第3話 少女たちの初陣

 ドックから飛び出しざまに、ちょうどそこにいたフーを一機仕留めたゴシキは、メインモニターを軽く見回しました。


「残り、8つ!」


 非常に目の良いゴシキは、仕留めたフーの僚機二機のみならず、離れたところで作戦行動中の2つのケッテ、合計六機の存在をも視認して叫びました。

 と同時にヴェルバティのメイン推進機──空間膨張推進機関を再び稼働させ、長機をいきなり失って戸惑うフーへと肉薄。すれ違うかどうかというところで再び砲撃し、二機目のフーが爆散する脇すれすれを飛び抜けていきます。

 その時になってようやく、残る三機目が反応しました。ゴシキがヴェルバティを駆るのが速すぎて、ここまでほとんど反応できていなかったのです。


「おのれッ! 曹長たちの仇ッ!」


 フーのパイロットが叫び、ヴェルバティが飛び去った方へと主砲を旋回させてめくら撃ちしましたが、その時にはもうヴェルバティは戻ってきており、フーの真下側にいました。


「これで3つ!」


 モニターで確認することなく、右手で主砲制御用の操縦桿を振り上げてヴェルバティの主砲を機体から垂直に立て、一射。その一撃でフーを撃ち抜いたのですが、これを本当にすれ違いざまにやってのけているのでした。


「残り、6つ!」


────────────────


「凄い……!」


 モニターでヴェルバティの戦闘の様子を見ていたシンシティは思わず声に出していました。

 ゴシキの戦闘技術は想像以上でした。つい先程、出来るならば撃墜して構わないと告げてはいましたが、あくまでも気を使ってくれたゴシキに対して感謝の気持ちを込めて返した言葉でしか無かったはずでした。

 しかし、ゴシキは有言実行したのです。既に三機。それだけでも、攻撃の三分の一が無くなったのですから、十分な戦果と言えました。

 しかしシンシティは次の瞬間かぶりを振って頭を切り替えました。ゴシキが作ってくれた願ってもないチャンス、活かすのが自分の役目というものです。


「アカシ曹長、量子通信は使えるようになった!?」

「はい、たった今全チャンネルの安定を確認しました!」

「よし! オ上等兵、第弐螢惑に量子通信を試みて。現況を報告、次いで脱出を試みることを伝えてちょうだい。向こうから何らかの指示があればすぐに報告して。──サン学生、クアットロ学生、ヴェルターレットは現状どうか!?」


 矢継ぎ早に確認と命令を行い、最後に今回の作戦の要へと通信を入れます。


『現在、ドック出入口へ移動中です。破壊された艦艇があちこちを塞いでいて移動しにくくて。キ学生は軽々と飛んでいってしまいましたけど』


 もちろんシンシティは、ゴシキを基準にするような愚は犯しません。


「了解、ドック出入口に到達し次第連絡を。索敵と攻撃は貴女達の判断に任せます」


 続いてナナヤ博士と、彼と共にいる男二人へと通信チャンネルを合わせます。


「博士、ドック内も攻撃を受けたということですが、現状はどうでしょうか? キ学生が敵を引き付けてくれていますから、今なら確認できるはずです。動かせるフネがないかだけでも確認してください」

『了解だ。ショウ、アイン君、行こう』


 三人も行動を開始したようです。通信を切り、一息入れてからシンシティは周囲を見回しました。司令部に詰めるほぼ全員が、シンシティを見ています。まるで自分を見定められているように感じて一瞬臆してしまうシンシティでしたが、今は皆に不安を持たせないためにも、強気な姿勢を見せるべき時だろうと感じ、姿勢を正しました。

 シンシティは自身の容姿が衆目を集めることを熟知しています。胸を張り、腕組みしてみせると若干もこもことした形状のコフィンスーツであっても胸が両側から押されて強調されました。男どもの視線が集まったのがわかります。ただし、巨乳というわけではないということもあってか、女性陣の視線はどちらかというとカッコいいヒトを見るようなものでした。


「総員、傾聴! 現在、ドックを確認中だけど、動かせるフネを確認し次第、脱出へとフェーズを移行する! そのつもりで各自、作業にあたれ!」

「はっ!」

「イエス、マム!」


 ほうぼうから声があがりました。シンシティは更にアルト・リュー学生に対して基地システムのデータ持ち出しや現在持ち出せそうな物資のリスト作成などを指示するのでした。

 そこへ、第弐螢惑に連絡を入れていたオ上等兵が右手を上げて報告しました。


「第弐螢惑のフーガ・クシュナー司令からです。第弐螢惑は急ぎ受け入れ体制を整える。こちらからも艦隊を出すので、指定の座標の宙域まで無事脱出せられたし、とのことです!」

「よし! 座標を控えてくれた?」

「もちろんです、マム!」

「よし、あとは足があることを祈るしかないか……。最悪の場合、全員を収容するカプセルを手配して、ヴェルバティやヴェルターレットに牽引してもらうことも考えておかないと」


 シンシティは、表面上は堂々として見せながら、内心必死で祈るのでした。


────────────────


「見えた! ドック出口だ!」


 フェイイェンが操縦桿を細かく操作しながら叫びました。

 ヴェルバティより大質量の塊で、加えて巨大な連装砲があちこちに引っかかりそうな形状をしているためどうしても慎重な運転を強いられ、余計ホッとした声音になったのも当然でした。気付いたハイアーテは苦笑しつつもそこには突っ込まず、通信機をオンにします。


「司令部、司令部。こちらヴェルターレット。ドック出入口近くに到達。これより砲撃準備に入る」

『こちら司令部。了承した』


 シンシティの返答を聞いて、ハイアーテはフェイイェンに声をかけました。なお、前後複座型のコクピットで、フェイイェンが前部、ハイアーテが後部の座席に腰を下ろしています。


「よし、探すよ」

「うん。二人がかりならすぐ見つけられるはず!」


 フェイイェンはヴェルターレットを慎重に操作し、ドック先端へと陣取らせました。フーの攻撃でドックを覆っていたシャッターが吹き飛ばされ、中へと直接打ち込まれた第二撃が停泊中の艦艇に命中、連鎖的な爆発を起こして何隻も大破してしまいましたが、幸いにしてドックの底面そのものはあまり被害を受けていませんでした。


「電磁石作動。うん、ちゃんと固定された」


 ヴェルバティ同様に機首近くに一つ、機尾近くに二つの車輪付きランディングギアを持つヴェルターレットですが、より太くしっかりした形状でした。これをしっかりとドック底面へと固定してから、フェイイェンは砲塔上部のカメラを起動しました。自動的にメインモニターに表示される映像が、艦首カメラから連装砲と連動している砲塔のカメラのものに切り替わります。

 ハイアーテもまた、フェイイェンが使っているカメラとは別に、砲塔最上部に設置された索敵用の高感度カメラを起動しました。こちらはハイアーテの席の前にあるサブモニターに表示されるシステムです。


「「見つけた!」」


 発見は二人同時。索敵開始から数分もかかりませんでした。それもそのはず、シンシティの予測がぴたりと当たったのです。

 敵艦を確認した二人は、メインモニターで答え合わせ。間違いないことを確認しました。


「ガナンのペリシテ級空母一隻に、ガリア級巡洋艦一隻、ケルト級戦艦一隻。まず狙うべきは」

「空母、だね」


 ハイアーテが艦種を次々正確に見極め、フェイイェンも狙うべき目標に照準を合わせます。


「撃つよ! 耐衝撃防御!」

「いつでも!」


 ハイアーテの返答を聞くやいなや、フェイイェンは引き金を引きました。


────────────────


 ケルト級戦艦、ク・ホリンのブリッジは、錯綜する情報にクルーが右往左往していました。


「フー三機がいきなりやられただと!? バカな! あの基地にそんな戦力があるわけがない!」


 イーワン・ムッターチ中佐は、贅肉で覆われた顔面を真っ赤にしながらブルブル震わせて怒鳴り散らしました。


「一体何が起こった! 連絡はないのか!」

「無理です」


 即答したのは副官でした。


「ゼノドゥーエから発せられている基準以上の電磁気の影響で、この位置では通信がほとんどできません」

「くっ! 増援を送るんだ!」


 ムッターチ中佐が命じますが、何を言ってるんですかと副官はにべもありません。


「あの九機が我が艦隊のフーの全てです」


 うぐ、と中佐が口ごもります。


「また三機、消失!」


 索敵手から悲鳴のような報告が上がります。「バカな」と再度、ムッターチ中佐がうめいたその時です。

 パッとブリッジの右のモニターが強烈な光を放ち、何事だと振り返った中佐の目に、信じがたい光景が映りました。


 ──空母サムスンが、大爆発を起こしています。


 ガナンが誇る宇宙空母です。フーを最大で二十機、詰めに詰めて載せる事ができ(余裕を持って運用するなら十四機が限度とされます)、開戦当初からフー活躍の陰の立役者ともされた、ガナン軍の象徴でもありました。

 それが、四散していきます。目撃した面々が呆然としてしまったとしても仕方のないことでしょう。が、事態はそこで終わりませんでした。


「ウェルキンゲトリクス、轟沈!」


 今度はサムスンを挟んでク・ホリンとは逆の位置に陣取っていた、ガリア級巡洋艦ウェルキンゲトリクスが爆散していきます。言うまでもなく、ヴェルターレットによる精密狙撃によるものでした。

 空気や重力による弾速低下のほとんど無い無重力空間では、弾丸がほぼ初速を保ったまま飛んでいきます。ヴェルターレットが放った32センチ弾は極超音速──音速の十倍近い速度を保ったまま、サムスンを、次いでウェルキンゲトリクスを撃ち抜いたのでした。

 分厚い装甲を塵紙のようにやすやすと貫いて、艦体内部に飛び込んだ砲弾は、激突時の衝撃が熱エネルギーに変換され、周囲を巻き込みながらエンジンにまで到達。エンジンを粉砕すると同時に燃料に着火。大爆発を起こしたのです。


「取舵一杯ッ! 全速力だッ! 逃げろ──ッ!」


 叫ぶムッターチ中佐に、副官が叫び返します。


「出撃中のフーが帰ってこれませんぞッ!」

「我々が沈められたら、どのみち帰る場所自体無くなるッ!」


 それだけは確かに正論でした。しかし、敵の攻撃を避けるだけであれば、他にもやりようはあるのでした。


「的を絞らせないよう、細かい機動を繰り返せば済む話ですッ!」


 副官が進言しますが、ムッターチ中佐は聞く耳持ちません。


「いざとなればオワの小娘が拾ってくれるわ!」


 いいから逃げるんだと叫ぶ中佐に、操舵手が声を上げます。


「中佐殿、どこへ向かえばいいのでありますか!?」

「お、おう、後方の──」


 そこで中佐は思い出しました。敵前逃亡は銃殺刑だと、他ならぬ父が定めたばかりであることを。なかなか進展しない戦況に業を煮やしての事でしたが、昏陽の地下基地を探っていて食料が尽きたことから仕方なく撤退してきた部下を、敵前逃亡であるとして本当に銃殺したのです。

 息子である自分はまさか銃殺はされないでしょうが、何の成果もなく逃げ帰ったとなるとどんな罰があるか分かったものではありません。

 頭を抱えてうつむき、脂汗をダラダラと流します。


「何か、何か成果を出して……そうだ!」


 にまーっと笑い、中佐は顔を上げて命じました。


「このまま迂回して、敵基地の裏側に回るのだ! 到着し次第、艦砲射撃で粉砕してくれる!」


────────────────


「……7つッ!」


 味方の敵討ちだとばかりに突っ込んできたフー三機を、立て続けに「4つ、5つ、6つ!」と仕留め、さらに遠方にいた三機へと今度は自分から襲いかかったゴシキは、手近にいた一機を軽々と墜としました。

 残る二機もと振り返ると、誰もいません。


「あれ?」


 よくよく見ると、フーのスラスターの光が2つ分遠ざかっていくのが見えます。どうやら、泡を食って逃げ出したようでした。


「フェイイェンが敵艦を沈めたみたいだし、それも影響してるのかな」


 まずまずの勝利と言えるでしょう。そう思って基地に帰投しようと振り返りかけたゴシキは、視界の隅に見えたように思ったそれを、じっと見つめました。


「あれは……ガナンの戦艦!?」


 遠ざかっているようにも見えますが、よくよく見れば一定の距離を保ちながら横移動しているのです。つまり、迂回しているということです。


「フェイイェン、ハイアーテ、通じてる?」


 通信機を起動すると、若干ノイズが混じっているものの、


『聞こえてるよ』


 ハイアーテの返答がありました。


「ガナンの戦艦が基地を迂回するような動きを見せてる。そっちで確認できる?」

『えっ! 道理で見つからなかったわけだ!』


 聞こえたのはフェイイェンの声でした。


『空母と巡洋艦は仕留めたんだけど、戦艦もと思ったらいなくなってて』

「なるほど、僚艦を失って、とっさに逃げ出したのかな。──にしてはこちらとの距離があまり変わらないけどって、近づいてきた!」

『ということは、基地の裏側に回り込もうとしている!?』


 ハイアーテが思い至って叫びました。


「ハイアーテはケントゥリオ候補生に報告を! 私は戦艦を追う!」

『分かった、ゴシキ、気を付けて!』


 ハイアーテの声に送り出されるように、空間膨張推進機関を一気に最大までふかし、ゴシキはヴェルバティをこれまでの比ではない加速度で発進させました。


────────────────


「ガナンの戦艦が基地の裏に回り込もうとしている!?」


 報告を受け、シンシティは思わず振り返りました。そこにオ上等兵がいたので「避難状況は現在どうなってるの!?」と問いかけます。


「現在、攻撃を受けた側の生存者は司令部にほぼ収容できたようです。しかし、攻撃を受けなかった側は危機意識が薄かったのかすぐに動いておらず、また、あちらから司令部に至る直通ルートが無く、ドック近くを通ってからになるため、破壊された部分で足止めされているようで、研究棟の総勢32名はまだたどり着いていないようです!」


 その声に、作業していたアルヒ・リューが「姉さん……!」と思わずといった風に声にしていました。

 攻撃を受けなかった側は危機意識が低かったと言われてしまえば仕方ありません。しかし、事態が変わって彼ら彼女らが危機にさらされているとなると、確認を怠ってしまったシンシティとしては焦りも生まれようというものです。


「その近辺に、逃げ込めるような場所はっ!?」

「は、はい! ええと、ディオス・カルディアの一部に入れる扉があるはずです! そこならまだ壁一枚隔てていますから少しは──」


 足らない、とシンシティは歯噛みしました。

 戦艦が回り込んでいるということは、おそらく狙いは直接の艦砲射撃。フーの主砲など比べ物にならないほどの威力の攻撃ですから、装甲されていないに等しい基地外壁はおろか、その内部の壁も容易く貫通するであろうことは想像がつきました。下手するとここ、司令部も危ないかもしれません。


「それでも無いよりはマシか! 研究棟からの避難者を案内して退避させて! 彼らはコフィンスーツを身に着けている? もし着ていないようなら、すぐ着るよう指示して!」


 続いて、今度は司令部内の人々に向かって命令を下します。


「念の為、司令部の総員、コフィンスーツを身に着けたうえで、ドック横の通路まで退避せよ! 各自、先ほど指示した持ち物を持つように。なお、負傷者を優先せよ!」


 シンシティの命令に、まずマーシーが艦長たち重傷者を寝かせて固定したキャリーを動かすよう、衛生兵たちに指示を飛ばし始めました。衛生兵たちは全部で三十名ほど居たはずですが、大半が学生たちと同様の場所にいたらしく連絡が取れず、今いるのは二人だけです。人手と言えるのはあとは看護学徒兵唯一の生き残りであるヒカワマルだけでした。

 数は少ないですが、皆てきぱきと行動しています。特にヒカワマルが奮起し、当時に二つのキャリーを取って動かしています。無重力空間なので動かすだけならさほど力はいりませんが、動かす対象が壁や他人にぶつからないようコントロールし、かつ慣性で飛んでいかないように抑えねばならず大変なのです。


「大したものね、ヒカワマルくん」


 マーシーが褒めますが、当のヒカワマルは照れくさいのか「いえ、僕はこれが取り柄ですから」とだけ答えました。


 司令部からあらかたの人が出ていったその時です。最後まで残って確認してから出たシンシティは、突然の強い揺れとともに宙に投げ出されて壁にぶつかりそうになりましたが、とっさに受け身を取ってケガはありませんでした。心臓を早鐘のように鳴らしつつ、シンシティはすぐに体勢を整え、きびすを返します。そこへナナヤ博士から連絡が入ります。


『ケントゥリオ候補生、轟音がしたが大丈夫か!?』

「ええ、ガナンの戦艦が迂回して砲撃してきたようです。司令部の面々はそちらに移動しているところですので無事です」

『そうか、なら良いが。こちらだが、フネの確認が済んだ。動かせそうなのは結局白麟だけだ。が、生存者の収容は十分に出来ると思う』

「分かりました。収容の準備を進めてください。できればヴェルバティ、ヴェルターレットの修理ができるよう部品などの収容もお願いします!」


 了解だと答えるナナヤ博士の声によし、と頷いて通信を切りながら、シンシティは床を蹴って先に行った人たちを追うのでした。


────────────────


 研究棟から移動してきた一人、アルカ・リューは、何かにぶつかった衝撃で目を覚ましました。


「……ッ! 先生! みんな!」


 意識がはっきりしたところで、同行者のこともまとめて思い出し、声を上げましたが、返る声はありませんでした。それもそのはず、彼女は先ほどまで立っていたはずの廊下ではなく、宇宙空間に投げ出されていたのですから。


「えっ!?」


 一瞬パニックに陥りかけましたが、移民船団で幼い頃から繰り返し宇宙に投げ出された時の訓練をしていたおかげで、冷静さを取り戻しました。まず、自身の状態チェックです。目視した限りでは、コフィンスーツに損傷は見られません。背面に傷がついていて空気が漏れていたらアウトですが、左腕のキーボードを操作したところバイザー内のスマートモニターも生きてますから配電は無事、背中にあるコンピューター本体も無事で、モニターにもコフィンスーツの不調を知らせるアラートがついていませんから大丈夫でしょう。


『失神するほどの衝撃があったにしては奇跡的だわ』


 彼女は先ほどまで避難中でした。

 軍事目的は欠片も無かったガス採取用宇宙ステーションを、新型モビルコフィン開発に転用するために増改築を繰り返したことで、元の4倍近くまで巨大化した上に内部があまり整理されておらず、普段からアクセス性の悪さが指摘されてはいましたが、避難が難しいという形で問題点が出るとはと頭を痛めているところだったのです。

 研究棟を出てすぐの工廠と試験場とを繋ぐ、モビルコフィンを通せるほど巨大な廊下の途中で、研究棟のメンバーは瓦礫の山を前に足止めを食ってしまったのです。試験場が攻撃を受けたことで、ここまで大量の瓦礫が流れ込んでしまっていたのでした。

 アルカが司令部から近くの扉を通ってディオス・カルディアに退避するよう連絡を受け、その旨を同行者たちに説明していたところで突然凄まじい衝撃が襲ってきて、気を失ってしまったのです。

 なんとか体をひねり、自分の現在地を確認しようと向きを変えたのですが。


「なっ!? ガナンの、戦艦!?」


 前部甲板の上下に単装砲が二門ずつ計四門、後部甲板の上下に一門ずつ計二門、合わせて六門。口径28センチの主砲が基地へと向けられているのです。


「あ、あんなのを食らったの。生きてるだけでも奇跡だわ」


 しかし次の攻撃が放たれたら、その幸運もこれまでかもしれません。飛び散った破片が今度こそ、アルカの命を刈り取るかもしれないのです。いえ、それ以前に爆発の衝撃で基地からさらに遠い所に吹き飛ばされでもしたら。アルカを待つのはどこにもたどり着くことのない宇宙遊泳の果てに、さて、酸素がなくなって窒息死するのが先か、餓死するのが先か。いずれにせよろくな死に方をしなさそうです。


「この世に生を受けて22年、長いようで短かったわ」


 手を組んで最期を迎えようと目を閉じかけたアルカは、一条の閃光に逆に見開きました。

 ガナンの戦艦のブリッジが消し飛びました。続いて巨大な艦体に次々と穴が穿たれます。やがて戦艦は艦体をくの字に曲げて、漂っていきます。

 振り返ったアルカは確かにそこに見ました。ここ数ヶ月、ナナヤ博士たちと共に心血を注いだ成果。昏陽に希望をもたらすべく建造された機体。ヴェルバティの勇姿を。

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