第8話 文化祭出し物決め

               文化祭出し物決め



               戸崎(教壇に立って)


 それでは、このロングホームルームの時間で文化祭の出し物を決めたいと思います。何か希望がある方はいますか?


(誰も手を挙げない)


 誰も希望はない、と……。


(七海が遠慮気味に手を挙げる)


 じゃあ、七海さん。


               七海(控えめな感じで)


 あの~、絶望ならあるんですが~。


(一同苦笑い)


               細野(教壇にて冗談っぽく)


 ちょっと七海さ~ん。ふざけないでくださ~い。


(七海が軽く頭を下げる)


               戸崎


 それではこちらからジャンルを出しますので、多数決を取りましょう。

(黒板に、飲食系、アトラクション系、パフォーマンス系と書く)


               細野


 それじゃあ一つずつ聞いていきますので、やりたいものに手を挙げてください。


(集計の結果、パフォーマンス系に決まる)


 じゃあもう一度聞いておきますか! このジャンルの中から何かやりたいことはありますか?


(誰も手を挙げない)


 誰もいない、と。


(七海が遠慮気味に手を挙げる)


(ちょっとだけヘラヘラしながら)七海さん。


               七海(控えめな感じで)


 絶望ならあるんですが~。

(静まり返る教室)


               細野(半笑いになりながら)


 ……七海さん、ありがとうございます……!


               戸崎


 じゃあ、こちらも出し物を書きますので、やりたいなと思うものに手を挙げてください。

(ダンス、演奏、演劇、漫才と黒板に書く)


(集計の結果、演劇に決まる)


 それでは、僕たちのクラスは演劇でいきたいと思います。


(拍手が起こる)


(笑いそうなのを隠すようにしながら)何か脚本の案がある人はいますか?


(誰も手を挙げない)


(少し笑いがこぼれる)……ですよね。

(七海が遠慮気味に手を挙げる)……あ、七海さん……。どうぞ……。


               七海(控えめな感じで)


 あの~。絶望ならあるんですが~。


(ところどころで失笑が起こる)


               細野(静かに笑いながら)


 ……ありがとうございます……。


(楓が呆れたように手を挙げる)


 お! 楓さん! どうぞ!


               楓(七海を見ながら)


 こいつの言ってる絶望は、絶望って名前の脚本だ。


(一同が「あ~!」となる)


               戸崎(七海を見て)


 そうだったんですね! 自分で書いたんですか?


               七海(控えめな感じで)


 私と楓さんで考えました……。


               細野


 すごいじゃん! 見せて見せて!(七海の席に脚本を取りに行く)


               七海(控えめな感じで脚本を渡す)


 はいどうぞ……。


(細野が教壇に戻り、戸崎と二人で軽く目を通す)


               細野


 これいいね! これにしようよ!


               戸崎


 一回皆さんにも見てもらいましょうか。端の席の人に回すので、軽く読んで次の人に渡していってください!


(脚本が全員に回り、戸崎が回収する)


 では、この脚本でいい人は手を挙げてもらいましょうか。それでは、いいと思った方!(手を挙げる)


(全員手を挙げる)


 決まりです! 僕たちのクラスは演劇でいきましょう! 


(昼休み)


               七海(ちょっと嬉しそうに楓に近づいて)


 良かったですな~、楓どの?


               楓


 それよりも、その前のお前の「絶望ならあるんですが~」三段撃ちはなんだったんだ? あれわざとやってただろ?


               七海


 希望は絶望の先にしかないということですよ~。


               楓


 確かに絶望的な空気だったが。まあとにかく、これで省治学サークルの名がもう少し有名になればいいな。


(授業参観の時間)


               五十嵐


 それでは数学の授業を始めます。前回に引き続き、確率の単元を進めていきましょう。

最初は前回の授業終わりに出した課題の答え合わせからいきましょう。それでは問一、全く同じコインを三枚同時に投げて、表が一枚だけ出る確率を答えよ。答えられる方はいますか?


(何人か手を挙げる)


 ではiさん、お願いします。


               生徒i


 3/8です!


               五十嵐


 正解です。では次にいきます。


(後半)


 今日の授業最後の問題です。サイコロを一万回投げた時、一万回とも一が出ることが現実ではあるでしょうか? わかる人は手を挙げてください。


(数人手を挙げる9


 それではjさん。


               生徒j


 ないと思います。


               五十嵐


 どうしてですか?


               生徒j


 確率が物凄く低いからです。


               五十嵐


 なるほど。ありがとうございます。では、他の意見がある方。


(一人だけ手を挙げる)


 lさん。


               生徒l


 起こると思います。


               五十嵐


 どうしてですか?


               生徒l


 確率が少しでもあるからです。


               五十嵐


 なるほど。ありがとうございます。ではmさん。


               生徒m


 先生はどう考えているんですか?


               五十嵐


 数学教師の私としては、わからないという答えになります。


(一部の生徒が「え~」と冗談ぽく言う)


 実は、この世界はわからないことの方が圧倒的に多いのです。皆さんはまだ若くて、わからないことだらけでしょうが、それは大人になっても変わりません。

全て一が出るかなんてわからないし、そもそもそれだけサイコロを振れるかどうかもわかりません。

わからないことがあった時、それを探求するのもいいことですし、たとえそれでわからなかったとしてもいいのです。

 よくないのは、勝手にこうだと決めつけて、自分の想像力、可能性を狭めることです。それは前に進むのを諦めることを意味します。生きている限り諦めてはいけない。

 ここからは数学教師としてではなく、一人の人間としての考えだと思って聞いてください。

 一万回とも一が出ることに比べて、皆さんが生きていることは、確率が高くて、よくあることで、いとも簡単に起こりうることなのでしょうか。

 実はそうではないのです。皆さんが生きている状態は、サイコロの一つの目とは比にならないぐらい低い確率が、数えきれないぐらい積み重なってできているのです。

 それを偶然とみるか必然とみるかは自由です。

ただ、偶然は現象で、必然はそれに与える価値であると知っておいてください。価値とは信じるものです。価値は目に見えません。形あるものでもありません。

しかしそれは、現象を凌駕する。なぜなら信じるということに無限の可能性が秘められているからです。

 珍しくしゃべりすぎてしまいました。いつも以上に緊張しているのかもしれません。言いたいことは二つだけです。

一つは皆さんには人間の持つ可能性を信じ続けてほしいということ。もう一つは、皆さんのご両親や関わる先生など、皆さんの周りにいる大人にわからないことがあっても、責めないであげてくださいということです。もちろん皆さん自身に対してもそうです。


(授業が終わり、教室では保護者と生徒が入り乱れる中、校舎の一階の横にある水道付近で母親に怒られる戸崎)


               戸崎の母


 あなた、あまり積極的に授業に参加していなかったでしょ。まさか、授業がわからないんじゃないよね?


               戸崎(繕った微笑で)


 そんなことはないよ。成績はお母さんも見ているはずだ。


               戸崎の母


 まあそうだけど。あなた夏休みも勉強しに行くふりをして遊びに行ってたんでしょ? 自分の立場わかってる?


(その状況をたまたま通りかかった七海が目にする)


 あなたは大企業の社長の息子なんだから、しっかりしてもらわないと困るの。いい? 関わる人は選びなさいよ。地位や財産や能力のない人間の近くにいると、こっちまで卑しくなってしまうわ。


               七海(二人に近づきながら)


 その心配はないと思いますよ。


               戸崎の母(七海を見て)


 あなた誰? この子の知り合い?


               戸崎


 友達の七海さんだよ。


               戸崎の母


 で、その友達が何の用? あなたがこの子をたらし込んでるんじゃないでしょうね。


               戸崎


 彼女はそんな、


               七海(タイミングが被っても止まらず続ける)


 戸崎くんは周りに引きずられるような意志のない子じゃありませんよ。

それを信じてあげてください。


               戸崎の母


 まあ何でもいいけど。とにかく、御曹司として恥じぬ振る舞いをしてちょうだいよね。

(二人の元を去っていく)


               戸崎(申し訳なさそうに)


 ごめんね。お見苦しいものを見せてしまって。


               七海


 別に謝ることはないわ。それより、あなたは苦しくないの? 押し付けられて苦しいと感じたりはしていない?


               戸崎(繕った微笑で)


 心配かけてしまってすまないね。僕は大丈夫だよ。

(七海の元を去っていく)


               七海(戸崎の後ろ姿を見ながら)


 周りの人間にできることは少ない。やっぱり本人次第なのね。


(青戸と下駄箱で一緒になった七海)


               七海(靴を履き替えて)


 で、そういうことがあったわけなんですよ~。


               青戸(靴を履き替えて)


 第一声にそれを言われると、計り知れない恐怖を感じるな。


               七海(歩きながら)


 人に言えることじゃないですからね。


               青戸(一緒に歩きながら)


 さっきのも第一声で人に言っていいことじゃないがな。


(校舎を後にする二人)


 そういえば、脚本読んだぞ。


               七海(恥ずかしさと嬉しさを飼いならしながら)


 どうだった? 劇としてやっていけるかしら。


               青戸


 それは心配ないだろう。ただ中々重い内容だから、それを書いた二人が心配だな。一人で抱えきれる苦しみなのか?


               七海


 一人で抱えなければならない苦しみだと思っているわ。それに、この世界は抱えきれない苦しみを押し付けてこないと信じているわ。


               青戸


 まあ傍には俺たちがいることを忘れないでくれ。


               七海


 お互いにね。


(通学路の坂道を下り始めた二人)


               青戸


 そういえば、好きな人はいるのか?


               七海(心臓だけが動揺する)


 どうしたのかしら? 急に。


               青戸(心臓だけが動揺する)


 急にどうしたんだろう。ちょっと気になったんだ。


               七海(平静を装いながら)


 そう。青戸くんはどうなの?

『ちょっと気になったってどういうことかしら。どうして私の好きな人が気になるのかしら。私のことが気になってるから好きな人が誰か知りたくなったってことかしら。てゆうかどうして私は青戸くんが気になったことが気になってるのかしら』


               青戸(平静を装いながら)


どうっていうのは?

『しまった。どうしてあんなことを聞いてしまったんだろうか。話の流れからしてもおかしいじゃないか。てゆうかどうしてこんなに動揺しているんだ。どうせいざという時は独りなんだから、他人にどう思われようがどうでもよくなったはずだろ』


               七海


 好きな人はいるのかってことよ。

『白々しいわね。話の流れでわかるはずよ。もしかして向こうも動揺しているのかしら。最初の時点で口が滑っていた? だからスリップしたタイヤのようにずっと空回りしている? どうしてそんなことになるのかしら。別に好きな人の話なんて私たちの年代ではよくする話じゃない。それなのに動揺しているということは。いや、そもそも動揺しているかどうかわからないわ。てゆうか私は何でこんな必死に考えているのかしら。他人は自分の鏡というからね。もしかして好きな人を知りたかったのは私の方だった?』


               青戸


 今は勉強が忙しいからな。そんな余裕なんてない……はず。

『はずってなんだ。その通りじゃないか。それとも、そう思いたくない自分がいるということか? いやいや、そんな余裕なんてない……はず。だからはず、ってなんだ。どうしてしまったんだ。他の人にははっきりと言っていたじゃないか。どうして七海にはそれができないんだ。まるでそう思ってほしくないみたいじゃないか。そう思ってほしくないということはもうそういうことじゃないのか。そんな余裕なんてないはずなのに』


               七海(空を見上げなら)


 ふ~ん。

『はずって何よ。何で断定したのを遅れて取り消したの。そんな必要あったかしら。いやなかったわよね。……そういえば、この心の声全部聞かれてるんじゃ……。ああそうだった、青戸くんは私といる時は私に合わせて聞かないようにしてくれてるんだった。よく考えたら一方的に合わせてもらってるだけで、私から何かしてあげられてなくないかしら』

 そういえば、どうして青戸くんはそんなに勉強に力を入れているのかしら? 何か理由があるんじゃないの? まあ話したくないことなら話さなくていいけど。


               青戸(近くの畑を横目で見ながら)


 俺は両親がいないから奨学金をもらってるんだ。だからいい成績を取り続けなればならない。

『誰にも話さないんじゃなかったのか? そう決めたはずだろ。どうして言ってしまった。言いたくなったのか? 知っていてほしくなったのか? なぜなんだ。てゆうか思ったことを心の声にし過ぎだ。先天的に心の声を聞ける世代だから聞かれることにも敏感になっているはずなのに気が緩みすぎだ。七海が心の声を聞けないからか? 自分自身がそんな弱みにつけ込むような人間だと思いたくはないが。それとも、つい心を許してしまうから……? そんな余裕なんてないはずなのに』


               七海(目線を青戸に戻して)


 そうだったの。それは思い出させてしまってごめんなさい。何か私に力になれることはないかしら?


               青戸(目線を下に向けて)


 いいんだ。今まで通り関わってくれればそれでいい。


               七海


 じゃあそうするわね。

(急にテンションを上げてギャルっぽく)え~青戸じゃ~ん。元気してる~?


               青戸


 天邪鬼の申し子だな。

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