第2話

きっかけは何だったろう。


きっとうんと些細なことだった。


新しい制服に身を包んだ私は、鏡に映る歯を磨く自分を見つめながら特に考える必要もないようなことをひたすらぼんやりと考えていた。


女子の団結力ってすげーなとか、実はそうなる前から兆しはあった?とか。


それらはどれも今更考えたところでどうにもならないしどうもしなくてもいいこと。


だけどやっぱり気になるな…からの何だったっけ?の、無限ループ。


いい加減私の歯は十分すぎるくらいに綺麗だろう。


そろそろ口の中が歯磨き粉特有の不快感に耐えられなくなってきた頃、私はぐいっと腰を折って前屈みになり口を濯いだ。


ちょうどその時だった。


ジャーッという音とともに、真隣に位置するトイレのドアが開いた。


入ってたんだ…気付かなかった。


これまた十分すぎるくらいに濯いだ口元をタオルで押さえながら、私はそちらに顔を向けて口を開いた。


「おはよう」


「…ん、おはよー」


かろうじて開いている目でこちらを見て口元を緩ませたその人は、頭をポリポリ搔きながらこちらへ来ると「ちょっと手洗っていい?」と言いながら私の返答を待たずに目の前に来て手を洗い始めた。


「お母さんトイレいつから入ってた?」


「…え、わかんない」


「私かれこれ十五分くらいここにいたけど全然気付かなかったよ」


「うん…ははっ…座っておしっこしてそのまま寝ちゃってたぁ」


まだ眠そう…


年甲斐もなく尿のことをおしっこって言っちゃう辺りがこの人らしい。


まぁ“尿”って言う人も少ないんだろうけど。


少し痛んではいるけれど綺麗な髪にむき出しの細い足。


今年三十四になるお母さんは、いつだってどの同級生のお母さんよりも若かった。


というより“幼い”と言った方が正しいかな。



でも私は好きだよ、たった一人の家族であるお母さんの何もかもが。



「何時くらいに帰ってきたの?」


私のその質問に、お母さんは「四時くらいかなぁ」と言うのとほぼ同時にあくびをした。


これはもうそっとしといてあげるべきだな。


「そっか。お疲れ様。まだ寝る?」


「うん。はぁ…イトちゃん今日も可愛いね」


「私からすればお母さんの方が可愛いよ。おやすみ」


「うん、おやすみぃ」


そんな会話を最後に、私はその場で寝室へと向かうお母さんの疲れた後ろ姿を見送った。



新品の制服は少し硬くて動きづらく、そこでようやくブレザーは家を出る直前に羽織るべきだったのだと気が付いた。


改めて鏡に映った真新しい制服を見つめていたその時、ブレザーのポケットに入れていた携帯がブブッと短く震えた。

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