その3


 葉月の親がどんな代議士やらよく知らないが、下手に争うのはよくないよなと暖斗は思った。

 義純はヤクザとはいっても真面目に仕事をしているようだし、覚せい剤とか銃とかには関わっていないという。ヤクザといっても指定暴力団になったものから企業としてやっているものまでイロイロいる。

 もちろん大っぴらに出来ないような事もやっているようだが、垣間見える大人の世界はかなりドロドロで、誰がいいとか悪いとかそう割り切れる問題でもないらしい。


「へえ、いい事を伺いましたね」

 暖斗と葉月しかいないと思っていた屋上の扉の影から東原が現れた。東原はしてやったりといった表情で葉月を見てからかうように言った。

「あの前途有望な若手代議士葉月涼太郎にはホモの息子がいたんだー」

 葉月は東原を睨みつけて言い返した。

「俺は友達として純粋に暖斗を心配しているんだ!」

「どうかなー。こういう噂って好きな人がいるんですよね」

「持って回った言い方は止めろ! 暖斗、こんな奴と付き合うな」

「如月君こそ、こいつの下心に気付くべきだ」

 葉月と東原は睨み合った。


 にらみ合う二人を前にして暖斗はため息をついた。

(もう遅い。手遅れだ。俺は、俺はあのヤクザと結婚してしまったんだー!! しかも、入籍まで済ませてしまったんだー!!)

 義純と結婚した今となっては、助けてもらうより見守るか、もしくは、ほっといて欲しいよなと暖斗は思う。あの亭主関白なヤクザを尻に敷くか敷かれるか、これは暖斗と義純の家庭内の問題なのだ。


 暖斗は義純がヤクザでも悪い奴でも、自分の気持ちがかなり義純に傾いていることに気付いた。

(ううむ……)

 空を見上げて泣きたい気分である。

(何であんな奴を……)

 空を見た後、周りを見ると二人はまだ睨み合っていた。

「この事は皆には内緒にして欲しいんだが、俺は姉ちゃんの結婚式の時にヤクザに気に入られて、跡を継ぐ勉強中なんだ」

「如月君……」

 東原が息を呑むように言った。

「暖斗、お前……。それは本当なのか?」

 葉月は信じられない。

 しかし「本当だ」と暖斗はきっぱりと頷いた。

 葉月の中で、暖斗は儚げでか弱げで華奢なお姫様だった。本人は明るくって元気でそういう扱われ方を嫌っていたが……。

「暖斗。お前はきっとヤクザに騙されているんだ。その内そのヤクザは尻尾を出してひどい事をしでかすに違いない!」

 葉月が決め付ける。

「だったら葉月。何で文化祭明けの月曜日に来なかったんだよ。あの時ならまだ間に合ってたのに」と、暖斗が少し怨ずる目で見た。

(い、色っぽい──。暖斗にこんな色気があっただろうか……?)

 しかし鼻の下を伸ばしている場合ではなかった。

「ああ……、あれは、俺、休んでて……」

「へえ、頼りにならないナイトだね。何で休んだんですか?」

 東原が眼鏡をキラーンと光らせた。

 葉月は慌てた。

 暖斗が早く帰った後、皆で打ち上げをして飲んだジュースの中に、誰かが悪戯をしてアルコールを入れたのだ。知らずにそれを呷った葉月は、酷い二日酔いでくたばっていた。葉月はアルコールに非常に弱かった。

 こんなみっともない事はとても暖斗には言えないと格好つけの葉月は思っている。

「よ、用事があったんだ」と無理矢理その話を打ち切った所に予鈴が鳴った。

「僕は如月君のことを誰にも言わないよ。それに何か困った事があれば何時でも相談に乗るよ。さあもう教室に帰ろう」

 東原はそう言ってにっこり笑った。暖斗にとってその言葉は嬉しかった。

 ヤクザだと言っても逃げないでいる友人がいるだけでもありがたいと暖斗は思う。出来るなら二人に仲良くして欲しい。

 しかし東原は葉月に向かい「前の学校ではどうだったか知らないけど、ここでは如月君は皆のアイドルなんだ。こんなにか弱くて華奢なのにあまり引っ張り回さないでくれないか。皆が心配しているんだ」

 そう言って「さあ如月君」と暖斗を引き寄せ庇うようにして階段に誘う。

 その役目は自分のものだったはずだと葉月は唇を噛んだ。

 何か変な事になったと暖斗は思った。二人はどうも仲良くする気は無さそうだ。しかし葉月は仲のよい友達だと思っていたが、もしかしてもしかするともしかするんだろうか……。

 だがどちらにしても自分はもう結婚しているし、どうしようもないよなと暖斗はあっさり考えるのを止めた。


 その日の放課後、暖斗はいつものように脩二が迎えに来て家に帰った。その様子を葉月は腕を組んで見ていた。

(下手に騒いでまた逃げられたり連れ去られたりしたら困る。それよりも暖斗の隣の位置をもう一度確保したい。あの邪魔な男をどうしてくれよう)

 葉月は自分の位置を横取りした男について考えた。その葉月の様子を東原が腕を組んで見ているとも知らず。

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