第6話 人権無き町

 荒野の町の三番通り。そこは治安の悪い町の中でも有数の危険地帯である。外界の国であれば確実に取り締まりを受ける薬物や人身売買が横行しているのだ。


「ふんッ!」

「ぐぶあッ!」


 サツトの拳がゴロツキの腹に突き刺さる。衝撃によって僅かに浮遊した男は、着地すると同時にその場に崩れ落ちた。


「テメェ!」

「ブッ殺してやるッ!」


 仲間を倒されて、他のゴロツキ達が激高する。粗悪な剣を鞘から抜き、怒りに任せて斬りかかった。


「オラァッ!」

「な、ぐがッ!?」


 横蹴り一閃。受け止めようと盾にした剣が容易く圧し折れ、そのままの勢いで靴底が顔面に衝突した。


「はぁッ!」

「くっ、このッ」

「せいッ!」

「うご……ッ」


 素早く相手の剣を叩き上げ、隙が生まれた胴体の中心を柄頭で突く。メリッという音と共にねじ込まれた一撃によって、リヒトに襲い掛かった男は倒れ伏した。


「オウ、やるじゃねェか」

「ふん、剣術修行してるからな。これくらい当然だ」


 賞賛の言葉を受けて、少しだけ嬉しそうに見習い警官は言葉を返す。


 二人を囲んでいた十人からのゴロツキは、あっという間に制圧された。


「ヨシ、仕舞いだな。オイ」


 倒れ伏す男の髪を乱暴に掴んで、グイっと顔を上げさせる。ゴロツキの顔はサツトの連撃を受けてボッコボコになっていた。


「馬賊と取引してるってェ商人、何処にいる?」

「ぐ、ぐぶ……あ、あっぢの角でず……」

「うし、お疲れさん」


 情報を得て用済みとなった男の顔面をガンッと大地に叩きつける。強烈な追撃を受けて、ゴロツキは沈黙した。


「よぉし、テメェら見てたな。悪ィ事したらこうなる、覚えとけ。つぅワケで、おうゴラそこの鎖持ちヤロウ!」

「ひぃっ、な、なんだ!?」


 サツトが指さしたのは手に鎖を握る小太りの男。一応は商人らしい男の手にある鎖は、みすぼらしい格好の二人の首に掛けられた鉄の輪に繋がっていた。人間ヒト狩り、つまりは人身売買の売り手である。


「基本的人権、知らねェのかクソがッ!あァン?」

「き、きほ……?な、何の話だ!何を訳の分からない事を!」

「日本国憲法第十八条!何人もいかなる奴隷的拘束も受けない―――」


 駆け出し、大地を蹴り、サツトは跳躍する。


「だッ!クソ野郎ッ!!」

「ひぃぎぶごっ!」


 跳び蹴りが男の顔面に突き刺さった。顔面を潰されてフッ飛ばされた奴隷商は、干し煉瓦造りの壁をぶち抜いて崩れる瓦礫に敷かれた。


「二人とも、大丈夫か?」


 リヒトが売られようとしていた二人の首輪を外す。


「ああ、ああ……!ありがとう、助かった……」


 碌に食べさせてもらえなかったのだろう、リヒトよりも背の高い中年男性には殆ど肉が無い。腕などは骨と皮だけで、握ったらポキンと折れてしまいそうだ。そのうえ彼の身体には、鞭で打たれた痕が幾つも刻まれていた。


「感謝します……!」


 もう一方は女性、年齢はリヒトと同じくらいである。こちらは肌艶も良く、身体に傷は無い。男性とは違う形での売買を目的として商品にされていたのが明白である。


 二人は一先ず助かった事を感謝し安堵しながらも、見慣れない二人の恰好と先程までの大立ち回りを見て、その顔に不安を滲ませていた。


「とりあえずここから離れンぞ」


 周囲を見回して、危害を加えてきそうな相手を威圧しながらサツトは言う。痩せぎすになっている男性にリヒトが肩を貸し、四人は違法不法に満ちる三番通りを後にした。


 人身売買の対象となっていた者を町に放置するわけにはいかない。サツトはパトカーの後部座席に二人を乗せ、異世界署を目指して荒野を疾走する。


「な、なんと……!こんな乗り物がこの世にあるとは!」


 身体はボロボロでありながら男性は、経験した事の無い速度で走る自身の知識に無い異世界の乗り物に驚愕する。


「これは、どのような仕組みで動いているのですか!?」

「あン?あー……詳しく説明すると長ェぞ。あとアンタら異世界人?に分かるとは思えねェな」

「異世界、人……異なる世界……?我々が生きるこの地とは違う世界があると!?」

「まあ多分な、俺もよく分からねェ」


 前のめりに、矢継ぎ早に。質問しながら疑問を生み出し、それをまた聞く男性。目は異世界への興味で爛々と輝き、その様は尋常ではない。運転しながら回答するサツトは少し面倒臭そうだ。


「あの、あんまり興奮しない方が……」

「あ、ああ、すみません。どうも学者気質が抜けなくて、ははは」


 同じく人身売買の場にいた女性に言われて、彼は頭を掻く。


「学者だったんですか?」

「ええ。ただ、研究内容が異端として命を狙われましたがね。教会の方々は実に頭が固い」


 リヒトに問われて、男性は眉間に皺を寄せながら頷いた。


「すみません……」


 隣に座る女性は伏し目がちにしながら謝罪の言葉を口に出す。


「何故あなたが謝罪するのです。関係の無い事ではありませんか」

「いえ、その……私は元は聖女、だったんです。政治の為に担ぎ上げられただけ、ですけど……」

「ええ!?聖女様!?」


 まさかの情報に驚愕したリヒトは思わず振り返って彼女を見た。


「なンだ、その聖女ってのは」

「知らないのか?いや、異世界人なら知らないのも当然だよな。聖女様っていうのは、神様に祈りを捧げて世界に平和をもたらす凄い人なんだ!」

「祈っただけで平和ァ?ンな都合のいい事が有るワケ無ェだろが」


 ハッとサツトは鼻で笑う。


「平和ってのはなァ、人間の不断の努力で維持できるモンだ。というか、そこの元聖女サマは人身売買の商品にされてンだぞ。何が神だ、くっだらねェ」

「そう言われると、確かに、としか言えないな……」


 無神論者的な物言いにリヒトは眉を顰めるが、聖女が人身売買の商品になる程にその身を落とした事実がある。彼はサツトの言葉を受け入れた。


「あはは、本当にそうですよね……」

「神は我らを見捨てた、というやつですよ。まあ見捨てられた地で言うのも皮肉という物ですが」


 見捨てられた地。周囲を囲む国が手を出す事の無い、山脈に囲われた場所の事だ。まさに今、サツトがパトカーを走らせる地の事である。


 良心を持つ者が食われ、秩序などというものは存在しない。力ある者が他者を支配する、まさにこの世の地獄と呼べる場所なのだ。


「調査に走り回ったがヤる事が多そうだ。まずはあの町から始末を付けるか……」


 サツトは呟く。


 その目には、捨てられた地に聳える彼の拠点が見えていた。

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