうして行く気になったんだよ」

 ユーラシアは自分の胸くらいの身長であるケンタと目線を合わせるように、少し腰を低めた。

「ケンタはさ、もしかしてボクが学園の試験に落ちればいいのにって思ってる?」

「それは・・・・・だってそしたらまた兄ちゃんと会えるじゃんか。俺まだ小さいし、王都なんて遠すぎて行けないし、次にいつ会えるかも分かんないじゃんか」

「うん。ケンタも知っての通り、ボクの魔力樹は小枝サイズで魔力なんてほとんどない。だから自分で決めたことだけど、不安で不安でしかたないよ。だけどさ、ケンタのことは絶対忘れないし、休みの日には会いに来るさ。何たってボクは、ケンタが生まれた時からずっと一緒にいるんだからね。だからさ、応援しててよケンタ」

 ケンタはどこかむず痒そうに、頬を少しだけ赤らめて小さく頷いた。

「わ、分かったよ。恥ずかしいなぁまったく・・・・・俺だって本気で行かないで欲しいだなんて思ってねぇよ。兄ちゃんにはいつまでも俺たちの憧れでいて欲しいからな」

 ケンタからの言葉を受けたことで、自然とユーラシアの口角が上がる。

「ありがとう、ケンタ」

「ユーラシアさん、絶対帰って来てね。私、いつでも待ってるから」

「うん。その時はたくさん王都からのお土産を持って帰ってくるから待っててよレーナ。みんなもね」

「うん」


 そしていよいよ出発の時間となる。


「それじゃあ私たちはもう行くわ。これまで色々とありがとうサーラ」

「いいんだよ。子供らの言う通り、いつでも帰って来ていいからね。なるべく、私の生きてるうちにだけど」

 サーラは笑いながら最後の言葉を冗談っぽく言ったが、割と冗談として成立していない年齢。

「ええ。行ってくるわ」

 そうして十年住んだソルン村を離れ、二人は王都へと旅立った。

 


 入試は今日から丁度一週間後に行われるらしく、ソルン村からマルティプルマジックアカデミーがある王都までは馬車を使えば五日で到着し、飛行魔法を使えば三日で到着する。

 飛行魔法も一般魔法ではあるがユーラシアの魔力量的に長期の飛行は不可能なため、地上を行くしかない。

 しかし地上は魔力の濃い山脈などには魔物が潜んでいる可能性があり、常に危険が付き纏っている。

 この間、ダークエルフという魔人が出現したことで魔王の復活を確信させられたため、他にも魔人が誕生してしまっている可能性も捨てきれない。

 しかし、魔王は強い者しか魔人にはしないため、まだそんなに魔人の数は多くはないだろう。

 

(ここでエルフ関連の説明を一つ。ダークエルフとは魔王が人間を魔人にする際、実際のエルフに近い性能を持たせたことで生まれた魔人。そのため、実際のエルフとは異なっている。本物のエルフはダークエルフよりも遥かに強く美しい。そしてエルフの都は、エルフの強力な魔力で作られた別次元に存在しているという噂があるため、人間は生きてる間に滅多にエルフを見れることはないのだと言う。)

 

 話は戻り、地上を行く場合は入試当日ギリギリの到着となってしまうが、入試の受付はその前日まで大丈夫とのこと。

 しかし、長旅をした後はゆっくりと体を休めたいものである。

 そんなこんなで旅というものは様々な障害が存在するわけだが、ミラエラは始めから地上を行くつもりも、ましてや空を飛んで行くつもりもなかったらしく、ソルン村から抜けて少し歩いた森の開けた草原に真っ赤なインクのようなもので魔法陣を描いている。

「ねぇミラ」

「何?」

「その赤いのは何?」

 ミラエラの手には何やら楕円形の赤い何かが握られている。

「ルージュの実よ。とても甘くて美味しい果物だけど、多少の怪我を治す効果も持ってるの。それに、丁度いい持ち合わせがなかったからこの実を借りて魔法陣を描いていたわ。さぁ入って」

 ユーラシアはミラエラに腕を引かれ魔法陣の中に入ると、魔法陣から飛び出した真っ赤な光が二人を包み込む。

 


 そうして瞑っていた目を開けたユーラシアの視界に広がっていたのは、様々な楽器の音色や人々の声色が飛び交いう賑やかな城下町の風景だった。

 そして次第にどこかしこから美味しそうな匂いが漂ってくる。

「ここは王都クリメシア。私が昔、冒険者をやっていたギルドがある国よ」

 ミラエラが冒険者をやっていたのは既に六十年以上も前の話である。

 ギルドが例え残っていたとしても、ミラエラのことを知っている人物はサーラのように枯れてしまっているか、この世を去ってしまっているかのどちらかだろう。

「そのギルドはまだあるの?」

「あるわよ。今回の学園の話を教えてくれたのもそのギルド長なの。入試の手続きを済ませた後、少し挨拶しに行きましょう」

「そうだね」

 その後学園代行施設の窓口で入試の手続きを終えた後、町の中で一際目立つ剣のようなシンボルが描かれた紋章を掲げた大きな建物へと訪れた。

 建物の素材の大半がレンガであり、とても頑丈な造りとなっている。

「うわぁ!」

 建物内は天井がとても高く、見た目以上に広い。そしてそこら中に見たこともないような防具や武器などのアイテムを身に付けた者たちの姿があり、板に貼られた複数の紙に視線を向けている者や複数の受付前に行列を作っている者たち、団体で固まり談笑している者たちに、食事を楽しむ者と様々いる。

 ギルド内は先ほどまで町の賑やかさに負けないくらいの活気を見せていたのだが、ユーラシアたちの存在に気がついた者たちが次第に連鎖していき、ギルド内はいつの間にか静けさに包まれていた。

「えっ何?どうしてみんなボクたちのこと見てるの?」

「さぁ、けれどただ一つ言えることは、あの頃とは違うということね」

 ミラエラの言うあの頃とは、ミラエラが現役の冒険者であった頃の話。

 その頃は、ミラエラたちのパーティはギルド最強と謳われており、顔を見せるだけでギルド内が宴状態となっていたものだ。

 それとは正反対に今は静けさに包まれている。

 時代の流れとは恐ろしいものだと思った。

 だが、そんなミラエラの思いを裏切るかのよう、場は一気に盛り上がりを見せ始める。


「「「うおぉぉぉぉぉ‼︎」」」


 突如大声を上げた屈強な男たちがミラエラの周囲を取り囲み、それにユーラシアも巻き込まれる。そのため、ユーラシアの背丈はまだミラエラの肩ほどなため、多少の息苦しさに襲われるのだった。

「すげぇ本物だぁ〜」

「写真より全然美人じゃねぇかよ!」

「このお方が・・・・・あの『氷の女王ミラエラ』さん。会えて光栄ですっ!」

 突然差し出された手のひらにミラエラは困惑しつつも、相手に引く気がないと判断し仕方なく握り返す。

「俺もう一生、この手は洗いません!」

「分かったから、通してもらえる?」

 男性の発言に対して内心ではドン引きしつつ、用があるのはこの先にいるギルドマスターであるため男たちを掻き分けてなんとか先へ進もうとするが、キリがないほどに次々と群がってくる。


「おらぁ!その女に迷惑かけたら承知しねぇぞてめぇら!」


 その時響いた一人の男のバカでかい声により、場は瞬時に静まり返る。

 男性はそのままスタスタと歩きミラエラたちの下に向かって来ると、周囲にいた者たちが道を作るかのように二列に整列した。

「「「お疲れ様ですっギルドマスター!」」」

「おう。悪りぃな内の連中が迷惑かけちまってよ。ほらてめぇら、働け!働けぇ!」

 そうして皆は焦ったように依頼が載せられた掲示板へと掛けていった。

 この時ユーラシアは・・・・・


 (こ、怖すぎるでしょこの人。歳はシスターとあまり変わらなさそうなのに、威圧感が半端じゃない・・・・・)と密かに思ったはずだったが・・・・・


「あ?何だ坊主、今何か言ったか?」

 ユーラシアは急いで首を何度も横へと振った。

「そうか、まぁいい。ほら、ついて来いよ」

 そうしてミラエラとユーラシアが通されたのは、そこら中に紙の山が存在しているお世辞にも綺麗とは言えない部屋。しかし、汚いとは口が裂けても言えるはずがない。

「汚い部屋。少しは片付けたらどうなの?」

 ユーラシアはあっけらかんとして、何の躊躇いもなくズケズケとものを言うミラエラに視線を向けた。

「るせぇよ。いいだろ別に、数十年ぶりに会った元仲間に言うセリフかよ・・・・・たくよぉ」

 先ほどの怖い雰囲気とは打って変わり、ミラエラと話す男性の表情にちょくちょく笑顔が見え始めたことで、ユーラシアの緊張感は次第に解けていく。

「それで、サーラは元気か?」

「ええ、すごくね」

「そうか」

 男は嬉しそうな表情を浮かべてソファに腰掛けると、反対側にあったソファに腰掛けたユーラシアへと視線を向ける。

「さてと、俺の名前はミハエル・ゲイツ。ここドラゴントゥースのギルマスだ」

「あの頃と変わってなのね」

「一応、俺らのリーダーだったミラがつけてくれた名前だからな。お前はあの頃と変わらず、そのぉなんだ・・・・・美しいな」

 鼻下を指でなぞり恥ずかしそうにそう告げるミハエルだが、そんなミハエルの多少の勇気を振り絞った言葉をミラエラはあっさりと受け流す。

「そう、どうもありがとう。それで今日は用というよりも、学園のことについて色々と教えてくれたことにお礼を言いに来たのよ」

 ミハエルは少し寂しそうな表情を浮かべたものの、すぐさま切り替える。

「もう入試の手続きは済ませて来たのか?」

「まぁね」

「そうか。手紙でしかやり取りしてなかったからよぉ、少し心配だったんだ」

 そう言うと、ミハエルは手を伸ばしユーラシアの頭をわしゃわしゃと撫でて来た。

「あの学園はいいぞぉ坊主。今騒がれてるゴッドスレイヤーを目指す以外にも色んなことを学べるからな。例えば昔、俺は魔法研究科の授業を覗いたことがあるんだが、いかに魔力を使わずに魔法を行使できるかの研究が行われてた。似たような学科で魔法科学科なんてのもあったが、将来一体何の役に立つかも分からねぇことばかり研究してやがったなぁ」

「————魔力を消費しなくていいなら、戦う時にはとても有利になるんじゃないですか?」

 ユーラシアの発言に対して、嬉しそうにしわくちゃな笑顔を作るミハエル。

「そう思うだろ?だがなぁ、魔法研究科や魔法科学科の連中は戦闘には全くと言っていいほど興味がねぇ。俺が言いてえのは、自分の好きなことを思い切り学べる学校ってこったぁ。入試まで後六日か、頑張れよユーラシア」

 まだ名乗っていないはずの自分の名を口にされたことで少しの間動揺してしまったが、ミラエラとミハエルがお互い連絡を取り合っていたのなら、名前が伝わっているのも頷ける。

「ええ」

「は?なんでお前が返事すんだよ。受けるのは坊主だろ?」

 ミラエラは何も答えず、ただ薄く笑みを浮かべるだけ。

「おいおい、まさか————お前も受けんのか?」

「え⁉︎そうなの?」

 ユーラシアは驚きのあまり咄嗟にミラエラに質問してしまったが、ミラエラはその凛々しい態度を一切崩すことなく当たり前だと言わんばかりに冷静な対応を見せる。

「もちろん。変な虫がついたら大変だもの。それに、私も少し学園って場所に興味があるし」

 ミラエラの外見はまだ十代の女性には十分見える。

 魔法学園には、十歳から入学できるという規定だけで、それ以降は何歳からでも入学できるのだ。そのため、年齢層も幅広い。

「今更学ぶことなんてあんのかよ。まぁ、頑張ってこいや」

 ミハエルは再会に対する嬉しい表情の中に、疲れた表情を浮かべていた。

 見た目は怖そうだが、ミラエラとパーティを組んでいた頃はとても苦労していたんだなぁと思ったユーラシアは、今度からはあまり怖がらないであげようと思ったのだった。

 

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