第10話 省治学二

               省治学二

(省治学の授業が始まり、小野寺が教壇に立つ)


               小野寺(善人か悪人かわかりにくい顔をして)

 はい、それでは、省治学の授業を始めていきま~す。きょうのテーマは運命で~す。じゃあいつも通り、質疑応答から始めていきましょうか。では、運命について何か聞きたいことがある方は手を挙げてくださ~い。


(数人が手を挙げる)


               小野寺


 はいじゃあqくん!


               生徒q


 運命って結局何がしたいんですか?


               小野寺(あ~という反応をして)


 確かに、何がしたいのか気になりますよね~。悲劇とか苦しみとかばっかり押し付けてくるからね~。そこで終わったらほんとにただの悲劇になりますからね~。何がしたいねん、って思いますよね~。

 でも、運命が成し遂げようとしているのはその先のことなんです。

 この世界には進むべき軌道というものがあります。それは、下がってから上がるというような、いわば曲線的な軌道です。より自然に近いもので、曲線でないものはありませんよね? 惑星の軌道しかり、地球の形しかり、先生の髪型しかり。

(七海が手を挙げる)ん? どうしたの? 七海くん。


               七海(まっすぐな目で)


 先生の髪型は不自然だと思います。


               小野寺(しまった! という顔で)


 そうだった! 先生の髪は不自然、って、やめてくれるかな。これ正真正銘の地毛なんですから~。って、そんなことはどうでもいいとして。

 この軌道があるが故に、天国に行くためには一度、地獄に堕ちなければならないわけなんです。

(頭を隠しながら)逆に直線的なのは不自然なんですよ~。幸せになりたいからって直接幸せになるなんていうのはね。みなさんもそういうのには気を付けてくださいね。簡単に手に入る幸せは嘘ですから。

 というわけで、さっきちらっと言いましたが、一度どん底まで堕としてくる運命が本当は何をしようとしてるかいうと、この世の全てを幸福に導こうとしているんです。なので、絶望したからって諦めないでくださいね~。

 それじゃあ次は、rくん!


               生徒r


 運命は何でできてるんですか?


               小野寺(ふむふむという顔をして)


 何でできてるんでしょうね~。先生は優しさでできてると思ってま~す。なんせ全てを幸福にしようとしてるわけですからね~、色々憎まれ口叩かれながらもね~。それを不器用な優しさと言わずして何と呼べばいいのやら、って感じで~す。

 ちなみに、心の授業の時に、心は真理でできてるって言ったの覚えてますか~? 真理とは即ち運命であると言っていいでしょう。

そうなると、人間は心の底で何を考えてるかわからない、みたいな悲しい疑問の答えがわかりますよね~。そう、優しいことを考えてるんです~。

ということは先生も心の底では優しいことを考えている人間ということになるので、優しく接してくださ~い。

 では次に七海くん!(身構えながら)


               七海(小野寺に呼応して身構えながら)


「心」が「真理の結晶」なら、全てが幸福になるまで人間は幸福にはなれないということでしょうか。


               小野寺(戦闘モードを解除して)


 鋭いツッコミが飛んでくるのかと思いきや、鋭い指摘が飛んできたね~。

「心」が「真理の結晶」であるならば、「心」が完全に満たされるというのは、「真理」の宿願である全ての幸福が成し遂げられた時になるからね~。だから、ある意味ではそうです。

 でも、人間という生き物は、永遠と刹那、無限と有限を同時に併せ持つ存在です。なので、永遠の中で起こる運命を、一生の中で体験することになるんです。

 ということは、なれるということです。

 は~い終了で~す。それではいつも通り、対話の時間に入りたいと思いま~す。

 隣の席の人と感じたこと、思ったことなどを話し合ってみてくださ~い。


(七海と戸崎の席)


               七海(体ごと横を向いて)


 戸崎くんは、運命に対して思うところはある?


               戸崎(体を七海の方向へ45度向ける)


 そうだな~。先生の話の通りだと信じたいけど、地獄にいる時は、なかなか信じられないよね。


               七海


 確かにその通りね。でも、私はこう思ったの。幸福になるためには必ず苦しみが要るのだとすれば、苦しみを認識している時点で、地獄にいる時点で、もうすでに信じているんじゃないかって。幸福になると信じていなければ、わざわざ地獄なんかに行かないし、そこで耐えたりなんかしないわ。


              戸崎


 確かにそうかもしれないね……。信じているから苦しんでいる。苦しんでいられる……。


               七海


 だから、苦しんでいる時点で勝っているということね。


               戸崎(微笑して)


『この子は一体何者なんだ……』

 君は強いね。もう地獄を超えた人なのかな?


               七海


 わからないわ、地獄にいるのか煉獄にいるのか……。でも、天国ではないことは確かね。毎秒炎に焼かれているような苦しみがあるもの。


               戸崎


『だから、先生に熱心に質問しているのか』

 それなのに、どうしてそんなに強くいられるんだい?


               七海


 苦しみは確かに苦しいけれど、苦しみが私を強くしているの。心に感じる痛みによって、人間として目覚めることができる、人間でいられる、ってね。


               戸崎


 そっか……。

『君はもう寸前まで来てるのかもしれないね』

 僕はまだまだだよ……。


(青戸と小野の席)


               青戸(顔だけ小野の方を向いて)


 小野さんはどういう人間なんだ?


               小野(驚きながら青戸の方を向く)


 え! いきなりだね! どうしてそんなこと聞くの?


               青戸


 俺は、人によって世界の見え方は異なると思っているんだ。だから、先にそれを知っていた方が対話もしやすいかなと。


               小野


 そうだったんだ~。う~ん。私は恋愛体質なところがあるのかな、って自分では思ってるかな~。


               青戸


 恋愛体質か。なら運命という言葉は、運命の人、みたいな場合の方がしっくりくるんじゃないか?


               小野


 ちょっと恥ずかしいけど~、まあそうかも~。


               青戸


『振る舞い通りの中身なんだな。……』

 そうか。なら小野さんから見てさっきの先生の話はどう見えた?


               小野


 私から見たら~、運命の相手と結ばれる物語~、みたいな。


               青戸


 なるほど。小野さん自身は信じているか? 運命の相手がいると。


               小野


 そうあってほしいな~ってすごく思うよ~。


               青戸


 そうなのか。なら、七海たちの書いたこの前の劇なんかは結構好きなんじゃないか?


               小野


 結構好きだね! だから生で見たかったな~。


               青戸


 まあ、舞台に上がるか客引きするかの二択だったからな。デッドオアアライブだ。


               小野


 そうなんだよ~。舞台に上がるのは緊張と恥ずかしさで心臓がパンクしちゃうよ~。


               青戸


『この子の心臓はゴム製なのかもしれない』

 君はもう一人の僕、か。


               小野


 青戸くんはどう考えてるの? 運命の相手、みたいなのっていてほしい?


               青戸


 もしその人が、自分の苦しみを全て理解してくれて、自分も相手の苦しみを全て理解できるなら、いてほしい、というよりいてくれないと困る。


               小野


 困っちゃうか~。それはいてくれないとだね~。


(楓と金城の席)


               楓(腕を組んで)


 お前は何を感じた? どういう影響を受けたんだ?


               金城(机に肘を乗せて)


 楓ちゃんは?


               楓


 お前はいつも、うなぎみたいに掴もうとするとするりと抜け出してくるな。

 私はお前のことが知りたくて質問しているんだ。


               金城


 どうして俺のことがそんなに知りたいの?


               楓


 おい、蒲焼きにしてやろうか。

どうしてそんなに自分を隠したがる。


               金城


 なんでだろうね。


               楓


『心の声も全然聞こえないな。全体的に、精神をフェザータッチで撫でてくるような感触があるが、私に興味があるようにも感じない』

 何がお前をそうさせている。


               金城


 なんだろうね。


               楓


『くっ、私は魚を食べるなら生派なんだ……』


(野山と細野の席)


               細野(上半身だけ少し野山の方を向いて)


 野山くんは何か気になるところはあった?


               野山(目線を自分の机に残しつつ、顔を少し細野の方へ向ける)


 俺、か。俺は、「絶望しても諦めないで」ってとこかな。


               細野


 どうしてそこが気になったの?


               野山


ちょっと前にある言葉を目にしたんだよ。あなたが絶望しているなら敬意を払う、なぜなら諦めることを学ばなかったから、って。


               細野


 すごく力強い言葉だね! なんだか七海ちゃんとか青戸くんとか、楓ちゃん辺りが言いそう~。


               野山


 そうなんだよ。そして、そういう人たちには共通して、人間として生きることに対する情熱がある……。


               細野


 野山くんもそういう人たちに対して熱い想いがあるんだね!


               野山(図星で恥ずかしがる)


 え? まあそうかも……。

 細野さんは何か気になるところはあった?


              細野


 そうだな~、心の底では優しいことを考えてるってところかな!


               野山


 確かにそこは印象的だったね。どうしてそこが心に残ったの?


               細野


 高校生になった頃までは真反対だと思ってたんだけど、みんなと関わるうち、少しずつそうじゃないのかもって思うようになってきたからかな~。


               野山


 そうだったんだ。人が心の底では醜いことを考えてるって思うと辛くならない? 俺がそう思ってた時期は、自分の本性も醜いんじゃないかって考えてしまって、自分からも逃げないといけなかった。


               細野


 そうなんだよ~。ずっと自分に嘘つく生き方してるみたいで辛くなる時もあるな~。でもまだその癖が抜けきらないんだ~。


               野山


 どうすれば自分に嘘をつかなくてもよくなるんだろうね。


               細野


 そうだね~。そんな日が来るといいな~。


(水田と萌木の席)


               萌木(真剣な表情で)


 あたしらさ、ずっと一緒じゃん? 今もこうして隣の席になってるわけだけど、これも運命なのかな?


               水田(彼なりには真剣な表情で)


 確かに。運命なのかもな。


               萌木


 あたしらは二人とも片親で大変なことが沢山あったけど、家が隣同士っていうので助け合ってきた。あの時のめっっちゃ辛かった時が先生の言う地獄だったんじゃない? あの時があるから今があるというか。


               水田


 確かに。あの時の経験で俺たちの関係が確固としたものになった感じはあるな。


               萌木


 で、今はお互い一段落して毎日楽しく暮らせている。それはもちろん贅沢三昧の生活とかみんなからちやほやされる生活とかではないけど、これが天国だって言われたら、ああそうなんだって納得できると思う。


               水田


 確かに。逆にそういう一部の人しか味わえないようなのを幸せって言うんなら、全ての幸福とか嘘じゃねーのってなるもんな。


               萌木


 でも、その幸せにはあんたが不可欠なんだよね。


               水田


 確かに。……だからこれからもよろしくな。


               萌木(眼力20%UP)


 え? それどういう意味? どこまでも重くとらえられるけど?


               水田(恥ずかしくて目線を少し逸らす)


 確かに。別にどこまでも重くとらえてもらっていいけど……。


               萌木(急に先ほどまでの自分の攻勢を思い出して恥ずかしくなる)


 ……。今言ったからね! こういう時って小指切り落とすか一万回殴るか針を千本以上飲ませるんだっけ?


               水田(驚いて萌木の方を向く)


 怖えーよ! なんで指切りげんまんを具現化しようとしてんだ! てかまだ約束破ったわけじゃねーし!


               萌木(もはや振り切れた様子で)


 てことは~、約束はしてるってだよね?


               水田(自分も結構その気だったことに気付き、照れでやけくそになる)


 そういうことだよ! ったく、あんまり言わせないでくれよな。


               萌木(座りなおして)


 じゃあナイフ用意しないとね。


               水田(怯えた様子で)


 え、何に使う気? やっぱり小指を切り落とさないと気が済まないとか?


               萌木


 違うって~。血判だよ、血判。


               水田


 なんで古い風習ばっかなんだ? てゆうか俺、長生きできるかな……。


(放課後、下駄箱で雨宿りをする細野の元へ、後ろから帰ろうとする戸崎がやってくる)


               戸崎(細野の隣に来て)


 傘を忘れたのかい? 


               細野(なんだお前はという表情で)


 そうなんだ~。


               戸崎


 君なら傘に入れてくれる友達ぐらい、いっぱいいそうなものだけど、どうしてここで立ち止まっているんだい?


               細野


 大体は表面的な繋がりだからね~。困った時はみんな離れていっちゃう。


               戸崎


『似たもの同士、か』

 七海さんたちもかい?


               細野


 そこは例外だけど、ああいう子たちは珍しいよ。


               戸崎


 それは間違いないね。あ、そうだった、僕は傘持ってるんだった。同じ穴の狢同士、一緒に入るかい?


               細野(軽く笑って)


 そうさせてもらおうかな。


(二人一緒の傘に入り、校門を出て濡れたコンクリートの坂を下る二人)


               戸崎


 君と二人で話すのは文化祭の劇以来だね。

(頑張って明るく振る舞おうとする)あの一日を昨日のことのように思い出すよ。


               細野(冷静に)


 一昨日のことだけどね。


               戸崎(悲しげに微笑みながら)


 やっぱり七海さんのようにはいかないな。


               細野


 当然だよ、君は君なんだから。


               戸崎


 青戸くんみたいなことを言うね。


               細野


 私たち、一体何者なんだろうね。


               戸崎


 あの二人になるんじゃなくて、あの二人のように自分というものを持って生きられたらいいんだけど。


               細野


 そうだね。

 あの二人、今は何してるんだろう。


               戸崎


 きっと、あっちでも元気にやってるよ。


               細野


 それは間違いなさそうだね。


(七海は家で、青戸は図書館で勉強中に)

          七海        青戸(同時にくしゃみをしてから)


 今、死んだ人扱いのいじりを受けていたような……。

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