第四節

第13話 司法取引

「お嬢様、戻りました~」


 入口の自動ドアが開くと同時に、リヒトが疲れ果てた声で帰還を告げた。丁度ロビーの掃除をしていたキルシュは、労いの言葉を掛けようと彼の声に振り向く。


「リヒト、お疲れさ―――お馬さんが一杯!!」


 驚愕のあまり、彼女は声を上げた。キルシュの声に、別室にいたダイモン達もぞろぞろとロビーへとやって来る。彼らが外を見ると、異世界署の敷地内に、いつの間にか五十頭を超える馬がいた。暴れるでも逃げ出すでもなく、大人しく敷地内を歩き回っている。


「これはこれは、随分と大勢のお客様ですな」


 ほっほ、とダイモンが笑う。リヒトたちが戻ってきたのならば馬賊との戦いに勝ったという事。そして馬を連れてきたという事は、馬賊たちを連行してきたと理解したのだ。


「オイ、ちょっと手伝え。人数が多いのと怪我人ばっかりで運べねェ」


 パトカーに無理やり縄で結ばれた、大きな幌馬車からサツトが顔を出す。幌馬車の中からはうめき声が聞こえていた。


「アンタらは自分で歩け」


 ガチャと後部座席のドアを開ける。


「分かっている」


 狭い場所からぬぅっと、巨人バトゥが現れた。


「いつつ……」


 リヒトの剣撃で壊れた左肩を擦りながら、アイラも車から降りる。


 バトゥとアイラ、二人の両手首には手錠は掛けられていなかった。






 時は少し遡り、署へと帰還するパトカーの中。


「狭いな……」


 巨体を狭い車内に無理に詰め込まれ、バトゥは窮屈そうにしながら呟いた。頭は当然の如く天井に付いており、それどころか首を大きく傾げるようにしなければ座っていられない。


「親父、大丈夫か?」

「儂は大丈夫だ。それよりアイラ、お前の肩は」

「この程度でアタシがどうにかなるワケが、いつつ……」


 父の手前、弱気になれないと気を張るが、それよりも肩から発する激痛が上回る。当然だ、肉を斬られはしていないが骨は折れているのだ。治癒魔法を掛けられて多少はマシになったが、リヒトの慣れないそれでは痛みの軽減が限界であった。


「異世界署まで我慢してくれ。戻ればお嬢様が治してくれる」


 後部座席を振り返ってリヒトは言う。彼と違ってキルシュはしっかりとした治癒魔法の心得があるのだ。サツトと出会った時に彼女達を襲っていた馬賊、彼らを逮捕した後に治療したのも彼女であった。


「バトゥ、アンタあんまり動くンじゃねェぞ。ハンドルが取られるからな」


 前を見たまま、サツトはニヤリと笑った。筋骨隆々かつ背丈もある事でバトゥの体重は二百キログラムを遥かに超えている。それがパトカー後部座席の片側にだけ乗っている、体重移動が発生すれば車そのものがそれに引っ張られてしまうのだ。


「分かっている、だからこそ窮屈さに耐えているのだ」


 フンと鼻で笑って、バトゥもまた笑みを浮かべる。

 つい先程まで殺し合いを繰り広げていた両者とは思えないやり取りである。


「しかしまあ単純というか、理解不能というか……」


 リヒトはポツリと漏らす。

 強者は戦いの中で理解し合う、とはよく言うが彼は今まさに目の当たりにしていた。一対一、全力でのり合いでサツトとバトゥはお互いを解したのだ。信じられない話であるが、パトカーの中の雰囲気が殺伐としていない以上は納得するしかない。


「ま、アタシらは血の気が多いからね。それはそうとアンタも中々強いじゃない、ヒョロく見えたのに」


 助手席シートに顎を載せて彼に顔を近付け、アイラはニッと笑った。彼女の失礼な物言いにリヒトはムッと顔を顰める。


「誰がヒョロいって?そんな奴に倒されるお嬢様は何処の誰だったかな?」

「言ったな、リヒト~」


 彼の失礼な物言いを受けてもアイラはニヤニヤするだけ。

 こちらの二人もまた、いつの間にやら親しくなっていた。


 が。


「おい、小僧」


 車内の空気が瞬時に変わる、バトゥの殺気で満ちたのだ。


「あまり調子に乗るなよ……?」

「あ、ハイ……」


 彼の眼光がギラリと鋭くリヒトを貫く。

 そう簡単に娘はやらん、という父親の圧である。


「おいおい親父ぃ。アタシ、そんなに尻軽に見えるのかー」

「む。いや、そういうわけではないが……」


 リヒトは揶揄われて、バトゥは口ごもる。負傷しているにもかかわらず、アイラは青年と父親の双方を手玉に取っていた。そんな勢力図を傍から見て、サツトは声を上げて笑う。


 しこたま笑った後、彼は真面目に話を始めた。


「さて、アンタらのこれからについてだが」


 チラリと後部座席と、その向こうの幌馬車に目をやる。二人以外の馬賊は手錠で拘束した上で纏めて一台の幌馬車に放り込み、縄を使ってかなり無理矢理にパトカーで牽引していたのだ。


「本来なら誘拐強盗傷害の罪状で逮捕だ。ココ特定地域には裁判所がねェから判決もクソもねェが……まあ懲役刑ってコトにして、署の地下で労働に従事してもらうのが通常刑罰だ」


 逮捕、取調べ、起訴、裁判、判決。刑事司法の一連の流れだが警察署しか存在しない異世界では、日本の司法制度をそのまま適用する事は不可能だ。


「しかしまあ、現状コッチは人手が足らねェ。猫の手も借りたいってのが正直なトコだ」


 現在の異世界署の組織図は、所長兼巡査部長、副署長、副署長補佐、巡査見習い、そして法律学習中の民間人二人、である。実働部隊はたった二人、とてもではないが警察の存在意義である治安維持の役割を果たす事など出来はしない。


「で、だ。犯罪行為の内容を全て白状ゲロした上で、警察署の業務を手伝うってンなら無意味な懲役刑は免除しよう、と考えてる。マァ、イチ警察官の職権範囲を思いっ切り逸脱しまくってるが、背に腹は代えられねェからな。司法取引だ、シホートリヒキ」

「はぁ?」


 サツトの言葉の意味が理解できず、アイラは首を傾げた。


「あー、仲間になるなら助けてやる、で……良いのかな?」

「ま、簡単に言っちまえばそういう事だ。とはいえ罪は罪、別で何かしらの罰は受けてもらうがな」


 リヒトの要約を肯定したうえで、サツトは絶対に譲ってはいけない部分だけは念押しする。バトゥたちによって捕らえられ、奴隷として売り払われた者も多いのだ。決して潔白ではない、即ちお巡りさんが簡単に無罪放免と言って、咎の手枷を外せる相手では無いのだ。


 彼の提案を受けて、バトゥとアイラは少し考えて答えを出した。


「受けるよ、その提案。アタシらにとっても……丁度良い、のかも」

「丁度良い?」


 何処か悲し気な表情を浮かべたアイラがポツリと漏らした言葉にリヒトは首を傾げる。捕まった事が丁度良いというのはどう考えても妙だ。


「……一つだけ、頼みがある」

「なンだ?他の連中を逃がせ、とかはナシだぞ」


 そんな事は言わん、とバトゥは口にする。その様子はサツトとやり合った時とはまるで違った。身を包んでいた覇気はすっかり消え去っている。


「ある少女を、助けてほしいのだ」


 切実に。

 心の底から。


 彼はサツトへと願い出た。

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