第17話 またしても文化祭一日目
またしても文化祭一日目
(七海のいるクラスはノンアルコールバーを開く。カウンターは四か所あり、そのうちの一つに七海と戸崎が入る)
七海(明るくもなく暗くもないテンションで)
いらっしゃいお二人さん。お飲み物は何にします?
熟年夫婦の男(ニコニコしながら)
僕はオレンジジュースいただこうかな。
戸崎(いつも通りのテンションで)
お連れの方はどうされますか?
熟年夫婦の女(穏やかに明るく)
私は~、リンゴジュースで!
(二人に小さめの紙コップでジュースを出す)
熟年夫婦の男
高校生なのに凄いね~。もう様になってるよ~。
七海
これはもったいないお言葉、ありがとうございます。
お二人は、どういったご関係で?
熟年夫婦の女(冗談っぽくかしこまって)
夫婦をしております~。
戸崎
そうですか! お二人はいつ出会われたんですか?
熟年夫婦の男
ちょうど、あなたたちぐらいの時かな~。
七海
長い付き合いというわけですね。今の時代となってはとても珍しいことです。どのように関係を維持されてきたのですか?
熟年夫婦の女
う~ん。何か特別なことをしたわけじゃないけど、相手の話をちゃんと聞こうっていうふうには心がけてたかな~。(男の方を見る)
熟年夫婦の男(女の方を見ながら
そうだね~。
(思い出を振り返るように)だから喧嘩も全然してないかな~。
七海
(小さく)『文字通り阿吽の呼吸ね』
なるほど。でもやはり喧嘩にならないのは不思議ですな。お互い自分の考えが譲れなくて衝突したりはしなかったのですか?
熟年夫婦の男
あんまり自分の考えに固執したりはしないかな~。だって僕たちは人間だからね~。間違ってばっかりだよ~。
七海
(特に小さく)『人間だったんですか! じゃなくて』
謙虚でいらっしゃるのですね、素晴らしい。
戸崎
今までの人生を振り払って、結婚していて良かったなと思うことはありますか?
熟年夫婦の女(経験から出た言葉の重みを感じさせるように)
それは沢山あるよ~。一人じゃどうにもならないことも、二人でならなんとか乗り越えられたし、一人でいたらきっと出会わなかった世界にも出会うことができた。
熟年夫婦の男(女の言葉を優しく包み込むように肯定する)
そうだね~。ほんと感謝でいっぱいだよ~。
七海
感謝の心に幸運来たれりと言いますからな。(きわめて小さく)『知らんけど』
これからもその幸せを守り続けてください。
熟年夫婦の男(ニコっと笑って)
ありがとうね~。それじゃあ失礼するよ~。
熟年夫婦の女
二人ともありがとう~!
戸崎
こちらこそありがとうございました!
(熟年夫婦が去っていく。七海と戸崎が一礼する)
七海(久しぶりに呼吸したように肩で息をする)
はぁ~! 死ぬかと思った~、キャラクターが。
戸崎(隣で驚く)
どうして接客で死にかけてるの?!
七海
バーの接客なんてしたことないからわからないのよ、どういうキャラクターでいけばいいか。
戸崎
普通はないと思うんだけど。
まあいつも通りの君でいいと思うけどな~。
七海(呼吸が整う)
それはまことか?! いつも通りの拙者で良いのか?!
戸崎
既に違うキャラクターになっちゃってるけども、君のやりやすいようにやりなよ。それが一番だ。
七海(優しく微笑みながら)
あなたに言われると説得力があるわね。
戸崎(悪い意味ではない苦笑い)
あはは、これは参ったな。
(数十分後に来た他校の高校生カップルへの接客の様子)
女子高校生
二人とも、美男美女でお似合いですね!
七海(突然の馴れ馴れしさに反射的に頭の中でシャッターが下りる映像が流れる)
それはどうも。
戸崎(照れを隠しながら)
ありがとうございます! お飲み物は何にしますか?
男子高校生
俺はー、ナイスグレープで!
女子大学生(嬉しそうに)
私も同じので!
(二人にジュースを出す)
七海
お二人仲がとてもよろしいようで。
女子高校生(はつらつとした笑顔で)
はい! 付き合ってるんです!
男子高校生(ニヤニヤしながら)
あんまり大きい声で言うなって~。バレたらどうするんだよ~。
七海(頭の中で金庫を閉める映像が流れる)
私は裏稼業で情報屋をやっています。決して口外しませんので安心してください。
男子高校生(笑いながら)
それ言うやつじゃないっすか~!
戸崎
お二人は、付き合ってどれぐらいになるんですか?
女子高校生
まだ三か月です!
七海
鉄は熱いうちに打てと言いますからな。いかがです? 今のうちに婚約届を出されては。
女子高校生(嬉しそうに)
まだ結婚できる年齢じゃないですよ~。
七海
今のお気持ちをうかがっても?
女子高校生
今はとっても幸せです!
(男子高校生の方を向いて)ね?!
男子高校生(全く隠せていない照れ隠し)
ま、まあそうっすね。
戸崎
いいじゃないですか~。末永くお幸せに!
女子高校生(満面の笑みで)
ありがとうございます!
男子高校生
俺たちはこれで失礼します。
女子高校生
この後も文化祭楽しんでいきます!
戸崎
楽しんでいってください!
七海(目を閉じて静かに敬礼する)
……。
(高校生カップルが去る)
戸崎
どうしたんだい? せっかく元のキャラでしばらくできてたのに。
七海(敬礼を解除して)
あの高温には私のガラスのハートは耐えられないわ。せっかくシンデレラが履けるサイズの靴の形にしてあるのに。
戸崎
君が履くわけじゃないんだね。
まあ熱々だったのはわかるけど、束の間の幸せぐらい許してあげようよ。
七海
束の間って。あなたも中々残酷ね。
戸崎
泣くと悲しみが逃げていくように、はしゃぎ過ぎると幸せも逃げていくんだ。だから近いうちに彼らはあの関係に飽きるだろう。
七海
これまた説得力のある言葉ですな~。ご自身で経験なさったので?
戸崎
僕じゃないけど、間近で見たことがあるんだ。
七海(なんとなく察する)
なるほど。あなたも色々大変なのね。
(数十分後、午前最後の客として小学生カップルがやってくる)
男の子
おねーさんたち付き合ってるのー?
七海(頭の中で核シェルターの扉が閉まる映像が流れる)
(以降低い声で)いいえ、そういうわけでは。
戸崎
いらっしゃい! よく来たね! 二人は幼馴染とか何かかな?
女の子(元気に)
私たち付き合ってるんです!
七海
(小声で)『時間がねじ曲がったのかしら』
それはそれは結構なことです。どういった経緯でお付き合いを?
男の子(純粋に)
時間がねじ曲がるってどういうこと―?
七海(核シェルターの中で布団にくるまる映像が流れる)
お気になさらず。
戸崎(苦笑いしながら)
飲み物は何にする?
男の子
俺はコーラで!
女の子(嬉しそうに)
同じのください!
(ジュースを提供する)
七海
お二人はどういった経緯でお付き合いを?
男の子
小学校で出会ったんだー。
女の子
それで意気投合してって感じです!
戸崎(女の子に向けて)
君すごく大人びてるね~。
女の子
いえいえ、まだまだ子供です!
七海
謙遜もできるとは、よくできた方ですな。
男の子
どうしておねーさんは変な喋り方なのー?
七海(両手を挙げながら布団から出て降参する映像が頭の中で流れる)
これは職業病ですのでご心配なく。
男の子
職業病って何―?
女の子(男の子の頭を弱く叩いて)
店員さんに迷惑かけないの!
(七海と戸崎の方を見て)じゃあ私たちはこれで失礼します! 美味しかったです! ありがとうございました!
(男の子を引っ張って歩く)
男の子(女の子に引っ張られながら)
おねーさんたちまたねー!
戸崎(手を振りながら)
またねー!
七海(聞こえるか聞こえないか程度の声で)
前途多難な旅路への出発、どうかお気をつけて。
(小学校カップルが店を出る)
戸崎
いや~、強烈だったね!
七海(エプロンを脱ぎながら)
(元の声に戻る)非常に強い台風だったわね。
戸崎(エプロンを脱ぎながら)
すぐに君が心を閉ざしたのがわかったよ。
七海(エプロンを畳んで)
災害には備えなくちゃね。
戸崎(エプロンを畳んで)
まあまあ、小学生なんだから大目に見てあげてよ。
七海
その油断が仇とならぬよう気を付けるのじゃぞ。
戸崎
君の過去に一体何があったんだ……。
(午後の担当とバトンタッチして教室を出る二人)
七海
戸崎くんはこれからどうするの?
戸崎
僕はこれからクラブの友達と合流する予定だね! 七海さんは?
七海
私は、金城くんが一緒にお店を回ろうって言ってくれてるからそうするつもりよ。
戸崎(動揺を完全に押し殺す)
そうなんだ。……。じゃあまあ、くれぐれも気を付けてね!
七海
もちろんよ。戸崎くんもね!
(階段の方へ歩いていく)
戸崎(七海の背中を見ながら)
『七海さん、金城くんと……』
(体育館に入り、軽音楽部の演奏を見た七海)
七海(体育館の外で)
『音楽は言葉通り楽しむというのが本当に難しいわね。「心」の周りに真空があるかのように何も届かないもの』
(しばらくして体育館から金城が出てきて、七海の元へ歩いてくる)
金城
結構待たせちゃったね。ごめんね。
七海(冗談っぽく怒ってみせる)
あなたは人を待たせないと気が済まないみたいね。
金城
ごめんごめん。今度からは気を付けるからさ。
(歩き始めて)じゃあ行こうか。
七海(隣を歩く)
本当かしら。
それより、良かったわよ、あなたのベース。
金城
聞いててくれたんだ。ありがとう。
七海
聞いたから待つことになったんでしょうが。
まあとにかく、普段のあなたからは想像もできないような激しくて鋭い音の動きだったわ。何かに憑かれでもしたみたいに。
金城
音楽には不思議な力があるからね。
七海
不思議な力……。
てゆうか、さっきからすれ違う人に見られるんですけど。絶対あなたよね? 私追われの身なんだけど。
金城
俺に追われてるんだっけ?
七海
全ての元凶はあなたってことね。
(たい焼きの屋台で目玉焼き入りたい焼きを買う二人)
金城(食べつつ)
不思議なたい焼きだね。
七海(食べつつ)
腐っても鯛、何入れてもたい焼き、鯛は生命力が強いのね。
金城
香織ちゃんは何してても可愛いね。
七海(さすがに照れる)
鯛で私を釣る気かしら?
金城
釣られたのは俺の方かもね。
七海
勝負を挑んだ私が馬鹿だったわ。
ところで、金城くんのお母さんはライブ見に来たりはしてないの?
金城
来るわけないよ。
七海
そうなのね。ぜひ見てもらいたかったわ。
金城
七海ちゃんが見に来てくれただけでも十分だよ。
七海
それなら良かったけど。
『本当かしら』
金城
本当だよ。
七海(ちょっとびっくりする)
当たり前のように心の声に返事しないでくれるかしら?
(唐揚げの屋台で唐揚げを買う二人)
金城
おまけで一個貰った分、食べる?
七海
遠慮しとくわ。店の人はあなたにあげたんだから。
金城
香織ちゃんは優しいね。
七海
初めて内面をほめてくれたわね。
金城
内面をほめられる方が好きなの?
七海
強いて言えばね。ただ、本当に思っているならだけど。
金城
思ってるよ。信じて欲しいな。
七海
色々な女性に言っているように感じてしまうのは男前の弊害ね。
『それにしても、唐揚げを食べてても絵になるなんて、相当ね』
金城
香織ちゃんも絵になってるよ。
七海(呆れたように)
すさまじい迫力でしょ?
(クレープの屋台でクレープを買う二人)
金城
さすがにクレープ持つ姿は自分でも似合うと思ってるでしょ?
七海
あら、私は何でも似合うと思っているわ。てつはうとかでもね。
金城
あのうるさいやつね。
七海
身に受けたことがあるような言い方ね。
(喫茶店に入り、お茶を注文した二人)
そろそろ本題に入ろうかしら。金城くんは私のことどう思っているの?
金城
可愛いと思ってるよ。
七海
そうじゃなくて、好きかどうかってこと。
金城
好きに決まってるじゃん。
七海
どうも私はそう思えないの。金城くん、あなた人のこと好きになったことないんじゃない?
金城(七海を見つめたまま)
……。
七海
そして、自分のことも好きじゃない。
金城(軽く鼻で笑って)
何が言いたいの?
七海
あなたの心が悲鳴をあげているように見える。
金城
それはどうかな。
七海
私の勘違いだったらそれはそれでいいけど、もし勘違いじゃなかったとしたら、その傷付いた心を癒すのに協力したい。でも、それは男と女の関係じゃできない。人間と人間の関係じゃないとね。
金城(二秒ほど目を閉じてから)
それは、本気で言ってるみたいだね。
七海
ええ。大切な友人の一人として。
金城
じゃあもし、その治療の一環として、しばらく会わないでほしいって言ったら?
七海
その方がいいならその通りにするわ。
金城
じゃあ決まりだね。
(席からゆっくり立ち上がって)またね。
七海(敢えて目は合わせずに)
私は待っているわ。あなたの助けを呼ぶ声を。
(金城がゆっくり歩いて店を出ていく)
『このお茶、苦いわね』
(屋上に一人でいて、フェンスから文化祭の様子を眺める金城)
金城
君のは本気だったかもしれないんだけどな……。
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