第17話

「静鶴さんの妄想が暴走するのはいつものことよ。半分くらい、いえそれ以上夢物語だから放っておいていいわ」




 それに、自分の世界に浸れているからこそ、優れた作品を書くのだとアマネは笑う。




「金糸雀歌劇の脚本と演出は彼女があってこそ。それに、いつまでも純真で無垢だから親父さまも放っておけなかったみたい」


「はあ」




 あっけらかんとしたアマネの言葉に、翡翠はそういうものなのだろうかと曖昧に頷き、静鶴から渡された脚本に目を通す。




「……燐寸マッチ売り」


「いまから七十年くらい前に、アンデルセンってひとが書いた童話をもとにしたそうよ」




 丁抹デンマークの童話作家だというが、日本ではまだ文学者向けの独逸ドイツ語のものしか流通していないため、翡翠は知らない。静鶴も誠と親交のあるドイツ人に依頼して翻訳してもらったことで、この物語を自分なりに解釈し、舞台向けに書き下ろしたようだ。




大晦日おおみそかの夜に、燐寸を売る少女……静鶴さんはどうしても貴女を悲劇のヒロインに仕立てたいみたいね」




 呆れたようにアマネは脚本をパタンととじ、寄ってきた少女たちに告げる。




「みんな、今日から歌姫候補として劇団員の仲間入りをした翡翠よ! 仲良くね」




 海老茶式部にお下げという場違いな恰好の少女がアマネの脅威になる歌姫候補だと知らされた他の劇団員たちは目を丸くするが、前日に事情を聞いているのだろう、深く追求されることもなく、翡翠は金糸雀歌劇団の一員として活動することになるのだった。




「さっそくだけど歌って」


「えっ!」




 そして容赦ないアマネと劇団員たちの歌唱指導もまた、この日からはじまるのだ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る