第3話 事情聴取
「わぁ、勝手に開いたっ!明るい!それに涼しい!?」
キルシュは勝手に開いたガラス扉に驚いた。署内へと足を踏み入れると、煌々と輝く天井の明かり、荒野とはまるで違う快適な室温に彼女はまたも驚く。何処からか流れてくる冷風は、パトカーから降りて歩いた僅かな距離で生じた汗をあっという間に消し去った。
「はいはい、退いて退いてェ~」
ガラガラと台車を押してサツトが通る。荷物は無茶にトランクに仕舞われた事で人体が絡まった馬賊五つだ。おそらく死んではいない、多分。
「魔法……にしては何も感じませんな」
「そもそも、曇りも歪みもない綺麗なガラスがこんなに沢山使われてる建物なんて見た事無いですよ」
ダイモンとリヒトは室内を見回している。自分達が持つ常識の範疇には無い建造物はこの世の物とは思えない。碑銘に刻まれていた通り、まさしく異世界の構造物である。
「俺もこの署も異世界から来た……としか言えねェな。なんかよく分からねェが、気付いたら荒野のド真ん中にいたンだよ」
荷物を建物の奥へと運び終えて、サツトは面倒臭そうな顔をしながらポケットに手を突っ込みながら歩いてくる。
「ンで、この
「この大きな建物にサツト様が一人だけ、ですか?」
「おう。ってか様付けは止めろ、俺ァ公僕よ、こーぼく。市民の皆サマの方が地位は上だっつの」
「こ、こうぼ……?」
「町ィ守る衛兵みたいな連中だと思えばいい」
「はぁ……分かりました」
いまいち理解はできないが『そういうもの』という事にして、少女は横に置いておく事にした。
「さぁて。ンじゃ、事情聴取を始めっか」
ロビーと事務所を遮るカウンターをヒョイと飛び越え、サツトは書類が留められたバインダーを取り出す。サラサラと自身の名を書き、ペンでキルシュたちを指した。
「事情聴取……ですか?」
少し不安そうに、少女は聞き返す。
「ああ。あの強盗どもは現行犯逮捕した。が、連中が何者か、仲間はいるのか、何を目的としてアンタらを襲ったのか。何も分からねェとなると、同じように他の市民が襲撃される可能性がある」
言いながらサツトは、トントンとペンで書類を叩く。
「今回は俺が偶然現場に居合わせたから対処できた。だがそんな偶然、そうそう起きるモンじゃねェ。となれば、その原因を根から除去しなきゃァならねェんだよ」
だからさっさと話せとばかりに彼は、三人の中で地位が一番上であるキルシュを促した。しかし彼女は口を開こうとしない。
「……彼らは荒野を根城にしている馬賊でございます」
「ダイモン」
自分にお任せを、と老執事は主に笑顔を見せる。
「彼らの狙いはお嬢様が持つ宝石、
「ほーん、貴金属強盗……っと」
ダイモンから聞いた内容を聴取書類に書き込んでいく。
「細かい人数は分からないけど、多分五十人以上はいるはず……連中の拠点が何処にあるのかは知らない、だが少なくともこの荒野のどこかには有ると思う」
「ふむふむ、大規模強盗団ね」
リヒトから提供された情報も記入する。
「で?」
「……え?」
トンと一つ、サツトは強めにペンで突いた。
聴取が終わったと思った所に更に問われて、思わずキルシュが声を出す。
「え?じゃねェよ。なんで宝石を持ってる事を強盗団が知ってる。そんな連中がいるって知りながら、どうしてソイツらの根城がある荒野を突っ切る。北、北東、東、南東、南、南西、西、北西。ココを中心にしてそれぞれ大体同距離に町があるのを知らないって
「……っ」
痛い所を突かれたという顔で、キルシュはスカートをギュッと握って俯く。
「荒野を突っ切るには野営が必須、それなのに大した食料も野営装備も持って無ェ。って事ァ野営する気が無かったか、準備以上に優先する事があったか」
「…………その通りです」
ほぼ答えとも言える追及を受けて、キルシュは観念した様子で口を開いた。リヒトとダイモンが彼女を制そうとするも、少女は首を振って頭を上げる。
「彼らは……馬賊は私の身柄を狙っているんです。いえ、彼ら自身がというよりも、その裏にいる人間が。町で突然襲撃を受けて、大急ぎで出発したので準備も何も出来なくて……」
「ふむ、続けて」
視線を書類に落としたまま、サツトはササッとペンを走らせる。
「私と宝石は、父の
「つまり物取りだけじゃなく誘拐も予定されてた、と。ンでその黒幕が指示役で、とっ捕まえた
「はい、そうなります」
書類の上を滑るペンが全てを書き終えた。サツトは顔を上げる。
「事情聴取へのご協力ァ、感謝致しまァす」
「……え?財産の隠し場所について聞かないんですか……?」
「ハァ?今回の事件にソレ関係無ェだろ。調書に無関係なコト書いても仕方無ェ、ってか元の世界に帰った時にンなモン見せたら
職務に忠実なお巡りさんは肩をすくめて首を振った。
「ああそうだ。関係あるような無いような事だが、ンな財産があるって事は貴族サマかい」
「いいえ、私は商人の娘です……といっても、もう店も家もありませんが」
「なァるほど、それなら
腕を組んでサツトは一つ頷く。
キルシュは、ふと気になった疑問を口に出した。
「あの……もし私が貴族だったら?」
「責任ある立場ならどうにかする責任があンだろ、自分でやれ、自分で。おエライ方は俺らが守る市民サマじゃねェので、ドウゾお帰りクダサイ」
サツトはわざとらしく最後を棒読みにする。どうやら彼の価値観では市民は守るもの、それを統治する側は守る必要の無いもの、であるようだ。
「ああ」
彼はピンと何かを思い出す。
「嘘はァ……言って無ェよな?」
「ッ!」
キルシュの背筋にゾワリと悪寒が走る。
冗談めかして会話していた一瞬前とはまるで違う、猛獣猛禽類のような鋭い目。元来の人相も凶悪であるが、更に十倍は悪人の顔だ。弱き市民を守るという言葉が真実なのか、それを疑う心が生じてしまうような雰囲気である。
だがしかし彼は、正しい、を求めているだけ。警察官として市民にそんな態度をするべきなのかという話は別問題として、キルシュたちが嘘を吐いていた場合に生じる他の市民への被害を考えているからこその威圧なのだ。
「で、どうなンだ?」
「う、嘘なんて、吐いていません!」
「ならヨシ」
なけなしの勇気を出して、キルシュは強烈な圧力を跳ね除ける。その返答を受けて、サツトは雰囲気を変えてカラッと笑った。
「お嬢様を試したのか」
「そりゃ、会っていきなり誰も彼もを信用するのはムリだろ。まずは疑え、次に試せ、そんでもって信頼しろ、だ。市民の皆サマの中に悪ィ奴が潜んでる可能性は常に考えて行動しねェとな」
リヒトの苦情に対して、サツトは肩をすくめる。自分の行動に一切の迷いなし、これが最善と信じて疑わないという姿勢だ。疑いの目を向けられた事に対する不満は有るものの、その理由が納得できるためにリヒトは閉口した。
「一つ、よろしいでしょうか」
「ン、なんだい?」
「先程からサツト様……いえ、サツト殿が仰っている『市民』とは何なのでしょうか」
サツトは出会った時から言い続けていた、市民の皆サマ、と。ダイモンはずっとその意味が気になっていたのだ。彼に問われて、みんなの為に働くお巡りさんはバインダーを置いてペンを指し棒にして答える。
「まず、俺はァ
サツトはピッと地面を指す。
「つまりここは美名頃市、そしてそこに住むのは美名頃市の市民の皆サマだ」
「ふぅむ?それはつまり、民、という事ですかな?」
「あー、そうだな、それで良い」
ポイと指し棒を放り捨てて、彼はダイモンの言葉を肯定した。
「無茶苦茶すぎる……」
「ですけどサツト様……さんは、みんなの味方なのですよ!素晴らしい精神ではありませんか!」
「お嬢様がそういうなら、まあ何も言いませんけど」
弱き民の為に見返りを求める事無く正義を成す、そんな人物を見てキルシュは俄かに興奮していた。というのも逃亡旅の中で出会った騎士も衛兵もどれもこれもが、やれ賄賂だ、やれ袖の下だと求めてきたのだから。
しかし。
「でも、すんごい凶悪な顔、なんだよなぁ……」
笑っていたとしても悪人面のサツトを見て、リヒトはポツリと呟いた。
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