第10話 準備と闇秩序

 馬賊の本拠へ突入する以上は準備が必要、二人は一旦異世界署へと戻ってきた。


「あ、おかえりなさーい」


 建物の入口でキルシュが出迎える。

 パトカーを横付けして、サツトとリヒトは車から降りた。


「戻りました、お嬢様」

「怪我はない?大丈夫、リヒト」

「はい、今回


 一音だけ強調した彼は隣の上司を一瞥する。が、サツトはまるで気にしていない様子で、サッサと一人で異世界署へと入って行ってしまった。残念ながら仕返しは失敗である。


 彼の後を追ってリヒトは階段を下り、B1とペンキで乱暴に書かれた扉の前へと至った。鋼鉄のそれは見るからに頑強で、その奥に地上一階に置かれている書類などとは違う重要な何かが保管されているであろう事が分かる。


 サツトが壁の端末にカードをかざすとガチャンと音が鳴った、扉が解錠されたのだ。鍵穴に鍵を差し込まずに開ける扉などリヒトは見た事が無い、驚きである。


 重々しい音を立てて、サツトによって扉が開かれる。


 奥行きはおよそ三百歩ほどで、横幅は百歩ほど。幾つもの黒い扉付き棚が置かれており、鍵が掛けられたその中には何か分からない物体が仕舞われている。それらをリヒトは知らない、が彼は理解した。


「武器庫……?」

「お、よく分かったな」


 少しだけ意外そうにサツトは振り返ってリヒトを見る。


「暴徒反社マフィアに悪の組織と戦い、市民の皆サマを守る美名頃市みなごろし警察が誇る鎮圧制圧用装備の保管場所の一つだ。勝手に色々触るンじゃねぇぞ、身体が木っ端微塵になるからな」

「怖っ」


 ケケケと笑いながらサツトは奥へと歩んでいく。恐ろしい忠告を受けてリヒトはおっかなびっくり彼の後を付いていった。


 最奥にはポツンと置かれた、天井照明に煌々と照らされている長机があった。


「これは……?」

「改造台だよ、カイゾーだい。五十人以上を纏めて逮捕するには二人じゃ流石に手が足りねェ、かといって対戦車ロケランぶっ放して拠点ごと破壊するわけにもいかねェ。連中が馬賊ってコトはお馬さんがいるかンな、動物愛護の精神は大切タイセツ」


 馬守らなければならない、正義のお巡りさんは動物に優しいのだ。その代わりに悪人に対しては容赦しない、人間だけだったらサツトは確実に拠点ごと吹き飛ばしていたであろう。五六四の逮捕術の一つ、ロケラン峰打ちが炸裂したのは間違いない。


 喋りながら彼は数丁の銃と幾つかの小型装備を持ってきて、長机の上に乱暴に放った。先程の忠告を短時間で忘れるはずもない、その音にリヒトはビクッと身体を跳ねさせる。


「ウシ、じゃあマァやるか」


 作業用の黒手袋を装備して、サツトは慣れた手つきで武器を分解していく。それを見守るリヒトには彼が何をどうしているのかは分からないが、とても細かい作業を爆速で実行している事だけは理解出来た。


 およそ十五分。バラバラにされた複数の機械は再度組み合わされ、所々をビニールテープで乱暴に留められた状態で一つになった。


「なんだよ、それ」

短機関銃サブマシンガン。取り回ししやすい小型だが口径を少しばかり変更して、ちょーっとトクベツなオプション追加した特殊改造品だ。コイツを持ってくぞ」

「何を言ってるのか、まったく訳が分からない」


 会話しながらサツトは手早くもう一丁組み上げた。それをダッフルバッグに入れて、対応する銃弾が詰まった箱もどさどさと放り込む。武装の準備を終えた二人は物騒な物で一杯の部屋を後にして地上へと帰還した。


「失礼、サツト様。少々お話が」

「おン?なんか用か副署長補佐」


 建物を出ようとした所でダイモンによってサツトは呼び止められる。彼に促されるまま、二人は受付カウンターへと戻った。


「こちらの品々、どちらで入手されたのでしょうか?」


 カウンターの上に広げられていたのは、荒野の町で健気に頑張る少女の店で情報提供の礼代わりに買った物であった。


「小さな女の子が店番してるお店です、ダイモンさん」

「ふむ……そうか」


 リヒトの説明を受けて、ダイモンは顎に手をやって眉間に皺を寄せる。


「何か気になる事でも?」

「この乾燥植物は危険な毒物なのだ」

「ええ!?」


 衝撃の事実を聞かされてリヒトは驚く。当然だ、持ち帰る際に素手で何度も触っているのだから。そんな彼の心配に気付いたダイモンは安心させるように微笑んだ。


「ああ、大丈夫だ。すり潰して水を加えない限りは毒を発しはしない」

「よ、よかった……」


 リヒトはホッと胸を撫でおろす。


「やっぱ、そーいう品か。となるとコッチの泥団子もヤバいモンな可能性が高いな」


 布袋に詰め込まれた謎の団子。食欲をそそられるような見た目ではないため口に入れる可能性は無いが、これも何かしらの毒であった場合は置いておくだけでも危険という事になる。


「おや、お集まりで何を?」


 奥の会議室から出てきたのは、法律勉強中のヴァイスだった。少しばかりの休憩のために自動販売機で缶コーヒーでも、とロビーにやってきたのである。


「ん、それは……」


 サツトの手にある布袋、その口から僅かに顔を出す泥団子を見て彼は顔色を変えた。


「コイツが何か知ってンのか」

「ええ、奴隷時代に良く見ましたので」


 一つ摘まみ上げて、ヴァイスは団子をジッと見つめる。

 そしてそれの正体を確信した。


「これは人を狂わせる薬、一時の快楽を与える代わりにその者を廃人にする代物です」

「麻薬ってェことか、成程な」


 予想の一つが当たり、サツトは腕を組んで頷いた。


「外界では各国で厳しく取り締まられていてさほど流通してはいませんが、統治者も法も無い此処では違う。特定の植物から作られるこれは、この地の八つの町に蔓延しているのです」


 誰も規制しないのであれば、快楽を得られる物の流通が止まるはずがない。そして外界から見捨てられた者たちが集う美名頃市特定地域では、将来を考える人間など多くは無い。一年後に廃人になろうが今現在の快楽に飛びつくのだ。


「となると、この鈍銀も危険な物なのかな……」


 一つだけ用途の分からない物体。毒があるという話は聞いた事がなく、勿論摂取する事で快楽を得られる等という噂もない。


「そちらは入場券ですよ」

「何処のだ、まあ予想はついちゃいるが」


 毒物麻薬ときて、入場券代わり。元の世界で凶悪な地下組織や海外マフィアとやり合ってきたサツトにとっては、容易に予想が付くというものだ。


「奴隷市場の、です。魔法で特定の加工がされた鈍銀を使って、よそ者を排除している。そういった秩序はある、そして破った者に報復も」


 闇の秩序とでも言うべきか。ただ単純に自分達の利益を守るためだけのものであり、他者がどうなろうと関係ないという、平等や平和などを目的としない法だ。


「私とレリさんを売ろうとしていた奴隷商は違反者、あのまま商売を続けられていたら奴と同時に私達も処理されていたでしょう」


 助かった。助けられた時の彼の言葉には二つの意味があったのである。一つは奴隷労働が続く状況から解放されて、もう一つは奴隷商の報復による死から逃れる事が出来て、だ。


「今回の一件が済んだら次はソッチだな」


 やれやれとサツトは肩をすくめる。特定地域においてはやる事が目白押し、人手不足も相まって仕事が山積みだ。


「ま、出来る事から一つずつだ」


 まずは手が届いた所を処理する。


 サツトはリヒトを連れ立って、パトカーへと乗り込んだ。

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