竜魔協定締結編
第1話 最厄の兆し
十年後。
ユーラシア・スレイロット 十歳。
「それじゃあ行ってくるね。ミラ」
「ええ。何かあったら思念魔法で必ず私に伝えるのよ」
腰まである長さの白髪で黄金と輝く瞳を持つ彼女の名はミラエラ。
アトラとメイシアにユーラシアのことを託された育ての親である。
ユーラシアは森の中央に佇む湖に囲まれた木製の小さな家を出ると、森を抜けてある場所へと向かった。
それは、自身が暮らすソルン村の外れに位置する真っ白な小さな教会。
ユーラシアは慣れた手つきで扉をノックすると、白と黒のシスター服に身を包んだにっこりと優しく微笑む老婆が迎えてくれた。
「あらあらユーラシア。こんにちは」
「今日はカレーライスを持ってきたよ!」
「いつもありがとうね。ほら入って、みんな待ってるわ」
教会の中にある養護施設では、親を亡くした。あるいは、親から捨てられた十もいかない子供たちが十名ほど暮らしている。
時間は丁度昼食時であり、お腹を空かせた子供たちが長机の前に座りスプーンを片手に出てくる料理に胸を躍らせ、目を輝かせる。
「ねぇねぇユーラシアさん。今日はどんな料理を持ってきてくれたの?」
「カレーライスと言ってね、ボクも初めて食べた時はスプーンが止まらなかったことを覚えてるよ」
ユーラシアも子供たちと同じように長机の前へと座り、ワクワクしながらカレーライスの登場を待つ。
「ほんと、ミラエラさんの料理はいつもあり得ないくらい美味しいよなぁ〜。なぁ兄ちゃん、あの人一体何者?」
「う〜ん。実はボクもよく知らないんだけどね。確か前に一度だけどうしてそんな美味しい料理を思いつくのか聞いてみたらさ・・・・・」
ユーラシアの言葉に子供たち全員が耳を傾ける。
「異世界人?とか言ってたような」
「異世界?」
子供たちはあまりピンとは来ていないらしく、先ほどの態度とは打って変わりどこか気の抜けた反応を見せる。
そうしてついにお待ちかねのカレーライスが真っ白く平らなお皿に盛られて、水と一緒に運ばれてきた。
そのあまりの美味しさに、子供たちだけでなくシスターまでもあっという間に完食してしまった。
「はぁ美味しかった〜。ねぇ兄ちゃん、明日もミラエラさんの料理持ってきてくれるのか?」
「もうケンちゃん、まずはありがとうでしょ。それに、ユーラシアももう十歳なんだから、あまりここには来られなくなるんじゃない?」
そんなシスターの発言にいち早く反応を見せたのは、ケンちゃんことケンタだった。
「何だよそれ、どういうこと?」
「十歳を迎えた子供は、どこかの魔法学校に入学することになるのよ。ケンちゃんも後四年したら入学することになるわね」
そんな二人のやり取りの間に、ユーラシアが気まずそうに入り込む。
「ボクはどこの魔法学校にも入学する気はないよ。もちろん冒険者になるつもりもない。だってほら、ボクの魔力樹は———」
「そうだよ、兄ちゃんの魔力樹は小枝サイズなんだし、そもそも入学できるわけねぇじゃん」
その瞬間、空間内にパチーンッという音が響くと同時に少しの間静寂が流れた。
「ケンちゃん。そんなユーラシアを蔑む言い方、今すぐに謝りなさい!」
「イッタイなシスター・・・・・何すんだよ!俺はただ———」
ケンタは両目に涙を浮かべて、平手打ちされた右の頬を押さえている。
ケンタは不器用であり、ただ、ユーラシアと離れたくないだけなのである。
もちろんミラエラの料理を楽しみにしているのは事実だが、それよりもユーラシアと会えることが嬉しいのだ。
「理由はどうあれ、謝りなさい」
シスターもケンタの本心には薄々気がついているため、優しく謝るように促す。
「俺・・・・・シスターなんて大っ嫌いだ‼︎」
ケンタはまだ六歳。自分の感情を抑えることができないため、泣きながら教会を飛び出して行ってしまった。
「はぁ〜、全くあの子は・・・・・それに私も無神経だったわ。ごめんなさいねユーラシア。今連れ戻してくるわね」
そう言ってシスターが席から立ち上がった瞬間、教会の外でケンタの叫び声がした。
と同時に、カレーが一瞬にして腐り悪臭を放ち始める。
ユーラシアたちが教会の外へ出ると、魔力樹以外の周囲の木々は全て枯れ果て、地に生える草もその緑を失ってしまっている。空に飛び立つ鳥たちも羽を失ったように次々と地へと落ちてゆき、魔力を持たぬ村の人々も地へと伏してしまっている。
幸い、シスター含めて魔力を有した者たちは無事のようだ。
そしてその光景に驚愕している最中、シスターがある言葉を口にする。
「ダ、ダークエルフ・・・・・そんな、どうして魔人が復活しているの⁉︎」
そうしてシスターは更に何かに思い至ったように言葉を続けた。
「まさか・・・・・魔王が復活したとでも⁉︎いえあり得ないわ、歴史によれば魔王は完全に滅びたはず。ということはまさか、転生?まさかそんなことが———」
シスターが真剣な表情を浮かべて独り言を呟いていると、教会へと一直線に歩いてくる黒い個体が見えた。
ダークエルフだ。
その姿を目にしたシスターは更に顔を青ざめさせる。
「フフッ、下等な種族にしては賢い脳を持っているようだな。貴様の言う通り、魔王様は再び復活なされ、この私に依代となる肉体を与えてくださった。しかし魔王様は嘆いておられた・・・・・今の時代には依代となるだけの強力な魔力を宿す肉体が枯渇していると。魔族が滅び、人類は衰退してしまったのだと————」
「みんな、今すぐ教会の中に入りな!」
シスターは庇うようにして子供たちの前に立つと、震える全身を何とか抑えてダークエルフへと向き合う。
「そして偉大な魔王様はその理由について一つの答えを導かれた。かつて魔王様は人類の手によって滅ぼされたが、それは全て神からの加護があったからこそ成し得た所業。その神と敵対している人類に、最早神からの加護はない。かつては教会とは神聖なる加護の聖地により魔の天敵の一つではあったが、今は何の力も有してはいないただのガラクタ・・・・・逃げ場などどこにもないぞ、人間」
そう言うと、ダークエルフはそのニヤけた表情を一層増して指先をシスターたちへと向けた。
「ひ、ふ、み・・・・・」
足が震えてその場から動けないでいる子供達を一人一人数え始める。
「ガキとシスター合わせて十二人。いや、一人は例外か。そこの赤髪は明らかに魔力が弱すぎる。魔人にしたところでたかが知れた戦力にしかならんな。しかしお前たちは格別だ。特に老ぼれ、お前は素晴らしい力を有している。全盛期ならば私といい勝負をしただろうに—————」
一瞬、ダークエルフの言葉が途切れた瞬間、シスターが教会全体を覆うほどの大きく分厚い緑色の防護壁を展開した。
しかし無意味。
目の前からダークエルフの姿が消えた次の瞬間、無様に砕けた結界の姿とダークエルフの鋭く尖った真っ黒な腕がシスターの胸を貫く光景が子供たちの目の前に広がっていた。
「シスター‼︎」
地べたに座り込んでいたケンタだったが、先ほどまで怖さのあまり漏らしていたことすら忘れ、叫びながらシスターへと駆け寄る。
「大切な依代だ。致命傷は避けてある」
そんなダークエルフの声がケンタに届いているはずもなく、ケンタは右手にボーリング玉くらいの真っ赤な炎を生み出すと、思い切りダークエルフへと放った。
ケンタはまだ六歳の子供ではあるが、炎魔法の使い手であり、元は名の知れた冒険者だったシスターも認めるほどの実力である。
しかしシスターでさえ瞬殺された相手に対してケンタのちっぽけな攻撃など通用するはずもなく、かすり傷一つ付いてはいない。
「痒い痒い。ガキ、これはお遊びじゃないんだよ。お前の遊びに付き合ってる暇はない。あまり時間をかけすぎると魔王様に私が怒られてしまうからな、ここは手加減なしでいこう」
そう言ってダークエルフの細長い腕がシスター同様ケンタへと振り下ろされようとした時、ユーラシアは先ほどまでの恐怖から脱却し、無意識にケンタの前へと飛び出した。
「おい赤髪、お前は殺すぞ?」
そうして止まることなくダークエルフの腕がユーラシアへと直撃する。
ダークエルフは自身の攻撃がユーラシアへと当たる瞬間、間違いなく見た。
(何だ今のは・・・・・攻撃が当たる瞬間確かに見たぞ。このガキの体が黄金に光ったところを。考えられることはまず一つだけ、このガキ、今の一瞬の間に魔力樹から何かしらの魔法の実を獲やがったな。まぁ、あれだけ小さい魔力反応だ。魔力樹の大きさもかなり小さいはず。フッ、受け取った魔法の程度も知れてるな)
しかし次の瞬間、ダークエルフは驚愕した。
砂埃が晴れた時、一切の手加減なく放った自身の一撃が目の前のユーラシアに何一つ傷を負わせていないという事実に。
「バ、バカな⁉︎今の一撃をお前ごとき雑魚が耐えたと言うのか・・・・・どうなってる・・・・・我慢強いとか、そう言う次元の話ではないぞ⁉︎————」
ダークエルフは明らかに動揺している様子だが、ユーラシア自身も何が起きたのかさっぱり理解できず、呆気に取られてしまっている。
しかし次の瞬間、不意に脳内に浮かんだ単語をユーラシアはぽろりと口にした。
「———竜王」
魔力樹を宿す者が魔法の実を受け取ると、自然に名前が分かるのだと言う。
そうして不意に飛び出た言葉を聞いたダークエルフは、名とは正反対の真っ白い顔を青ざめさせる。
「竜王だと・・・・・あり得ない・・・・・あってはならない。いや、お前まさかっ———じゃあどうしてんな雑魚い魔力しか宿してないんだよっ‼︎」
ダークエルフは突如叫び、再びユーラシアへと攻撃を放とうとした瞬間、ダークエルフだけでなくその場に存在する全ての景色が凍結した。
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