第2話 小さな鉄鎧

 イオリは刀を勢いよく振ってまとわりつく炎を消火した後、筒に刀身を収めた。


「い、イオリ…」


「待ってなさい。まだ終わってないんだから。」


終始驚きっぱなしでやっと口を開くことのできたシンを冷遇する。イオリのはまださっきのヤツと対峙している時の顔のまま。


なぜならまだ彼女の目の前にはヤツが出てきた空間の歪みがあるからだ。

イオリはずけずけとそれに近付き、目の前で止まった。

そして片手を前に出して中指と人差し指で空を指し、目を閉じた。



「異門よ、閉じよ。章焼縛門陣しょうしょうばくもんじん。」



これを唱えた瞬間、桃色の炎が空間の歪みもとい異門を焼き尽くす様に、縮小し消えていった。


「―――ふう。討伐成功、ね。」


大きく疲れを表現する伸びをした。そしてシンの方を振り向いて言った。


「これが何だったのか、知りたそうね。」


「…うん。」


戸惑いながら、猫を抱えたまま小さく頷く。


「さっきの空間の歪みは異門って言って、異世界と現世を繋ぐ扉みたいなところね。そこから出てくる奴らを討伐するのがワタシ達、閉士とじしの仕事なのよ。」


「異世界…閉士…」


「まぁ信じられないのも無理はないわね。ワタシも最初はそうだったもの。でもアンタは見たのよ。さっきの化け物をね。」


静かにそれを聞いていたシンはイオリを凝視して離さない。


「? 何よ、気持ち悪い。何か言いたいことがあるならハッキリ言いなさい。」


「…その、戦いに慣れた感じを出してるけど、もしかしてこんな化け物って頻繁に出てきてるの?」


当然、万里の住人でただの肉屋の息子は心配になった。こんな脅威が潜んでいるとなると不安になってしまうのも頷ける。

イオリは刀の筒を竹刀の様に方に担いで答えた。


「そうね…少なくとも一週間に一回は討伐に行ってるかもしれないわ。でも万里、かたや一番街を守ってるのはワタシだけじゃない。みんなと協力して一般市民に影響が出ないようにしてるのよ。その証拠に、アンタはワタシがヤツと戦うまで異門の存在を知らなかった。」


「じ、じゃあ俺らは安心して暮らせてるのはイオリ達のお陰だったのか…」


「そういうことよ。―――ワタシが守ってあげるわ。この街のみんなが安心して眠れるように、ね。」


イオリの柔らかな表情が、シンには覚悟の顔に見えた。彼女は本当に心からそう思っているのだ、と思わざるを得なかった。


「―――と、この話はおしまい。アンタももう異門とか閉士のことは心にしまっておいて、今後一切携わらないこと。いいわね?」


「え?」


「もし約束破ったらアンタの顔に札を貼り付けて燃やすわよ。」


「う、うん…」


基本イオリは言葉遣いこそ良くないが善意を持って接していることは行動で伝わってくる。そのためシンは、圧に押されつつも素直に返事をした。


「ところでシン、今何時?」


「えっ、えっと今は午後3時25…」


「はぁ!? まずいわね…3時間オーバーまであと5分しかないじゃない!シン、その箱借りるわねっ!」


酷く慌てるイオリはシンの抱えるダンボール箱を力ずくで奪うと全速力で駆けて行った。


「あっ、ちょっ、イオリ!?中身だけは気をつけて!」


声が届いたか分からないほどに遠ざかっていく。ちなみに、小学校に通っていた頃のイオリの50m走のタイムは5.5秒だったという。




***




3時29分42秒、織折の軋んだドアが破壊音と共に吹っ飛び、室内に破片が散乱した。イオリが帰ってきたのである。


「うわっ!い、イオリちゃん!?」


背をうずめてソファーに座っていた肉屋が瞬時に玄関を向く。目に映ったのは片手で箱を抱え、右足が自身の胴の位置まで上がっていたイオリの姿が。

恐らくドアを蹴り飛ばしたのだろう。


「―――今3時30分ね。依頼はきちんと達成したわよ。」


何にも気にせずに、織折の時計を見ながら猫達を肉屋の目の前へ持ってきた。


「シモフリちゃん!…と、その仔猫は…?」


「シンが飼うらしいわよ。親とはぐれさせたくないみたいね。」


「親…」


イオリは異門のことを伏せて捜索した時のことを話した。


「勝手に事を進めて…あのバカ息子が…ま、責任を持って育てるってんなら金くらい出してやるよ。」


仔猫達を見つめ、鼻をすすった。


「ふん。可愛いからってその子らを独占しない事ね。あくまでシンの猫なんだから。それはそうと…依頼書、出して貰える?」


「ああ、テーブルの上に置いてあるよ。」


イオリは机の筆立てからペンを取り出すとソファーの前に置かれたテーブルの上の依頼書の下の方にペンを走らせる。


「はいこれ。今回の手間賃。」


「うん、どれどれ…」


イオリと肉屋のサインの下の料金を見ると…


「…!!」


『何でも屋織折、仕事内容:ペット捜索

料金:¥10,0000

内訳 ペット捜索代:¥70000

   ドア修繕費:¥30000』


この様な記載があった。


「―――イオリちゃん、一つ質問いいかな?」


「?何よ?」


「ペット捜索代がこの位なのは分かるよ。でも何でドア修繕費もうちが払うのかな?」


「アンタ、ちゃんと契約書の内容見てないでしょ。よく見てみなさい。」


「……。」


『※依頼受注中、何らかの事情で当事務所への破壊行為または従業員への傷害を確認した際は、ご依頼主様の責任として修繕費、医療費等を負担して頂きます。』


「ワタシは3時間貰って捜査をした。それで約束を守るためにやむなくドアを壊すしか無かった。」


「―――でもそれって、僕のせいかな…?僕の場合1秒位遅れても問題無いんだけどな…」


「アンタが良くっても織折ワタシがダメなのよ。約束は必ず守る。そういう伝統なの。さ、つべこべ言わず払いなさい。」


イオリの雰囲気が借金取り立て屋の様な風貌に変わる。

肉屋は請求書を持った手が震えていたが、気が抜けた様に頭をカクッと落とすと、


「しょうがないなぁ…」


と言って渋々了承した。


「ふふっ。毎度あり。また困ったら来て頂戴。」


肉屋は猫の入った箱を抱えて光の射す玄関から寂しい背中を残して去っていく。


こんなぼったくりをしても、「しょうがない」と言って払ってくれる。イオリが地元で信頼を得ている証拠である。

すると、去り際に肉屋が伝言を残した。


「僕が待ってる時に金髪の兄ちゃんが来てたよ。明日また改めて来るって。」


「げ…そう。分かったわ。」


(はぁ、またの仕業なのかしら…?)


少し物憂げな表情を見せた。その後車輪付きの椅子に勢いよく座ると、


「―――まぁいいわ。とりあえず今日の依頼はここまでね。」


と、少し早めに店を閉じた。そしてドアの片付けを少しだけして、事務所の連絡口を通って自室へ向かうのだった。




***




 万里の二番街。ここは万里の中で一番優雅な街。構えられた店は雑貨屋や喫茶店、高級料亭など、庶民が近付くのには少しハードルが高い場所である。


そこに建つ家々も、庭付きの豪邸ばかり。そこにつけられた異名は「セレブ街」。一番街とは似ても似つかないほどに綺麗な街である。

そこには、とある噂があった。



「小さな鉄鎧」が夜の二番街を徘徊し、人々を連れ去る…と。



 イオリが依頼を終えた日の夜、二番街の豪邸に騒動が巻き起こった。

その豪邸は鉈山なたまや家と言って、世界の経済の一部を担う程の大企業を経営する社長の家で、一番街の3分の1ほどの大きさがあると言われている。


「坊ちゃん、坊ちゃんを見なかったか?」


豪邸内で慌てふためく老執事が、数多いる使用人の所へ向かっては問いかける。

家主の息子が寝室におらず、探し回っているらしい。

すると口々に坊ちゃんが行方不明だと伝わり、家の中は混乱し始めた。コック、メイド、専属の教員など、総勢100人程度で、ショッピングモール並の広さを誇る家の中及び庭を探し回った。


「スマホは通じるか?」


「いえ、坊ちゃんの部屋に置きっぱなしです。」


「では、服に付いてるGPSは?」


「外されています。」


「防犯カメラの映像は?」


「ダメです!どこにも映っていません!」


坊ちゃんの位置情報が分かる手段は全て断ち切られていた。


「坊ちゃんっ…一体どこへ…何としても、家主様が戻られるまでに見つけださなくては…!」


すると、一人のメイドが老執事の元へ駆け寄り、こう告げた。


「も、もしかして、あの『小さな鉄鎧』に攫われた、とか…」


「あんなのただの噂であろう!何の根拠があって…!」


焦りのせいで冷静さを欠く老執事はメイドに怒鳴りつける。そこにもう一人の執事が現れてこう言った。


「その可能性は大いにあります。現に、本当に攫われている人も4、5人。いずれもこのくらいの時間の夜に姿が見えなくなっている様です。」


「な、なら警察に捜索依頼を出して…」


「ダメです。そんな大きい機関に通報したら主殿にバレてしまう…ここは信頼でき、なおかつ足跡の付きにくい個人営業の探偵などを雇った方が良いかと。」


冷静な執事はそう言うと、老執事は少し考え込み、こう宣言した。


「儂は良い探偵を知っている。明日そこへ自ら向かい依頼をしてこよう。ひとまず今日の捜索はここまで!」


そういった途端、その老執事には発言力があるのか、使用人達は捜索を直ちにやめ、持ち場へと付き騒動が収まった。


老執事が自室に戻ると、古びた棚の引き出しを漁る。沢山の紙切れの中から黄ばんだ厚紙を掘り出し、目を光らせた―――



 深夜、寝静まった二番街の通りに、ガラ、ガラ、ガラと金属を地面のアスファルトに擦る音が聞こえる。

小さな鉄鎧である。月明かりに鎧が照らされて鈍く光る。

体長は150cmほど。腰にサーベルを身につけ、兜からは赤い羽飾りが夜風になびく。

重たい体ゆえ左右に少しふらつくが、しっかりと道を辿っている。そしてピタリと足を止めた。


その先には、小さな異門。


強い光を出して向こう側から異門生物が出現した。見た目は死神の様な骸骨。鎌を持ち、足が無く浮いている。青白い視線をこちらへ向け、鈍い音をあげた。

対する鉄鎧は、腰についたサーベルを何度か触って確認し、手にかける。


すると、異門生物は大きく鎌を振りかぶりながら宙に浮く奇妙な軌道でこちらへ向かう。

鉄鎧は相手の俊敏さに翻弄され、一気に間合いを詰められる。ガチガチと擦れるの音を大きく鳴らしながらサーベルを抜いた瞬間、振りかぶられた鎌を受け止めた。

両者無言のぶつかり合い。

だが、技量では死神の方が上だったのか、下から押さえつけられている鎌を、サーベルの上で滑らせて攻撃をいなした。

勢いの余ったサーベルは空振り。


そこを見逃さなかった死神は、その上に振り上げられたサーベルをさらに下から鎌で打ち上げた。


鉄鎧の手からサーベルは離れ、天高くへ飛んで行った。


死神は果敢に攻める。しかし鉄鎧の防御力は伊達ではない。何度鎌を直撃させても相手は死なない。仰け反るだけだ。


そこで死神は考えた。兜と甲冑の間にある首の隙間、防御が手薄な所を狙えば良いと。

曲線を描いている刃ならば、正面からでも急所を狙いやすい。そして相手はサーベルでの攻撃に依存しすぎているゆえに攻撃手段が無い。

容易に正面に立てる。


―――速戦即決。すぐに行動へ移した死神は鎌の柄の先を持ってリーチを伸ばし、鉄鎧の首へ刃を届かせた。突き刺さるまで残りわずか2cm…


その時、鉄鎧は何を考えたのか、その重たい鎧では考えられない行動を取った。

飛び跳ねて死神の方へダイブしたのだ。


鉄鎧の自重で死神の動きを封じた。

それは良いものの、自分自身も身動きが取れない。突然の攻撃に死神も油断し鎌を落とす。

鉄鎧も必死に動こうと足をバタバタと動かす。

そして、必死に動く鉄鎧は死神の両手を羽交い締めしながら仰向けに寝返った。

二人で星のきらめく天を見つめる。

その瞬間だった。死神の腹に穴が空いた。


そう、天に昇ったサーベルが降下し、死神に突き刺さったのだ。


死神は歯ぎしりの様な断末魔をあげると黒い煙となって消えていった。




―――ゆっくりと鉄鎧は起き上がった。そしてぎこちない様子でサーベルを拾い鞘へ収めると、腰を抜かした様にその場へ座り込んだ。


「―――チガッタ……。」


ポツリと呟いた後、東の空を見ると、ぼんやりと赤い光がさす。もうすぐ世が明けるらしい。

鉄鎧は少し歩く速度を上げ、二番街の通りから消えていった。


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