第3話
次の日の朝。早くから、又庭は目を覚ましてしまった。ふかふかのパンが食べられる。それは、食欲旺盛な世代である又庭にとって、待ち遠しくて仕方ないイベントであった。
テレビをつけるとラジオ体操がやっていたので、戯れに少し運動をする。それでも篠木目は起きてこないので、又庭は台所に立ってスクランブルエッグを作り始めた。
卵を溶いて、油で炒める。これは、焼いたパンの上にケチャップと一緒に乗せたら美味いだろう、と又庭は考える。特別に、バターも載せちゃおう。バターの塩分とスクランブルエッグのタンパク質が溶け合う様を想像しただけで、又庭は自分の脳みそまでもとろけるような気持ちになる。
バターを塗ったパンをトーストしながら、昨日のうちに作っておいたいちごジャムを取り出した。卵を使いすぎだとは思うが、卵を使ったフレンチトーストに、いちごジャムを掛けて食べる算段なのだ。
一人で食べるのも忍びなく、コーヒーを淹れて篠木目を起こした。
「博人さん、朝ですよ!美味しいパンの日です!起きて!起きて下さい!起きろ〜‼︎」
ここまでに又庭は、すでに全ての朝食の準備を終えていた。完璧な卵サンド、完璧なフレンチトーストいちごジャム付き。完璧なコーヒーに、完璧なサラダ。あとは、篠木目を起こすだけだ。低血圧な篠木目はなかなか起きず、パンやコーヒーが冷めてしまう、と又庭は焦る。
「まだ、眠いよ…」とかなんとか、ぐずぐずと篠木目は起きない。今日は休日なのだから起きなくていいわけだが、又庭はそんな怠惰は許さない。大事な朝ごはんを、篠木目が食べないなんてことがあったら、又庭にとっては大きな心労なのである。
「…張り切ったね…」やっと起き上がった篠木目は、又庭が用意した料理を見て、早くも胃が痛いという顔をした。美味しそうだとは思う。しかし、それ以前に胃が痛む。最近、篠木目は多量の料理が食べられなくなっていた。
「これ、すごく美味しいですよ!博人さんも食べて下さい!」
又庭は、己の感動のままに篠木目へ食べ物を押し付ける。篠木目は、これ以上高血圧になるのはまずいと、又庭の勧めを拒否したいのだが、ついつい、美味しくて食べてしまうのだった。
「いや、だめなんだ…!よしなさいっ、…!あ、これ美味しいな。止まらない。美味い、美味すぎる…」
「そうですよ、博人さん、たまには自分の欲望に素直になりましょう。…ほら、もっちりして、おいしい…」
篠木目は、又庭に勧められるまま、フレンチトーストを食べてしまう。
「あ、甘い…なんて美味いんだ…もう、僕はダメだ…体に毒だと、わかっているのに…」
又庭の甘い誘惑に、篠木目はなす術もなくはまった。
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