第29話

その直後、一緒に乗っていたの秘書の男性がエレベーターから降りてきた。





「─…奥様、お先にどうぞ。私は階段で向かいますので。失礼しますね」






え、階段って─…ここ、9階ですけど?!まさか1階まで降りるつもりですか?!私は5階で降りるんでむしろ私が階段でっ、





「──芹菜、早く乗れよ」





なぜか、お怒りモードの海吏サマに名前を呼ばれてしまえば…弾かれたようにエレベーターの中に足を踏み入れてしまう





とはいえカメラがついているエレベーター内の中で何か起こるなんてことは…おそらくない。





なんて思っていた私は海吏サマのことを甘く見ていたようで─…海吏が身につけているスマートウォッチを一瞬、チラリと確認したその直接





ドンっと、エレベーター内の壁に背中を押し付けられ、両手を海吏の手によって拘束される





そのせいで手に持っていた書類がバサりと音を立てて床に散らばる─…うわ、体育会系の主任に怒られたらどうしようっ!!!





───っていうか、これって壁ドン?うわ、漫画の中のヒロインみたいっ!胸きゅん案件っ!






なんて一瞬、"余計なこと"が頭をよぎった






「芹はほんとに、学習しないバカ女だよね」





グッと顔を近付けられて、心拍数が爆上がりする。っていうか、エレベーターのカメラ大丈夫?!管理部の人に見られたらっ、





「この状況で他のこと考えるなんて…ずいぶん余裕出てきたんじゃねぇの、一ノ瀬さん?キミ、そんな仕事に対してマジメな人間だった?俺の知る一ノ瀬 芹菜って女子社員は…使い物になんねぇ給料泥棒だと思ってたけど違った?」






───違いませんね、その通りです。






「─…で?テメェ自分から俺に連絡しておいてシカトぶちかますとは…いい度胸してんじゃねぇか。言い訳があるなら聞いてやるから言ってみろよ。10秒以内に、6文字で答えろ。」





じゅ、10秒で6文字っ?!それはもうっ、






『─…ご、ごめんなさい』



「ハイ、7文字。字余りしてんね。まともに謝罪も出来ねぇような人間が社会に出て働いてんじゃねぇよ。お前もう家から1歩も出られねぇように南京錠つけて閉じ込めてやろうか?」





字余りって…焦って噛んだだけなのにっ!それを一字に数えるって鬼畜すぎませんか?!





っていうか…もう仕事行かなくていいの?行かなくていいならずっと家でいたい。だって進藤さん居ないし、第四製造部行くの嫌だし。





あー…私って本当に社会を舐めてるダメな人間だな。どこの職場に居ても絶対嫌われるタイプの人間だなって自分でも思います。でもそうなってしまったのは海吏のせいでもある。





彼の少し恐い態度や言動は、私を依存させる。不器用な彼の愛情表現だと分かっているから、それにこちらも依存してしまっている。





だから─…海吏が行かなくていいと言ってくれるなら、行きたくない。海吏が働けと言えば、何処ででも働く。私という生き物はそんな単純な生き物なんだ。

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