第11話 馬駆る野盗

 岩影に隠す形でパトカーを止めてサツトは岩の上に登り、リヒトもそれに続く。二人は相手から見つからないように姿勢を低くしながら双眼鏡を覗いた。


「アレだな、連中の拠点は」


 門のような奇妙な形で組み合わさった巨岩。その下には幾つもの人の背丈程度の大きさの岩が転がっており、それらを利用して天幕が張られている。古ぼけた木材で作られた簡素なぼうの中には、彼らが馬賊と呼ばれる所以ゆえんが繋がれていた。


「馬房に空きは無し……拠点から出てる奴はいないみたいだ」


 遠くを間近に見る事が出来る異世界の道具。ここへと来る前にサツトから渡され、景色を眺めて練習した事でリヒトはそれを上手く使えていた。拡大倍率を調整し、左から右へとゆっくりと動かして馬賊の拠点を確認する。


 五十以上と噂されていた彼らの人数は正解だったようで、巨岩の下には大勢の人影があった。


「おい、どうするんだ。相手はこっちの二十倍以上だぞ」


 二対五十、彼我ひがの戦力差は圧倒的だ。強盗誘拐などの荒事に慣れている賊である以上は、一人一人の実力もそれなりにあるだろう。となれば真正面からやり合うのは得策ではない。


「夜を待って奇襲するか?それとも拠点から出た奴を各個撃破するのも……」


 戦いの定石をダイモンから学んできたリヒトは、その中から活かせそうな作戦を口に出す。少数が多数に勝つのは本来は困難な事、数の優位をひっくり返すには綿密な準備と優れた戦術が必要なのだ。


 が。


「ヨシ、行くぞ」

「は?行くって何処へ」


 すっくと立ちあがったサツトに対してリヒトは問う。


「あァ?ンなモン決まってんだろ」


 お巡りさんは彼方を指さした。


「連中にアイサツしに、だ」


 サツトの発言を聞いて、リヒトはあんぐりと口を開ける。

 何を言っているのか。人数の差は圧倒的、真正面から突っ込むなど自殺行為以外に言いようのない無謀である。確かに一応の上司である巡査部長の戦闘能力が高い事は理解しているが、相手は連携も何もなく襲ってくる町のゴロツキとは違う、一つの組織なのだ。


「ダイジョーブ、ダイジョーブ。ヤれば出来る、ヤらなきゃヤられる、何事も、って言うだろ」

「言わない!なんだその物騒な格言は!」

「あれェ?美名頃市では有名な言葉だったンだがなァ……」


 心底不思議そうにサツトは腕を組んで首を傾げる。彼のいた場所の常識は随分と歪み切っていたようである。少なくとも法も秩序も無いこの場所よりも、ずっと危険な日常が繰り広げられていたのだろう。地獄かな?リヒトはそう考えた。


「まァ良い、ンじゃ行くぞー」

「え、ちょ、本気か!?」

「冗談吐くように見えるか?」

「……」


 振り返ったサツトに対して、巡査見習いは閉口する。少なくとも下らない冗談を言うような人物ではない事は、この数日でしっかりと理解していた。つまらない話をするくらいなら手を動かせ、そういう人間だ。


 そしてそれはつまり、彼が行くと言ったら行く、という事だ。運命は既に決まっている、荒野を一人で歩いて帰るのは不可能なのだから。


 深い深いため息を吐いて、リヒトはサツトに従ってパトカーへと乗り込んだ。


 踏まれたアクセルに従ってエンジンが唸り、高速回転を始めた四つのタイヤが荒野を削る。かなり乱暴なハンドル捌きで車体は大きく振れ、蛇行しながら目標へと突撃していく。


「スイッチィ、オン」


 そう言いながらサツトは左人差し指を立てて、スイッチを入れた。


「うわっ!?」


 パトランプが点灯し、ウゥウゥとけたたましくサイレンがが鳴る。助けられた時以来の騒音に、リヒトはビクリと身体を跳ねさせた。


「ちょ、おまっ!なんで!?なんでコレ付けた!?」

「ハァ?」


 驚愕の表情でスイッチを指さして、彼はサツトに猛然と問いかける。その意図が分からない様子でお巡りさんは、リヒトの事を一瞥して更にアクセルを踏み込んだ。


「悪ィ奴らに知らせるために決まってンだろ!お巡りさんが来たッてェ、理解させるためだッ!」


 彼の思惑の通り馬賊たちは、騒音をまき散らしながら高速で接近してくるパトカーを発見して防備を固め始めていた。剣や槍を持って集合し始めており、物見櫓でいち早く接近する物体に気付いた者は弓に矢をつがえている。完全に臨戦態勢だ。


 射程に入ったサツト達に向かって矢が放たれる。流石は馬を駆る賊、動く目標に対する射撃はお手の物。正確に飛んだ矢はパトカーへと突っ込んでいく。


「おうオゥ、お上手さん。だがなッ!」


 素早く右に左にサツトはハンドルを切る。自らに向かって飛来した矢を巧みに躱し、なおも加速していく。


「攻撃してきたなァ!?公務執行妨害ィ!!!」

「お、おいっ、おいッ!ちょっと!?」


 バンバンと大焦りしてリヒトが運転手の肩を叩く。

 しかしサツトは止まらない。


「五六四の逮捕術のひとーつッ!」


 馬賊の拠点へ突っ込む寸前で、グイっと強く左に切る。と同時にベタ踏み状態だったアクセルから足を離すと、後輪が滑り出した。そして再度、アクセルを踏み込む。


「暴徒鎮圧ドリフトォッ!」


 まずは物見櫓を破壊して倒し、続いて迎撃に集まっていた馬賊十人ほどを撥ね飛ばした。剣も槍も通らない頑強な鋼鉄の塊での体当たり、誰も殺さない無力化の妙技である。


「い、いやいやいや、普通死ぬって……」


 道路交通法順守、シートベルトをしていた事で幸いにして吹っ飛ばなかったリヒトはぐったりしながら呟いた。そこら中に転がった馬賊たちは、誰も彼もが四肢の何処かがあらぬ方向に曲がっている。無力化という最終目的は達成しているが、やり方があまりにも乱暴だ。


「なにもして無ェのにへばってンじゃねェ、やるぞ」

「分かったよ……」


 二人はダッフルバッグを手にパトカーから降りた。


「兄弟ィ!?」


 遅れてやってきた馬賊が仲間たちの惨状を見て叫ぶ。他の者も続々と天幕や岩陰から駆け出してきて、サツト達と対峙する。現れた馬賊たちの目は血走っており、全員が激高している事が一目で分かる。


「ナニモンだ、お前ら!!!」


 剣の切っ先をサツトに向けて、賊の一人が怒りの問いを発した。普通の人間ならば怖気づいてしまうであろうそれを真っ向から受けても、市民のために戦うお巡りさんはニィと笑うだけだ。


「俺達は、お巡りさんだよ」

「何ィ?そうか、近頃あの町で騒ぎを起こしてやがる奴か!よくもやってくれたな!生きて帰れると思うなよ!!!」


 馬賊はヒュッと剣を振る。

 対してお巡りさんはダッフルバッグから軽機関銃サブマシンガンを取り出した。


「テメェらには強盗及び誘拐の嫌疑が掛けられてる」


 サツトは銃口を、彼らに向ける。


「ご同行いただけますかァ?」

「はぁ?何を言って―――」


 任意同行の要請に対する返答よりも先に、ダバパッと連続した発砲音が響いた。


「あ、がががッ!?」


 何かが突き刺さった鋭い痛み、それから一拍おいて全身の筋肉が硬直する。電撃だ、発射された何かから馬賊の身体に電流が走ったのだ。その力は男たちの意識をトバすのには十分で、最前列に居た数名がバタバタと崩れ落ちた。


 無線式ワイヤレス電撃弾スタンバレット

 ショットガンバレルに換装された大口径軽機関銃から発射されたそれは、人体に衝突すると同時に内部の装置が起動し、対象に十数秒間電撃を与える。要するにスタンガンの遠距離無線版であるわけだが、本来は二発装填のショットガンにしか対応していない。サツトはそれを、セミオート軽機関銃サブマシンガンで発射できるように無理やり改造したのだ。


「武器携帯で銃刀法違反、それによる反抗で公務執行妨害。現行犯だ、これより鎮圧する」


 ニヤリとサツトは笑う。横に並んだリヒトは何とも微妙な表情を浮かべながら、巡査部長に従って銃口を馬賊に向けた。


 無慈悲な銃声が、馬賊の拠点に響く。


 拠点の最奥。

 そこには四方二十メートルの大きな天幕が張られている。内部には襲撃計画を練るための大きな机と広げられた地図、そして頭目のみが腰を下ろす事を許される椅子が一つ。


 その座に立派な体格の男が掛けている。

 茶色の髪はほぼ坊主に近いほどに刈られており、馬を走らせた際に頭髪が邪魔にならない事を優先させた髪型だ。両腕両脚は一般的な人間の胴体ほどに太く、彼の胴体はもはや巨木のようである。


 当然ながらその身は筋肉で覆われており、煉瓦を思わせる腹部のそれは八つに割れている。鎧要らずの身体は、修練を積んでいない雑兵の剣槍では貫けないだろう。


 独特な模様が刺繍された丈の短い前開きの薄黄色シャツは胸の筋肉によってほぼ役目を果たしておらず、茶色のハーフパンツも脚によって張り裂けそうである。足元は焦げ茶色革のブーツだ。


 彼こそが馬賊の長、バトゥである。


「親父ッ!」


 天幕の入口から一人の女性が駆け入ってきた。

 長い茶色髪を後ろで三つ編みにしており、それには黄色布が編み込まれている。気の強そうな目に宿るのは赤褐色の瞳。濃い茶色のインナーに独特の模様が刺繍された薄黄色のジャケットを着ており、下は茶色の長ズボンを履いている。足元は黄土色の編み上げサンダルである。


「アイラか。何者が来た?」

「分からない、でも二人だけ。それなのに止められない、不思議な魔法を使ってくる!皆が戦ってるけど勝負になってない!」

「魔法、か」


 バトゥはやおら立ち上がる。

 アイラは百七十センチメートルを超える長身だ。しかし彼女は見上げなければ彼の顔を見る事は出来ない、それ程に彼の背丈は高かった。なぜならばバトゥは二百三十、人の常を超える巨漢なのだから。


 他の馬賊たちも一族であるが、二人は実の親子だ。


 絶え間なく響く銃声、倒れる仲間たちの叫び声。

 それを聞くバトゥの娘と同じ色の瞳には、凄まじい鋭さの光が宿っていた。

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