第三節

第9話 町の小さなお店

 お巡りさんが街を行く、ゴロツキたちが鋭い視線を向ける。


「あァ?」


 ギロリとサツトが睨み返すと、以前痛い目を見た男達は目を逸らした。


「どっちがゴロツキなんだ……」


 彼と共に歩くリヒトは、額に手を当てて首を横に振る。


「お巡りさんに見られて目ェ逸らす奴らは、何かしらやましいトコがあンだ。わざと目立つってェのは治安維持に重要な事なンだよ、分かったか巡査見習い」

「はいはい、分かったよ」


 ありがたい警察官心得を学び、見習いは肩をすくめた。


 今回は誰からも襲撃を受ける事無く、二人は目的の場所へと到着する。敢えて一度通り過ぎ、別の路地の影に入って物陰から様子を窺う。


「あそこだな」


 三番通りの角地、他の通りと接した場所にある干し煉瓦造りの店。五メートル角程度の大きさであり、その規模自体は小さい。入口は一つで扉は無し、灯りが少ないようで外からでは内部が探れない。窓は表に二つ、三番通りと接した側に一つである。窓に硝子などという上等な物は嵌められておらず、ただ穴が開いているだけだ。


「……案外小さいんだな」


 リヒトは首を傾げた。

 人身売買すら横行する治安の悪い三番通りに店を構えていて、凶悪な馬賊相手にすら商売をしている。その事実から考えれば儲けは多く、店もそれに比して大きくなるはず。だが目の前にあるのは、小さな町の雑貨屋程度の規模なのだ。


「外観で判断すンな。こういうのは地下に広い空間があったり、外からは分からねェように他の建物と繋がってたりするかンな」

「な、なるほど」


 先程のお巡りさん心得とは違って今回の話は十分に納得できる。そう考えたリヒトは一つ頷いた。その様子を一瞥してから、サツトは店へと近付いていく。


「……妙だな」

「え?」


 一歩先を行く彼は立ち止まり、顎に手を当てて首を傾げた。このまま店に入ると考えていたリヒトは少し驚き、歩みを止める。


「なんだよ、いきなり止まって」

「悪ィ事してる店ってェのは雰囲気があンだよ、雰囲気が」

「雰囲気ぃ?」


 意味の分からない事を真面目な顔で言い出したサツトを見て、巡査見習いは怪訝な顔をした。


「なんつぅか、張り詰めた感じだな。誰も彼もを警戒してるってェ空気を出してンだよ、そういう店。だがな、ココからはそういうのが感じられねェ。この町のあっちからもこっちからも感じられるモンが、この店には無ェんだよ」


 それは警察官としての経験から来る勘、不可視の違和感だ。剣山の中にぽっかりと棘が無い場所があるかのような、少しばかり居心地が悪い感覚である。


 しかし隣に立つリヒトはそれを感じていない。

 町の中心地も、薄暗い三番通りも、そして目の前の小さな店も、その全てが違和感だ。サツトの説明を理解しようにも、黒く塗りつぶされた中にある特定の黒色を見付けろと言われているようなものであり、まだまだ巡査部長のような勘は体得できていないのである。


「まァ、入ってみれば分かる事か」


 外から見た所で何も分からない。違和感の正体が何なのか判然としない以上は、そこへ一歩踏み込んでみるしかないのだ。そう考えてサツトはつかつかと店へと入る。


「あ、いらっしゃいませ~」

「え、女の子……?」


 町の雰囲気とはまるで違う明るい出迎えの声。その主は褐色肌と砂色のボブカットが特徴的な、十二歳程度の背の低い少女であった。驚きからリヒトは思わず、思った事をそのまま口に出してしまう。


「オゥ、邪魔するぜ」

「はい、ゆっくり見ていってください~」


 少し乱暴なサツトの挨拶にも、少女はにこやかに答える。荒々しい無法者が多い秩序無き町に店を構える以上は、それなりの度胸と処世術を身に付けているという事なのだろう。


 店の真ん中には布が被せられた台が二つ置いてあり、奥には同じような会計カウンターが一つ。どちらも中身は建材と同じ煉瓦を積んだだけである。砂色髪の少女は中央の台の一つに、商品である小さな鉱石を陳列していた。彼女の気質がそうさせるのか、丁寧に山状に積まれている。


「……」


 サツトは狭い店内を見回す。


 品揃えはお世辞にも豊富とは言えない。少女が陳列していた鉱石は小指の先くらいの大きさで銀色、だがしかし銀では無いようだ。束ねられた乾燥植物、親指大の泥団子のような物が詰められた布袋、そして串刺しにされた干からびた蛙。統一感は全くなく、サツトには何に使う物なのかがさっぱり分からない。


「あ、これって鈍銀にぶぎん?」

「そうですよ。時々買っていってくれる人がいるんです~」

「え、コレを?」


 リヒトは一粒手に取って目を凝らす。

 見てれ銀に似ているが、その輝きは白銀に似ても似つかない。くすんだ色で光るそれは、指で持つだけで普通の鉱石よりもやわい事が分かる。


「巡査部長、ちょっと……」

「あン?」


 何かに気付いたリヒトはサツトを手招きした。

 二人は店の隅に寄って、少女に背を向けて声をひそめる。


「ちょっと変だ、鈍銀は望んで買うような物じゃない」

「ほォ、そうなのか」

「ああ。そもそもが使い道が無いんだ。装飾品にしても色味がすぐ消える、魔法の触媒にするには魔力を伝えない。碌に使えないからなまくら銀なんて呼ばれてもいる」

「なるほどな。そんなモンを客が買っていく、と」


 お巡りさんの勘が何かを告げる。


「なァ、嬢ちゃん、ちょっと良いか?」

「はい、なんでしょうかっ」


 お客から声を掛けられた少女は笑顔で対応する。その姿や表情に引っかかる所などは無く、彼女自体に何か後ろめたい事は無いように感じた。


「この店は一人でやってンのかい?」

「そうですよ。私一人で頑張ってます!」


 ニパッと彼女は眩しく笑う。


「ほォ、まだ小さいのにそりゃ感心だな」

「むっ、私は小さくないですっ!これでもお店を任せてもらえてるんですから!」

「任せて?誰かにこの店をやるように言われてるのか?」

「はい!」


 疑問を覚えたリヒトの言葉に、砂色髪の少女は元気に答えた。


「嬢ちゃんにココを任せたのは何者ナニモンだぃ?」

「親切なおじさんです。妹の病気を治してくれてて、生活が苦しいって言ったらこのお仕事をさせてくれて。お店に来てくれる人も親切な人ばかりで……」

「へぇ~、そうなんだ」


 疑念。

 彼女自身は嘘を吐いていない、そもそも純真無垢で誰かを騙せるほど狡猾ではないと分かる。だがしかし売っている物の不可思議さと、治安が悪いはずのこの場所に巣くう人間を親切と評するのは妙である。


「……まァ、そっちはまた別で調べるか」


 ぼそりとサツトは呟く。

 今は集団強盗及び誘拐未遂犯の馬賊を探す方が先なのだ。


「なぁ嬢ちゃん。俺達ァ、馬賊ってェのを探してるんだ。この店に出入りしてるって聞いたんだが、何か知ってるかぃ?」

「ばぞく……?」


 質問された名称に心当たりがない様子で少女は首を傾げる。デマか、空振りか、とサツトは諦めて店を去ろうとした。その時。


「あっ、もしかしてバトゥさんの事ですか?」


 砂色髪の少女はポンと手を叩いて、知っている中で最も近しい言葉、一人の人物の名前を口に出した。


「バトゥ?」

「あれ?違いました?」

「いやァ、合ってるぜ。そのバトゥって人に届け物があってよ。ただまァ、頼まれ事だったモンで、どーも名前が曖昧でな」

「そうだったんですか!」


 少女の顔がパッと明るくなる。代わりに余計な事を言って捜査を妨害する所だったリヒトが、彼女から見えない角度で腹を殴られて苦悶の表情を浮かべた。


「で、だ。そのバトゥさんってのは何処にいるか知ってるか?直接渡せって言われてるンでな」

「えーっと……今だと多分ここから南西の、荒れ地と草原の境辺りにいるんじゃないかなぁ。門みたいになってる大岩が目印なんだ、ってバトゥさん言ってました」

「そうか、有難ェ」

「ありがとう、助かるよ」


 居場所に関する有力かつ確実な情報だ。サツトとリヒトは少女に礼を言った。


「お、そうだ。情報料代わりに買い物してくか。ここにあるモン、一つずつ買わせてもらうぜ」

「そんな、いいのに。でもでも、お買い上げありがとうございます~」


 ニッと笑った客の申し出に、砂色髪の少女は頭を下げた。台の上の商品を手早く取り、彼女はそれをカウンターの上で粗末な布に包む。サツトは数枚の銀貨で代金を支払い、それを受け取った。


 ここでの用事は済んだ、二人は店を後にする。

 という所で、サツトは一つ思い出す。


「そうだ、まだ名乗ってなかったな。俺ァ、サツト。甲斐洛かいみやこ殺人だ」

「オレはリヒト・ゾンネ、よろしくな」

「あ、私はリーフ・ガミーラ・フィッダって言います」


 また来て下さいというリーフの声を背中に受けて、お巡りさんは彼女から得た情報によって定められた次の目的地へと向かう。

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