第18話 少女の居場所

「地下だって!?」

「痛っ!」


 長椅子を弾き飛ばす勢いでガタンとアイラが立ち上がる。後ろで立っていたリヒトの脛に動いた椅子が衝突し、彼は悶絶した。


 カーネが車中で発した、ハルという少女を知っている、という一言。異世界署へと戻ったサツトは、リヒト達を集めて再度彼女の口から説明させた。


「は、はい。その、奴隷用の部屋の隅にいたら、夜に床から声が聞こえて。良く見たら煉瓦が一つ抜かれてて穴があったんです。そこに同い年くらいの女の子が……」


 奴隷市場には大人用と子供用の商品置き場がある。

 結託されると危険であるため、大人は壁に直接鎖で繋いでお互いの接近を不可能にしたり、力の強い者は鉄の檻に入れたりするのだ。奴隷に落ちた者の中には魔法を使える者もいる、そうした商品には奴隷商たちは特別な拘束具を用意しているのである。


 対して子供は鉄の首輪と重りを付けたうえで、一つの部屋に纏めて入れられている。子供ならばたとえ結託したとしても大した事はできないからだ。置き場にも限りがある、身体の小さい彼女達にいちいち鉄の檻を用意しては無駄に場所を取ってしまう。無駄を嫌う商人ゆえの合理性の結果、とも言える保管方法である。


 しかし奴隷商たちが気付いていない問題があった。


 干し煉瓦で作られた建物は土を上から塗って補強されているが、それは次第に劣化して崩れる。壁や天井ならば一見してすぐに分かるため修復されるのだが、常に商品が置かれている床はそうもいかない。人が歩くゆえに煉瓦がむき出しになり、多少の破損があってもいちいち補修などしていられないのだ。


 一つぐらいならば煉瓦を抜いても床が崩れたりはしない。『親切なおじさん』以外とお話し出来ない事を寂しく思った少女が頭上から聞こえる子供の声に気付いて、椅子を足場にコッソリと部屋の端っこの天井に穴を開けても大丈夫なのだ。お話を終えた後は取り外した蓋をそっと元に戻せば、ちょっとした完全犯罪いたずらの完成である。


 その悪戯のもう一方の当事者、それがカーネだったのだ。


「なるほど……道理でハルの居場所が分からなかったわけだ」


 腕を組み、バトゥは頷く。

 人質を取られた彼らはただ黙って従っていたわけではない。どうにかして連れ攫われた少女を救い出せれば呪縛から逃れる事が出来る。そのためにカーズィブに気付かれないように彼の身辺を探っていた、しかしハルの気配すら捉えられなかったのだ。


 用心深いカーズィブの性格を考えれば、町から外には出していないはず。そう考えて探りを入れていたが、まさか望まぬ盗賊稼業の成果を渡すために何度も訪れていた場所の下だとは。しかしよくよく考えれば納得だ、今の今まで気付けなかった己をバトゥは恥じる。


「とりあえず、人質は無事、と」


 サツトは腕を組む。

 身代金目的誘拐の場合、金さえ得られれば人質をご丁寧に生かしておく必要は無い。用が済んだらもう結構とばかりに人質を処分する極悪犯もいる、それどころか誘拐してすぐに殺害する凶悪犯も存在するのだ。


 彼の頭の中には最悪の可能性も浮かんではいたが、圧倒的優位な立場にありながらカーズィブはハルを監禁するに留めていたようだ。己の利益を第一、他者からの信用を第二とする商人の性質ゆえの行動なのだろう。たとえ盗賊行為を強要させる相手といえども、従っている限りはハルに危害は加えない、という契約を守っていたのである。


「良かった……」


 はぁぁ、と安堵の溜め息を吐いてアイラがドスンと椅子に腰を下ろす。

 以前バトゥが話した、ほんの僅かな時間姉妹から離れた事でハルが誘拐された、という事の始まり。その隙を作ってしまった、即ち家族たちを賊にしてしまったのが彼女だったのだ。


 二人と知り合ってからアイラは、歳の離れた妹が出来たようで嬉しかった。彼女達の両親が健在だった頃は理由を付けては遊びに行っていたのだ。


 だがしかしリーフとハルと特に親しかったアイラは無意識に油断していた。荒野の町がならず者だらけの場所だとは理解していたが、彼女にとってそんな連中は大した脅威ではない、それゆえに。危険な町であるはずなのに、二人の妹と会える楽しい場所だと認識してしまった、それが警戒心に僅かな綻びを生じさせたのだ。


 おそらくカーズィブはアイラを尾行して、その心理を把握していたのだろう。リーフたちの両親を手に掛けるタイミングを、彼女が二人の護衛に付いている時に合わせたのだから。


「安心すンのはまだ早ェ。救出をしくじったら終わりだ」


 弛緩した空気をサツトが引き締める。そうなのだ、今はまだ大丈夫、というだけの事。もし七日後までの調査と一斉逮捕に失敗したならば失われてしまうのである。だからこそ、安堵は後回しだ。


「分かってる、やってやるさ!」


 パンと両手で自身の頬を打ち、敵がどれだけ狡猾卑劣であろうとも、今度こそは油断なく妹たちを守るとアイラは誓った。


「ありがとな、カーネ!」

「きゃっ!?」


 彼女から礼と共にバンと背中を叩かれて、犬獣人の少女はビックリだ。


 来たるべき日に向けて、異世界署は動き出す。

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