第3話

“トキかな”


そう思うのと同時に画面の“トキ”という名前を目にして、私の口元はこれでもかというくらいに一気に緩んだ。


『おはよう。今日の入学式、イトはお母さんと行くの?』


トキが打った文字はいつも発光しているように感じる。


こんなことを言うと誰かさんは病気だなんだと私をバカにするだろうけれど、誰がなんと言おうとこの文字は光っている。


私には分かるんだ。


逸る気持ちをぐっと堪えて『ううん、お母さんまだ寝てる。たぶん入学式が今日だって忘れてると思う』と返信した私は、トキが既読をつけるのとほぼ同時に忘れていた『おはよう』を送信した。


それに既読がつくのはもちろん一瞬だった。


『うちと一緒。下にいるからおいで』


そのメッセージに、私はもう返信することなく慌てて鞄を持ち家を飛び出した。


“一緒”か。


たぶん一緒ではないと思うけどなぁ。


だってトキのお父さんは我が子の入学式を忘れたりはしないだろうから。


…あぁ、そっか。


“一緒”って入学式には来られないことに対してか。



外は実にいい天気だった。


まだ少し空気は冷たさを含んでいるけれど申し分ないほど今日に相応しい快晴だ。


そんな空気を胸いっぱいに吸い込めば、なんだかこれまでの嫌なことがすべてチャラになってくれる気がした。


大して待たずに乗れたエレベーターではいつもの癖で“5”を押しかけた私だったけれど、さっきのトキのメッセージを思い出してその指をそのまま“1”へと向かわせた。


右手にあるランプが一階を示し開いたドアに、私はそれが開ききる前に体を滑らせるように外へ出た。


私の住む二階でいい天気だと思った空は、一階から見た方がより明るく感じた。


エントランスを抜けた先にトキの姿が見えると、その足音に携帯を触っていたらしいトキはすぐにこちらに顔を上げた。


「おはようっ!」


なんとなく先に言いたかった。


そんなどこか焦った様子の私に、トキはすぐに口元を緩ませて「おはよう」と言って携帯をポケットに入れた。


二階よりここを明るく感じるのはトキの存在のおかげかもしれない。


結構本気でそう思う。


なんたってこの笑顔だもの。


「イトごめん、急がせた?」


「ううん、私が勝手に急いだだけ。ちょうど準備も終わったとこだったよ」


「そっか。ならよかった」


はぁ…今日もこの笑顔に癒される。


家を出て一番に見られるなんて幸先いい。


毎朝そうだから、私はきっと毎日幸先がいいんだ。


これまでもこれからも、きっとずっとそうなんだ。

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