第壱幕

金糸雀百貨店

第4話

文明開化より早四十年、先の天皇の喪も明けて久しい大正六年初秋。


 日露戦争、第一次世界大戦に伴う好景気により、ひとびとの暮らしはより華やかになり、庶民層にも欧米化の波が拡がっていた。


 逞しく生きる武家華族の多くは商売に手を出し成功を収めた。だが、その一方で公家出身の華族のなかには生まれながらの高貴さと誇りに邪魔され、後れを取って没落したものも少なくなかった。


 立花行弥は後者の、矜持プライドばかりを気にする不器用な男だった。軍需景気に沸く国内で、常に金策に走り、体面を保つためさまざまな事業を手掛け、悉く失敗していた。


 雪だるま式に膨れ上がった借金を清算するため彼が最後に泣く泣く選んだのが、愛する妻の忘れ形見である娘の翡翠である。


 横濱で成功をおさめ、いまをときめく新華族、金城氏の元へ彼女を嫁がせることで、彼はようやく立花子爵家を守ることが叶うのだ。




「さよなら、私の宝石……不甲斐ない父を許せ」




 いまごろ、彼女は思い知るだろう。自分が父親に売られた現実を。

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