第6話
「え?」
一言何かを呟いた瞬間、兄のように頼りがいのあるアカツキが急に知らない人になってしまったような気がして、寒くもないのに鳥肌が立ってしまった。思わず聞き返すと、「まあセックスまではしなくても、狼獣人の庇護欲を刺激して、泣いて悲しんで、同情を誘って油断させたらいいんじゃないか」と言われる。目を白黒させている僕を見て、アカツキは困ったように笑う。
「僕じゃだめですかとか言って、縋りついて泣け。それで、ヒビキを抱けると思ったら、案外簡単に機密情報を話すかもしれない。ただ、ヴィッセル指揮官の側にら常に人がいるから、時間かけたりして、バレないように気をつけろよ」
「そ、そんなことありえない……痛っ……」
アカツキは僕を見て笑う。その様子を見て、急に酷くなってきた頭痛に、僕は少しずつ思考を曇らせていった。
「方法は何でもいい。俺はお前を信じてるよ」
アカツキはなぜか僕が逆らうことはないと思っているようだ。僕は、急に世界で一人ぼっちになってしまったような心許なさを感じた。
*
アカツキから衝撃的な話を聞いてから、僕は自分がどうすればいいのか分からないままだった。アカツキが僕を頼っている以上、何かしてあげたいと思うのだが、最近何故かアカツキのことを考えると思考が鈍くなる。そんな不調を振り払うかのように、僕はヴィッセル指揮官の様子を観察し始めた。
観察を始めて気がついたことは、彼はとても多忙ということだ。彼の執務室には人が終始立ち替わり入れ替わりで入っており、休む暇はないように見える。彼が一人になる時間はかなり限られているようだ。
「アカツキが言う通り、本当に忙しいんだな……」
小さく呟いて考えていると、経理部の脇の廊下で、ヴィッセル指揮官が部下らしき男性と話しながら書類を手渡している様子を見かけた。その女性は、黒い毛並みの美しい狼獣人の男性だった。彼女はヴィッセル指揮官に何かを話しているようだ。
「……では、この案件は来週の会議でお伝えします」
「あぁ、頼む」
短く、それでもストレートに伝え、それを聞いた部下の男性は踵を返した。彼らの様子を見て、やはりヴィッセル指揮官は優れたリーダーであると感じる。狼獣人は上下関係に厳しいが、能力のない上司には絶対に従わないと聞いたことがある。彼は皆から認められているのだろう。
また、食堂や休憩室に行くようにして、人の噂話からヴィッセル指揮官の近況を把握するようにした。本人のいない場所でも、ヴィッセル指揮官を悪く言う人はおらず、僕は感心してしまう。
一方で、彼の恋人関係については疑問を持っている人が多いようだ。ウルフワムでは二十代でパートナー、日本でいう結婚相手を持つのが一般的であるのに、未だ独身で、親戚筋からひっきりなしに縁談が持ち込まれているのを全て断っているそうだ。
また、二年前までは来るもの拒まずで関係を持っていたというがそれがぴたりと止んだことから、ヴィッセル指揮官には想い人がいて、叶わない恋をしているのではないかという憶測が立っていることも耳にした。
そして、ヴィッセル指揮官が片思いをしている相手とは、ちょうど二年前に共同防衛省に赴任したドールガー副指揮官ではないかと言われている。
しかし、ドールガー副指揮官は既に日本人の男性とパートナーになってしまったそうだ。あんな格好良い人が叶わない恋なんてありえないと思ったけれど、時期的にピタリと合うことから、否定できない気がした。
そんな周辺情報を少しずつ集めるも、ヴィッセル指揮官と直接話しをする時間もなく、途方に暮れていた。アカツキは最近仕事を休みがちで、社宅にもいないのでどうすればいいのか聞く機会がない。
今思えば、アカツキは、金曜日の夜はよく映画鑑賞に誘ってくれたが、土日は不在にしていることが多かった。土日にウルフワム打倒連合軍の活動に参加していたのかもしれないと思う。
アカツキがウルフワム打倒連合軍に入っていたことを知ってから、僕は改めてウルフワム打倒連合軍について調べてみた。
ウルフワム打倒連合軍は、日本がウルフワムに事実上支配された時から、アンダーグラウンドなテロ組織として活動しているようだ。過去には死者を出したテロ行為の首謀者として指名手配されている人物もいる。
そして、連合軍に所属する人の多くは、狼獣人に否定的で差別意識があると聞いたことがある。
アカツキがそんな危険な組織に所属していると分かれば、人事部か上司に相談するべきなのかもしれない。けれど、アカツキのことを他人に相談することを想像すると、急に頭痛がして耐えきれずにしゃがみ込んでしまい、立ち上がった時には相談しようという考えがどこかへいってしまうのだ。
僕は突然の体調不良に戸惑いつつも、追い討ちをかけるようにアカツキからメールが届いた。
ーヒビキ、俺達はもう家族みたいなものだろう。信じてる
メールにはなぜか可愛い猫の画像ファイルが添付されており、クリックすると猫が動いた。"家族"というキーワードを目にして、僕はようやく何か動かなければと思った。少なくともアカツキは僕を家族のように信頼してくれているのだから。
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