第4話 黄金の明星
ガナン軍のウガリット級空母、バアルのブリッジで、一人の女性士官が通信相手に訊ね返しました。
「では、たった一機のモビルコフィンに七機ものフーが撃墜されてしまったと?」
『ハッ! 味方艦が撃破されたのが見えたこともあり、急ぎ合流を図りましたが、残っていたはずのク・ホリンがおらず、こちらまで引き上げて参ったところです。本当に運が良かったです』
「確かに運が良かったですね。当艦がここを通らなければ永遠に迷子になっていたところです。分かりました。当艦は貴方たちを保護します。まずは体を休めてください」
通信を切り、女性士官は振り返りました。その目を覆うのは金色に輝くバイザーです。
「──以外、でも無いですね。ムッターチ中佐なら抜け駆けしようとしてもおかしくありません。もっとも、モビルコフィンを九機も出して負けるのは驚きですが」
「それだけ、昏陽の新型は強力なのか、パイロットの質がいいのか、どちらだと思う?」
女性士官の言葉を受けて彼女に問いかえしたのは、艦長席に腰を下ろした同年輩の、しかし肩章から明らかに上司──少将と分かる女性でした。
「さて、この目で見ないことには何とも。両方の可能性が高いとは思いますけどね」
「理由を伺おうかしら」
「──ゼノドゥーエ軌道上基地では新型機を開発中との情報に接して、われわれが派遣されました。そこでムッターチ中佐の部隊が突出して交戦状態となり、新型機らしきものに九機のフーが撃墜されました。また、中佐の艦隊のうち少なくとも空母と巡洋艦が沈められたとみられます。まず現在時点で判明しているのはここまで。ここからは憶測になりますが、新型機はおそらく2種類。フーを撃墜した一つと、空母などを沈めた一つ。大型の艦船をたちどころに沈めるほどの大火力でフーと戦闘機動が取れるとも思えませんからね。そして昏陽は少なくともフーに対抗しうるモビルコフィンを開発したのでしょう。しかし、モビルコフィンの操縦はモビルユンボのそれと似ているとはいえ、かなり複雑です。戦闘をこなすのみならず相手を撃墜するともなればそれなりのセンスを要求されることでしょう。故に両方の可能性があると申し上げました」
金色のバイザーの彼女の言葉に、艦長席の女性も「なるほど」と頷きました。
「それよりも今、憂慮していることを申し上げてもよろしいでしょうか」
「あら、何かしら」
「ムッターチ中佐の安否です。確実に親が出しゃばってきますよ」
「それは……確かに」
艦長席の彼女は、可愛らしい顔をしかめて心底嫌そうにしました。肩までありそうな赤いウェーブヘアを、金色の星型の飾りのついたバレッタでうなじのあたりでまとめているのが崩れそうなほど左手で掻いてから、オペレーター席の士官に命じます。
「基地周辺の宙域を高精度カメラで精査。ク・ホリンあるいはその残骸と思しきものを捜索せよ」
「アイアイマム、捜索開始します」
「当艦隊はいかがいたしましょうか?」
訊ねてきたのは年嵩の男性です。軍服の肩章は中佐であり、艦長席の彼女よりは下でしたが、その態度は真摯なものであり、艦長席の彼女はもちろん、金色のバイザーの女性のことも敬意を持って接しているのが分かります。
「そうね、この位置を維持しましょう。ムッターチ中佐は性格に難があったのは事実だけど、モビルコフィンを発進させるときのセオリーは守る人間だったわ。ならば敵基地から75万キロは距離を取っていたはず。にも関わらず攻撃を受けたのであれば、敵の攻撃能力はその倍近くを見込んだほうがいいかもしれない。臆病と言われようとも、リスクをとるわけにいかないわ」
「かしこまりました」
中佐は敬礼を返し、すぐに別のオペレーターと操舵手に指示を下し始めました。それと入れ替わるようにオペレーターが声を上げます。
「見つけました! 敵基地より後方にク・ホリンと見られる大破した戦艦あり!」
耳にした途端に、艦長とバイザーの女性は額を抑えました。
「やられてましたか」
「これはムッターチ中将閣下がうるさそうね」
ため息は二人同時に。しかし嘆いてばかりもいられません。
「放置するわけにもいかないけど、どうしたものかしら」
「ここは私が出るしかないでしょう」
思案げにする艦長に、バイザーの女性が具申します。
「危険よ?」
「承知の上。停戦信号を出しながら慎重に行きます。それに」
一拍置いて、右の一房に赤いメッシュを入れた白髪を掻き上げながら、彼女は続けました。
「昏陽の新型とやらもきっと姿を見せます。いささか興味ありますので」
「分かったわ。トワ少佐、三部隊を率いてク・ホリンの捜索およびムッターチ中佐の安否確認を命じます。停戦信号を忘れず、交戦は極力避けるように」
「はっ!」
敬礼を返し、トワ少佐はきびすを返して去っていくのでした。
────────────────
「姉さん! 無事で良かった!」
救難信号を出していた女性を救助して、ドックまで引き返してきたヴェルバティからゴシキが女性とともに出てきたその時、女性の姿を認めたアルヒ・リューが叫びました。
「あ、やはりご兄弟でしたか」
女性──アルカ・リューの名前は救助時に聞いていましたが、名前からして関係ありそうだとは思っていたゴシキが声にします。
「ええ。ありがとう、キさん。貴女が来てくれなかったら、弟たちとも二度と会えないところだったわ」
「でも、他の方たちは」
「仕方ないとは言いたくはないけどこれが戦争なのよね。飲み込むしか無いわ」
一瞬悲しげな顔を浮かべたアルカでしたが、すぐに振り切ったように歯を見せて笑い顔になって見せながら答えました。振り返ってそこにシンシティがいるのを認めたアルカは続けて言葉にします。
「貴女がケントゥリオ候補生ね? そういうわけだからあまり気負わないことね」
────────────────
ゴシキたちに十五分ほど休むよう告げた他、その他の人々には『白麟』への積み込み作業や生存者の捜索を進めるよう命じたシンシティは、一言断ってから近くのトイレへと向かいました。もちろん、もよおしたのは事実でしたが、それ以上に一人になりたかったのです。
皆の前では意識して少々偉そうに振る舞い、やらねばならないことを命じていたシンシティでしたが、その実かなり堪えていたのです。
最初の攻撃の犠牲者はもうどうしようもありませんでした。しかし、戦艦の砲撃で亡くなった三十名あまりは、シンシティが避難状況の確認を怠りさえしなければ避けられた被害だったのでは、という思いがどうしても頭を離れないのです。
トイレは男女別になっていますが、内装はほとんど一緒です。壁からコフィンスーツとの接続用のハードポイントがついたホースが横一列に飛び出していて、所定の位置にハードポイントを押し当てれば自動的にそれぞれが開いて用を足せるようになっているのでした。
ハードポイントを押し当て、一息ついたところでまた自分に怒りが湧き、思わず壁を殴ったその時です。
「ひゃっ!?」
びっくりして声を上げたのは、ちょうど入ってきたところであったゴシキでした。
「びっくりしました。ケントゥリオ候補生にも、そうやって爆発することはあるんですね」
苦笑しながらシンシティの右隣に立ち、ハードポイントを押し当てるゴシキに、シンシティは恥ずかしいところを見せてしまったと赤くなりながら「ごめんなさい、驚かせてしまったようね」と謝りました。
「いえいえ、お気になさらず」
本当に気にしてないようで、カラカラと笑うゴシキに、シンシティはようやくホッとしたような顔をしました。
その時になってシンシティは気になっていたことを思い返しました。ディオス・カルディアでゴシキに訊ね、彼女が応えようとしたところでガナンの攻撃が始まったので有耶無耶になっていたことです。
「さっきの質問なのだけど」
「ああ、私が軍人志望ではないという話でしたよね」
記憶力も良いのね、とシンシティはゴシキの評価を再度改めました。
「私、こんな小さな頃からナナヤおじさんの仕事を見て育ったんですよ。惑星ケートゥのテラフォーミング事業の。おじさんが作った機械を操作する人が何人もいて、次々と拠点を作り、木を植えて、どんどん大地が人の住む場所に変わっていくところを見るのは本当に面白くて!」
自分の腰のあたりに手をやって大きさを表現しながら語るゴシキに、シンシティはなるほどと頷きました。
「おじさんが作った作業機械──モビルユンボが動くたびに、どんどん世界が変わっていくんです。昨日まで何もなかった所に家ができて、木が立って、写真でしか見たことのない地球の姿へと近づいていく──まるで魔法のようで、すごくドキドキしました」
「──その気持ち、すごくよく分かるわ」
共感しかなく、シンシティは頷きました。ゴシキも分かりますかと笑います。
「思ったんです。一度死に絶えたこの星を、再び命あふれる星に変えようというこのお仕事はすごく尊いって。だから、私もその一助になれるような仕事に就きたかったんです。私は特に機械操作が得意で、ならばモビルユンボを使うような仕事がいいだろうとおじさんも言ってくれたので、免許を取ろうと学校に行ったら『戦時中だから、軍学校でないと取れないよ』と言われちゃったんです」
ああ、とシンシティも頷きました。
「現在は前線で工事をする要員として重宝されているものね」
「ですです。ところが、ならばと工兵科を受験したら『お前はモビルコフィンの適性があるようだ』と言われて、強制的にパイロット養成科に編入させられちゃったんですよ。元々パイロット志望だったフェイイェンと再会した時には『こうなると思ってた』と言われちゃいましたが」
あははーと笑うゴシキに、シンシティも「そうね、彼女がそう言うのも分かる気がするわ」と返しました。が、そこで「フェイイェンは男性ですよー」と訂正されて「ええ!?」とびっくりする羽目になりましたが。
「ある意味私たちは似た者同士かもね」
フェイイェンの性別に驚いたのも束の間、落ち着きを取り戻したシンシティは、ハードポイントを外しながら言葉にしました。
「似た者ですか?」
「ええ。私は輸送船に関わる仕事がしたかったの。もちろん、戦争に関わる輸送のお仕事ではなくね。テラフォーミングに必要な空気や物資を運んで星の間を飛び回るお仕事よ」
「どうしてそのお仕事を選びたかったのか聞いてもいいですか?」
目を輝かせて問うゴシキに、シンシティは微笑んで「ええ、もちろん」と応えました。
「私の母はいわゆる星間アイドルというやつで、あちらこちらの星を渡り歩いて慰問するお仕事をしていたの。幼い頃は地球圏でそういう仕事をしていて、移民船団にも請われて参加したらしいわ。こちらにたどり着くまでは船の間を渡り歩いたらしいけど、その間に結婚して私が生まれて。物心ついた時には母に連れられて、輸送船に同乗させてもらいながら昏陽星系を飛び回る日々だった。するとね、星が変わっていくのがよく分かるの」
「星が、変わる……」
「テラフォーミングが進んで、赤茶色や黒っぽい星だったのが青くなっていくのよ。海が形成され、緑が増えて。星を移動するたびに、あの星はどうなったのだろうか、もっと綺麗になっただろうかと楽しみでしょうがなかった。それがテラフォーミングによるもので、そのためには私が乗っている船の力が必要不可欠なんだと知って、私の力をあの星々がもっと輝くために、ヒトが住まう星に変えるために使いたいと思うようになったのよ」
「素敵です!」
自身もハードポイントを外しながら、満面の笑みでゴシキが声を上げます。
「そうなるとわたしたちは同志なんですね!」
「同志?」
「はい。昏陽のテラフォーミングを進めることを目指す同志です!」
「確かにそうね」
シンシティも微笑みました。
「なら、キ学生。これからは貴女のことをゴシキと呼んでも良いかしら?」
「ぜんぜんいいですよ!」
即答です。続いてゴシキも、
「私もケントゥリオ候補生をシンシティさんと呼んでも良いでしょうか?」
「もちろんよ」
当然シンシティも即答します。
「テラフォーミングの夢を実現するためにも、今は生き延びましょう」
「はい! きっと!」
二人が頷きあったその時です。注意を引かずにはおかない警報が鳴り響きました。とっさに振り返った二人のインカムをつけた耳元から、それぞれ別に切羽詰まった声が聞こえてきました。
『ケントゥリオ候補生! フーの編隊が接近中! 申し訳ありませんが、すぐ戻ってください!』
『キ学生、フーの編隊が接近中だ。済まないが急いで戻ってくれないか』
それぞれオ上等兵とサイウン上等兵の声でした。顔を見合わせた二人は、緊急事態を同時に告げられたのだと理解して声なく頷き合うときびすを返すのでした。
────────────────
「フーの数は!」
白麟のブリッジに飛び込むやいなや、シンシティは声を上げました。振り返って答えたのはオ上等兵です。
「六機です。二機一組のロッテ編成が三つ。サン学生とクアットロ学生が先にヴェルターレットで出て索敵してくれていますが、母艦らしきものは確認できていません」
そう、と基地のカメラと連動させたモニターを睨み据えるシンシティの目に、違和感がありました。
「見間違いかしら? フーの一機の色が他と違うようなのだけど」
紺色のフー1、灰色のフー2というのが普通ですが、エースパイロットに限り個人のパーソナルカラーが認められるといいます。となればエースが来ていることになります。
「は、はい。金色です」
オ上等兵の報告に、シンシティはもちろんブリッジに居合わせた全員の背に冷たいものが走りました。
「何で『黄金の明星』がこんな所にいるんだよ!」
思わず叫んだアルト・リューを誰も責められませんでした。何故ならブリッジの全員が同様に思っていたのですから。
『クロスオールト会戦で我が方の戦艦7隻を沈め、確認できているだけでも20機のヴェルターレットを撃墜した、ガナン軍のスーパーエースの一人。最前線にこそ投入されてしかるべきパイロットが、本当に何故。まさか、ヴェルバティの情報が敵に漏れていた……?』
恐るべき敵の来訪に、シンシティは内心恐怖に囚われていました。そこでゴシキの声がしなかったなら、取り乱していたかもしれません。
『シンシティさん、多分攻撃してきません!』
モニターを見ると、既にヴェルバティがヴェルターレットより前に出てフーの編隊と対峙していました。
「ゴシキ、どうしてそう思うの?」
二人の互いの呼び方が変わっていることに気付いたらしく、ナナヤ博士がおやというような表情をしていましたが、少女二人は気付かずそのまま会話を続けました。
『向こうに戦意がないんです。少なくとも、あの金色のフーに乗っている人は』
「少なくとも?」
『はい。最も後方に控える一機はおそらく私と交戦していた部隊の生き残りです。パーソナルマークが一緒でしたから。その一機が私に主砲を向けるやいなや、金色のフーが射線を塞ぎましたから』
「成る程」
シンシティは納得の頷きをモニターに表示されたゴシキの顔に向けて返し、ふむと思案しました。
どう考えても戦力的に不利なのはこちらです。新型機とはいえ動かせるのはヴェルバティとヴェルターレットがそれぞれ一機ずつのみ。対して敵はロッテ編成になったフーが三編成、計六機。数こそ最初の攻撃時より三機少ないですが、トップクラスのエース機が少なくとも一機。残りも歴戦の猛者たちでしょう。
今やゴシキに高い信頼を寄せるシンシティですが、リスクを冒さずに済むのならその方がいいのも事実でした。
──生き延びて、昏陽のテラフォーミング事業に関わるという目標のためにも。
考えをまとめるや、シンシティは全員に対して命じました。
「総員、そのまま待機。情勢の変化には注意を払うように」
ゴシキたちパイロットはもちろんのこと、ブリッジをはじめ艦内の全員から「了解!」との返事が届きました。ちょうどその直後、サイウン上等兵が声を上げます。
「停戦信号を確認しました! 発しているのは先頭のフー。『黄金の明星』自らが発している模様です」
『こちらも確認しました』
続くようにハイアーテが報告しました。艦と外に出ているモビルコフィンが同時に受信したのならば、間違いはないでしょう。
「こちらも停戦信号を打って。その後は変わらず待機。不測の事態に備え、いつでも動けるようにはしてください」
命じ終えるとシンシティは、今後やるべきことを思案するのでした。
────────────────
『黄金の明星』ことトワ・アルカエオ少佐は、どうやら交戦は避けられそうだと内心胸を撫で下ろしました。
緒戦で大活躍したこともあってガナン軍内はもとより本国でも英雄扱いされている彼女ですが、実際はまだ二十歳にもなっていない小娘です。戦果に合わせて少佐などという佐官待遇まで与えられていますが、本質的にはいちパイロットに過ぎないと自分では思っています。
『時にはこの立場を利用させてもらうこともあるけど』
何にせよ、未知の敵を相手にいきなり戦うことは避けられそうだとほくそ笑みながら、進路を調整してゼノドゥーエ軌道上基地より星に近い軌道まで落下しつつある戦艦ク・ホリンへと最短距離を進むべくスラスターをふかしたその時です。
『それにしても大したものね』
基地と自分たちの間に割って入るように位置を調整している、昏陽のモビルコフィンと見られる機体が目に入ります。先程出てきた時、志望したので配下の中に組み込んだムッターチ中佐麾下のパイロットが、激昂して砲撃を仕掛けようとしたのですが、その動きに即座に対応して反撃体制を整えていたのです。
とっさに射線を塞ぐことで部下の暴走を抑えたトワでしたが、仮に部下が発泡したとしたら、果たして無事に済んだかどうか。
もちろん数的な有利はこちらにあることは確かです。しかし、敵パイロットの反応の速さにはさしものトワも舌を巻きました。のみならず、相手の動きを観察する余裕すら見せたのです。下手な相手なら、最初の反応の時点ですぐ発砲して戦端を開いていたところでした。
『面白いパイロットがいるようですね』
声には出さずにひとりごち、トワはフーを戦艦ク・ホリンへと向けるのでした。
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