第6話

「私が今度トキのお父さんに提案してあげよっか」


「ははっ、父さんびっくりするだろうなー」


「五階から二階に?お前バカだろ」


ヨリになんて言ってないしバカにバカ呼ばわりされるとは何事だ。


…と内心穏やかではなかったけれど、それでも私はトキから目を逸らしはしなかった。


「ナシではないと思うんだ」


「ナシだ、ナシ!なんでわざわざ同じマンションのちょっと狭くなる部屋に引っ越すんだよ」


「ヨリには言ってない」


「お前ん家がどっか違うとこに引っ越したら考えてやってもいいけどよ」


「だからヨリには言ってないって!」


「大体お前なぁ、高校にもなってそんなついてくんなよ」


ヨリはそう言って、手が離れたとしてもまだ近かった私とトキの間にスッと右腕を伸ばすとそのままその腕を私を押し退けるようにこちらに動かしてきた。


「ちょっ…ついてくんなも何も同じ学校なんだから仕方ないじゃん!ていうかヨリについて行ってるんじゃないし!トキだし!」


「ほらやっぱりついて来てる」


「だからぁ!!」


「俺は“トキについてくんな”って言ってんだよ」


「あんたはトキの何なんだよ…!」


「あははっ」


私達の割と本気な言い合いを止めたのは相変わらずなトキの笑い声だった。


それにトキに背を向けていたヨリが振り返ることで見えたトキの顔が想像通りニコニコしていて、なんだか今のヨリとの言い合いなんて心底どうでもいいと思えた。


きっとヨリもそうだったと思う。


「また三人で同じ学校に通えるの嬉しいなぁ」


極めつけはこれだもんな。


トキに甘々な私とヨリからすれば、トキがそう言うならもうこれ以上の言い合いは不毛である。


「お前はいつでも呑気だな」


「そう?ヨリがピリピリしすぎなんだよ」


「だってコイツしつこいじゃん」


「トキは私にそんなこと思ってないからヨリが一人で学校に行けば万事解決だね」


「は?ナメんな」


…ま、そうくるでしょうねぇ。


歳が同じで帰る家も同じだという、ただそれだけで私達は物心がつくよりも前から一緒にいた。


それが当たり前で、そこに疑いなんてこれまで一度だって抱いたことはない。


“二人で先に行っちゃおう”なんてのはもう挨拶みたいなもんで、その証拠にほら、三人揃えば空はまた一段と明るくなった。

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