イオリの織折

お汁粉サイダー

第1話何でも屋「織折」

ここは日本のどこかにある、万町よろずちょうの繁華街、万里。その名の通り信じられない程大きく長い繁華街で、一番街から五番街に区切られる。今日も今日とて、騒音や雑音に苛まれてながら賑わっている。


 繁華街の一番街。人の活気さと古い建物の入り交じった奇妙な街。錆び付いたアーチの構える入口から入ってすぐ右に曲がり、細く、油の匂いが酷くこびりつく路地を行くと、錆び付いたネジにしがみつき、今にも取れそうな看板が一つある。

油汚れと経年劣化でかすれている字面は、「何でも屋・織折おりおり」。彼女はそこで、いつでも依頼を待っている――



 冬の寒さも通り過ぎ、徐々に草花が芽生え始める頃になった。繁華街の方は冬より活気が増して更に騒々しくなった。

それに伴い何でも屋 織折の中も騒々しい日々が続いていた。


「――よし。こたつはしまったし、ストーブもしまってもう冬じまいも終わりね。はぁ、もう春が来るのね……。」


と、少女はこたつの布団を押し入れにしまいながら呟く。

一段落した様子で役目を終えたこたつの近くに座る。そして、部屋を一面ぐるっと眺めた。

16畳程の部屋の黄ばんだ壁には、2年前のカレンダーや映画のポスター、両親との写真など、隙間がない程にびっしりと張り出されている。まるで、個人営業の駄菓子屋の様な雰囲気。

少女は30秒程眺めると、やっと一息ついて寝そべった。しかし、その後すぐに外から戸を叩く音が聞こえた。


「イオリちゃん、いるかい?」


どうやら常連の客の様だ。少女は起き上がると気だるい様子で「はーい」

と声を上げながら事務所への連絡口を通っていく。

事務所側の入口の、古く軋んだ木製の扉を開けると、一人の中年男性が立っていた。


「ん?ああ、二丁目の肉屋さんじゃない。何か用?」


「久しぶり、イオリちゃん。今日もかわいいね。」


 彼女の名前はイオリと言った。年齢は18歳で、織折の店主。透き通る様な桃色の髪を一つの束に結んでおり、ブレザーに赤い色を足したり、スカートの両腰にお札の様なものを提げたりと、改造した女子制服の様な服を身につけている。


「セクハラはいいから。そこに座っ早く要件を話してちょうだい。ワタシも言うほど暇じゃないの。」


イオリは肉屋の言葉を軽くいなして事務所の机に着いた。肉屋も机の向かい側に座る。

事務所と言っても12畳程の部屋で、仕事を請け負うための机と、その手前に来客をもてなすためのソファとローテーブルがあるだけである。

ただ、ソファは最近使った形跡がなく、うっすら埃を被っていた。


「ごめんごめん。今日は依頼をしに来たんだよ。実は、うちの家族が行方不明になって……」


「捜索の依頼ね。いつ失踪した? 特徴は? 種類は? 三毛猫? 」


イオリは服の内ポケットからメモ帳を取り出すと肉屋に圧をかける様に質問をする。


「ちちちょっと待って! 僕まだ『家族』ってしか言ってないよね!? 何で猫だってわかったの?」


「大体分かるわよ。親族がいなくなったならまず警察に行ってちょうだい。で? 」


イオリは淡々と話を進めようと冷たい反応をする。

肉屋はイオリの待遇に苦笑いしながらため息をつく。その後、口を開く。


「2歳くらいの白猫で、名前はシモフリちゃん。メス。」


「霜降り!? アンタとんだネーミングセンスね……肉屋だからって……」


「か、かわいいからいいでしょ!」


イオリの言葉に食いついた。その後、気を取り直して話をつづけた。


「――一般的なサイズで毛並みはよくブラッシングしてあげてるから綺麗なはずだよ。 昨日の昼にうちの肉屋からあの新しくできた寿司屋の方へ行ってたのは見たけど、それっきり帰ってこなくて……」


「寿司屋って、あぁ。北の方ね。わかったわ。3時間貰える? その間に連れて帰る。」


「え? 3時間でいいの? 昨日家族みんなで探し回って見つかんなかったんだけど……」


「ワタシはアンタ達とは違うのよ。じゃ、アンタはこの書類にサインしてここで待ってて。」


イオリは机の右側にある収納に手を伸ばし引き出しを開けて書類を取り出した。「織折仕事依頼書」と書かれていて、ここに依頼主と何でも屋が署名する。そうすると、何でも屋は業務を開始する。

イオリはそれを肉屋に渡すと、肉屋には目もくれず即座に椅子から立ち上がり軋んだドアへ向かう。


「あっ、よろしくね!行ってら――」


肉屋の声を遮断するような勢いでイオリはドアを閉めた。


「――僕、嫌われてるのかな……。」


肉屋は終始イオリの冷たい対応に肩を落とした。


 織折のドアは勢いよく開けてはならない。その理由として、細い路地に店を構えているから向かい側の建物にぶつけてしまうためである。その代わり、閉める時は全力を出して閉めても問題は無い。

外に出た時のイオリは肩に紐をかけていて、背中に何か細長い棒状の物を背負っている。


 細い路地から光の漏れている所へ出ると、店と店に挟まれた大通りが現れる。イオリの住む一番街は、飲食店の街。街頭で食べ歩き用の食べ物を売り出す店や、町中華や定食屋といった店が多い。

二番街や他の街と比べると比較的下町の様な雰囲気を漂わせている。

とはいえ、連日観光客が絶えず騒がしい雰囲気がある。中には飲食店を目当てとせず古い建物の連なりを見るために足を運ぶ人もいるという。


 イオリは肉屋へ向かった。そこのショーケース越しには肉屋の息子、シンが店番をしていた。


「お、イオリ。いらっしゃい! 今日は何の肉にする?今日はいい鶏肉が入ったよ。」


シンは街の好青年。容姿・人柄共に評判がある。彼は正当な後継ぎとして働いているらしい。


「そう、いいわね。でも今は大丈夫よ。アンタも大変ね。後継ぎ任されちゃって。」


イオリはこの店の常連であることから、シンに話を持ちかけた。


「いやいや、イオリもだろ。織折の十代目だろ? しかも一人だし。大変なのはそっちでしょ。」


「ふふっ。確かに。それはそうと――」


イオリはレジ前に寄りかかり上から目線気味で言った。


「アンタの父親に猫を探すよう頼まれたの。アンタなんか知ってる?」


「あ、そっか。父さんの依頼を受けてくれてありがとう。うーん……俺が知ってる事は何だろうな……」


「何か最近様子が変だったとか、うちの猫は他の猫とは違う特徴があったとか、何か無いわけ?」


イオリはしかめ面で問う。


「様子が変って言うと……あ。うちは肉屋だから余った肉はよく家で焼いて食べてて、フリにもあげるんだ。」


シンは何か思い立った様子で話し始めた。


 「でも最近、フリに肉をあげても全然食べてくれないんだ。しっかり味付けもしてるし、食べやすいように切ったりしてあげてるんだけど、何でだろう……」


「なるほどね。ありがとう、シン。大体探す場所は絞られたわ。」


「えっ、今ので? 」


驚くシンの瞳にはふんと鼻を鳴らすイオリが映る。しばらくして、イオリは肉屋を去った。シンも、イオリの役に立ったと思えたことにより、満足げな様子だった。



 イオリは肉屋より北方、飲食店の人気もまばらな区域に足を運んだ。


(ほんと、一番街の郊外は寂しいわね……織折もこの辺に建てれば良かったのに……いや、この辺の方がよく。多少うるさくても我慢ね。)


「――ほんとにこの辺で合ってるの? 脇目も振らずここへ来たけど……」


「シン!? 来てたの!? アンタ、店はどうしたのよ!」


イオリはシンが自分について来ていることに気づかずに驚いた。


「母さんがイオリを手伝って来いって。店番は母さんがやってくれてるよ。」


「――そう。ま、腰を抜かさない様にしなさいよね。」


「……え?」


 少し歩くと、店と店の間の抜け道から突風が吹く。ビル風というものだろう。埃っぽい風にイオリは片腕で顔を覆う。薄く目を開けて奥を見ると、ゴミ箱が散乱しているのが伺える。さらに耳を澄ますと、微かにガサゴソとゴミを漁る音が聞こえる。

怪しがって寄ってみると、肉屋が言っていた特徴とほぼ同じの猫がゴミを漁っていた。猫は顔を上げると、魚の骨を口に咥えている。


「あっ!フリ!? 」


「白猫、2歳くらい、一般的な体格、綺麗な毛並み。確定ね。――ずっと肉ばかり貰ってたから飽きてたのね。それと――」


肉屋の猫、シモフリはシンを無視して奥に進むと一つのダンボールの前に立ち止まった。シン達もついて行き中を見ると、黒い3匹の仔猫がうずくまっていた。


「捨て猫ね。この猫、自分が親代わりになってたのよ。」


イオリとシンの顔に笑みが浮かぶ。仔猫の世話をするシモフリを少し見守ったあと、シンが口を開いた。


「――俺、この仔猫達も一緒に育てるよ。その方がフリも嬉しいだろ?」


「大丈夫なの? 4匹も面倒見れるわけ?」


イオリがシンの顔を覗き込むと、慈悲と責任感に満ちた真剣な顔をしていた。イオリはふんと鼻を鳴らすと、


「じゃ、戻りましょ。 もうすぐ3時間経つわ。」


と言った。シンは頷き、シモフリを抱き上げてダンボールの中にゆっくり入れた。



――「かい」。――



その瞬間だった。イオリと仔猫達の前の風景が歪み出す。そして風景が割れ、何も無い空間から白く眩しい光を伴う「穴」の様なものが出現した。


「うわっ! な、何だ……これ……」


シンは驚く。しかし、イオリは全く驚く様子は無い。むしろニヤリと不敵な笑みを浮かべている。


「出たわね『異門』! ――ふんっ、シン。アンタ腰を抜かさなかったわね。ここからは何でも屋じゃなく閉士とじしとしての仕事に移行する。」


イオリは背にかけていた棒状のものを手に取る。

すると、「異門」と呼ばれる空間の穴から人の様で人ではない様な、不気味な生命の気配がする。そして、ついにその正体が歪みから現れた。

全身黒ずくめでボロ布を身体中に纏っていて、大きな帽子を被っている。体格や形は人間さながらだが、そのおどろおどろしさは人間をかけ離れていた。

イオリは棒状の物のケースを抜く。すると、鈍く光る刀身が現れた。


(か、刀……?にしてはなんか、長くないか?)


日本刀の様だ。ただ、普通の日本刀よりも刀身が10センチ程長くなっている。両手で右上側に構え、腰を落とす。刀の末端を「何か」に向ける。


「オォァ……イ、イノ……チヲク、クレェ……」


「アンタ喋れるのね。何? 命をくれ? ふんっ、いいわよ。アンタの心臓いのちなら取り出して見せてあげるわ。シン。仔猫達連れてこの路地から出なさい。」


「い、イオリ。これって何なんだ?」


「話は後。そんな暇あったら足を動かしなさいよ。」


イオリは一時も帽子の異門生物から目を離さない。シンは、いつも面倒くさそうにしているイオリのこんなにも真剣な顔は見たことが無かった。小さく頷くと足早に路地からダンボールを抱えて逃げ出した。


 瞬間、帽子の異門生物が動き出した。ゾワゾワと背後のボロ布が伸びだし、5本の包帯の様にしてイオリへ打ち込まれた。恐らく体を拘束したいのだろう。しかもかなりの高速。

しかしイオリは、多方向から襲う布をたった一振りで切り裂く。刀を、弧を描く様に振り抜いたのだ。刀の残像が鈍く光る。

そのまま、イオリは左手で刀を握ると10メートルある帽子の異門生物との距離を縮めに駆ける。


「イノチヲ……ク、ククレェェ!」


帽子の異門生物もこのまま詰められる訳にはいかない。咆哮すると、自分の背後に加え、両手からも圧縮した布を撃ち出す。合計7つの布は暴れ回る。

路地の両脇にあるパイプや換気扇を次々破壊していく。

煙による目くらましと、瓦礫がイオリの視界を阻害する。


(コイツ厄介ね。この布は簡単に切り落とせるけど、煙のせいでどこから来るのかが分かりづらい。ワタシの刃の届く80センチまで距離を縮めないと……)


たかが10メートル、されど10メートル。イオリの上に落ちる瓦礫を切り裂き、操られる意志を持った布に立ち向かいながら走る。布も、切り裂く度に硬度が増す。

ゴミ箱を蹴飛ばし、植木を斬り倒し、自転車を破壊する。

まさに暴走車。レーサーの様に、アクセルを踏んでから離さない。

その時、今までで最高硬度を持った布が1本、イオリの腹を貫こうと伸びる。

それを刀を使って正面で受け止めた。きりきりと火花を伴い超音波の様な金属音が鳴る。


(ちっ、硬い!)


完全に足を止められた。イオリも舌を打つ。その時、もう1本の布がイオリの頭上の換気扇を外す。


「面倒臭いわね……! 降札こうさつ――」


換気扇は埃を巻き上げそのまま落下。

イオリには動いた形跡は無い。帽子の異門生物は布を手の中に戻す。そしてくすんだ声で僅かに笑い声を上げる。上機嫌のまま潰れたであろうイオリの方へゆっくりと向かう。

すると、イオリを潰したはずの換気扇が真っ二つにいる。帽子の異門生物は困惑する。手のひらを見てみると右手から黒い煙を出している。


「――あら、もうおしまい?」


帽子の異門生物の背後には、炎で燃えたぎっている刀を持つイオリの姿が。よく見ると、刀にイオリの付けていた札が貼り付けてある。

イオリは腰周りに付けている札を弄りながら言う。


「この札、ただの飾りじゃないのよ。」


「…ッッ!」


慌てて距離を取ろうと試みる。しかしイオリは既に一歩前へ踏み込んでいた。二人にできた間隔は…


80


振り下ろされたイオリの刀は、相手の肩から下腹にかけて斜めに走った。

切り口から炎が内側へまとわりつく。

言葉にならない断末魔が響いたあと、灰になってイオリの目の前に死んだ。


「―――悪いわね。アンタの心臓まで燃やしちゃって。」



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