第16話

朝周ちょうしゅうくんに会ったの? あの子、前にも縁談をぶち壊しているのよね。だから朝誠ちょうせいさんも念には念を入れて貴女を連れて来たのよ。向こうから縁談を破棄されないように、退路を絶ってね」




 静鶴は今日も淡い蜜柑色の銘仙を着ている。誠の後妻である彼女は、前妻の息子のことも知っているのだろう、翡翠が今朝、彼と会ったことを伝えると、興味がなさそうに言葉を吐く。


 彼女が名前を読み変えるのはいつものことで、ここでの翡翠はかわせみと呼ばれている。




「貴女のこと、今日からかわせみって呼ばせていただきますから」




 そう言い放たれ、唖然とした翡翠だが、劇団員ではない朝周や誠まで違う名で呼んでいるところを見ると、彼女なりの哲学があるのかもしれない。


 それよりも静鶴が口にした朝周の縁談のことが気にかかる。




「静鶴さん、朝周さんの縁談について知っているんですか?」


「どちらも聞いた話よ。朝誠さんは息子に公家華族の令嬢を娶らせて地位向上を目論んでいたんだけど、成り上がりの新華族は公家華族にとって下賤なものでしかないわけ。だから最初に親同士で意気投合した縁談はお嬢さんの駆け落ちで駄目になったし、もうひとつのお金で交渉した縁談も婚約者に逃げられておしゃかになっちゃった」


「そんなに朝周さんって嫌がられているんですか?」


「私は嫌いよ。あんなのが自分の義理の息子だなんて片腹痛いヮ」




 誠の傍にいるときと違い、ふだんの静鶴は饒舌のようだ。この場に翡翠しかいないのをいいことに、表に出せない毒をさりげなく撒いて、彼女の反応を面白がっている。


 翡翠は静鶴の膨らみはじめたお腹を見下ろし、納得する。彼女のお腹には、子どもがいるのだ。


 だから静鶴は夢を見ている。自分のお腹の子どもが後継者として朝周を出し抜くそのときを。そのための敵意だと、翡翠は思い知る。


 ひとしきり毒を吐いて満足したのか、静鶴は微笑を浮かべて翡翠に告げる。




「さっそくだけど、舞台に立ってくださる?」


「え」


「三ヶ月で準備するわ。その結果次第で、私が貴女をあの莫迦息子から解放してあげる」




 少女のような声音でうっとりと呟く静鶴を見て、翡翠は思わず身体を両腕できつく抱きしめる。




 ――なんか、静鶴さん、怖い。




「お城に囚われた姫君を救うのは、白馬に乗った王子さまって決まっているんですもの」




 貴女の場合、籠のなかのかわせみだけど。


 クスクス笑う静鶴の、タガが外れたような甲高い声から、翡翠は目が離せない。

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