とつぜんの別離
第2話
大人びた、どこか淋しげな表情の少女は、青碧に染められたスカートの襞を漣のように揺らしながら、正面観客席へ歩を進めていく。近づくにつれて、彼女の背が自分よりもおおきいことに気づく。
大柄の少女が舞台中央奥から前へ足を滑らせたのと同時に、ピアノの演奏ははじまった。
ぽろろん、と零れた音はまるで天から降りはじめた慈雨のように優しく、儚げで、観客たちはその音色の美しさに溜め息をついている。
翡翠もまた、そのうちのひとり。
――なんて、切なげな
けれど、舞台に立つ少女はその音色とともに、懐から取り出したナイフで己の喉を貫いていた。ひとすじの赤い光が流血となり、やがてぷつりと消滅する。
「ぁっ!」
悲鳴を零してしまったにもかかわらず、翡翠はその場面から目を落とせずにいる。その隣で、
一瞬にして世界は闇へと沈んでいた。
静まり返る客席を嘲笑うかのように、息絶えたはずの少女の楽しげな歌声が響き渡る。
奏でられるピアノに合わせて、澄みきった少女の声が、照明を落とした舞台に光を導く。
そして、楽園が出現する。黝い不吉さが漂っていたさきほどまでの絶海の孤島ではない、新たな陸地が。
少女は歓喜の歌を唇に乗せる。
同時に周囲は色彩を取り戻す。七色の虹のように眩いばかりの、哀しみの滅びた世界。
息をのんだ観客の前で、少女は声高らかに、うたいつづけている。
翡翠は少女から目が離せなかった。視線を背けることができなかった。舞台のうえでひとり、さまざまな表情を、歌を、魅せる彼女から。
美しい歌声が流れるなか、幕は下りた。湧きあがる拍手と歓声に、翡翠は我に却り、慌てて拍手を送る。
死して結ばれたふたりの、情熱的な恋の物語の終幕だった。
けれど、翡翠は知らなかった。この物語のような転落が、自分の身に差し迫っていたことを……
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