四話
基本的に、真一は徹也と雪音のそばにいる方が多い。歳が近い秀二と過ごす時間が長かった。秀二は綾音を子供扱いしないし、わざわざ敬語で会話しなくてもいいので、気楽だ。ギクシャクもしない。学校の先輩というイメージで付き合っていた。
もちろん、男子の考え方は知らない。いきなり機嫌が悪くなるかもという不安は少しあった。産まれて初めての男子。全く慣れていない。
「秀二くんは、パパに八つ当たりされたりしないの?」
「ないですね。長男だけです」
「そうなんだ。子供を傷つけたらだめだよね」
「はい。徹也様と雪音様は優しくて穏やかで、とても素晴らしい親だと思っています」
「今度、パパとママに伝えてあげて。喜ぶよ」
「そうですね。緊張しますけど」
苦笑する。イケメンは、どんな顔をしていてもかっこいいのだと、改めて知った。
「ところで、真一さんは結婚する気はないの?」
「え? 結婚?」
「ママがお見合いを勧めてるんだけど、気を遣わないでくださいとか、自分で結婚相手探しますとか、仕事が忙しいんですとか」
「さあ……。本当に好きな人だったら、結婚すると思います」
血が繋がっている弟の秀二にもわからないということか。だったら綾音には、もっとわからない。
「かっこいいから、ぜひとも結婚してもらいたい。独身なんて悲しすぎるよ」
「そうですね。仕事ばかりの人生なんて、嫌ですからね」
こくりと頷く。誰かを愛し愛される。そのために産まれてきたのだから。そして、秀二にも彼女ができるといいなと思っていた。
日に日に、イケメンさが増していく秀二。背も高く、男らしい体型。真一よりも早く結婚しそうだと想像した。
学校で片思いしている女の子はいるのだろうか。どんな場所でも、可愛い子やキレイな子は一人はいる。もしくは、秀二に恋している女の子。かっこいいから、モテるはずだ。それとも真一と同じく透明人間扱いされ、見向きもされていないのか。あまりにも空しすぎる。綾音は独り占めで優越感に浸れるが、秀二は残念な気持ちでいっぱいだろう。
恋愛に興味ゼロならいいが、いつかは愛されてみたい。綾音も真一も秀二も、幸せにならなくては。
また恭太郎が屋敷にやってきた。次は秀二がきちんと働いているか確認するためだと話していた。秀二はもちろん、真一も緊張で石のように固まっていた。相変わらず恭太郎は他人には穏やか。家族には冷たい目線を向けていた。
「秀二くんは、パパのこと嫌い?」
質問してみた。秀二は即答した。
「はい。昔からずっと、ああいう性格なので。いつかは変わるんじゃないかって期待していましたが、もう無理ですね」
「そっか。真一さんも嫌ってるみたいだね」
「八つ当たりされていましたからね。恨んでると思っていますよ」
綾音は父が大好きなので、その言葉が理解できなかった。自分を産んでくれた親を好きになれない。これはとても切ないことだ。
真一と秀二が出かける日があった。私服を着て、バッグもかっこよかった。
「私も一緒に行っていい?」
お願いすると、同時に首を横に振った。
「いえ。ただの買い物ですから」
「ついてきても楽しくないですよ」
「いいよ。楽しくなくても」
「ですが、時間の無駄になってしまいます」
「屋敷にいた方がいいです」
男子しか入れない、秘密の場所なのか。仕方なく頷いて、諦めた。
帰ってきた二人は、すでにスーツを着ていた。ずっと私服でいてほしいのに。雪音に伝えると、目を丸くした。
「お仕事なんだから、スーツじゃないとだめよ」
「だめって、いつも堅苦しいことばっかり。ママ、知ってる? 私服の真一さんと秀二くん。モデルみたいに素敵なんだよ」
「じゃ、パパに聞いてみなさい。それより、もっとお嬢様らしくなって。美しい女性になりなさい」
「私は、この性格でいたいの。普通の女子高生で」
はあ、と雪音はため息を吐いた。しかし綾音は変わろうという気持ちはゼロだった。
どんどん男らしく成長していく秀二。綾音がぼうっと眺めていると、視線に気づいたのかこちらを向いた。
「どうかしましたか?」
「ううん。別に何もないよ」
誤魔化したが、頬は赤い。秀二は額に手を当てた。
「熱があるようですね。病院に行きましょうか」
「大丈夫だよ。病院なんて」
「では、ベッドまでお連れします」
ひょいっと秀二は綾音をお姫様抱っこした。どくんっと心臓が跳ねる。
「あ、歩けるから」
「落ちないように、掴まっていてください」
そのまま廊下を走り、部屋のベッドに寝かされた。
「苦しくはないですか?」
「平気」
「ほしいものは?」
「ないよ」
「具合が悪くなったら、僕を呼んでくださいね」
そして部屋を出ようとしたが、無意識に声が漏れた。
「い、行かないで」
「え?」
「ここにいてくれないかな」
「ですが、僕は仕事が」
「そ、そっか。ごめんね。じゃあ、お仕事頑張ってね」
「ありがとうございます」
お辞儀をし、秀二は歩いて行った。
「……仕事なんだよね」
呟く。真一も秀二も、徹也に呼ばれてやってきた人。だから友人にはなれない。綾音はそういう関係になりたいと思っていても無理なのだ。お嬢様ではなく、普通の家の子だと見られたいのに。かといって、もし普通の家の子だったら、二人には会えなかった。
いつの間にか目を閉じていた。起きると、ベッドの横に秀二が座っていた。仕事が終わり、戻ってきたようだ。
「ぐっすりと眠っていましたが、気分はどうですか?」
「よくなったよ」
「よかったです。でも、どうして行かないでと言ったのですか?」
「だって……。一人になると寂しいから」
「屋敷の中には、ご家族も僕も兄もいます。一人で暮らしているわけではないですよ」
そっと綾音の手を握った。暖かな熱に、どきっとした。
「私……。秀二くんがいいな」
「いい? どういう意味ですか?」
「と、特に意味はないんだけど」
慌てて答える綾音に、柔らかく微笑んだ。
「元気になられて、安心しました。兄も心配していたので、伝えておきます」
「う、うん。ありがとう」
「では」
立ち上がり、秀二はドアを閉めた。
綾音も「いい」という意味がよくわからなかった。何が「いい」のだろう。その時は、まだ曖昧で自分の心の中は見えなかった。
綾音の思いに気づいているのかいないのかわからないが、まるで妹を可愛がるかのような顔で微笑んだ。綾音も兄という目で見ていた。こんなにイケメンな兄がいたら、周りの人たちに自慢できる。もちろん、ただ仕事で屋敷に暮らしているだけなので、それを考えると寂しさが胸に浮かんだ。
「綾音様。ちょっといいですか?」
秀二に聞かれ、首を傾げた。
「え? どうかしたの?」
「写真を撮りたいのですが」
「写真?」
「だめでしょうか? 綾音様の姿を、いつも見ていたいのです」
「秀二くんが?」
「はい。とても可愛くて、眺めているだけで癒やされるのです」
秀二は、少し頬が火照っていた。つられて綾音も赤くなる。
「別にいいよ」
「ありがとうございます」
秀二は携帯を取り出し、三枚撮影した。試しに見せてもらう。
「うわあ。頭悪いの、バレバレ。恥ずかしい」
「僕は、女の子は頭が悪い方がいいと思います」
「そうなの?」
「子供っぽくて、護ってあげたくなります。この子のヒーローになりたいって、充実した人生を送れるんですよ」
「そっか。護ってあげたい……」
その言葉に、胸が熱くなる。すでに綾音は秀二に護られているし、こうやって写真を撮られたのも感動した。特別扱いされている。また優越感に浸る。仕事だとわかっていても、どきどきする。
だが、一週間後に写真を真一に捨てられたと嘆いていた。
「もう一度撮れば」
「だめですよ。同じように、捨てられてしまいます」
「どうして捨てちゃったの?」
「ストーカーと一緒だと怒られました」
「え?」
「綾音様を不安にさせる行為をするなと、怒鳴られました」
「私、怖くないよ。むしろ撮ってくれて嬉しかった」
「と言っても、兄は聞く耳持たずです」
がっくりと項垂れる。真一は、秀二に厳しすぎだ。心の癒やしも奪うなんてと頭にきたが、返す言葉はなく、黙っていた。
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