第3話情報屋・ライム

 翌日。今日も織折の営業が始まった。

イオリは事務椅子に座り込み、誰かを待ちながら暇潰しにペンを回す。

ちなみに昨日破壊したドアだが、肉屋から巻き上げた金で業者に頼んで直してもらうこにとなった。

しかしまだ業者が来ないため、即席の暖簾をなびかせている。


すると、織折に向かう人の気配がした。そしてそのまま織折の暖簾をくぐる。

イオリも、客が来たと思いペンを胸ポケットへしまって迎えようとする。


現れたのは、若い金髪の男性。細目に丸眼鏡をかけ、高価そうなピアスやネックレスを幾つもつけている。

高身長、黒服。怪しさ全開である。


この人は昨日肉屋に伝言を残した人だ。


「やぁイオリ。今日も元気そうでなによりだよ。」


挨拶が聞こえたイオリは、笑みを返す。


「ふん。アンタもその胡散臭い顔、いつも通りね。ライム。まぁ座りなさい。」


二人は知り合いで、彼の名前はライムと言った。依頼しに来たという訳では無さそうだ。


「で、今日きた理由だけど…」


「分かるわよ。アンタが来る時は大体話だもの。」


「くふっ、じゃあ早速本題に入ろうか。」


ライムは不気味に笑うと、ソファーに座り込んだ。イオリも、事務所裏から適当に見繕ってきたお菓子をテーブルに並べる。お湯を沸かすと、急須でお茶を作って湯のみへ注いだ。

その後ライムの向かい側に座った。

先に、ライムが口を開く。


「―――昨日君が闘った異門生物、いただろ?アイツは自然発生の異門から出てきたものじゃ無かったってことが分かった。」


「まぁ、アンタがここに来るってことはそうなんでしょうね。」


「最近なりを潜めてると思ったらこれだよね。ほんと開士ひらきし達は何がしたいんだか…」


開士とは、異門を閉じるために活動する閉士の逆で、異門を開くために活動しているテロリストの様な組織である。


「それを探るのがアンタ達情報屋の仕事でしょ。さっさと開士のをワタシに叩かせて崩壊させなさいよ。」


「はいはい、そうだね。それが出来たら苦労しないってとこだよ。で、今回手に入れた、昨日の異門を開いた開士の情報を提供したいんだけど、その情報とは…そいつの拠点。」


ライムは両手を擦って前のめりになり、イオリの顔に近付く。


「……今回はいくらなの?」


イオリが尋ね、ライムがキヒッと笑うとイオリの持っていたペンをかっさらい、掌の上に数字を書き始める。


「ひゃっ…!」


「触られた」感じがして、柄にもない声をだす。


「アンタねぇ…女の子の胸ポケットから物を借りるなんて中々度胸あるわね…。この変態メガネ!」


「セーフだよセーフ。君の体には興味無いしね。」


「それ、どういう意味?」


イオリが言葉を発した瞬間、どこから取り出したのだろうか、ライムの眉間に刀の切っ先を輝かせていた。恐ろしく早い反応速度と躊躇の無さは、冗談では済まされない。しかしライムは肝が据わっていて、ソファーから一歩も動かず冷や汗もかかなかった。


「ちょ、怖い怖い。悪かったよ。イオリちゃんもちゃんと女の子だもんね。」


「ちゃんとは余計よ。全くもう…ワタシが刀を突き出しても動じないその度胸、尊敬するわ。」


 呆れた様子で刀をしまい、どさっと座り込んだ。ライムの方も書き終えたらしく、イオリに掌を突き出した。


「どれどれ…って、何よこの数字!ゼロが多いわよゼロがっ!」


「分かってないなぁイオリちゃん。俺がどんなに大変な思いをしたか!まあ入手経路は秘密だけど。」


「たかが開士一人の情報よね!?何でこんなに値が張るのよ…!」


イオリはライムの腕を握り潰す勢いで掴み、睨みつける。


「俺からしたら、この情報はこの値段にゼロが一つ、いや二つ増えても欲しいね。かなり信憑性が高いし、何より情報だからさ。」


イオリは戸惑い手を緩める。ライムは続ける。


「考えてみなよ。その開士一人捕まえて拷問するんだよ。火攻め、水攻め電流に毒ガス…!

そしたら何でも聞き放題!組織の目的、人間関係、スマホの中身や身分証。どんな些細な情報も調べあげればビックデータさ。」


舞い上がるライムを見るイオリには、彼の体がどんどん黒くなっている様に見えた。

コイツの内側にはドス黒い何かが埋まっている、そしてずっと触れていると自分までもが引きずり込まれる。

そんな気がしてならなくなり、咄嗟に腕を離した。


「おや、怖がらせちゃったかい?クフッ、冗談冗談。俺は優しいからそこまではしないさ。で、どうだい?情報、買ってくれる?」


「そうね…ワタシもそういうんのは趣味じゃないの。アンタ達情報屋が普段からそんな手荒い真似をするってのが気に食わないわね。」


「ちょっと、情報屋って括りはやめて欲しいね。俺は『ヘルメス』。他のとことはやり方が違う。拷問なんて以ての外だ。今まで贔屓にしてたじゃないか。そこは信用して欲しいね。」


「まぁずっと頼ってきたし、そこは信頼してもいいわ。でも流石に今回の料金は厳しいわね…何とか値切れないかしら?」


「うーん…それは…」




 その時、二人が交渉している間に一人の紳士が暖簾をくぐった。だいぶ慌てているように見える。すると、


「カズオリ殿はおるか!?」


と大声で言った。


二人は急に来た客に驚き彼を見つめる。そしてイオリが言った。


「カズオリ…は、ワタシのおじいちゃんよ。もう亡くなったけど…」


「なんと…!で、では何でも屋織折は…」


「ワタシが継いだわ。十代目織折の店主はワタシ。イオリよ。」


「そうであったか!では改めて、依頼を受けてはくれまいか…!」


老紳士は懇願する様にイオリの目を見た。イオリには、断る理由はない。


「ええ、良いわよ。取り敢えず座りなさい。」


イオリはライムの座るソファーを指した。

ライムには目で、「どきなさい。」と伝える。

ふう、とため息をついたライムは無言で立ち上がりイオリの方へ向かった。

そして去り際に胸ポケットにペンを返した。

取った時よりも明らかに悪い手癖がイオリの体に触れた。


「きゃんっ…!」


またしても柄にもない声が。一瞬だが、今度は完全に「触られた」。


本来なら今ここで口の聞けない状態にしてやろうと思ったがあいにく客が来ている。

イオリの後ろにどいたライムは何食わぬ顔でニッコリしている。

それを赤面しているイオリが歯を食いしばって恨む様に睨みつけた。


―――後でアイツ殺してやる…!この変態クソメガネめっ!




***



 「―――なるほど。アンタの言うその『坊ちゃん』を始めとした行方不明者を見つけ出すのと、小さな鉄鎧の正体を突き止めろって事ね。了解したわ。」


織折に依頼に来た老紳士は、二番街の坊ちゃんの老執事であった。

老執事は昨日起きた事のいきさつを話しながら依頼した。


「でも何で織折ここを選んだの?他の私立探偵とかもざらにいるわよ?」


「儂は、カズオリ殿に昔依頼をしたことがありまして…それで信用しておるのですよ。」


「そう。ならワタシもアンタの期待に応えなきゃならないわね。」


「ふふふ。あなたもカズオリ殿によく似ておられる。」


老執事は優雅に笑うと、快くイオリの渡した契約書にサインをした。これで、イオリは依頼を受けたこととなる。


「ところでカズオリ殿は九代目と申していた記憶があるが、何故孫であるイオリ殿が十代目でおられるのだ?」


ふと気になった老執事は何気なく尋ねる。

イオリは涼しい顔をして答えた。


「ワタシの両親が継がなかった。それだけよ。」


「左様であったか。そちらにも事情というものはあるだろう。詮索するのも、野暮というものだ。」


と言ってゆっくり茶をすすった。



と、後ろでニヤつくライムがイオリに耳打ちをする。


「イオリちゃん、この家はかなり、というかものすごくお金を持ってるはずだよ。達成報酬をそのまま情報料に宛ててもお釣りがくるんじゃない?」


「そうね…なら尚更しっかり依頼をこなさなきゃならないわね。変態クソメガネ。」


まだライムに対する恨みは消えていなかった。しかしライムはその言葉を聞いてニッコリした。なぜならば、ライムは本物の変態クソメガネだからである。


嫌われる事が大好き。23歳の彼は、年下の少女から強い言葉で罵られるのが大の好物。それをされたいが為にわざと嫌われるのだ。

ただし、度を越しては行けない。セクハラするにしてもほんの一瞬体に触れるだけ。ガッツリ触ってしまうと興が冷めてしまうらしい。

だから先程からわざわざイオリの体に触れようとしたのである。


もう一度言うが、ライムは年下の少女に罵られるのが好きな、「本物」の変態クソメガネである。




 と、ここで老執事が書類を書き終えた。


「ではまた、進展がありましたらこちらへ連絡ください。儂は一旦鉈山邸へ戻ります。」


と言って暖簾をくぐった。


「ええ。また後で。」


軽く挨拶すると、それに続いてライムも外へ。


「じゃ、俺もこれで。依頼達成してお金が入ってからの取引って事で。じゃねー。」


「…はぁ、ほんと勘弁して欲しいものね。あの情報屋…」



一気に人が減り静かになった織折。イオリは一人で黙々と、依頼に関する情報を整理することにした。


「小さな鉄鎧」は月の見える夜にだけ現れる。コイツが坊ちゃんを始めとした人々を連れ去っているという噂が二番街で有名。

ここで考えられることは一つ。


鉄鎧が異門生物であること。


「これは鉄鎧を見つけ出すしか無さそうね…」


頬杖をつきながら老執事からもらった坊ちゃんの写真をピラピラと揺らす。


彼の名前は「ショータ」。15歳。サラサラなブロンドヘアにつぶらな瞳。誰もが想像する金持ちの家の子の見た目をしていた。


正直に言うと、イオリはそこまで依頼に熱が入っていない。このショータとかいうガキンチョは温室育ちで、一人では何もできない子なんだという偏見があったからだ。

庶民のイオリにはそう見えていた。



「はぁ…取り敢えず今日は月が出るらしいし、今日にでも二番街に行くしかないわね。」




 ―――そうこうしてるうちに時刻は17:00を回った。外は薄暗く織折の窓には夕日が差し込む。

イオリは日が沈むまでの間、刀のメンテナンスをしていた。刃こぼれがあれば砥石で研ぎ、つばが欠けていたら新しい物に取り替える。今回は異常なし。


「刀は第二の腕である。刀を磨けば腕も磨かれる」。


これはイオリの師匠、カズオリという名の閉士の言葉である。イオリがここまで強くなれたのも祖父の存在が大きかった。

今は寿命でこの世を去ったが、一人の閉士がその意志を継ぎ、織折の看板を守ったのである。



 突然、デスクの上の電話が鳴った。


「はい何でも屋織折。悪いけど今日の営業は―――」


「イオリ?俺だよ、ライム!たった今情報を掴んだ!」


声の主はライムであった。かなり早口で、だいぶ焦っている事が電話越しにも伝わってくる。


「どうしたのよ。また何かワタシに売りつける気?」


「違う、コイツはタダだよ。なんたって緊急事態だからね。…北側二番街と南側一番街の街境に異門生物が発生してる。しかも3体!」


「はぁ?3体って、面倒ね…!しかも南側って天ぷら屋の方!?遠い!」


「申し訳無いけど今頼れるのはイオリちゃんだけなんだよ!早急に頼む!」


「はぁ、仕方ないわね…後で情報料負けなさいよ。」


そう言い放ち電話を切ると、メンテナンスの終わった刀を筒にしまった。

そしてスカートの左側に付けている札を一枚ちぎると、額に貼り付けた。


貼り付けた札は「風の札」。これを自分に貼ると、札の効果が切れるまで風の様に走る事ができる。


二、三度屈伸を済ませると、一番街の南側へ向かって疾走していった。

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イオリの織折 お汁粉サイダー @dummy_palace

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