第19話 作戦開始

 会議室の机を囲む形で、サツト達はこの数日の調査で作成した奴隷市場周辺の図面を見る。


「奴隷市場の入口は二つ」


 バトゥが指をさした。

 一つは先日彼とサツトが潜った客用の入り口。もう一つは奴隷を納品する者用の言わば搬入口である。それは建物の前後に存在しており、当然どちらにも常に見張りが立っている。


「客用の入口は狭く、売り手用は比較的広い。人員は正面よりも裏に多く割いた方が良いだろう」


 現時点で異世界署には五十人の遊牧民たちが加わっている。彼らは族長のバトゥとその娘のアイラと心同じく、リーフとハルの姉妹を助けたいと願っていた。今回の一斉逮捕の実働部隊として奴隷商人たちと戦う事に反対する者はいなかった。


「奴隷商らは近くの酒場兼宿屋を拠点にしています」


 奴隷市場から路地を二つ挟んだ所、ヴァイスはそこにある大きめの建物を指さす。奴隷売買の中心地を潰したからと言って、それで奴隷売買を止められるわけではない。売る側がいるならば買う側も存在する、根と茎を纏めて除去するのだ。


「奴隷市場には最大で三十人、酒場にも二十から三十は居るはずです。隊を二つに分ける場合、どちらにおいても数的不利となるでしょう」


 こちらは五十を二つに分けて二十五、奴隷市場に関しては正面と裏で更に分ける必要がある。どの場所であっても逮捕する相手の方が多く、万が一気取られてしまえば一斉逮捕は成らないのだ。


「そのための奇襲……二つの場所にいる連中を連携させないようにするんだな」


 リヒトは腕を組む。剣の修行はしてきたが、こうして戦術を学ぶ機会は多くなかった。今回の戦いは勉強になると同時に、自分が担う役割も大きいという事に覚悟を決める。


「オヤジは酒場、アタシは市場だね。よっし、腕が鳴る!」


 自分の手でハルを救い出す、アイラはその思いでバシンと拳と掌を打ち合わせた。彼女にとって今回の作戦の最大目標はハルの保護である。そのためならば存分に力を振るう、大暴れをしてやる、と気合を入れた。


「此度はわたくしめも参ります、微力ながらお力になりますぞ」


 胸に手を当て、ダイモンは言う。今までは副署長であるキルシュの補佐として異世界署を守ってきたが、一人でも戦力が欲しい今回は前線に出る事となった。まさに総力戦だ。


「頑張って下さい、ダイモン、リヒト……!」


 異世界署で留守番なのはキルシュとレリ、そしてカーネ。流石に魔物が生息する荒野の真ん中にある異世界署を空にするわけにはいかない。リモートで対応出来ないわけではないが、それが可能なのはサツトだけだ。他の者に操作を教えて練習させる時間がない以上、最大戦力である彼に突入班以外の役割を担わせるわけにはいかない。それゆえに副署長たちは皆が帰る場所を守る事となったのだ。


「サツトさん、どうかご無事で」

「オゥ」


 心配そうにするレリにサツトは短く返事をする。日本でも荒事続きだった彼からすれば、こうして作戦会議や実際に戦闘へ赴く事など日常茶飯事だ。しかし今回はただ倒すだけではなく、四つの事を同時に成功させなければならない。


 一つ、囚われている少女ハルを救出する。

 二つ、人身売買及びリーフとハルの両親殺害主犯容疑者カーズィブの逮捕。

 三つ、商品とされている奴隷たちの解放。

 四つ、奴隷商人たちの逮捕。


 これら全てを僅かな時間の中で完遂する。非常に困難であり、しかしそれ故に完了できれば奴隷という大きな問題の大元を潰す事が出来るのだ。正義を成すお巡りさんとして、この戦いに負けるわけになどいかない。


「行くぞ」


 各々の覚悟を決めて、サツト達は異世界署を後にする。






 夜。

 奴隷市場は大いににぎわっていた。


「ハッ、ここまで集まるとはな」

「北の町の連中に、南のもか。ケッ、こういう時だけ金持ってきやがる」


 今日は祭りだ。奴隷商人にとっては多くの商品を仕入れる好機であり、滅多に見られない品を手に入れられる可能性もあるのだ。奴隷の良い悪いを見定める力は必要だが、それさえあれば儲けられる。絶対に逃せない品の為ならば金に糸目など付けられない、そんな思いで奴隷商人たちは財布の紐を緩めるのだ。


「ククク……」


 そんな中で一部の商人はほくそ笑む。

 馬鹿正直に金を払って商品を手に入れる必要などない。買った奴から貰ってしまえばいいのだ。この地に治安などという概念は存在しない、力こそが正義なのだから。ついでに商売相手も潰せて、更にはソイツも商品に出来るかもしれない。元手ゼロで大儲けだ。


 この企みは酒場に控えている連中にも伝えている。良い奴隷を買った奴が出たら行動開始だ。使いを走らせてソイツを襲撃させて分捕るのだ。


「ふむ、中々の入りだ」


 カーズィブは笑う。定期的に行っている大規模な競りだが、その評判が広まっていった事で前回よりも更に多くの商人がやって来ているのだ。集まってくる連中は誘蛾灯に集まる羽虫、金を運んでくる虫。ここで金を落としてくれればそれで十分。買った人間が何者か、奴隷を何に使うのか、そんな事は至極どうでも良い事である。


 セリが始まるとガヤガヤといつもより騒がしくなり、やはり喧嘩が開始された。外へ出ろと言う男に良い度胸だと獣人が答える。両者は此処へ来た理由もそっちのけで、市場から少し離れた路地で殴り合いを始めた。


「うっ!?」

「がっ!?」


 両者は気絶する。相手の攻撃で、ではない。第三者の介入によってだ。


「全く、血の気の多い奴らだね」


 アイラは自分達の存在が露見しなかった事を安堵する。男達がやって来たのは、市場へと突入しようとする彼らの待機ポイントだったのだ。


≪オイ、なに遊んでんだ≫

「遊んでないっての!バカがやって来たから大人しくさせただけさ!」


 無線機から聞こえるサツトの声に反論する。


≪静かに静かにっ≫

「おっと、悪い悪い」


 リヒトから注意されて、彼女はサッと口に手をやった。周囲を確認する、誰もいない。取り敢えず作戦開始よりも先に発見される事は無かったようだ。


「ん」


 アイラは気付く。奴隷市場の裏口から一人の男が掛けだした事に。


「行かせないよ……」


 彼女は弓に矢を番える。普通の弓矢ではない、異世界署に置かれていた日本での押収品、コンパウンドボウだ。鏃は布で巻いて、対象を殺傷しないようにしてある。


「おごっ!?」


 飛来した矢が正確に男のこめかみを撃つ。一発で男は昏倒し、走る勢いのままにドザァと倒れた。


「そろそろ外に出る奴が出てくるよ」


 アイラは今度は小声で無線機に言う。


≪ヨシ、突入だ≫


 異世界署の総力を掛けた作戦が開始された。

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