第七話 第弐螢惑攻防戦 前編

 第弐螢惑は、人類の故郷たる太陽系で言えば火星にあたる軌道を公転する惑星です。

 その大きさも姿形も火星に非常に似通っており、最初にこの星を調査した華僑系のグループが、かつて太陽系の火星を中国人が螢惑と呼んだことから自然、第弐螢惑と呼び習わし、いつしか正式な名称として定着したのです。そんな背景もあり同じく中華系であるフェイイェンにとっても思い入れが深く、彼は白麟に戻ってからもずっとブリッジに詰めて、大きなモニターで次第に迫る星を飽きもせずに眺めて楽しんでいる様子でした。

 星系連合の首都が置かれている惑星ケートゥをはじめ、元は金星と同じ軌道を公転していたものがケートゥとほぼ同じ軌道上に移動したと見られるセカンドイシュタル、同じく水星に相当しながらケートゥ軌道上にまで移動したらしいジ・ヘルメスの二惑星にそれぞれ独自の国家を築いた上で、昏陽星系連合を構成しています。三惑星はテラ・フォーミングを推進しているという共通点があり、将来的に地球化した星の上で人類が生存できるものと見なされているのが、国家生成の条件となっていました。

 対して第弐螢惑は三惑星と比べてはるかに小さく、空気を導入しても保持できません。そのためテラ・フォーミングには不適と見なされ、国家は置かれませんでした。代わりに基地が置かれ、様々な観測や資源採取に使われる予定でした。が、ガナンの軍事的圧力の高まりに伴い、軍事基地か置かれることになったのです。

 開戦初期にはガナン側から見ても橙色矮星昏陽を挟んで反対側に位置していた第弐螢惑は、惑星ケートゥから見ても遠いこともあり、ガナン軍の軍事目標からは外されていました。しかし短期決戦をもくろんでいたガナンの思惑が外れて戦線が膠着したまま時間ばかりが過ぎている間に、ケートゥと第弐螢惑の距離が縮まり、軍事的にも無視できなくなりつつあります。シンシティが第弐螢惑に向かうことを決めたのは、一刻も早く正規の軍人に艦の引き継ぎをすると同時に、負傷者をここでひとまず治療できないかと目論んでのことでした。


「ようやく私たちの役目も終わりそうね」


 感慨深そうに呟くシンシティに、ゴシキも同意します。


「ですね。正規の軍人さんに引き渡したら、第弐螢惑で一休みできるでしょうか」


 二人とも本来学生の身です。かたや艦長代理、こなたモビルコフィンのパイロット。そんな事をやっている今の状態が異常なのです。なので、正規の軍人に引き継ぎを終えたら学生に戻ることになると理解しているのでした。

 しかしそんな二人にハイアーテがかたわらからツッコミを入れました。


「そうそう休ませてもらえるかしら? 基地からここまで艦を指揮して一人の欠けもなく無事に航海してみせた艦長代理と、エースパイロット並みのスコアを叩き出したパイロット候補生が?」


────────────────


「実に素晴らしい戦果である!」


 合流を果たした出迎えの艦隊からわざわざやって来て叫ぶように称賛したのは、第弐螢惑基地の司令官であるフーガ・クシュナー中将閣下その人でした。

 頭に白いものが多数混じっており、顔面のシワも深くかなりの高齢と見えましたが、その実矍鑠としています。かなり元気なおじいちゃんだなあ、などとゴシキは心の内で思いましたし、シンシティも『噂には聞いていたけどそれ以上に元気な方ね』と内心引き気味でした。


「ゼノドゥーエ軌道上基地からの脱出を果たした──それも『黄金の明星』の目をかすめてだ。これだけでも十分称賛に値するというに、待ち伏せしていた『カラリッパ埋伏部隊』までも打ち倒すとは」

「えっ、あの、埋伏部隊ですか!?」


 思わぬ名にシンシティが驚いて言葉を返してしまいます。戦闘中はさらなる奇襲を警戒しながら指示を次々出していたので、敵がどこの誰なのかを確認している余裕はなかったのです。これが経験の深いベテラン指揮官ならば話は違うのでしょうが、あいにくシンシティはまだまだ経験も浅く本格的な戦闘に慣れたとは言い難いのでした。


「アステロイド・ベルトに潜んでいましたから、戦争初期からの作戦行動に慣れた部隊なのだろうなと思ってはいましたが」

「わしも驚いたが、敵艦の残骸を検分した連中が言うには紛れもなく音に聞こえし埋伏部隊だったそうだ。わしもクロスオールトで煮え湯を飲まされた相手だけに驚き半分喜び半分といったところよ」


 思わぬ大物の名前に驚きを隠せないシンシティでしたが、後ろで聞いていたゴシキはというと「へーそうだったんだー」程度の認識でしかありませんでした。一応ゴシキも埋伏部隊の名前は知っていますし、どれだけ戦果を上げているのかも知識として持ってはいますが、だからといって自分がすごいとは思えないのでした。やるべきことをやったらこうなった、としか思っていませんので。

 一方、クシュナー中将は昏陽軍を代表して、内心忸怩たる思いで告げようとしていました。


「これだけの戦果を上げた以上、貴君らをこのまま学生の身に戻すわけにもいかんことに相成った」

「……えっ?」

「昏陽星系連合軍総司令部からの指令を伝える。輸送艦白麟はシンシティ・ケントゥリオ『少尉』の指揮のもと、今後は昏陽星系連合軍に正式に組み込まれる。このまま作戦行動に従事すべし」


 シンシティの後ろで、ゴシキと並んで拝聴していたフェイイェンとハイアーテは『やっぱり』と諦めたような顔をしていました。何となくこうなるような気がしていましたから。


「少尉、でありますか?」


 思わず聞き返すシンシティに「うむ、少尉である」と頷きを返すクシュナー司令。となれば聞き間違いということはもはや無いということかと、シンシティは目眩にも似たものを感じました。

 続いてクシュナー司令はゴシキたちの方に顔を向け、厳かに告げるのでした。


「キ・ゴシキ曹長およびサン・フェイイェン曹長およびハイアーテ・クアットロ曹長はそれぞれヴェルバティおよびヴェルターレットの専属パイロットとして白麟に所属するものとする。その他、人員の配属についての正式な辞令は、第弐螢惑基地に到着後、追って布告するものとする」


「ゑっ」


 まさか自分まで軍に組み込まれるとは思ってもいなかったゴシキは、思わず変な声を出してしまいました。フェイイェンとハイアーテは何となく察していたのでゴシキほど取り乱しはしませんでしたが。


「私もですか?」

「むしろ君を軍に呼ばない理由がないと思うが?」


 呆れたように笑うクシュナー司令に、ゴシキもまた口から何かが抜けるような気分を味わうのでした。


────────────────


「嘘でしょう……まさか、カラリッパ大佐たちが」


 サチ・オワ少将は呆然として呟きました。彼女の傍らに立つトワ・アルカエオ少佐も絶句しています。

 開戦当初からのベテランで、数々の功績を挙げてきた「カラリッパ埋伏部隊」が敗北したというだけでも驚きなのに、文字通り壊滅したというのです。これに驚かずして何に驚けといいうのでしょうか。


『殘念ながら事実だ。2時間ほど前に戦端が開かれ、わずかな時間で壊滅したようだ。督戦部隊が目撃しておるから間違いない。中将閣下におかれては甚だご立腹で、私にご子息の仇討ちと第弐螢惑攻略の指揮を任してご休憩されている』


 量子通信の相手が説明するのを聞き、やけ酒をあおっているのかなと想像するトワ少佐でした。ちなみに督戦部隊とは、実戦部隊の監視を行い、敵前逃亡する者に対して攻撃を加えたり、作戦行動に対して口出しして戦闘を促したりする部隊のことです。


「ということは、我が隊も第弐螢惑攻略に加わることになりますか」

『うむ。督戦部隊として展開しておったベルドゥ隊と合流し、第弐螢惑を攻略せよ。その過程でムッターチ大佐を討ったというモビルコフィンとその母艦に遭遇した場合、優先して撃滅せよとのことだ』


 ベルドゥ隊と聞いてオワ少将の顔がしかめられました。


「赤錆の凶星ですか」

「閣下」


 即座にたしなめるようにトワ少佐が声をかけましたが、相手は少将が嫌な顔をするのは無理ないと心得ているようで、特に気分を害した風でもなく『そうだ』と頷くにとどめました。


「了解です、カリンバ参謀長。我が隊はベルドゥ隊と合流し、第弐螢惑攻略に加わります」

「うむ。作戦詳細についてはベルドゥ大佐に既に伝えてはあるが、貴君らにも伝えておこう。当作戦は惑星ケートゥ攻略のテストという意味合いもあるので、そのつもりでかかってほしい」


 作戦の詳細については別に資料が送られるということで通信をそこで切り、一息入れてからオワ少将が腹立たしそうに言葉にしました。


「よりによって赤錆の凶星ですって? あの、戦争を自分の英雄願望を満たすための遊戯のようにしか考えていない狂人を、作戦の司令塔にするなんて正気とは思えない!」

「閣下、抑えてください。我らは軍人です。今は作戦の成功のために飲み込むときでしょう」


 トワ少佐がそう声をかけますが、オワ少将の憤懣遣る方無しという気持ちは収まらないようです。


「クロスオールトの時だって、貴女のほうが高いスコアだったのよ? なのに、参謀総長と懇意にしている彼のほうが評価されて、階級の上でも差別されて」

「単に参謀総長が、男性優位主義という古い価値観を持つ人間だというのも理由の1つですけどね」


 トワは少佐、ベルドゥは大佐ですから、確かに階級の点で不公平なのでした。もっとも、二つ名についてはその限りでもありません。


「当初表彰された時に与えられた二つ名『赤銅の暁星』が『赤錆の凶星』に自然に変わったのは、彼本人の行いが原因ですからね。私達がすべきは、彼がやりすぎないよういざという時に制止できるよう準備することだと理解しています」

「──そうね、そのとおりだわ」


 ようやく落ち着いて、オワ少将は「作戦を確認しましょう」と送られてきたデータの表示をオペレーターに命じました。

 巨大な正面モニターに表示されたのは、第弐螢惑の立体図と艦隊のマーキングでした。その他、見慣れないマークが無数に表示されています。

 艦隊が第弐螢惑の北極側と南極側にそれぞれ固まって表示されているのに対し、見慣れないマークは惑星全体をカバーするように規則的に配置されており、それぞれが細い線で結ばれてまるで六角形の網目を形作っているかのようでした。


「このマークは何かしら?」


 オワ少将の疑問にオペレーターが手元の画面で確認して答えます。


「小型の監視衛星だそうです。全地表を視界に収められるよう散布、配置され、地上のさまざまな動きを光学的に捉え、ネットワークの形成によって電波障害の影響を軽減して収集。AIによる解析を経て基地の所在地を推測するとのことです」

「なるほど」


 第弐螢惑もそうですが、ケートゥの攻略が遅々として進まないのは、昏陽が軍事施設はもちろん市民生活の場に至るまで全て地下に収容し、その存在を秘匿しているからです。これが地球など太陽系であれば、電波照射やニュートリノ照射からの反射を拾うことで特定も容易だったでしょうが、星そのものが高度な電波照射源となっているこの星系では、電波照射による透視撮影を試みても星の電波に紛れてしまって全くわからないのです。

 それを解決するために、光学的アプローチ──要は可視光線で見える範囲で観測からAIによる解析で解決を図ろうというのでした。


「これは──絶対に赤錆の凶星の発案ではないわね」

「ですね。おおかたカリンバ参謀長あたりの考えでしょう。私達は南極側に陣取ることになりそうですね」


 昏陽軍の基地を発見し次第、情報はオワ隊とベルドゥ隊とで即座に共有され、両艦隊がその地点に急行、攻撃を加えることになります。本来ならば通常の倍の規模を誇るカラリッパ隊が展開するはずだった作戦ですが、それを引き継ぐ形になります。


「では、打ち合わせをしなくては。あの男と顔を合わせるのかと思うと憂鬱になってしまうけど」

「こればかりは部隊を指揮する者の宿命として受け入れるしかないでしょうね。大丈夫、私も傍らに控えていますから」


 その時です。オペレーターが声を上げました。


「ベルドゥ大佐からの量子通信です」

「! 繋いで」


 すぐに表情をよそ行きに切り替え、オワ少将が命ずると、程なくして正面モニターに男が姿を見せました。不敵な笑みを浮かべるその中年男性こそが、くだんの『赤錆の凶星』こと、アラン・ベルドゥ大佐でした。


「お久しぶりです、ベルドゥ大佐。早速ですが作戦についてでしょうか?」

『ああ。艦隊の配置についてはもう把握しているか?』

「はい。我が隊は南極側に陣取るのですね」

『それよ。お前たちは手出し無用だ』


 言われた内容に理解が追いつかず、少将は「はい?」と聞き返してしまいました。


『お前達が出しゃばってきたら、俺の取り分が減るだろうが。小娘どもはおとなしく連中の逃げ道を塞いでいさえすれば良い。ああ、俺の邪魔をしようものなら、たとえ総統閣下の娘とはいえ軍事法廷に引っ張り出すぞ? 俺は参謀総長はもちろん、軍事法廷のお歴々とも懇意なんでな』

「な──」


 思わず突っかかりそうになるオワ少将でしたが、トワ少佐と副官がとっさに肩を押さえました。二人の手の感触に冷静さをかろうじて取り戻し、彼女は「ならば攻撃はあくまでも貴艦隊が行うということですか?」と問い返しました。


『そうだと言っている。こちらは新型機も受領できたんでな。そこで指を咥えて見ていればいい』


 何が面白いのか、笑いながら通信を切るベルドゥ大佐。モニターの表示が徐々に大きくなっていく第弐螢惑の姿に切り替わってからも、オワ少将の不機嫌さが解消されることはありませんでした。


「今度は新型機? 参謀本部はどこまであの男を優遇すれば気が済むのかしら」


 少々乱暴に椅子に座り直しながら、憤慨を隠そうともせずに声にする少将に、トワ少佐は苦笑しながら返します。


「彼はガナン軍に軍事力を提供している軍事企業の社長でもありますから」

「それは知ってるわよ」

「傭兵は言うに及ばず、様々な最新兵器まで自社開発して軍に納入していますからね。噂では参謀総長とは公私にわたってお友達だとか」

「え、何それ。そこまでは私も知らなかったわよ。癒着してるってこと?」

「そこまでは分かりませんが、フーを開発したシャオツェン社がその生産拠点を丸ごとガナニック社に譲渡し、ガナニック社の独占になったのは参謀本部の意向が働いたとか聞きます」


 ガナニック社とは、ベルドゥ大佐が代表取締役社長を務める軍事企業の名です。兵器産業としてのガナニックアームズコーポレーションから、傭兵派遣業のガナニックマーシナリーまで、複数の企業を傘下に置く軍事総合企業であることは、ガナンの人間なら誰もが知るところでした。


「きな臭いなんてものじゃないわね。ますますあの男のことが嫌いになりそう」

「無理して好きになる必要もないと思いますよ。何にせよ、今回我々は裏方ということになりそうですね。奴がやり過ぎそうだと思ったら止めに入れるようにはしておきましょう」


 トワ少佐の言葉に、副官も頷いて同意します。


「指定の箇所に艦隊を展開し、いつでも駆けつけられるように手配します」

「そうね、お願いするわ。『赤錆の凶星』が悪い癖を出せば出すほど我が軍の汚点になるものね」


────────────────


 ガナン軍の方でそのような動きがあることはつゆ知らず、いつの間にか軍人になってしまっていたシンシティやゴシキたちを乗せた輸送艦白麟は、出迎えの艦隊とともに第弐螢惑へと降下していました。

 かつての地球や、まだ地球ほどではないにしろテラ・フォーミングが進んで大気の濃くなっているケートゥ等と異なり、火星程度の薄い大気しか無い星ですので、特に障害なく地表へと降りていくことができます。


「一体どこに基地があるのでしょうか」


 艦の下方を映し出す、床の大半を使ったディスプレイを見下ろしながら、ゴシキが首を傾げます。


「地下よ。はるかな昔、それこそ惑星が形成されて数億年は、地下水がまとまった形で存在したらしいわ。しかし大気が薄すぎることから外気に触れた水が零度で沸騰し、ものすごい勢いで蒸発した上にこれをとどめられるほどの重力もなかったことから現在の姿になったそうよ。地下空洞は大量の水が存在した名残というわけ」

「なるほど、昏陽軍はそれを利用しているんですね」

「ええ。地表はやはり過酷なので、地下に基地を作ったそうよ。一から掘るよりあるものを利用するほうがコストも低く抑えられるしね」


 そう答え、シンシティは更に続けました。


「当初はゼノドゥーエ軌道上基地同様、軍事基地ではなかったそうよ。ジ・ヘルメス同様に資源採掘基地として期待されていたみたい。ジ・ヘルメスが水星より巨大で地球サイズであったことから、テラ・フォーミングを経て安全な採掘が期待されることがわかって、計画は白紙になったそうだけど、その名残が残っていて軍事転用も容易だったとか」

「なるほど、文字通り土地に歴史ありですね」


 ゴシキも納得の頷きを返しました。そうこうしているうちに先頭を行くクシュナー司令の乗る戦闘指揮艦が着地しそうなほど地表に接近しています。このまま行けば接地する──そう感じたゴシキの考えは次の瞬間、裏切られました。


「地面が割れた!」


 思わずといった風に言葉が飛び出します。

 そう、先頭艦が接地するかと思われた瞬間、地表に偽装されたシャッターが左右に開き、できた空隙へと巨体を滑り込ませていったのです。


「このシャッターも含めて、第弐螢惑を開拓しようと試みた時代の産物だそうよ」

「へえ……!」


 目を輝かせながら見入るゴシキでした。ややあって白麟も地底へと潜り込んでいきます。その他の艦艇も全て地表から姿を消すのに、数十分とかからなかったのでした。



****************


 新年あけましておめでとうございます。もう元旦ではなくなってしまいましたが、新年最初の投稿です。

 今年も気の向くままに書いていく所存ですので、興味を少しでも持たれましたらご一読くださいませ。よろしくお願いいたします。 

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