第2話 正体と真実
ユーラシアが教会へと出かけてしばらくした頃、周囲の木々がいつの間にか枯れ果てていることに気がついた。
この現象をミラエラは以前にも見たことがあった。それは、魔族の香りに当てられた時の現象だ。
魔族の中には魔族特有の香りを抑えることのできる者もいる。
その内の一人が魔王だ。
そして、魔族が発する香りは香りとは名ばかりの無臭。そのため、生命に異常を来してから香りによる悪影響に気が付く。もちろん、香りと言うからにはその匂いを嗅ぐことのできる存在もおり、いわゆるそれは動物たちである。
香りと魔力は全くの別物。
しかし変なことに魔族らしき魔力を一切感じることができない。まるで意図的に魔力が制御されているかのように。
そしてユーラシアからも異常を知らせる反応がない。おそらく恐怖のあまり体と思考が停止しているものだとミラエラは即座に判断した。
そして、白髪を靡かせて急いで家を飛び出した直後、裏庭の花壇に咲く花たちと並べて植えていたユーラシアの魔力樹に反応があることに気が付いた。
「これは———」
小枝サイズの魔力樹のてっぺんにあった小さなつぼみが開花して、赤く燃えたぎるような魔法の果実を実らせている。
そして実が魔力樹から取れたと同時にその存在を消した瞬間、教会の方からとてつもない衝撃音と衝撃波が伝わって来た。
ミラエラは思わずユーラシアの魔力樹に奪われていた意識を切り替えて、ユーラシアたちの下へと向かう。
凍結され白く覆われた景色に徐々に緑が見え始めると、次々と氷が溶けて枯れていたはずの木々や鳥、人間たちは息を吹き返したように意気揚々と風に靡き、空を飛び、安堵から来る笑顔が飛び交い始めた。
更に、ダークエルフによって貫かれたはずのシスターの胸は綺麗に塞がり、腐っていたカレーさえも出来立てホヤホヤの状態となっていた。
しかしダークエルフのみは凍結が解けると同時に砂のように崩れ去り、灰となって風に吹かれて宙を舞う。
「『アイシクルドレス』、この魔法を見たのは何年ぶりかしら。流石だわミラエラ。かつて氷の女王と呼ばれた実力はまだ衰えてはいないみたいね」
シスターは子供達に支えられながら嬉しそうにそう口にした。
「そっちは随分と衰えたみたいね、サーラ。私たちが冒険者パーティを組んでいた頃の姿はもうどこにもないわ」
「人間には寿命があるのよ。竜族となったあんたとは違ってね。それに比べてあんたは未だに完璧な魔力制御。少しだけ嫉妬しちゃうよ」
アイシクルドレスは、意識を向け凍結した対象に超回復を与える効果と生命活動を停止させる二つの効果が存在する。そして、その対象を絞るのには並々ならぬ魔力制御が必要となるのだが、ミラエラはさも当たり前かのように平然とそれを、しかも広大な範囲下でやってのけた。
そして、シスターことサーラの言葉を笑顔で流すと、ミラエラの視線はユーラシアへと向けられる。
「無事で何よりだわユーラシア」
ミラエラは驚きの表情で満ちているユーラシアへと近づくと、優しい笑みを浮かべて言葉を投げかけた。
「すごい・・・・・あんな強い奴を一瞬で倒しちゃうだなんて———」
ミラエラへと驚きの言葉を向けるユーラシアだが、ユーラシアにはもう一つ驚いたことがある。
「ミラ・・・・・ボク、ボクさ、魔法が使えたんだ。もう諦めてたけど、ボクの魔力樹にも魔法が実ったんだよ!」
驚きの表情の中に、喜びの感情を大きく含ませたユーラシアを見たミラエラは思わず聞いてしまった。
「魔法の名前は何て言うの?」
「———竜王」
その名を聞いた瞬間、嬉しく思うと同時に複雑な気持ちとなった。
そんなミラエラの葛藤を解いてくれたのはサーラだった。
「もう、いいんじゃないの?本当のことを教えてやってもさ。あんたがユーラシアの両親の言葉を強く胸に刻んでいることは理解してるけどね、『竜王』なんて魔法が目覚めてしまった今、真実を話してあげてもいいと私は思うよ」
「サーラ・・・・・そうね。それじゃあ、一先ず私たちは戻りましょう」
そう言ってミラエラはユーラシアを連れて家へと戻って行った。
家へ戻ると二人はソファへと腰掛け、ミラエラはユーラシアへと真剣な表情で黄金色の瞳を真っ直ぐ向けた。
「これから話すことは貴方の前世、そして、両親に関係する話だから真剣に聞いてね」
これまで見たこともないミラエラの真剣な表情の圧に押されながらも、ユーラシアは静かに頷きミラエラの言葉へと耳を傾ける。
「世界樹。この名を一度は聞いたことがあるでしょう?」
「うん。教会の子供たちが時々話しているからね。世界樹を中心としてどんな種族でも受け入れてくれる夢のような国が存在するって」
「今あの辺りがどうなっているのかは私にも分からないけど、世界樹と呼ばれている巨大な樹の正体、それは、貴方本来の魔力樹よ。今の魔力樹は偽物。擬似魔力樹なのよ」
あまりにも衝撃的な告白にユーラシアの理解が追いつかず、少しの間フリーズしてしまう。
「えっ・・・・・どういうこと?」
「驚くのも無理ないわ。だけどこれから更に驚くことを話すから、ついて来られなくなったら遠慮なく言ってね」
既にユーラシアにとっては理解に苦しい状況だったが、無意識に首を縦に振った。
「私が異世界からの転移者であることは以前少しだけ話したわよね?」
「うん」
「こっちの世界に来てからもう何万年という時を過ごして来たわ。色んな人と出会い、色んな景色を見て、色んな経験をした。その中には貴方もいて・・・・・人生の大半を私は貴方と過ごしたの」
ミラエラは小さく微笑みながらかつての日々を思い出しているかのようにゆっくりと言葉を発する。
そして、そんなミラエラの発言にある違和感をユーラシアは見逃さなかった。
「人生の大半って・・・・・ボクたちまだ出会ってから十年しか経ってないんじゃ?———へ?」
ミラエラはわざと直接的な言い方を避けており、あまりにも予想通りの反応を見せるユーラシアのことが愛おしく、そしておかしく思えてしまった。
「フッ———いえ、ごめんなさい。貴方はかつて最強の種族と謳われ、今では古の時代に生きた伝説上の存在とされている竜族の王であり、その生まれ変わり。そして私はかつては竜王の付き人であり、昔も今も私にとってとても大切な存在」
ユーラシアはしっかりとその言葉を頭で受け止めつつも、理解するのに全力で頭をフル回転させてしまっていたため、話を途中で止めてもらうことを忘れてしまっていた。
「ついて来れては・・・・・いないみたいね」
そう言うとミラエラは中が白く曇った透明な球体を取り出した。
「この中には私の記憶が入っているわ。映像としてなら貴方にも理解できるはずよ。ただその代わり、記憶の体験ができるのは一瞬だから尋常じゃない疲労感に襲われることになる。それじゃあ行くわよ」
ミラエラはユーラシアの返答を待たずに球体を突き指先で割ると、中から出て来た真っ白な煙がユーラシアの顔全体を包み込んだ。
十年前。巨大な魔力樹がこの世界へと出現した時、逸早くユーラシアの魔力を感じ取ったミラエラがアトラとメイシアの前へと突如姿を見せた。
竜王が神に敗れてこの世を去った後でも、ミラエラは竜王を慕い、尊敬し続けた。そしていつか必ず復活することを願い信じていた。
そしてその願いは現実となり、一人の少年ユーラシアとして生まれ変わった竜王だったが、かつての一切の記憶はなく、その力のみが継承された形となった。
しかしその力はあまりにも巨大で、放っておけば幼いユーラシアの体を壊してしまうほどであった。そこでユーラシアの両親は、かつて竜王の付き人であり唯一竜王の力を封じることのできる存在であるミラエラに、ユーラシアの力を封印してもらうことにした。
竜王はかつて、兄弟あるいは家族であると思い最も信頼を寄せていた当時付き人であったミラエラへと自身の血を分けた。
竜王は神に挑む前、自分の力があまりにも飛び抜けており危険でしかないことに気がついていた。しかし自分の意思だけではどうすることもできない。そのため、自分の力を抑えることのできる存在が必要だったのだ。
ミラエラは、竜王に血を与えられ竜王の眷属となり竜族となったのだった。
結果、ユーラシアの中にある竜王の力を封印することに成功し、その代わりとして擬似魔力樹を創造しユーラシアへと与えた。
封印する過程で竜王の魔力を宿す魔力樹が消失してしまったわけではなく、魔力樹が宿す竜王の魔力の使用や樹からの魔法の習得ができなくなるだけである。
擬似魔力樹に関しては封印しきれなかった魔力を依代に作ろうとしたのだが、あまりにも封印に成功しすぎていたためほとんど漏れ出した魔力がなく、結果的に小枝サイズになってしまったというわけだ。
そして魔力樹とは本来、生まれたばかりの赤子に樹の種を握らせ地上へと植え、一生を共にする生命柱とするのだ。つまり、魔力樹の種にその者の力を吹き込めるのは一生に一度なのである。擬似とは言えど、一人につき作れるのは一度のみ。作り直しなどできないのだ。
そんな小枝サイズの魔力樹だが、ほとんど魔力がない者と差がないレベルであり、習得可能な魔法も『竜王』のみ。
しかしその『竜王』という魔法は、竜王時代の鋼の表皮を纏い何人たりとも宿す者を傷つけることはできないという優れもの。更に、一度その魔法が発動してしまえば、本人の意思ではどうすることもできず常時魔力を消費しないというチート魔法。
魔力樹封印後のミラエラの記憶では、人類を絶望の淵に叩き落とした神の攻撃『ゴッドティアー』が天から降り注ぎ、それを止まるためにユーラシアの両親は命を落とし、そして勇者となった。
その後ユーラシアを託されたミラエラは、ユーラシアの竜王としての魔力樹が聳え立つユーラシアの故郷を離れ、かつて冒険者パーティを組んでいた頃のよしみで、その時の仲間サーラが教会でシスターをやっているソルン村に受け入れて貰った。
その後の記憶はユーラシアと共にソルン村で過ごした平穏な記憶である。
ミラエラの記憶を覗いたことにより、とてつもない疲労感に苛まれていたユーラシアが口にしたのは、自身の故郷についてのことだった。
「どうして、ミラはボクの故郷を離れたの?ボクに父さんと母さんのことをあまり思い出させたくなかったから?」
ミラエラは目を閉じて静かに言葉を述べた。
「それもあるわ。思い出させて、つらい思いをさせたくないというのも理由。だけど、封印しているとは言え、魔力樹の近くにいたらいずれ必ず、世界樹と呼ばれるその大樹が自分の魔力樹であることに気がついてしまう。そうなれば、貴方に私の正体、そして貴方の正体を話さなければいけなくなるからよ」
それを聞いてユーラシアは少し不思議な表情を浮かべた。
「だけどミラは今ボクにその全部を話してくれたよね?」
「『竜王』。なんて魔法を習得してしまったら、それは話さないわけにはいかないわよ」
「どうしてそこまでしてボクに秘密にしておきたかったの?」
「秘密・・・・・というより、それが貴方の両親との約束だったから。貴方を決して危険な竜王の道へは再び歩かせないで欲しいとお願いされたのよ」
もちろん、まだ大きすぎる魔力を宿した竜王としての魔力樹の封印を解くことができないという理由もあるが、元ではあるが、尊敬する存在の親からのお願いを守らなければならないという、強い意思に締め付けられしまっていたのだ。
「大丈夫だよミラ」
仕方なかっとは言え、全てを話してしまい多少の落ち込みを見せるミラの肩にポンッと手を置く。
「ボクが以前何者だったにしても今のボクはただのユーラシア・スレイロットだ。それに昔の記憶は一つも覚えてもないし、また竜王を目指すつまりはないよ。それでもミラのかつてのボクに抱いていた感情が今もまだ残っているんなら、ボクの目標に協力してよ」
「目標?」
「ボクは今まで自分には何の力もないと思っていたから学校の入学や、ましてや冒険者なんて諦めてたけど、ボクもお父さんとお母さんみたく人々を、大切な人を守れる存在になりたいんだ。神に負けない強い存在になりたい。だからボクは、魔法学園に行こうと思う」
予想していなかったユーラシアの言葉を受けて目を見開いて驚くミラエラだったが、次第に愛おしさを含ませた温かい表情へと変わる。
「私は昔も今も、貴方の隣にいられることを心から幸せに想っているわ」
ミラエラはユーラシアの親代わりでもあるが、今ユーラシアへと向ける表情からはどことなく乙女のそれを感じさせられる。
「ありがとう、ミラ」
こうして緊張していた空気は一気に溶けてゆき、穏やかな夕食の時間を迎えた。
そうしてユーラシアは魔法学園へと入学するため、その準備に動き出す。
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