第15話 デート

               デート


(夏休みに入り、二人で博物館に行くことになった細野と青戸。最寄り駅で集合する)


               細野(青戸と歩きながら改札に向かう)


(嬉しそうに)ちょっと早めの電車で来たつもりだったんだけど、まさか青戸くんも乗ってたなんて!


               青戸(たかが十五分前程度なのにもかかわらず)


 集合時間より早く来ることについて俺と互角に渡り合えるとはなかなかやるな。


               細野(ツッコむことも忘れて)


 えへへっ!


(バスが来るまでの時間、すぐ近くのコンビニで涼む二人)


               青戸(グミのコーナーで)


 グミは食べるか?


               細野(少しでも隣に居たいので隣に居る)


 食べるよ! この酸っぱいのとか!


               青戸


 柔らかいのが好きなのか?


               細野


 そうかも! 青戸くんはどういうのが好き?


               青戸


 俺はこの果汁のグミだな。どれだけ離れようとしてもここに戻ってきてしまう。


               細野(恋する乙女特有のセンサーが反応して)


 そ、そうなんだ! 


               青戸


 このグミの旬はいつか知ってるか?


               細野


 旬? 知らないな~。


               青戸


 なら教えてやろう。このグミの旬は夏だ。


               細野


 そうなんだ! どうして夏なの?


               青戸


 夏の暑さで絶妙な柔らかさになるからだ。


               細野


 なるほど!


(買い物を済ませ、バスに乗る二人。奥の席に座る)



               青戸


 本当に博物館で良かったのか?


               細野(自分が攻勢に出ていることに気付いていない)


 うん! 青戸くんとならどこにいても楽しいよ!


               青戸(さすがの彼でも嬉しさを隠しきれず)


 そ、そうか。

(タイミングを伺っていただけだが今気付いたふりをして)そうだった、果汁のグミを食べようか。


               細野


 そうだね! 一つ交換しようよ!


               青戸(鞄からグミを取り出しながら)


 そうしよう。ちょうど桃味も食べてみたかったところだ。


(博物館に到着し、受付を通過する)


               細野(大きなマンモスの化石の下を通りながら)


 この化石大きいね~。足だけで私たちの身長超えてるよ!


               青戸


 そうだな。体も、俺たちを一気に丸呑みにできそうなぐらい大きい。


               細野(二人でマンモスの胃の中にいるところを想像して)


 ……確かに!


(宇宙のコーナー)


               青戸(隕石の展示を見ながら)


 なるほど、地球では生み出されない組成をしているのか。それが地球に存在している。


               細野


 不思議だね~。本来出会うはずのなかったもの同士が出会うなんて。私たちみたい!


               青戸


 確かにな。遠い場所で生まれているのに出会ってしまう……、縁とは本当に不思議なものだ。


(生き物のコーナー)


               細野(土の中を百倍に拡大したジオラマを見て恐れおののく)


 こ、ここは……。


               青戸


 拡大したジオラマか。面白そうだな、入ってみるか。


               細野(目を見開いて青戸を見て)


 え?! 本気?! 青戸くん虫得意だっけ?


               青戸


 いや、虫は大の苦手だ。だがジオラマは結構好きなんだ。細野が嫌ならやめとくが。


               細野(何かを思いついて)


 い、いや。ちょっとだけ入ってみよっか。……その代わり、腕掴んでていい?


               青戸


 構わないが、俺が細野を置いてけぼりにして逃げるとでも? 


               細野


 そういうわけじゃないけど! さ、さあ、行ってみよう!


               青戸(歩いて中に入りながら)


『まあ最悪腕を切り離せばいいか』


               細野(腕を握る力を強めて)


『ちょっと?! 冗談だよね?!』


(筒状のジオラマの中心まで来る)


               青戸(ゆっくり全体を見ながら)


 悪夢だな。だが、やはり拡大したジオラマも面白い。


               細野(体を縮こめながら恐る恐る周りを見る)


 そ、そうだね~、……。


(水槽のエリア)


               青戸


 この短い距離に、山の上から海までのそれぞれの場所に生息している魚が区切られて泳いでいるのか。これは生きるジオラマだな。


               細野


 確かに! それに水族館気分も味わえるね!


               青戸


 ああ。それと、一つ聞きたいことがあるんだが、

(自分の腕を見て)いつまで腕を握っているんだ?


               細野(恥ずかしくてとっさに)


 ……念のために。


               青戸


 何に備えているんだ。


(博物館の展示を見終わり、最寄り駅の近くにあるカフェに入り、テーブル席に座る)


               青戸(紅茶を持って)


 最近はどうだ? 心の調子は。


               細野(もちろん青戸と同じ紅茶を飲んで)


 そうだな~。まあなんとかやってるよ!


               青戸


 本当か? 心配かけまいと気を遣ってるんじゃないか? まあ無理に本音を言う必要はないが。


               細野


 ……。


               青戸


 あれから色々思い出してみたら、もしかすると俺が孤独と向き合えとか何とか言ったから辛くなってるんじゃないかと。


               細野(嬉しさと感謝の混じった感情を隠すように唇を一瞬引っ込めてから)


 いやいやそんな! 青戸くんは何も悪いことしてないよ!


               青戸(まあ本当のことは言わないわな、という微笑)


 ……そうか。

 細野の立場的に、親には相談しづらくて余計孤独を感じるだろうが、俺たちはいつでも仲間だということは覚えておいてくれ。


               細野


 ……ありがとう。


               青戸


 それで、これは俺から聞きたいことなんだが、人間は、誰かを好きになったら普通はどうなるものなんだ?


               細野(驚いて軽くむせる)


 ……どうしたの? 急に。


               青戸


 い、いや、ちょっと気になって。


               細野(これはいるやつだ、と思いながら紅茶の水面を見つめる)


 そ、そうだな~。私だったら、どうしよ~、ってなると思うな~。

(焦って何を言ってるんだ私、という顔を隠すために紅茶を飲む)


               青戸(どうしようわからん、という顔を隠すために紅茶を飲む)


 ……なるほど。


               細野(紅茶を飲んで落ち着いたので)


 青戸くんはどうなるの?


               青戸


 俺、か。それが、あまりよくわからないんだ。好きになったことはあるのかもしれないが、それを自分で好きだと認識できていないんだろう。


               細野


 そっか~。青戸くんは、自分が誰かのことが好きなのかどうか知りたいの?


               青戸


 知りたい……。そうだな。もしその好きな人と結ばれて、今ある苦しみが何か別の良いものに変わるのなら、是非とも知りたいな。


               細野


 その今ある苦しみって、前に話してくれたずっと孤独を感じるってことと関係がある?


               青戸


 まさにそれそのものだな。あとはその孤独によって起こる虚しさだ。


               細野


 そっか~。それだと確かに難しいね~。じゃあ、誰かと一緒になりたいと思うことはある?


               青戸


 どうなんだろう。あるような気もするが、まだ「誰か」の状態で止まっているような気もする。


               細野(好都合であることに気付き口角がほんの少し上がる)


 それじゃあ、この人かもっていう人は誰?


               青戸


 え~っとそうだな……。

(気付いて)……それはちょっと。


               細野(あと少しだったのに、という気持ちは隠して)


 そっか~。

『知りたい! 失礼だからできないけど、心の声で強引に聞きたい!』


               青戸


 この話は俺の借り一でやめにしよう。

『細野の反応からして心の声は聞いていないようだな、危なかった』

 ここからは始祖鳥の話をしよう。


(別の場所にあるカフェで話をしている二人)


               金城(背もたれにもたれたまま)


 どうしてなかなか二人で会ってくれなかったの?


               七海(紅茶のカップを持ったまま)


 小野ちゃんと付き合っているのかと思ってたもの。


               金城


 仲のいい友達だよ。


               七海


 そう。ならいいわ。

(小さく)『嘘じゃないといいんだけど』


               金城(ちょっと甘めの口調で)


 本当だって。信じてほしいな。


               七海


心の声を聞く耳がいいのね。


               金城


 香織ちゃんのこともっと知りたいからね。


               七海


 お上手ね。

『顔が良いから、どんなキザな言動も成立してしまうのよね』


               金城


 香織ちゃんに褒められるのは嬉しいな。


               七海


 私を狙っているの?


               金城


 どうだろう。でも、香織ちゃんは素敵だから、みんなが狙っているよ。


               七海(照れ隠しで関西弁に)


 いやいや、さすがにそれは言い過ぎですね。細野ちゃんとか、ザ・モテる女の子ならわかりますけど。


               金城


 今は他の女の子の話はいいから、香織ちゃんの話が聞きたいな。


               七海


 どうしてそんなに私のことが知りたいのかしら?


               金城


 なんでかな、凄く気になるんだ。


               七海


 そこまで言うならいいでしょう。私のことを教えてあげます。私の遺伝子配列は、AAGTCAGT……。CAGT、

(爽やかな笑顔で聞き続けるので)……ていう冗談はさておき……。


               金城


 やめちゃうの? 香織ちゃんの全部がわかると思ったのに。


               七海(恥ずかしさを隠すように目を閉じて誇らしそうな顔をする)


 い、遺伝子配列だけで私の全てを知った気になるなんて、可愛い子ちゃんね。


               金城(わざとらしい笑顔で)


 七海ちゃんの可愛さには負けるかな。


               七海


 手のひらの上でコロコロと。そういう技術はどうやって身に付けたのかしら?


               金城


 香織ちゃんを喜ばせるために神様がプレゼントしてくれたのかも。


               七海(上を向いて)


『神様ったら。罪なお人』……。

(金城の方を向く)じゃなくて、……本題に入りましょう。って、じゃあさっきまでの話は何だったのかしら。

(金城が微笑んだまま何も喋らないので)

 ……金城くんは、家ではどんな感じなの?


               金城


 どうしてそんなことが知りたいのかな?


               七海


 私のことが知りたいなら、金城くんも自分のことを話してくれないと対等じゃないでしょ?


               金城(紅茶を一口飲んで)


 そうだね。家ではずっと一人でいるよ。


               七海


 家に誰もいないの? ご両親とかは?


               金城


 父親は最初からいなくて、母親はほとんど家にいないからね。


               七海


 そうなの。お母さんは何をしてらっしゃるの?


               金城


 一旦ここまで。そろそろご飯屋さんに移動しようか。着いたら今度は香織ちゃんのこと教えてね。


               七海


 わかったわ。


(歩いて近くのイタリアンレストランに入る)


               七海(フォークとスプーンを持って)


 いただきます!

(ペスカトーレを一口食べる)美味しいわ。地中海のお洒落な潮風が吹き抜けていくみたいね。


               金城(カルボナーラを滑らかな手つきでゆっくり食べながら)


 君の美味しそうに食べる表情は地中海に反射する太陽の光よりも眩しいね。


               七海


 うまいことおっしゃる。


               金城


 それで、今度は香織ちゃんが教えてくれる番だよね?


               七海


 そうね。知りたいことは何かしら?


               金城


 どうやったら香織ちゃんの彼氏になれる?


               七海(パスタを食べようとした手を止めて)


 彼氏? そ、そうね~。強いて言えば、自分の苦しみと向き合っている人がいいな、とは思うけど。


               金城


 自分の苦しみ、か。どうしてそういう人がいいの?


               七海


 自分の苦しみと向き合ってないと、人間のことなんて何もわかりっこないし、人の心の痛みを知っていないと、人を愛することなんてできないものね。


               金城


 ふ~ん。じゃあ、どうすれば自分の苦しみと向き合える?


               七海


 それは簡単。一人になって、「心の穴」に意識を向けながら考えることよ。


               金城


「心の穴」って、授業で先生が言っていた「心」のこと?


               七海


 ええそうよ。「心」は題材にもなるし、筆にもなるし、キャンバスにもなる。「心」によって、あらゆるものを形にするの。目に見えないもの、苦しみとかもね。


               金城


 そうなんだ。じゃあ俺はそのキャンバスで君のことを描こうかな。


               七海(微笑んで)


 できるものならね。じゃあ次は金城くんの番。あなたの好きなものは何?


               金城


 好きなものか。

(いたずらっぽい笑顔で)人じゃ駄目?


               七海(一瞬目線を逸らして微笑んでから)


 ……ものでいきましょうか。


               金城


 わかったよ。俺の好きなものは音楽かな。


               七海


 そうなのね。音楽のどういうところが好きなの?


               金城


 音楽を聞いている間だけはこの体から解き放たれるところかな。


               七海


 体から解き放たれる……。どうして体から解き放たれたいのかは、聞いてもいいかしら?


               金城


 それは、香織ちゃんの一番の秘密を教えてくれたら言ってあげるよ。


               七海(目を一瞬閉じてすぐに開けてから)


 それは残念。私の一番の秘密は言葉にすることもできないの。


               金城


 そっか。


(二人とも完食した後、店を出て近くの駅までゆっくり歩く)


               金城


 この後の予定は?


               七海


 帰るだけだけど?


               金城


 じゃあもう少し遊んでいこうよ。もっと香織ちゃんと話していたいな。


               七海


 ……、それは遠慮しておくわ。危ない橋を渡るのは好きじゃないの。


               金城


 別に危なくないよ? いざとなったら俺が守ってあげるから。


               七海


 それでもあなたに危ない橋を渡らせることになるわ。


               金城(横目で七海を見て微笑む)


 そっか。


(しばらく沈黙が続く)


               七海


『静かな時にする寂しそうな顔が母性をくすぐる。天性のモテ男というわけかしら』


               金城


 聞こえてるよ。

(少し意地悪っぽく)香織ちゃんが側にいてくれたら寂しくなくなるんだけどな~。


               七海(軽く笑って)


 そんなことないと思うわよ。


               金城


 どうして?


               七海


 あなたの苦しみを理解してあげられるかわからないもの。


               金城


 それは、そうだね。


               七海(金城の横顔を見る)


 ……。


(駅の改札を通る)


               金城


 じゃあここでお別れだね。

(いたずらっぽく)一人で帰れる? 家まで送ってあげようか?


               七海(嫌ではないが呆れた風に)


 結構よ。

(いたずらっぽく)そんなことしたら、今度は金城くんが迷子になっちゃうでしょ?


               金城(微笑んで)


 そうだね。

(本音が漏れたように)また会いたいな。


               七海(ドキッとして)


 ま、まあ気が向いたら召喚されてあげるわ。

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