第4話 任命

 聴取資料をファイルに仕舞い、サツトはグイッと伸びをする。


「さてと、事情聴取も終わったし、アンタらはこれからどうするンだ。元の町に戻る、って事は無ェだろうけども、どこか目的の町があれば送ってやンぜ?」


 異世界署は荒野のど真ん中。八方に存在する町まではかなりの距離、徒歩で向かうのは無茶無謀である。みんなの味方であるお巡りさんとしては、善良なる市民にそんな苦行をさせるわけにはいかないのだ。


「そうですね……どうしましょう」


 キルシュはリヒトとダイモンを見る。三人で顔を見合わせて考え込んでも答えが出ない。


「お嬢様がこの地にいる事は連中にバレてます、今回の襲撃がその証拠。となると何処かの町に行くのは危険じゃないですか?」

「そうですね。町中で襲われたのは、賊に顔が割れているという事。わたくしとリヒトはともかく、お嬢様が町を歩くのは避けたい所……」


 そこまで言って、ダイモンはサツトに向き直る。


「無理を承知でお願い致します、我々を此処に滞在させて頂けないでしょうか。無論、無償でとは言いません」

「なんで金を払う前提なンだ。市民の皆サマが警察署を使うのは自由に決まってンだろ、好きなだけ滞在すりゃ良い。理屈は全く分からねェがココには電気ガス水道が通ってて、食堂の食材も自販機の中身も防災用備蓄食料もタンマリあるからな。ってか使っても何でか次の日には補充されてやがる」


 適当な事務椅子に腰掛け、サツトはクルクルと回転している。予想外にあっけない回答を受けて、三人は再び顔を見合わせた。


「あ、あのっ、それはいくら何でも流石に……。助けて頂いたお礼も出来ず、滞在に対する支払いも許されず、では私達の気が収まりません!何か、何かお手伝いできることはありませんか?」

「そういうのは要らねェんだがなァ……」


 懇願するように迫るキルシュの申し出を受けて、サツトは回転速度を上げる。


「ふーむ、じゃあ一つ」

「はいっ、なんなりと!」


 ピタッと止まった彼は、カウンターから身を乗り出しているキルシュに向き合う。


「副署長に任命」

「えっ?」


 サツトは少女をピッと指さした。


「アンタは副署長補佐な」

「お嬢様の補佐ですか、今まで通りですな」


 続いてダイモンを指して、執事の仕事に近い肩書を付与する。


「ンでお前は…………ヨシ、巡査だ。一番下っ端な、下っ端」

「はぁ!?下っ端ァ!?何で!?」

「いや待て。警察官としての経験も何も無い奴をいきなり巡査には……」


 冷静になってサツトは顎に手を当てて考え始めた。

 その様子を見てリヒトはホッと胸を撫で下ろす。


 が。


「巡査見習いな、お前」

「はぁ!?!?!?!?」


 彼の肩書は最下位を更に下回った。


 リヒトは文句を言おうと一歩踏み出す、が、その時。


「きゃっ!?」

「な、なんだ!?」


 突然鳴り響くビィビィという猛烈な警報。天井に格納されていた赤色灯が顔を出し、署内を赤く染め上げた。


「お客さんか、ちょうどいいな」


 サツトは全く調子を変えず、キルシュを手招きする。彼が何を考えているか分からずに彼女は首を傾げるが、誘われた通りに事務所スペースへと入った。


「はい、ここ座って」

「えと、この音は一体……」


 大型モニターが設置された席に促されるままにキルシュは座らされる。


「ほら、画面見て」

「なんですか、コレ」


 土煙を上げながら荒野をこちらへと向かってくる十数の、黄土色の巨大ミミズが画面に映し出されていた。彼女には何が何だか分からないがおそらくは警察署へと、自分達が居る場所へと接近してきていると理解する。


「ヨシ、このボタン押して」

「え、え……?は、はい、ぽちっと」


 PCキーボードの右にあるEnterエンターキー。サツトに指示された事を、何が何だか分からないままキルシュは実行した。


 すると。


「な、なんだアレ!」


 リヒトが声を上げる。

 大型ガラスの向こう側、警察署の敷地内。門の内側の地面が開き、警告音と共に地中から何かがせり出してくる。それは全長パトカー二台分の細長い黒鉄の塊だった。


 長い長い鉄の筒が高速で回転を始める。建物の中にいるキルシュたちの耳にもその猛烈な駆動音が入ってくる、署内に音が反響している。


「な、な、な、なんですかっ、これっ!サツトさん!?」


 混乱し、困惑するままに隣にいる人物に問う少女。しかしサツトは画面を見ながらニヤニヤしているだけだ。


 ドドドドドと、更なる轟音が響き渡る。光の礫が鉄の筒の先から猛烈に吐き出されていく。超速で放たれた粒は真っすぐに飛んでいき、まだまだ遠い場所にいた巨大ミミズを薙ぎ払う。


 ものの数十秒。画面に映し出されていた生物は木っ端微塵になって消滅した。


 キルシュが全く何も分からずに起動したのは、美名頃市警察署に配備されている長砲身大口径の大型ガトリング砲であった。


「え、ええぇ……」


 ポカンと口を開けて、少女は呆ける。リヒトとダイモンも、役目を果たして静かになった黒鉄の砲を見たまま固まっていた。


「やっぱ全滅か。ッたく、根性が無ぇな。美名頃市の反社会的勢力の連中なら、八割は無事で署にカチコミかけて来たってのに」


 はぁやれやれと溜め息を吐き、サツトは肩をすくめて首を横に振る。どうやら彼が職務を果たしていた町は、この世の物とは思えない程に苛烈な場所であったようだ。


「ま、キルシュ副署長、初仕事ゴクロー様」


 巡査部長兼警察署長は、ポンと副署長の肩に手を置いた。


 こうして、美名頃市警異世界署は本格的な業務を開始したのだった。

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