第14話 事の裏

 異世界署のロビー。

 背もたれの無い長椅子をベッド代わりとして、幌馬車に詰め込まれていた馬賊たちは移動されて寝かされていた。パトカーに撥ね飛ばされた者、銃撃と電撃弾によって傷を受けた者、そして直接殴られ蹴られて四肢が変な方向に曲がった者。彼らはキルシュとレリの治癒魔法によって手当てされている。


「うー、大変ですー」

「いま治しますから。もう少し我慢してくださいね」


 五十人近くの呻き声の中でお嬢様はを上げながらも必死に、元聖女は安心させるように声を掛けつつ懸命に、それぞれが自分の出来る事をしていた。


「しっかし、一瞬で綺麗に治ったな~」


 アイラは自分の服の首元を少し引っ張って左肩を確認する。鎖骨が折れて赤黒く内出血していたはずの傷はすっかり綺麗になっており、痕すら残っていない。戦闘によって負傷したと第三者に説明しても首を傾げられるであろう状態である。


「流石は元聖女サマ、ってトコか?」

「そうですね。骨折を瞬時に治せる治癒術師はそれなりにいますが、瞬く間に、となると数は限られます。担ぎ上げられただけと仰っていましたが、レリさんは正しく聖女の力を持っているのでしょう」


 椅子に掛けて得た情報を書類に纏めているサツトの隣に立つヴァイスは、顎に手を当てて何度か頷きながら疑問に回答した。


「さて」


 トンと聴取書類に走らせていたペンを止める。


「過去の犯行内容についてはコレで大体分かったな」


 びっしりと時間を掛けて書き込まれたそれを眺めた後、サツトはカウンターの向こう側のバトゥに目をやった。普通の椅子では座れなかった彼は移動させた長椅子に掛けて腕を組み、微動だにせずに目を瞑っていた。


「頼みってのの、詳細を聞こうか」


 サツトの言葉に、バトゥはスッと目を開く。


「荒野の町の三番通り、そこに店を構えている少女がいる」

「リーフって嬢ちゃんだな」

「我々の拠点を攻めに来た以上は、やはり知っているか」

「まぁな。で、あの嬢ちゃんを助けろと?」


 問われて馬賊の頭目は静かに首を横に振った。


「違う……いや、そうでもない、か」

「ンだ、そりゃ」

「ああ、すまん。助けてほしいのはリーフの妹、ハルだ」


 フと小さく笑い、バトゥは依頼を口に出す。直接的に助けるのは妹、だがそれによって間接的にリーフも助けられる。そのために彼は違うと言い切れなかったのだ。


「『親切なオジサン胡散臭い奴』に『妹の病気を治してもらって妹を攫われてい』る、って話してたな」

「……その様子、事の裏は理解しているようだな」

「ただの推測だ。が、いま全部が繋がった。アンタら、あの嬢ちゃんと取引相手以上の付き合いがあるだろ。ンで、盗賊稼業も望んでやってたワケじゃねェ、と」

「む、そこまで見透かされているとは思わなかったな」


 少ない情報から自身の立場を推測され、バトゥはバツが悪そうに頭を掻く。


「その通りだ。儂らは元は遊牧民、国による迫害を避け続けて見捨てられた地へと来た。右も左も分からぬ中で人も馬も倒れていく、そんな環境で行商人であるあの子たちの両親に助けられたのだ」


 過去の出来事を思い出し、彼は少しばかり口元に笑みを浮かべた。が、それはすぐに消え、顔つきは険しく変わる。


「だが半年前、彼と彼の妻は仕事中に殺された。町に残されたハルが病気で寝込み、リーフがそれを看病している間の出来事だった」


 店を構えず、町から町へと物を運んで商いをする行商人。リーフたちの両親は娘を町の家に置いて、この地の町を繋ぐ役割をしていたのだ。しかしそれを聞いて、サツトは首を傾げる。


「治安の悪ィ町に小さい娘二人残して、か?アッという間に強盗に入られそうなモンだが」


 美名頃市特定地域には法も秩序も存在しない、それは町であっても同じだ。そんな場所に幼い娘だけを残すよりも、危険ではあるが行商に連れて行く方が幾分かマシであろう。


「ハルが病弱で旅に連れていけなかったのだ。だからこそ、我々が彼女たちを守っていた、常に一人はあの子たちの家に居るようにしていた」


 なるほど、とサツトは頷いた。直接戦った彼だからこそ理解できる、馬賊―――否、バトゥを長とする遊牧民たちは町に生息するゴロツキ達と比べると一段上の実力を有している。その力はボディーガードとして十分、彼らを信頼してリーフたちの両親が娘を残して行商に出たのも納得だ。


「だが僅かな時間、彼女達から離れてしまった。その隙に奴が入り込み、病気のハルを連れ去ったのだ。親に治療を頼まれて迎えに来た、とリーフを騙して」


 俯き、深くため息を吐く。

 その一瞬の隙さえ無ければ、バトゥ達は犯罪に手を染める事は無かったのだ。


「その『奴』ってのは?」


 サツトは問う。


「奴隷商のカーズィブだ」


 目に怒りを宿して、バトゥは忌まわしき名を口に出した。


「ううむ、やはり、ですか」

「お、何か知ってンのか」


 カーズィブという名に心当たりがある様子で、顎に手を当てヴァイスが唸る。サツトの確認に対して彼は、ええ、と一つ頷いた。


「荒野一帯を牛耳る奴隷商の親玉……いや、それだけじゃない。荒野の町を中心とする交易をも支配しようとしている人物です。少女たちの両親を殺したのはバトゥさん達を支配するのと同時に、おそらくは交易独占を目的とした面もあるのでしょう」


 そう言って彼は壁に掛けられた額縁を見る。立派な装飾のそれに納められているのは、手書きで歪な特定地域の地図であった。キルシュたちと出会う前に、サツトがあちらこちらへ走り回って作ったものだ。


 異世界署を中心として、八方向に存在する町が記載されている。それぞれに固有の名が無いため、町が存在する場所の特徴を元に名付けがされていた。サツトがヴァイスたちを助け、リーフと出会ったその場所は乾いた砂礫が散る『荒野の町』である。


 東に位置する荒野の町、そこから南北にある二つの町。町を繋ぐ交易で生じる利益は多く、それを独占できるならば非道残虐な行為に及ぶ者がいるのも当然だ。リーフたちの親も馬鹿ではない、護衛も伴っていたのであろうが彼らの予想を超える襲撃を受けたのだと想像が出来る。


「殺人の指示役、未成年者誘拐の主犯、その他の余罪諸々か」


 腕を組み、サツトはフンと鼻で笑った。


「ヨシ。次の捜査対象は人身売買組織の頭、カーズィブだ」


 目標を決めたお巡りさんは立ち上がる。


「……感謝する」

「別にアンタらの為じゃねェよ。悪ィ奴は捕まえる、攫われた子供は取り戻す、それだけの話だ。オレ達ゃ、市民の皆サマを守る警察官だからな」


 深く頭を下げるバトゥに対して、サツトは肩をすくめて首を横に振った。感謝される謂れも無ければ、褒められる理由もない。お巡りさんが弱き者の為に動くのは当然の事なのだ。


「あァ、そうだ」


 捜査の準備に取り掛かろうとした所で、サツトはピンと何かを思い出した。


「この建物タテモンの地下に警察騎馬隊用の施設がある、アンタらの馬はそこに入れとけ。冷暖房完備だからな、クソ暑い屋外に放っておくよりは良いぜ」


 悪を取り締まるとしても、それに使われた動物に罪などない。

 罪が無いのであれば手厚く保護するのが当然である。


 彼に案内された元馬賊の遊牧民たちは、見た事も無い設備に驚く事になったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る