赫怒
「たまたま、アセビの治療薬ができたって話を聞いちまって、俺は死にたくなかったんだ、、だから一つだけでいいって言ったのにあいつは慎重に選ぶべきなんか言って拒絶するから、」
それは紫苑さんを殺した犯人の言葉。
そいつはボロボロと涙を流し、真っ赤に顔を染め泣き腫らす。
紫苑さんの死体が発見され3時間後に犯人が自首したらしい。
「お前らだって自分がかわいいんだろ!死にたくないって思うのは普通のことだろ!」
犯人は
彼は数ヶ月前にアセビに感染。死にたくないという一心でアセビが治るかもしれないと考え犯行に及んだと言う。
「薬はまだ使ってない。あれがアセビの薬っていう確証がないから島中に隠した。その後病院に戻ったら紫苑が死んでいたなんて!想像もしないだろ!」
玲央は紫苑さんと歳が近く、紫苑さんとも友好的な関係だったという。
「俺は紫苑を軽く殴っただけだ!人が死ぬほどじゃない!」
紫苑さんの死因。それは臓腑を刺され、出血多量によるものだという。
警察は玲央の説明に所々矛盾があることなどから、玲央を犯人として逮捕したという。
まず、前提として、なぜやつが薬のことを知っていたのかと言うとこだ。
治療薬の話は紫苑さんと俺、そして病院関係者ぐらいしか知ることの無い話だろう。
警察にとっても薬と言うワードが気になったそうで、こう聞いていた。
「薬ってなんの事だ。」
「昨日、病院にいた時にたまたま聞いてしまったんです。アセビの治療薬が完成したって」
この島にいる者なら誰だってアセビの恐怖を知っている。
そんなアセビの治療薬が完成したなんて聞いたら、どんな人間だって心は緩むものだろう。
だって、みんな殺人犯が捕まったら安心するでしょう?島の人にとってはそれ以上の事なんだから、当然のことさ
冷静に考えば、犯罪者になれば優先的に投与されることはなくなるってわかるのに
しかしまぁ、どんなとこにも軽口の奴、噂好きのやつはいる。
だからこそ、それは当たり前なのだろうが玲央が語った全てはすぐさま島中に広まった。
そして、これが原因で島は混乱に包まれることになるのだ。
***
空は雲ひとつない晴天。その陽の光が鬱陶しく、
俺から穏やかな心を奪っていく。
蝉の鳴き声も、ジリジリと俺を焼き焦がす強烈な日差しも、その全てに俺は嫌悪感を抱く。
島が一望できるこの公園から見える景色が好きだった。何かあったら必ずここに来ていた。
でも、今はもう好きなんて思えない。
今、俺は様々な出来事に心がついて来れずに、メンタル的に限界が近い。自分でも分かるほどに。俺の頭の中を駆け巡る思考、感情、それらを制御するにはあまりにも冷静さを欠いていた。
「ねぇ、聞いた?葵くん」
そう言って俺の肩を叩くのは俺が住む北地区の村長である
灰色の肩まで伸びた髪を後ろでまとめ、いつも細ぶちの眼鏡をかけている。
正直、詐欺師って言われても違和感ないような見た目だ。
俺の事情も知らず胡散臭いニコニコとした笑顔を俺に向ける。
こっちは笑える気分じゃないというのに、実に腹が立つ。
「なんの事ですか?」
それでも、この人にはお世話になることもある。失礼なことがないように最低限辛い感情を押し殺していつも通りを演じようとした。
が、おそらく意味がなかっただろう。俺の心は怒りと焦りが支配して、いつもみたいな表情を作ることができなかったから。
しかし、そんなこと気にしないと言わんばかりに加藤さんは続ける。
「紫苑さんが亡くなっただろ?その犯人が自主したらしいんだけどよ、そいつが薬は学園に隠したって言ったんだとよ」
本当は適当に聞き流すつもりだったが、紫苑さんと言う単語に反応してしまった。
だが、それは良かったのかもしれない。
「そして、薬は『学園』『港倉庫』に置いたんだとよ」
その言葉は、冷静さを欠く俺の心に一筋の光をもたらした
今、学園と港倉庫のどちらかに行けばもしかしたらアセビを治す例の薬が手に入るかもしれないのだという。
紫苑さんが死んだ今、生前約束していた薬の譲渡の話は白紙へと戻り、その薬の管理場所も分からない俺にとっては数少ない香織を救う手段なのだ。
薬が手に入れば、香織が救える。
俺は香織との暮らし。それだけあればもう他はどうでもいい。誰が死のうと。
俺は薬を手に入れるためにどうすればいいか考えた。
おそらく、学園には他にも薬を求めて来る人がいるだろう。なら、もしかしたら喧嘩にもなるかもしれない。
そして、港倉庫にはこの時間、漁師などが倉庫作業を行っている時間だ。
無関係な俺が行っても追い出されるだけだろう。
となると、やはり学園に行くべきだろう。
ただ、一つだけ気になることがある。
「なんで、紫苑さんが死んだこと、そして犯人が捕まったことを知っているんですか」
「僕はここの村長だよ?島の重要な情報はすぐに共有されるんだよ」
「だとしても、犯人が話していた内容までわかるはずがないですよね。そーいうのって普通機密事項として扱われるはずなんで」
「じゃあ、君は僕のことを信用していないってことかな?」
正直、俺はこの人のことを信頼なんてしていない。
ただ、今は香織が助かる可能性が1%でもあるなら、確かめるべきだ。
「学園に行ってくるか、」
「やっぱ、君は行こうとするよね」
「だとしたら、なんだって言うんですか」
加藤さんは、香織がアセビに感染したことを知らない。というか、香織の感染を知っているのは病院関係者、それと俺。
つまり、この人が俺が薬を探してることなんて知らないはずだ。
でも、俺が薬を探していることを知ってるような口ぶりだ。
「俺が薬を欲しがっているのを知っていたみたいな言い方ですね」
「別に?ただ、いい事じゃないか。大切な人の為に頑張る。とても美しいじゃないか。」
大切な人、香織のことを知っている?
こいつと話せば話すほど、不信感が募っていく。
ただ、今はこいつと話している余裕はない。
「ちなみに、言っておきますけどもし香織に近づいたりしたら加藤さんでも容赦しませんからね」
だから、最低限釘を打っておく必要がある。
もし、香織に何かあったら俺はきっとこの人を殺してしまうから。
これ以上ここで時間を食うのはこの後のことも考えるとまずいか。
俺はこの人と話している間も香織を助けるためにどうすればいいか考え続けていた。
治療薬を奪取し、香織を救う。
簡単に言ってはみたが島民1000人の中で選ばれるのは5人。奪い合いは激しくもう既に動いてる可能性がある。
難易度はとても高い。だが、やるしかないんだ。
悩んでる時間は惜しい。もう1分1秒も無駄にできないのだから。
「よし、いくか、、」
俺は立ち上がり覚悟を決めた。
「
***
学園の様子は既に地獄絵図の様だ。
肌を小麦色に焼いたガタイのいい大男と
長身でスラリとした高校生や大学生らしき集団。
赤ん坊を力一杯に抱え泣き崩れる30代程の女。
中には取っ組み合いになっている奴らもいる。
そんな地獄な雰囲気に合わせるように積乱雲が俺たちの上に広がる青空を包んでいく。
この後、雨でも降るのかな、
すこし、胸騒ぎがするのはあの雲のせいだろう。
そして、その多くの人は俺の顔見知りだ。
もし、ここで彼らが何か起きればたちまち島の空気は最悪になるだろう。
しかし、ここにいるやつは冷静な判断はできないのだろう。
ここにいるヤツらはほぼ全員人生をかけてここに来ているからな。
そこから「子供を見殺しにできるって言うの!」「恋人が感染したんだ!!」「俺も感染者なんだ!」などと叫ぶ声が聞こえる。
俺は少し離れた位置からそれを眺めていた。
声を荒らげる前に先に学園に入ればいいと言うのに、
先に薬を取られるかもしれないという焦りなどからか視野が狭くなっている奴らを見ていると、
自分まで馬鹿になってしまいそうでいけない。
俺はあいつらとは違う。
そう思いつつも、どうやって薬を見つけ出すか、その算段は全くかかった。
というのも今は夏休みで学校は閉まっていて今ここに入る方法は限られる。
どうするか思考をめぐらせているとパンッ!と乾いた音が一発辺りに鳴り響いた。
その音に、皆思考を奪われ、その場にただ立ち尽くした。
そして一瞬の間を置きその場にいた全員が状況を飲み込む。
20後半程の男が猟銃をなんと人に向かって撃ったのだ。
幸いそれは、誰にも当たることは無かったが、もしかしたら人が死ぬかもしれなかったのだ。
俺の胸騒ぎの原因はこれだった。
当然ほとんどの人が恐怖に呑まれた。
おそらく、それはその男にとって望んでいた結果。自分が銃を持っていて、それを使うことが出来る。それがどれだけ相手に効くかも知っている。
そして、男はスタスタと歩きだし学園の柵を蹴り破り中に入る。
それを見た3人の若い男が奴にとってかかった
「おい!お前何してるんだよ!」
「その銃をおけ!」
「みんな逃げてください!」
1人は、男の肩を掴み。
1人は、男の持ってる銃を抑える。
そして、最後の1人は周りにいる奴らを逃がそうと声を荒らげていた。
「…さい」
「は?」
「うるさいって言ったんだよ」
しかし、銃を持った男は表情ひとつ変えず淡々と猟銃を使い彼らを振り払い1番若そうな、長身の男を振り払い、その男に向かい発砲。
残りの2人は恐怖で腰を抜かしその場にへたり込む。
「いってぇ、」
フッと3人の男を笑い銃を持った男はそのまま窓ガラスを割り学園内へ侵入した。
撃たれた人は脇腹の当たりを抑えて苦しんでいた。抑えている場所的におそらく臓腑は避けている。だが、出血量が多く、止血をしないと危ない状況だろう。
俺はそんなことを考えている時既に駆け出していた。
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