第12話 モノホン

「ぐはぁッ!」


 サツトに蹴り飛ばされた馬賊の一人が、天幕を破って転がっていく。


「チッ、銃が壊れると面倒臭ェなァ」


 無茶な改造を施した銃火器は、馬賊全員を倒すまでには至らなかった。既に彼はそれを放り捨てている。警棒を使いつつ体術を以って、サツトは残り十人を切った馬賊たちを順調に打ち倒していく。


「はぁッ!」


 強く踏み込んで、リヒトは鞘に納めたままの剣を振った。サツトの十分の一程度の活躍ではあるが、彼もなんとか馬賊を倒している。当然彼が慣れない手で打ち放っていた銃も壊れており、上司同様にガラクタは地面の上である。


「アンタ、その腰にあるのも銃だろ!?そいつを使えば良いじゃないか!」


 ふうふうと荒く息を吐きながら、リヒトはサツトの腰のホルスターを指した。


「ネオホクブM60、コイツで止められる相手ならそうするな」


 そう言って彼は最奥の天幕に特殊警棒を向ける。


「だがなァ……世の中にゃ、銃弾程度じゃ止められねェ奴もいるのさ」


 天幕の入口に垂れる布が揺れた。


 と同時に。


「兄弟の仇ッッッ!」


 一つの影が、放たれた矢の如き凄まじい速さでサツトに突っ込んできた。


「でやあァァッッッ!!!」


 駆ける速度そのままに、それは携えていた槍で突きを放つ。

 狙うのは当然、突然襲撃してきた相手の首、即ち命だ。


「らァッ!」


 だがしかし、警棒に横から叩かれて槍の穂は狙いから外れた。


 狙いが何処であるかを分かっていれば、それに対応する事はさほど難しくはない。天幕の中から漂っていた殺気と、飛び出してきた影が持つ得物を見た瞬間にサツトは相手の考えを看破したのだ。


 突撃してきた人物の腹に前蹴りを食らわし、彼は体勢を整える。


「ぐ……ッ」

「……女!?」


 よたよたと数歩後退した人物を見てリヒトが驚いた。

 馬賊の中に女性がいた事に対してではなく、男よりも本来筋力に劣る筈の女性が繰り出した先程の攻撃の鋭さに、だ。魔法による力の向上などがあれば、女が男に力で勝る事も出来る。だがしかし、彼女からは魔法を発動した気配を感じられない。


 それはつまり、馬賊の女性の身体能力が並外れている事を示していた。


「おい、コイツ相当強いぞ」


 槍を構え直す彼女と向き合いながら、リヒトは小声でサツトに伝える。


 しかし。


「違う、違うなァ……」

「は?」


 クキクキと首を鳴らして、彼は言った。

 意味が分からない発言に対して、リヒトは首を傾げる。


「もう一人居ンだろ、そこに。さっきから空気が張り詰める位に殺気を垂れ流してる奴が」


 警棒で肩をトントンと叩きながらサツトは、僅かに捲れた天幕の入口を睨む。


 大きな天幕、当然ながら入口もそれ相応だ。

 であるにもかかわらず、その男は僅かに身を屈める。


 ぬうっと。

 巨大な槍を片手に、馬賊の頭目バトゥが現れた。


「な……で、デカい……!」


 現れた男の姿にリヒトは驚愕する。

 見上げる程の背丈に頑強な肉体、同じ人間である事を疑いすらする巨躯である。


「ハッ。やっぱ居やがった、モノホンだ」


 サツトは片方の口角を上げてニイィと笑う。


 「時々居ンだよなァ、お前みてェな奴が。反社の組長や若頭、海外マフィアの殺し屋に秘密結社の改造人間、どれもこれも覚悟ガン決まってイカレてやがる」


 此処異世界に来る前に対峙してきた者達の顔を思い浮かべながら、お巡りさんは目の前の相手を見る。銃弾も砲弾も物ともせずに向かってきた連中と巨躯の頭目の姿が重なった。


「何を言っているのかは分からん。だが覚悟というならば貴様も同じだろう?」


 背丈の違いで見下しながらも、バトゥはサツトを同等の存在として評価する。彼もまた対峙する相手が、何か大きなものを背負って強い強い覚悟を持っている事を理解していた。


「オイ、巡査見習い。そっちの、任せンぞ」

「アイラ、そちらの青年の相手をしろ」


 お互いに隣にいる者へと指示を出す。


 そして。


「コイツは―――」

「この男は―――」


 どちらも顔に凄絶な笑みを浮かべて、両者は相手へと駆け出す。


「俺が逮捕るッ!」

「儂がるッ!」


 先手はリーチに勝る槍を持つバトゥだ。

 サツトを貫かんと剛槍の突きが繰り出される。


「ぐぅッ」


 ギリギリのところで、その一撃を警棒を盾にして横に逸らした。だがその衝撃を完全に逃す事は出来ず、腕から胸にかけて身体が悲鳴を上げる。だがそれで止まる程、お巡りさんは弱くない。


「おおォッ!」


 大きく一歩、二歩。捌いた槍が戻るよりも先にサツトはバトゥへと突っ込む。得物のリーチは圧倒的な差であり、殺すための武器と捕えるための装備では威力が違う。である以上、インファイトに持ち込んで攻めるしかないのだ。


「ッらァッ!」


 水平に振られた警棒がバトゥの首に襲い掛かる。刃は無くとも鉄の塊だ、十分な膂力を以って急所に当てられれば巨躯であっても無事では済まない。馬賊の頭目は瞬時にそれを理解するが、避けるにはサツトの攻撃が速すぎる。


「ぬぅッ!」

「ちィッ」


 バトゥは左腕を盾にした。分厚い筋肉によって警棒は受け止められたのだ。ミシリと鉄の塊が食い込むが、骨を折るまでには至っていない。


「オオオッ!」


 大男が咆哮する。ブオンと凄まじい風切り音を伴って、槍が振られた。渾身の力を込めて薙がれたそれは槍の穂で突くでも斬るでもなく、ただの棒として、棍としてサツトを捉えた。


「が……ッ!」


 攻撃を放ったその隙を突かれた反撃。一瞬遅れた反応の結果、彼はバトゥの一撃を脇腹に受けてしまう。剛腕が繰り出す力によって身体がの字に曲げられる。そしてそのまま、槍は振り切られる。


「ぬぅんッ!」


 片手一本、それでバトゥはサツトを吹き飛ばした。転がす程度の力ではない、完全に身体を宙へと投じる膂力だ。


「ぐは……ッ」


 木箱が、木材が砕け散る。サツトはガラガラばらばらと散り積もる残骸の中へと埋まった。


「なっ、おい!大丈夫―――」


 無敵とも呼べるほどに強い巡査部長、そんな彼が倒された。まさかの出来事に驚愕し、リヒトは思わずそちらを見てしまう。


「よそ見とは余裕だなッ、ハァッ!」


 一対一。その状況で意識を別へ動かしたなら、それは隙だ。そしてそんな好機を、父から戦いのイロハを学んできたアイラが逃すはずはない。


「うっ!?」


 胴の中心を狙った鋭い突き、ギリギリの所でリヒトはそれを剣で受け止め捌く。しかし躱し切れずに、槍の穂が彼の左腕を掠めて傷付けた。


「あ、危な……」

「チッ」


 距離を取り、お互いに得物を構える。

 それぞれ上司と父親と比べるとまだまだの戦闘能力ではあるが、どちらも常人よりは腕が立つ。そして両者の実力は拮抗していた。相手の隙を突こうと狙うも、それは対峙する者も同じ。それ故に決定打に欠ける戦いを繰り広げていた。


「ふッ!」


 再びアイラが突きを放つ。


「たッ、はァッ!」


 槍を払い、踏み込み、斬りつける。その三連動作を流れるようにリヒトは実行する。だがしかし。


「甘いッ!」

「ぐ……ッ」


 白刃が頭に落ちる寸前で、アイラの前蹴りがリヒトの腹に刺さった。咄嗟の一撃だった事で大したダメージにはなっていないが、それでも体勢を崩すだけの威力は有している。


「はッ!」


 縦に一度円を描き、槍が振り下ろされる。父親のように力任せに振るう棍としての使い方ではない、槍の穂で相手を切断する斬撃だ。遠心力を載せたその一撃は、岩すらも両断する威力を持つ。


「ッ!」


 躱せない。そう判断したリヒトは剣を盾にする。


 凄まじい音を立てて、両者の刃が衝突した。


「ッてェな……」


 よろよろとサツトが身を起こす。身体の上に積もった木切れを退け、横腹を擦りながら立ち上がる。


「オゥ、待っててくれてありがとよ」


 ニヤリと笑って彼はバトゥへ場違いな礼を言った。


「フン、何を言う。貴様がわざと隙を作っていた事は分かっていた。追撃すれば致命の反撃を、アイラの助けに入ろうとしたならば奇襲を仕掛けるつもりだったのだろう?」

「致命とか人聞き悪ィ事言うなよ、命は取らねェよ。俺ァお巡りさんなんでな」


 足元の邪魔な木切れを踏み潰し、サツトは一歩一歩バトゥへ近付く。


「無手で来るか。それで勝てるつもりか、侮られたものだな」


 先程まで彼の手にあった警棒は姿を消していた。吹き飛ばされ、木箱木材に衝突した際に手から離れてしまったのだ。槍を相手に徒手空拳で立ち向かう、あまりにも無謀である。


 が。


「何言ってンだ、得物ナシはお互い様だろ?」


 サツトは指をさす。彼の指す先は、バトゥが持つ剛槍だ。


「む」


 それの中程に亀裂が走っていた。穂の重さに耐えられなくなり、少し遅れてそこからベキリと折れる。


「フッ飛ばされた時に殴っておいたンだよ、これでイーブンだ。まさか折れた棒切れで戦うつもりじゃねェだろうな?」

「……やはり、手練れだな。無論だ、万全ではない得物で勝てるような相手ではない事は理解している」


 フッと笑い、バトゥは武器としての役目を果たせなくなった棒切れを放り捨てた。


 両者は拳を握って構える。


「いくぞ、オラァ!」


 先駆けたのは先程とは異なりサツトだ。

 素早く接近し、胴を目掛けて蹴りを放つ。


「ぐ……ッ」


 サツトの右脚は相手の左わき腹を正確に打った。

 が、それはバトゥの思惑通りだ。彼は左脇を締め、腕でサツトの足を挟み込んで動きを止めた。簡単な方法で相手を斃す事など初めから考えていない、一撃程度は貰っても構わないという行動である。


「ぬおォッ!」


 脚を固定した状態で、バトゥは右の拳を繰り出す。ただのパンチだ、しかし彼の体躯と膂力によって岩砕の一撃となる。


「ふッ」


 自身の顔面目掛けて打たれる巨拳。左足を地から離して、身体を無理やりに反らして躱す。そしてサツトは宙に浮いた脚を、振り抜かれた腕へと絡ませる。


「ンぬォりゃァッ!」


 体勢が変化した事で右足の拘束が緩んだ。素早く引き抜いて、バトゥの腕に絡ませた左脚の力で身体を浮き上がらせ、上体を捻じる。遠心力を載せた右のソバットがバトゥの右こめかみに炸裂した。


「ぐ……お……ッ」


 人体の急所に強烈な一撃を受け、脳を揺らされた事で巨躯が大地に片膝をつく。


「親父ッ!」


 無敵の父親が倒れようとしている。信じられない光景に、アイラは思わず意識をそちらへと向けてしまった。そう、一対一で敵と対峙しているにもかかわらず。


「はァッ!」

「は、しまっ―――」


 アイラが気を逸らしたのは一瞬。

 だがその刹那でリヒトには十分だった。咄嗟に突き出された槍を躱して剣の間合いまで接近し、剣を振る。魔力を纏わせたそれは、防ぐ術を持たない相手の肩にめり込み鎖骨を砕いた。


 警察官は相手を殺さず逮捕する。

 リヒトは剣を魔力で覆って、みね打ちに等しい斬撃を放ったのだ。サツトの教えを忠実に守ったのである。


「ぐ、あ……」

「はッ!」

「か……ッ」


 更に一撃。リヒトは刃を引くと同時に剣の柄で、アイラの顎を掠めるように横に打った。急所を殴られて彼女の手から槍が離れ、意識が飛ぶ。全身に漲っていた力が霧散し、ぐらりと身体が揺れた。


「おっと」


 倒れようとしていた彼女をリヒトが受け止める。

 彼の戦いは、勝利で終わった。


 一方。


「ぐ……おおォォォッ!」


 娘が倒れた光景を目にして、バトゥは咆哮した。闇へと落ちそうになっている意識を無理やりに引き戻し、その身体に再び力を漲らせる。今ここで自身が倒れれば、アイラも他の者達も助からない。彼女達の長としての矜持が、彼を蘇らせた。


 が。


「五六四の逮捕術が一つッ!」


 バトゥが再び動き出すよりも先にサツトが動いた。右手を広げて五指をかぎ爪のように立てる。肩から腕、腕から手、手から指へと力を伝達させていく。


指震ししんッ!」


 右から左へ腕を振る。鉄を破砕するが如くの力を有した右の五指が、バトゥの左側頭部に突き刺さった。


「ぐ、ガァ……ッ」


 ミシリと音を立てて食い込んだ五本の指。そしてそこから伝わった強烈な衝撃が、彼の脳を強く揺らす。如何に巨躯であろうとも、どれだけ身体が筋肉の鎧を纏っていようとも。中身を鍛える事は出来はしないのだ。


 バトゥの目がグルンと上に動く。白目を剥いた彼の身体から力が失われる。巨体はゆっくりと前に動き、ドズンと大地に倒れ伏した。


「ヨシ、制圧完了!……つつ、いてェな、畜生」


 わき腹を擦りながら、サツトは周囲を確認した上で事態の終了を宣言する。


「こっちも終わったぞ」

「お、中々やるじゃねェか」

「これでも剣の腕には自信があるんだよ」


 へッと笑う上司に対し、リヒトは肩をすくめた。


 こうして、馬賊との戦いは終わりを告げたのだった。

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