第15話 奴隷市場

 夜、荒野の町。

 三番通りの中央、他よりも二回りは大きい建物の入口にて。


「よォ、バトゥさん。今日も納品かぃ?」

「いや、別の用事だ」


 馴れ馴れしく話しかけてきたのは、スキンヘッドで顔に大きな傷のある男。バトゥと比べてしまうと小柄ではあるが、それでも百八十センチ以上の身長がある。年季が入ったボロボロの革鎧と革手甲を身に付け、そしてそれらとは手入れの差が歴然の鉄の長剣を佩いていた。


 防御よりも攻撃、荒くれ者ばかりの町においてはいち早く相手をった方勝ちなのだ。男はこの場所の守り手ではあるがその原則は変わらない様子である。


「お、そっちは新顔か」

「ああ、先日知り合ってな。今日の目的は此処の案内だ」


 彼に続いて、深緑のローブを纏った男が続く。


「オイ、面倒事は起こすんじゃねぇぞ」

「あァ?」

「う……わ、分かったなら良い。さ、さっさと入れ」


 ギロリとローブの男に睨みつけられて、警備の男は思いっきり怯んだ。彼の許しを得て二人は建物の中へと足を踏み入れる。


「あまり目立つ事をするな」


 小声でバトゥはローブの男に注意する。


「ただ返事をしただけなンだがな」


 ハッと鼻で笑って、サツトが答えた。


 奴隷売買の実情を確認し、そこを潰すために何をすればいいか。それを伝聞だけで判断するのは中々に難しい。そもそもの捜査機関が存在しない見捨てられた地特定地域では、詳細な情報を入手する事自体がほぼ不可能である。それ故にサツトは選択したのだ。


 潜入調査。

 自らがその組織内へ入り込み、自分の目で耳で情報を入手する。幸いにして今回はバトゥという強力なパスポートが手元にある、潜入するのは赤子の手をひねるが如く容易であった。


 入口から真っすぐ続く廊下を進む。


「一階建て、建物の構造は単純だな」


 廊下は一本道で突き当たりで左に曲がっている。途中に部屋は無く、ただ干し煉瓦の砂茶色の壁があるだけだ。材質的に隠し部屋や通路などは存在しないだろう。


「競売場、奴隷置き場、それと此処の主催の部屋。この建物にあるのはそれだけだ。競売場の右手の壁、その上部に窓がある。その向こうが主催の部屋だ」

「なるほど、中二階にいるわけか。馬鹿とクズは高い所に上りたがるな、どの世界でも」

「ジロジロと見るんじゃないぞ、疑われる」

「分かってる、ンなバカな事ァしねェよ」


 どうだか、とバトゥはフッと笑う。信じられないようなバカな事をされたからこそ、己は彼に協力するという選択をする事になったのだ。その元凶のサツトが馬鹿はしない等と言っても、信ぴょう性など欠片も無い話である。


 二人は競売場へと入る。


 細くて狭い廊下とは違って、そこは三十人は入れる程の広さがある。多くの燭台が設置されており、火を揺らめかせる蝋燭によって夜の闇が嘘のように室内は明るい。


 乱雑に煉瓦を積んだだけの円柱状の塊が沢山置かれている、奴隷購入者用の座席である。壁際、一番端の目立たない椅子にサツトは腰掛け、バトゥがその隣に立つ。


 次第に競売場に人が増えてきた。おおよそ八割の椅子が埋まった所で、ようやくショーが開幕する。


「皆様、本日はようこそ―――」

「さっさと始めろ!」

「黙れ!殺すぞテメェ!」


 演説前の掛け声レディース・アンド・ジェントルメンすらまともに済ませられない。主催側も来客側もどちらもならず者で、教養の類など持ち合わせていないのだ。一頻り罵倒合戦を繰り広げた後、司会者はようやく本来の役割を果たす。


「あー、クソ野郎のせいで無駄な時間を食っちまった。えー、それではァ奴隷競売を始めまァす」


 紳士も淑女もいない、司会の態度はクソくらえ。まさに無秩序、しかしそれでもこの場所が存在する意味は果たされる。


 競売場の奥、バトゥが言った奴隷置き場からが競売場の衆目の前に出された。首と手首を繋ぐ縄を引っ張られて、一段高くなっている台に半ば無理矢理に載せられたのは若い男だ。


「サァサァ、では始めるぞォ!まずは銅貨三枚からァ!」


 ガンと一発叩かれた木槌を合図にセリが始まる。銅貨六枚、九枚、銀貨二枚、三枚、そして五枚。そこで手を上げる者はいなくなり、購入者が決定した。


「覚えた」


 男性を購入したのは如何にも残虐そうなモヒカン男。サツトは後の捜査活動の為に両者の風貌を記憶する。無数の市民の中から記憶を頼りに手配犯を見つけ出す、そんな見当たり捜査を行ってきたサツトにとっては容易な事だ。


「続きましてはァ―――」


 商品は次々と出され、売れていく。老若男女問わず、関係者の全てを潜入調査員は記憶し、後の捜査に繋げる。


「なんだなんだァ、今日は随分と景気がいいじゃねェか!」


 いつもは出し渋りが多い奴隷商たちにしては金払いの良いセリが続いて、司会者のテンションは最高潮だ。買い手の悪人たちもげらげらと笑い、会場は熱気を帯びている。


「おい、サツト」

「なんだ」


 正面を向いたまま小声でバトゥが話しかける。サツトもまた、台の上に商品が載せられては売れていく風景を見たまま、それに答えた。


「何も買わずに出るのは疑われるかもしれん。一人で良い、奴隷を買え」

「……チッ、仕方ねェな」


 公僕公務員であり、市民の皆サマの味方。そんなお巡りさんが捜査のためとはいえ、人身売買の買い手にならざるを得ない。どうしようもない事ではあるが、警察官としての矜持が彼をイラつかせるのだ。


「さァ、今日最後の商品だァ!オラァ、お前ら金を積めェ!」


 ガンガンと木槌を叩き、司会者は奴隷商たちを煽りに煽る。


「締めはコレだァ!」


 連れてこられたのは犬、二足歩行の赤毛犬だった。


 いや、犬の獣人だ。背は小さい、百二十センチメートル程度、おそらくは子供である。着せられているのがワンピースタイプのボロ布である事からメス、否、女子である事が分かった。


「よぉし、始めるぞ!銀貨五枚からァ!」


 がぁんと木槌が打たれる。

 獣人は只人と異なり、魔力は低いが身体能力が高い。線の細い女性でも力仕事に十分な適性が有るのだ。しかしその反面、当然ながら成人した獣人を奴隷とするのは困難である。


 だからこそ、まだ力が弱く手懐けやすい暴力で従わせやすい子供はなのだ。


 銀貨八枚、金貨二枚、五枚、十枚。まだまだ上がる。


「おらおら、ドンドン上げろォ!さあ金貨十五枚、次は二十枚だ、誰かいるか~?」


 片目に大きな傷を持つ狼獣人が手を上げた。同族だろうが奴隷相手に情けなどない、それは只人と何も変わらない様子である。


「これ以上はいねェか~?どうだどうだァ!」


 盛り上がる会場とは正反対にサツトはハァと溜め息一つ。

 手を上げると同時に、彼は口を開いた。


「四十枚だ、四十」

「は、え、よ、四十!?」


 一気に倍額に吊り上がったセリ値に司会者が驚く。会場の奴隷商たちも驚愕の表情で、最高に金払いの良い男を見た。


「……おい」

「買えと言ったのはお前だろ」

「まったく、何が馬鹿な事はしない、だ」


 責めるようなバトゥの視線を躱して、サツトは司会者に目を向ける。


「オィ、まだるのか?これ以上は出さねェぞ」

「はっ、だ、誰か四十以上出す奴いるかァ?」


 獣人の子供に価値があると言っても、とてもではないが出せる金額を超えている。無理に買ったとしても、その費用分を稼ぎ出すのは難しい。それ故に会場にいる者たちは完全に沈黙した。


「よ、よぉし、決まりだ!四十枚、金貨四十枚の高額購入だ!ありがとよ!」


 ガンガンガンと木槌が打ち鳴らされる。中々見られない額での決着に、競売場の奴隷商たちからサツトに拍手が贈られた。


「おら、さっさとご主人様の所へ行け!」

「ひっ」


 司会の男にグイっと首に繋がる縄を引かれて、犬獣人の少女は怯えた様子で声を上げる。


「オイ」

「な、何か?」


 サツトにギロリと睨まれ、司会の男が怯んだ。


「俺の商品を手荒に扱うンじゃねェ」

「し、失礼しましたっ」


 金は力、それがこの場所の正義。金貨四十枚をポンと出せるサツトに対しては、司会者だろうが他の奴隷商だろうが強気に出る事など出来はしない。


「あ、あぅ……」


 自身の前に立つ目つきの悪い男。下手に動いたり喋ったりすれば殴られるかもしれない。少女はご主人様となった相手にどう接すれば良いのか分からず、震えながら俯く事しか出来ない。


 そんな彼女の頭にサツトはポンと手を置いた。ビクッと少女が身を震わせる。


 が、それ以上は何もしない。叩きもしなければ撫でもしない。


「あ、あの……?」


 困惑。自分を買った男が何をするつもりなのか、犬獣人の少女にはただただ分からない。商品奴隷となってから、反抗的な態度を取れば殴られ蹴られしてきた彼女にとってサツトの対応は予想外で理解不能なのだ。


 どうするのが正解なのか、少女が怯えながら考えていた、その時。


「いやぁ、素晴らしい」


 会場に一人の男の拍手が響いた。

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