元将軍と交易商 1
ハイマン・ストラディス元将軍はファランティア紛争の責任を問われ、帝国議会より死刑を宣告された。その瞬間も、囚人用の馬車で新帝都アルガントの大通りを運ばれる間も、決して威厳は失わないぞと心に決めて背筋を伸ばし、前だけを見据えていた。帝国にとってこれは正義の執行かもしれないが、我々の戦いは正当であり、決して屈しないと示すために。
異国の街並みと褐色の肌の人々の間を抜けて都市を出た馬車は丘を登り始める。どうやら刑場は丘の上にあるらしい。しかし、見えてきたのは一軒の邸宅だった。
貴族の屋敷というよりは別荘といった趣の、小ぢんまりとした素朴な造りで、南向きにテラスがあった。木製の柵に囲まれた敷地内は十分な広さだが、がらんとして何も無く、玄関から中へ入ると新しい材木の香りがした。床は鏡のように磨かれ、足跡一つない。
「外出は許されておりませんが、敷地内でしたら、どうぞご自由にお過ごしください」ということだったので、何気なくテラスに出たハイマンは思わず感嘆のため息をもらした。眼下に帝都アルガントが一望できる。砂塵舞う茶色の荒野に現れた楕円形の都市は、ファランティアの王都ドラゴンストーンのように成形されてはいなかったけれども、活気あふれる帝国の心臓と呼ぶにふさわしかった。赤、茶、黄土色の建物が織りなすモザイク柄の都市からはエルシア大陸全土に通じているだろう八本もの街道がそれぞれの方角へ伸び、その上を蟻ほどの大きさに見える馬車や旅人が行き来している。露店が並ぶ通りには、旅芸人一座の興行かと思うような色とりどりの幕が渡され、雑多な人々を直射日光から守っていた。今はアルガン帝国という一つの国だが、広大なエルシア大陸には多種多様な文化、人、物が存在するのだとハイマンは実感した。
都市のほぼ中央にある城の形状は荘厳の一言に尽きる。天を衝く尖塔三本が中心を成し、ミリアナ教のシンボルを頂いた小塔がその周囲を囲う。窓にはめられたステンドグラスが太陽を反射して各塔を美しく彩っていた。飛行する魔獣に警戒しなければならなかったエルシア大陸において、そのような城が建ったということ自体に大きな意味があるのだが、ハイマンには知る由もない。ただ、その堂々たる威容を見て、レスター皇帝陛下のおわす所に相応しいと納得するばかりだ。
ハイマンは室内から椅子を一脚持ち出し、テラスに置いて腰を落ち着けた。手が震えている。威厳を失わず、最後まで立派に責任を果たすことは、ここまで何とか成功していた。あとは最後の刃が落ちる瞬間まで気を抜かないことだ。死刑執行人が来るまでのわずかな時間に、一息つくための場所を用意してくださった皇帝陛下には感謝しかない。握りしめた拳を開く。手の震えはおさまってきた。これならもう少し頑張れる。もう少し、もう少し……。
などと自分に言い聞かせたハイマンだったが、それから二〇年経っても音沙汰なしとは、全く予想だにしていなかった。
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