第10話

目のにいる妻であるはずの女は、セピア色の背景に同化している。

 (何を伝えようとしているんだ……)

男は女の顔をじ——っと見つめた。その時、女の生気のない目が、男の向こう側を見ている事に気がついた。

ハッと振り向いた男の目に、あるものがうつった。


明かりだ。明かりが点いている。空まで高くそびえた建物の入り口、そこが明るく照らされているのだ。


男の表情が少しやわらいでいる。

  (あ、未花子!)

妻であるはずの女は、消えていた。女だけじゃない、セピア色の通行人は一人残らず見当たらない。誰一人として…。


(未花子は何を伝えようとしていたんだ。あの人差し指は、おそらく「しーっ」…。どういう意味なんだ。)


雑木林ぞうきばやしのように空までそびえた建物の集合の中に、ポツンと取り残された男の影は、とても寂しげに揺れていた。

謎は解けぬまま鬱々とした男は、建物の明かりを目指して歩いて行く。

(大勢の人が歩いていたはずだが、どこへ行ったんだ…。あの通行人達も死者なのか?!)


そう推察しながら男は建物へ一歩ずつと近づいた。一歩、一歩の歩みが重く感じられた。

建物の入り口まであと4、5メートルというところまで近づいた男。

ふと、入り口の手前に何か書いてある物がある事に気がついた。


そこには「こ……………」



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