第2話 幼女の名前!

 日雇いで糊口を凌ぎ、ネカフェで寝泊まりした翌朝のこと。

 目が覚めた俺は、上空から落下してくる幼女と、驚愕声を出す女性刑事の声を耳にするのであった。


「ぎゃああああああああああああああああ」


 幼女は、どうやらジャンプして俺の股間に着地したようだ。


「キャハハ。パパよわい」


 な、なんて幼女だよ!

 鍛えることの出来ない、とても繊細な場所だというのに。


「ぐおおおおおおおおおおお」

「キャハハ。パパ、ごはん」


 ちょっと待って、声も出せねえよ。


「ちょっとお嬢ちゃん。プププ……駄目でしょ。プププ。えっと、後藤さん大丈夫ですか?」

「……な……ぜ……俺の……名前……を?」


「ネカフェの入会申込用紙に書かれてました。

 ……その反応。どうやら偽名ではないようですね。

 後藤京也で調べたら、なんとあなたは死んでる人間じゃないですか?

 ただ、15年前に行方不明になってて、8年後に死亡扱いになってますけど。

 それで?その死んだはずの人間がなんで娘さんと、こんなところで一緒にいるのですか?おうちは?奥さんは?説明してください!」  


 ……これ絶対まずいやつだ。

 俺の筋肉がビクンビクン警鐘を鳴らす。


「えっと……何の……用でしょう?」


 出せるようになった声を振り絞ってゆく。


「お願いします!協力してください!」


 いきなり頭を下げられても、な。

 だが、表情から必死さは伝わってくる。


「また誘拐事件が発生しました。……被害者は……私の姪っ子なんです」


 女性刑事の名前は今岡香澄。年齢は23歳。

 被害者は姪っ子の岡田花音。年齢は4歳。

 昨日の夜、自宅に犯人からの電話があったらしい。

 内容は身代金一千万払えって古典的なやつだ。

 俺が解決した俺の側から離れない謎の金髪幼女以外の、過去の3件と同じだそうだ。


「全部解決したんですよね?なら今回も大丈夫なんじゃ……」


「何を言ってるんです!過去3件は全部私が解決してるんですよ!

 それなのに……今回は身内だからって捜査から外されたんです!

『今岡……お前速攻で犯人見つけるのは良いがボコボコにするなよ。だから今回は絶対外す!二度と捜査させん!』

 なんて署長まで言い出すんですよ?酷くないですか?

 ああもう!無能なんてみんな死に絶えればいいのに!」


 えっと、身内だから捜査外された話はどこへいった?


「だから脅威の身体能力を持つ、あなたの力を借りようと探したんです。

 てか驚きました。なんでネカフェに泊まってるんです?  

 行方不明で死んだ扱いの存在。 これは事件の臭いがプンプンします。 協力を拒めば捕まえます。

 ハアハア……それで娘さんは私が引き取ります」


 こいつ……ヤバい人間だ!

 幼女も全身を鳥肌立たせて、俺の上腕二頭筋を鷲掴みしてるし。


 仕方がない!逃げるか?

  だが、この筋肉がピキーンと言ってる以上、逃げるわけにはいかない。

 何故なら拐われた被害者がいるのだ。

 なら助ける!

 それが俺の筋肉だ!


「わかった。協力しよう。ただ、協力した以上、見返りは求めよう」

「身体を要求するなんて!このケダモノ!!」


「違う!俺の死んだってのを、生きてるって戻してくれ!」

「ふうん?まあ良いけど役に立ったらね。今まで使ってた偽名とか、娘さんの母親とか洗いざらい吐いてもらうけど。

 犯罪歴あったら、さすがにその条件は却下ね」


「……犯罪歴は無い。偽名も無い!」

「?まあ、嘘かどうかは調べればわかるからいいか。じゃあ早速行動開始よ!

 その前に、お嬢ちゃん、お名前なんて言うのかな〜?  この人パパかな〜?」


 しまった!この今岡香澄という女性刑事、完全に俺を疑ってるな。

 言動からもし幼女が俺の娘でないと知ったら、即手錠をかけるだろう。

 引き千切って逃げればいいが、その後が面倒くさい。

 全国指名手配になったらお手上げだ!


 俺もおっかなびっくりしつつ、金髪幼女を見つめてゆく。


「まおだよ?これパパだよ?」


 まおっていうのか……

 ふう……助かったぜ。

 だが、俺はまおちゃんのパパでは断じて無い。


 なにせ童貞だからな。


「まおちゃんね。ハアハア……今夜一緒にお風呂入らない?」

「入る〜」


 ……誘拐犯こいつじゃね?

 そんな思いも抱きつつ、俺は今岡香澄という女性刑事と行動を共にすることになったのであった。



 彼女の車に乗りながら、何か手がかりがあるのかを訊いてゆく。

 まおは外の景色に興味津々で、夢中で眺めている。


「ええ、大体の目星は掴んでる。昨日、後藤さんが捕まえてくれた犯人も今までの犯人同様、IIS万歳!という謎の言葉を一つ残して沈黙してるの」

「あいあいえす?」


 聞き慣れない単語だ。

 アイスの新種か?


「IIS……異世界行って幸せになりたい教の事よ。ここ数年急速に信者を増やしてる危険な集団……

 ホント愚かよね。異世界なんてあるわけないのに」


 フッと笑みを零す今岡さん。


「あはは……そ、そうだな〜。あるわけ無いよな〜」

「でしょ!もしあったら絶対魔法の力でこっちの世界侵攻してるわよ!

 私が異世界人だったら絶対そうしてるんだから!」


 いや、ちょっと冷静になろうか?

 興奮しながら車を運転しないでくれよ。

 今岡さん……可愛いのに、なんか色々残念だな。


「まほう?ないの?」

「おう、まお、どうした?」


 外の景色を眺めていたまおが、何やら不思議そうに俺と今岡さんを見た。

 フッ、やはり幼女は魔法を信じてるんだな。

 アレだ、サンタクロースを信じてるのと同じようなもんだよな。

 ここは幼女の夢を壊しちゃいけないよな。

 あると言って喜ばせといてやるか。

 だが俺が言う前に、まおが口を開く。


「まほう?あるよ?」


 はい?


「え!?うお!うわあああああああああああああ」

「きゃあああああああああああああああああああ」 


 俺と今岡さんは絶叫した。

 何故って?

 だって、乗っている車が信号待ちで止まってたのに、宙を浮いて動きだしたからだ!


「なななな!なにこれええええええええええ!ちょっと!後藤さん!これ貴方の仕業ね!そうに違いない!

 他の車の上を走る……交通法わかんないけど、多分アウトね。

 運転していたのは後藤さん。……それでいきましょ」

「って!警官だろあんた!」


 身代わり逮捕かよ! この女性刑事、マジヤベえよ。

 いやその前に交通法覚えとけよ。


 まおはキャッキャしてる。

 ……ん?まおの身体から、異世界でよく見た魔法使用者特有の光が出てるような?


「な、なあ、まお」

「なあに?パパ」

「もしかして、まおが車浮かせてるのかなあ?」


 おっかなびっくりでまおに訊いていくと、今岡さんがブハッと噴き出した。


「何を馬鹿なことを言ってるんですか後藤さん。

 もしかして貴方もIISのメンバーだったりするのかしら?」


 今岡さんの表情が引き締まる。

 俺を汚物のように見た、異世界の王女様を思い出すぜ。


「俺は幸せになれなかったから、んな組織あってもメンバーになんかなるわけねえよ」

「?」


 俺の嘆息に、今岡さんは小首を傾げた。

 まあ、わかるわけないわな。


「まお、魔法あるのわかったから一旦やめようか?」

「うん!わかった!」


 すると重力が急に無くなる感覚が一瞬。

 直後に、他の人が乗っているであろう車の上に、ドゴンと落下する俺達であった。


「ホッ。助かったああああああ」


 車から降りて、下敷きになった車に、誰もいなかったのを確認して呟く今岡さん。

 マジか!どうやら路駐禁止区域に停めてあった車の上に、奇跡的に着地したようだった。


 死人が出なくて良かったぜ〜。


「私は、後藤京也という凶悪犯に誘拐され、車を運転させられ、事故ってそのまま連れ去られた。

 ……うん。このストーリーでいきましょ」

「おい!この駄目刑事!ふざけんな!」

「……逃げるわよ!」


  既に走り去っている彼女を追いかける前に、まおにこれだけは確認しなければ。


「なあ、まお。もしかして、まおは異世界人かな?」

「いせ、かいじん?」

「あ~、つまり、魔王とか魔族とか勇者がいる世界の人ってことだ」


 するとまおは、ニカっと笑ってこう言ったのだった。


「わかんない!」


 そりゃ幼女だもんなあ。

 しょうがないか。

 この子が異世界人なら……もうこの子は二度と両親に逢えなくなっちまうのか?

 そりゃねえぜ女神様!

 俺はどうでもいいが、幼女を虐めるなクソッタレ!


「どうちたの?」

「絶対に……まおは俺が護ってやる!安心しろ!」

「うん!!」


 まおは、とびきり眩しい笑みを浮かべたまま、俺に抱きついたのであった。

 俺はそのまま、まおを担いで事故現場に集まる野次馬を避け、今岡さんと合流するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る