第18話
「カチューシャかわいや、わかれのつらさ、せめて泡雪とけぬ間と……」
「翡翠ちゃんすとっぷ! 歌じゃなくてお経になってますわ!」
翡翠が金糸雀歌劇団の劇団員になって、十日が経った。はじめは自分とアマネが結婚しないための方法を探そうと模索していた翡翠だが、歌劇団の体力的にも精神的にも厳しい練習についていくので精一杯で、事態打開への進展には程遠い。
現時点での婚約者である朝周ともあの日以来会うことはない。ただ、ときおり歌劇団の差し入れに黒糖飴があるので翡翠のことを気にかけてはいるのだろう。そのことを思うとあのときの接吻まで思い出してしまいこそばゆくなるが、これが恋だとは思いたくない。あんな軟派な男性は嫌いだけれど、彼を初舞台でアッと驚かせてやりたいと思うようになっていた。
翡翠のように劇団員として雇われているのはアマネともうひとり、舞台女優として名をあげている
そのため、人手の少ない日中はアマネと撫子が翡翠のために歌や躍りの稽古を行ったり、脚本の読み合わせを行ったりしている。
もともと身軽な翡翠にとって、身体を動かすこと自体は苦ではない。そのため、はじめのうちは和やかに進む練習だが、躍りが終わり、歌の稽古となると空気が一変する。
翡翠の音痴は巷の流行歌であるカチューシャの唄ですらお経に変えてしまうほどなのだ。
「呆れるわね、親父さまの審美眼は認めるけれど、歌姫は歌が歌えてこその歌姫なのよ! 練習だって頑張っているのになんでそこまで音程がずれるのかしら?」
「うっ……だから言ったじゃないですか、わたし、音痴ですって!」
「自慢するほどのことじゃないでしょうに。だいいち誇れません! アマネちゃんが認めているからってその音痴はなくってよ! 彼女の隣に立つからにはこの撫子、貴女の音痴を徹底的に克服させてやりますわ!」
アマネに次ぐ歌姫として金糸雀歌劇団で注目を浴びている撫子は、その名のとおりたおやかな女性である。だが、舞台に立つと甲高い地声は鳴りを潜め、心地よい歌声で娘役から男役まで演じることができるため、劇団員たちから姐御として親しまれている面も持つ。
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