第二節

第5話 聞き込み

 三つの国と接しながら統治が及ばぬ場所であると同時に、どの国からも見捨てられた者たちが集まる吹き溜まりの地。砂漠から雪原までが狭い範囲に集合している特異な、そして過酷な環境。異世界署が存在する荒野は、その中心部に存在している。


 この地は周囲をぐるりと山に囲まれた巨大な盆地だ。山脈という壁によって外界とは隔絶されており、僅かに外と繋がる道は細く険しい。そんな場所に集まる者は誰もがを抱えている。


「知らねぇな、余所を当たりな」


 禿げ頭で顔に大きな傷がある大男は、虫でも払うかのようにシッシッとサツト達を追い払う。


「ご協力あざしたー」


 敬意も感謝も内包されていない礼を述べて、お巡りさんは地道に聞き込みを続ける。


「あの、此処で聞き込みしても無駄なんじゃ……」


 リヒトは疑問を口に出した。


「アァ?」


 サツトは弱音を吐く部下を睨みつける。


「なに言ってンだ。現場ヒャッペン百遍、聞き込みセンベン千遍、証拠探しはマンベン万遍なく。お巡りさんの常識だ。覚えとけ、巡査見習い」

「見習いって言うな!」

「うるせェぞ見習い」

「というか、そもそも見習いになったつもりは無いっ!」

「ヤカましい。次行くぞ、次ィ」


 何を言っても聞いてくれない。サツトと同じ服装と装備を身に付けて巡査見習いとなったリヒトは、カクンと肩を落とした。


「つーかオマエ、剣はお巡りさんの装備じゃねェって言ってンだろが。今からでもパトカーに置いてこいコノヤロウ」

「何度言われてもこれだけは外さないぞ、俺の誇りだ」


 警察官の恰好には相応しくない腰に佩いた長剣。リヒトはそれを触って、一片の迷いも恐れも無くサツトの目を睨み返した。


「……マァ良いか。マフィア連中とドンパチやった時の非常装備と同じと思えば」


 過去の事例を思い出しながら、彼は部下の行動を容認する。この場で押し問答した所で何も進展しない、ならば見逃す方が建設的という判断だ。


「はぁ、お嬢様大丈夫かなぁ」

「副署長補佐が付いてンだから問題ねェだろ。それに食料も水も、署にはなんだってある。魔物だかが襲ってこようがオート防衛設備が作動して排除する。俺らがいるこっちの方が危険だろが」

「……そう言われると、まあ確かに」


 サツトに言われてリヒトは辺りを見回す。


 荒野の地下水源の上に作られた町。そこには簡素な煉瓦造りの小規模な建物が無軌道に建てられている。大通りと呼べる道はあるがグネリとうねっており、町を作るにあたって計画も何も無かった事がうかがえるというものだ。


 町に集まるのは周辺国では生活できなかった者たちである。それはつまり犯罪者か、それとも税から逃れてきた極貧の民か、だ。リヒトが見回せる範囲でも、強面で如何にも危険な輩が肩で風を切って闊歩している。


 一応は町の人々を守る衛兵、いや冒険者は常駐している。しかし彼らは、ゴロツキに虐げられている弱者の助けに入るほど慈愛に満ち溢れてはいない。下手に関われば、この町で権力を持つゴロツキ達の親玉と敵対する事になるのだから。


「なあ……なんか凄い見られてないか?この格好のせい?」

「あン?そりゃ当然だろ、悪ィ奴らはお巡りさんを恐れるモンだ」

「そういうものなのか……?」

「前に往来で絡んできた三十人からをしたから怖がってンのかもな」

「アンタのせいか!」


 恐れられてるのはお巡りさんという肩書よりも、サツトという個人であった。


「そン時は買い出しに来ただけで、俺以外に被害も無かったからしょっ引けなかったンだよな~」


 残念そうに彼は腕を組んで渋い顔をする。三十人以上に襲われた事は大した問題では無かったようだ。常識はずれな上司の様子に、リヒトは乾いた笑いを漏らした。


「おうおう、この間はよくもやってくれたなぁ?オマワリよぉ」

「お、ちょうどいい。ちィと聞きたい事があンだがよ」

「テメェに答えるワケがねェだろが!くたばれや!!!」


 絡んできたゴロツキは、腰の剣を抜くと同時に斬りかかってきた。


「公務執行妨害罪、適用な」


 ニィと笑い、サツトは言う。


 自身の脳天目掛けて落ちてきた刃。それをしっかりと見て、彼は攻撃を仕掛けた。相手に対してではない、迫りくる剣に対してだ。


「五六四の逮捕術が一つ」


 右は拳で、左は掌底で。軽いステップで半歩後退したサツトは、両腕を交差させる形で刃を打った。切っ先が右へ、剣の中程は左へ。無理な力が加わった鉄の剣がギッと悲鳴を上げる。


 そして。


やいば砕きッ」

「な、にぃッ!?」


 バキンと折れた、素手で剣をへし折ったのだ。


「そらよ」

「うべっ!」


 右の横蹴りが男の顔面に突き刺さる。その威力で相手は宙へと浮かび、仰向けに大地へと倒れた。顔の中心を潰された男は、鼻からダラダラと血を流す。


「さて、聞きたい事があるンだが」

「ぶ、ぐ……な、なぶでござびまじょうが……」


 ゴロツキはサツトの質問に素直に答える気になったようだ。


「荒野の馬賊、知ってっか?」

「あい、じってまず」

「連中の居場所は?」

「分がらないっず……あいづら、拠点を小まめに移動じてるんで……」

「ふぅむ」


 具体的な居場所は不明、だが拠点は幾つかある。少ない情報ではあるが一歩前進と言えるだろう。


「物資はどうしてるンだ?旅人からの強盗だけで五十人からを賄えるモンじゃねェだろ」

「ぞれは……ああ、ぞうだ。三番通りの商人が取引じてるって聞いた事が……」

「ヨシ、次の目的地が決まったな。おい、本来は逮捕するトコだが情報提供に免じて今回だけは見逃してやる。二度と悪ィ事すんなよ」

「ぐ……っ、誰がテメェの指図に」

「もう一発、食らいたいみたいだな」

「ひぃっ、ずんまぜんッ!二度と、二度とやりまぜんッ!」


 お巡りさんの誠実な説得によってゴロツキは反省したようだ。


 その様子に満足したサツトは、部下と共に大通りから二本外れた裏通りへと向かった。

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