第六話 埋伏の計突破せよ

 ゼノドゥーエ軌道上基地からの脱出を果たした輸送艦白麟が昏陽軍の基地のある惑星、第弐螢惑へと針路をとり、警戒しつつ航行を続けてもう一日が経とうとしていました。

 球体である惑星上の海で航行するのとは異なり、星系内で針路をとる時は目的地が常に公転軌道上を移動していることを計算に入れないとなりません。推進剤の節約や食料事情、その他の事情も重なりますので、なるたけ最短距離を選択したいところです。

 しかし、戦争中という特殊な状況だとそれ以外にも懸念材料がありました。


「これまでのところは順調ね。けれども第弐螢惑が近くなったこれからは、更に警戒を厳とするように」

「はい!」


 シンシティの注意に、索敵を担当するオペレーター陣が緊張をにじませながら答えました。

 そうなのです。一番厄介なのは、待ち伏せする敵がいる可能性なのでした。最短距離を選択しようとすると、どうしても採れるルートは限られます。ということは、敵にもある程度どこを通るか推測できるということでもあります。

 なので、シンシティが選択したのは、ある程度推進剤を消費し、時間をかけてでもゼノドゥーエと第弐螢惑の中間にあるアステロイド・ベルトを天の北極側に大幅に迂回するコースでした。というのも、昏陽軍は似たような空間での戦闘で大敗北を喫したという苦い戦訓があるからでした。


「クロスオールト会戦と言うんでしたっけ」


 そろそろ危険宙域ということで、仮眠していたところをフェイイェン、ハイアーテと交代する形でブリッジまで出てきたゴシキが、腹ごしらえにタンヤンから受け取ったサンドイッチを一口食べてから声にしました。なお、無重力空間で食べかすが飛び散らないよう工夫されたパンで、寒天のように固められた具材とスライスチーズを挟んだものです。


「ええ。ガナン共和国が軍備を増強しているという情報を事前に得ていた昏陽星系連合は、自衛のために多数の戦闘艦艇とガンターレットとを生産、配備して待ち構えていたのだけど、緒戦、特にクロスオールト会戦で大敗したのよ」


 サンドイッチを食べながらモニターに目を凝らすゴシキに、シンシティも真空パック飲料を一口飲んでから答えました。こちらもタンヤンが用意したもので、コーヒー飲料がシンシティの希望に沿った濃度で詰められたものです。なお、パックは回収して洗浄してから再利用されます。


「私はあまり良く知らないんですよね、その戦い。どんな戦いだったんですか?」

「私もその場にいたわけではないからまた聞きの話になるのだけど」


 断ってから、シンシティは続けました。


「昏陽星系とヘリオスツー星系の外縁部、オールトの雲と呼ばれる小惑星帯がちょうど交差する宙域をクロスオールト宙域と言うのは知ってるわよね?」

「はい。昏陽とヘリオスツーの重力作用がぴったり釣り合ったことで、奇跡的にそのような状態になったと聞いています。二つのオールトの雲が交差することで、ちょうど8の字になるような軌道になっているとか」

「ええ、ただし互いに天の北極側から見れば同じく反時計回りに公転しているから、当然それぞれの小惑星が真正面からぶつかり合うような軌道になるわ。実際には小惑星同士の距離があることから衝突することは滅多に無いのだけど、この中を通ることは非常に危険なことになるわね」

「ですね。交差宙域ではいくつもの小惑星がそれぞれの公転軌道で正反対に動き回るわけですから、下手すると一つやり過ごしたら別のが反対から飛んできて衝突、なんてこともあるわけですね」


 想像したのか顔をしかめるゴシキに、シンシティは「まさにそれを当時の昏陽軍上層部も懸念したのよ」と応えました。


「なので、昏陽軍は小惑星帯の交差宙域で、天の北極側のギリギリ外に陣取ったの。そこがガナン軍の侵攻コースになると思われたから。ところが、ガナン軍は選りに選ってオールトの雲の中から奇襲を仕掛けてきた」

「あ、そのためのモビルコフィンだったんだ!」


 思い至ってゴシキが振り返りました。


「そういうことね。フーの全長は17.5メートル。一般的な艦船と比べて非常に小さく、加えて軽快な機動性を備えている。クロスオールト宙域はフーにとって安全に身を隠して奇襲しやすい場所だったということね」


 シンシティも頷きを返しました。


「ガナン軍の空母は交差宙域から数十万キロ彼方の交差していない宙域にとどまり、フーをヘリオスツー側のオールトの雲内部に投入。小惑星の公転速度に合わせ、正面から来る昏陽側の小惑星にだけ注意して移動したフーは、昏陽艦隊の近くまで接近、奇襲した。昏陽側でモビルコフィンの運用についてその可能性を論じていたのはキ博士──貴女のおじ様だけだった。まったく警戒していなかったものだから、ほとんどの艦が艦底をオールトの雲に向けていて見張りを置いていなかったようね。突然艦底を攻撃され、大混乱に陥った昏陽の艦隊は、互いの連絡も取れないまま各個撃破されて壊滅。星系内へのガナン軍の侵攻を許すことになったのよ」

「その時に大活躍したのが『黄金の明星』……」

「ええ。星の名を冠する二つ名持ちは、皆クロスオールト会戦でエース級の活躍をしたパイロットたちだそうよ。他には『赤錆の凶星』とか『緑青の双子星』とか」


 いずれ劣らぬトップエースとして誰もが知っている名前ですねとゴシキは苦笑しました。


「すると、シンシティさんはガナン軍がアステロイド・ベルトの中に潜んでいる可能性を懸念しているんですか?」

「そのとおりよ。もちろん向こうも私達が戦訓を元に警戒していることは分かっているでしょうから、馬鹿正直に同じ戦法を採るとは思えないけど、念の為ね」


 現在白麟は、アステロイド・ベルトに艦橋側を向けて航行していました。なお、白麟を含む白馬型輸送艦は、昏陽の艦艇としては珍しく艦橋の機能を装甲で覆われた艦体内部に収容しています。けれども艦の前後左右上下を設定することで、乗員の空間認知能力を鈍らせないようにするために、あえて艦体上部を艦橋側などと呼称しているのでした。

 もちろん艦底側にもカメラが設置されており、シンシティはそちらもサイウン上等兵に警戒させています。

 サンドイッチを食べ終えて合成ミルク(牛乳の色と味を再現した合成飲料。栄養抜群)で喉を潤していたゴシキが不意に声を上げました。


「三時方向、仰角三十八度! フー六機!」


 聞いたオ上等兵が即座にカメラを合わせてズームアップしますと、


「本当だ! フー合計六機、アステロイド・ベルト内に潜んでいます!」


 緊張が走ります。しかし、同時に安堵もありました。何しろ奇襲の心配だけは無くなったと思われるのですから。そのかすかな弛緩に気付き、シンシティはことさら語気強く声を上げました。


「気を引き締めて! サイウン上等兵、私達があのフーに気を取られているうちに別方向から攻撃を受けないとも限らない。これまで通り警戒を!」

「イエス、マム!」


 シンシティの言葉に気を引き締め直すクルーの姿に、ようやく彼女も良し、と軽く頷くのでした。


「ゴシキ、行ける?」

「もちろん!」


 それ以上の言葉はいりません。ゴシキはヴェルバティの待つ格納庫へと向かうのでした。背後ではシンシティが続けて命ずるのが聞こえます。


「サン学生とクアットロ学生も、仮眠をとり始めたところで悪いけどガンターレットで待機してもらいます。誰か起こしに行ってちょうだい」


────────────────


 昏陽攻略艦隊の一翼を担うカラリッパ大佐の部隊は、開戦当初から一線で戦ってきたベテラン揃いでした。特に得意とするのは、遮蔽物に身を隠しての奇襲戦。当時少佐だったカラリッパの提案で作戦が決まったというクロスオールト会戦では、この戦法で多数の昏陽軍艦艇やヴェルターレットを葬り、「埋伏部隊」と呼ばれ名を挙げました。

 しかし、より注目されたのは、作戦を提案し功績を賞されて二階級特進したカラリッパではなく、一機で多数の艦艇を沈めたエース陣でした。特に『黄金の明星』や『赤錆の凶星』といった。エースたちは、カラリッパ隊の面々が共同で落としたのとほぼ同数という成績を一人で挙げたのですから注目されるのも当然でしたが、自分たちも功績があったのに彼らばかりが注目されることに納得のいかない者が大半でした。

 無論エースパイロットにわざわざ星を冠する二つ名を与えて持ち上げるのはプロパガンダ的な意図もあるのだとは理解しています。しかし理解と納得は別物なのです。その後大佐が率いる部隊はセカンドイシュタル攻略戦などで功績を挙げましたが、他の部隊との共同だったこともあり華々しい戦果とは言えないものでした。

 それだけに第弐螢惑基地攻略を単独で任された時には思わず快哉を叫んだ者がいたほど、勇躍して任務につきました。ところが、いざ宙域に到着する直前になって命令が変更されたのですから、彼らに不満が溜まっていたのも事実でした。


「相手はたかが輸送船一隻でしょう、隊長? 我らが全機でかかるような獲物ではないと思いますがね」


 部下のぼやきを聞きつつ、カラリッパ大佐は苦笑しながら、癖になっているフー2の操縦桿を撫でるという行為を中断して応えました。


「そう言うな。上官命令とあらば従わざるをえんのが軍隊というものだ。それに、今回の獲物はあの黄金の明星が取り逃がしたやつらしいぞ」


 大佐の声に部下たちが色めき立ったのが、電波障害で雑音混じりながら分かりました。


「そりゃいい。俺達でその輸送船を沈めりゃ、黄金の明星の鼻を明かしてやれるってわけだ」

「やったろうじゃねえか!」


 その時です。大佐のフー2に搭載された簡易型の量子通信機が受信の知らせを発しました。今通信してくるとなれば、副官が指揮を執る部隊の移動拠点である空母エル・ジッドからでしょう。大佐が通信を開くと案の定、副官のドーソンからでした。


「どうした?」

『ホーキンス小隊から通信がありました。我、昏陽の輸送船を発見せり。攻撃に移る、と』

「ちっ、向こうだったか。まあ良い。急げば戦闘に間に合うかもしれんな」

『それが』


 ドーソンの歯切れの悪い声に嫌な予感を覚えつつ大佐が「どうした」と問いますと、


『その通信直後から悲鳴と怒号が響き、程なくして途絶したのです』

「なにッ!」


 今回、大佐は自分の艦隊の部隊を三つに分けて待ち構える作戦を採用していました。というのも輸送船の航行ルート候補が複数あったからです。また、シンシティは馬鹿正直に同じ戦法を採らないのではないかと考えていましたが、自部隊の埋伏の計に絶対の自信を持っていたカラリッパ大佐は、クロスオールト会戦での作戦そのままにアステロイド・ベルト帯へ埋伏していました。なお、カラリッパ隊の後衛艦隊はより第弐螢惑に近い宙域で後詰として待機中です。

 元々モビルコフィン乗りである大佐自ら第一小隊を率い、部下たちのうちでも特に信頼するジャックとホーキンスにそれぞれ第二、第三小隊を任せ、予想進路上に配していました。結果的に分散配置になって各小隊にフーを六機ずつしか配分できませんでしたが、相手は輸送船一隻だけということもありこれでも過剰戦力だと信じていました。なにしろこちらはクロスオールト会戦では戦艦だって何隻も沈めているのですから。

 それなのに。


「何かの間違いではないのか? 単なる通信機の不具合か、あるいは第弐螢惑からの電磁波が強くなったか」


 動揺して確認してしまいます。結果としてそれは悪手でした。確認しますとドーソンが一旦通信を切ったのですが、本当であればもう一つの小隊であるジャック隊の安否をまず確認し、連携して行動することを優先すべきでした。

 しかしホーキンス隊の状況確認に時間を費やした結果、


『ジャック隊との連絡が途絶えました!』


 悲鳴のような報告を聞く羽目になったのです。「馬鹿な」と動揺する間もあればこそ、今度は自身の小隊から報告が上がります。


「チャックがやられました! 畜生、どこだ! どこから攻撃してきやがっ──」


 僚機の撃墜を報告した直後に通信が途絶えます。今度は自分の隊が攻撃されている──その事実に、カラリッパ大佐はドーソンに命令を下しました。


「こ、後続艦隊からもフーを出せ! 援軍をよこしてくれ!」


────────────────


 ゴシキはちょうどその頃、実はカラリッパ大佐機の目と鼻の先にいました。ただし、間には最大で三十メートル、狭いところでも二十メートルはありそうな小惑星を三つほど挟んでいましたが。更に言うなら大佐機との間には彼の部下がもう2機潜んでいます。そう、ゴシキはヴェルバティでフーが潜んでいるアステロイドベルトに直接乗り込み、相手が得意とする遮蔽物を利用した戦術をやり返したのです。


「この武装、想像以上に使えるね」


 ゴシキがつぶやいたのは、ここまで主に使ってきた武装でした。というのも、ヴェルバティに搭乗する直前にナナヤ博士に勧められたものだったのです。

 まず、機首のハチハチ。左右二門ずつ搭載された88ミリリニアレール機関砲のことです。主砲の110ミリに比べたら口径は小さく、使われているリニアレール機関も簡易式で威力は低いですが、代わりに多数の弾丸をばらまくことができ、フーに対する武装としては必要十分というところでしょうか。

 加えて衝角です。実はヴェルバティには、フーに備わっているヒートラムのようなものはありません。代わりについているのが、


「ビームラム、ね。どういう原理なんだか」


 ヴェルバティの機首下部、艦艇なら衝角がついているであろうところから、今は砲塔を思わせる機械がせり出していました。

 説明書によればここからエネルギーは高くとも減衰の速いビームを発振し、衝角のように使用できるとのことでしたが。


「『斬る』ことができちゃうのよね」


 苦笑し、ゴシキは操縦桿を軽く操作しました。ヴェルバティの主推進機関である空間膨張機関を作動させると、後方の鯨の尾びれを思わせる形状の、実際には二枚重なるように配置されたフィンの間の空間を歪ませ、一瞬膨張させることで推進力に変えます。実はヴェルバティの全身に配されたスラスターも、同様のシステムになっています。

 ほとんど光を発さずに軽々と小惑星を迂回すると、今度は小惑星スレスレに逆落としするように突進。ビームラムを発生させるや、そこにいたフーに突き刺しました。と同時にヴェルバティの姿勢制御用小型空間膨張機関を作動させ、瞬時にして方向転換。その動きでビームラムの角度を変え、フーをバッサリと輪切りにしてしまいながら、そのまま小惑星の影へと飛び込むのでした。

 たった今撃墜した機体の僚機が事態に気づいたときには、もうその僚機が隠れるのに使っていた小惑星へとするりと移動すると、同様に小惑星スレスレを飛びながら、


「16機目っ!」


 叫ぶと同時に仕留めました。

 言ってしまえば一瞬で鋼板をも蒸発させるようなバーナーを振り回すようなものです。突き刺すように使用するはずが相手を斬り刻むなど、製作者の意図を超えた使い方でしょう。


「ここまでで16機かぁ。まあまあかな?」


 撃墜数を数えて独りごちるゴシキでしたが、まあまあどころかゼノドゥーエ基地での7機を加えて既に23機。トップクラスのエースパイロット並みの成績です。


「残りは、と。あと2機だね。これで打ち止めかな?」


 カラリッパ大佐たちは小惑星を挟んだ向こうだというのに正確に数を言い当てるゴシキでしたが、何のことはありません。戦闘中に彼女は既にカラリッパ大佐の率いる小隊が全部で何機か把握していたというだけのことです。

 さて、そろそろ決着をつけようかと操縦桿を握り直したときのこと。ゴシキの常人離れした目が、こちらへと接近するフーの大群を捉えていました。


「18機──! かなりの数だね」


 ほとんど一瞬で数え上げた彼女は、どう行動すべきか即座に判断していました。ここで残存機をを叩いてから新たに来たフーを叩くのは悪手でしょう。コースを少し変えるだけであのフーは白麟を襲うことが出来るのですから。

 残存機は無数の小惑星の中にいるので、即座に出ることはできません。なら、開けたところにいるフーを先に叩くべき。そこまで判断するや否や、ゴシキは操縦桿を傾け空間膨張機関を開いて、瞬時にして小惑星帯を飛び出すや18機のフーへと襲いかかりました。


────────────────


「バカな──18機のフーが、たった1機を前にあっけなく全滅だと?」


 カラリッパ大佐は呻くような声を上げるしかありませんでした。

 それだけ、目の前の光景が衝撃的だったのです。突然自分たちの近くから援軍のフー部隊へと飛び去った敵機にも驚きましたが、18対1です。敵には自殺願望でもあるのかと一瞬思った大佐でしたが、言葉をなくすのに時間は掛かりませんでした。

 敵機──ヴェルバティは、相手が発砲する瞬間が前もって分かっているとしか思えないような機動で初撃を躱したかと思うと、まるで踊るかのような流麗なターンと同時に発砲。立て続けに4機を撃墜したのを皮切りに、わずか数分の戦闘で18機の援軍を全滅させてしまったのです。援軍の面々も大佐が手塩にかけて育てた精鋭たちです。昏陽軍の連中に遅れを取るような者たちではないはずなのですが、戦場では結果が全てです。──認めるしかありません。あれは、戦力の逐次投入などという拙い手で倒せるような生易しい敵ではなかったということを。

 軍人には敵わじと見たら降伏する権利があります。しかし、一方的に蹂躙されて降伏することだけは大佐にはできませんでした。


「お、おのれ! ガナンの栄光! 我が隊の矜持! 貴様にいいようにされてたまるかァ──ッ!」


 たった1機残された部下とともに雄叫びを上げながら小惑星帯から飛び出して、ヴェルバティへと吶喊する。それだけが、大佐にできた最後のことでした。


「嘘だろう……ガナンきっての精鋭部隊が、我らカラリッパ隊が、こんな、こんな……」


 ドーソンはカラリッパ大佐機が虚空に散っていくのを目の当たりにし、蒼白になって呻くようにしか呟くことしかできませんでした。

 その時です。副官の視界の片隅で、いきなり何かが光りました。何事かと振り返るのとオペレーターが悲鳴のように報告するのとが同時でした。


「後衛艦隊が、全滅しました!」

「何ッ? 何故だ!」


 思わず問うドーソンでしたが、次の瞬間モニターの表示にその答えを見ました。


「昏陽の艦隊!?」


 そう、そこには十数隻にものぼる昏陽軍の戦闘艦艇が、整然と陣形を組んでこちらへと進撃する姿が映っていたのでした。


「何故ここにこれだけの艦隊が姿を現す!? 我らのことを知ってからでもあと数時間は発進できないはずだ!」


 泡を食って叫ぶドーソンでしたが、種を明かすとやって来たのは白麟を出迎える予定の艦隊でした。その途中、フーを18機も発進させる艦隊を発見。身を守るフーがおらず、三隻しかいない後衛艦隊など、ヴェルターレットを多数従えた大規模艦隊の敵ではありません。砲撃の嵐に飲み込まれ、呆気なく全滅したというわけです。

 同時にドーソンは重大なミスを犯していました。

 身を守るフーが1機もいなくなったという状況です。身を守るために執るべき道は、狙いを定めさせない不規則機動での逃走一択。しかし、これまでフーを発進させた後は何もせずとも勝利が約束されていた経験からか、エンジンも止めたまま静止し続けていました。

 故に。


「いかん、エンジン再始動! 逃げるぞ!」


 と命令した直後、彼の意識は永遠に失われました。天の北極側から放たれた砲弾が、エル・ジッドの艦体中央を貫通。ブリッジをも粉砕したのです。

 くの字に折れ曲がったエル・ジッドはしばらく漂っていましたが、ドーソンの命令を聞いた操舵士がエンジンを再始動させた直後だったからでしょうか、スパークがいくつも走ったかと思うと爆発四散してしまいました。こうして、ガナン軍でも指折りの精鋭部隊であったカラリッパ隊は全滅したのでした。

 もちろん、攻撃したのはフェイイェンとハイアーテのヴェルターレットです。白麟に先んじてアステロイド・ベルトを迂回し、エル・ジッドを発見、即座に砲撃したのです。


「命中と撃沈を確認。他に艦影無し」


 落ち着いた声で報告したのはハイアーテです。白麟から「了解」とオ上等兵が答える声が、ノイズ混じりで聞こえました。続いて、


「サン学生、砲撃姿勢制御システムの具合はどうかしら?」


 別の声が聞こえます。これに応えたのはフェイイェンです。


「非常に良好です。もちろん着地した状態のほうが安定すると思いますが、一発撃って命中させるだけなら充分かと」


 フェイイェンの答えに「それは良かった」と返したのはアルカ・リューでした。


「突貫で開発した間に合せのようなシステムだったけど、ちゃんと仕事できたみたいね」

「突貫と言っても、システムの基本はゼノドゥーエ軌道上基地で既に完成されていたと聞いていますが?」


 ハイアーテが嘴を挟みます。対してアルカは苦笑しながら、


「基本システムはね。ヴェルバティに搭載されているのがそう。もっとも、無調整のそれで軽々と曲劇飛行しつつ、必要最小限の攻撃で敵をバッタバッタとなぎ倒していくキ学生が異常なだけ。ヴェルターレットG型に合わせた調整にはちょっと苦労したのよ?」


 などと言うのでした。画面上でも肩をすくませてみせる彼女に、フェイイェンもハイアーテも苦笑するしかありませんでした。

 そこへかぶせるようにシンシティが声をかけます。


「出迎えの艦隊と連絡が取れました。合流するので、帰投してください。ゴシキは既に本艦に向かっています」


 いよいよ第弐螢惑か、とフェイイェンは感慨深く星を見上げました。まだ彼方にあるその星は、地球上から見る月よりも一回り小さく見えますが、赤い三日月のようにも見えるその姿はなかなかに存在感がありました。

 星の名前を決定したのがフェイイェンと同じ中華系の移民であることもあり、彼にとっても思い入れは深いものがあります。操縦桿を操作し、白麟へと移動する彼の心は、いつになく沸き立っていました。

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